結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ

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番外編【新年の目標】2私の目標は……(河合視点)

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 私には尊敬する先輩がいる。会社の先輩なのだが、彼女はなんと、私の元カレの妻だった。まさか、大学時代に付き合っていた彼が結婚していたとは思わなかった。そしてその相手が会社の先輩とは。世間はどうやら狭いらしい。

 元カレは今までとは違うタイプの女性と結婚した。元カレはいわゆるイケメンで、学生時代かなりモテていたので、周りにはそれなりに美に自信がある女性が集まっていた。それなのに、目の前の彼女はお世辞にも美に自信があるように見えない。まあ、会社で一緒に仕事をしているうちに、なぜ結婚したのかわかってきたが。

「河合さんは新年の目標は決めました?」

 仕事のお昼休憩中、先輩が私に質問してきた。新しい年になったので、今年一年の目標を決めるのは大切だ。大切だが、社会人にもなって、そのような質問を会社の人にするだろうか。先輩はたまに空気が読めないことがある。だが、そこが魅力的で、元カレや元カレの親戚に好かれる理由だろう。かくいう私も、その天然なところが結構気に入っている。

「そうですねえ。私は……」

 社会人になってから考えたことがない。学生時代は、志望校合格、部活の大会で入賞、あるいは単純に勉強を頑張る、部活を頑張るなどの目標を立てて努力していた気がするが、いつの間にか、なあなあで流されるような人生になってしまった。

 先輩に質問されて、とりあえずその場をやり過ごすために口を開くが、何も目標が浮かばない。別になんだっていいはずだ。先輩だって、軽い気持ちで質問している。それなのに、なぜか何も言葉が出てこない。

「ああ、人に言えないようなものでしたら、答えなくて構いません。そもそも、他人に目標なんて聞くほうがおかしいですよね」

「いえ、別に聞かれて困るような目標なんてありません」

 私が言葉に詰まったことで余計な心配をかけてしまった。どうやら、気を遣うということができるようだ。とはいえ、気を遣わせてしまうほどのものでもない。何か、笑いに消化できるような面白い目標はないだろうか。

「何を話していたの?」

 うんうんと唸っていると、控え室に同僚が入ってきた。安藤さんは私たちの会話に興味があるようだ。これは好都合だ。彼女にも同じ質問をして、時間稼ぎをしよう。


「安藤さんは、新年の目標って決めました?年が明けたことだし、何を目標にしたのか、お互いに話し合っていたんですよ!」

「新年の目標ねえ」

「は、話したくないのなら、無理に話さなくていいですよ。河合さんも悩んでいましたから」

「ダイエットを頑張る、かな。正月太りもあるんだけど、去年あたりから体重が5キロくらい増えちゃって。だから、今決めた!私は今年中にダイエットを頑張って、5キロ痩せることにします」

「はあ」

 毎日顔を合わせていると、なかなか変化に気付きにくいものだ。言われてみると、安藤さんの身体は出会った時よりも少しふくよかになったかもしれない。安藤さんが話し終えたとなれば、次は私の番になる。

 周囲を見渡して、何か良いアイデアが落ちていないか探す。案外、身近なところに目標になりそうなものが転がっている。

「あった……」

 私は部屋の隅に貼ってあったポスターに目をつけた。そのポスターの内容は。

「私は、結婚相手を探します!」

思いのほか大きな声が出てしまい、目標を言い終えた後に急に恥ずかしくなった。

ポスターに書かれていたのは、婚活の案内だった。とっさに口から出た目標だったが、自分の中でしっくりくるものがあった。

「河合さん、結婚願望あったんだね」

「いいんじゃないの。河合さん、まだ若いんだから、頑張りなさないな」

 先輩も安藤さんも、一瞬驚いたような顔をしたが、どちらも笑顔で私の目標を認めてくれた。

 結婚。今までは意識したことがなかった。20代も後半になってくると、友達や知り合いが次々と結婚していく。しかし、今までの私は、ただ「おめでたいな」と思うだけで、自分が結婚したいと思うことはなかった。

「私、結婚したいのかな」

「それは河合さんにしかわからないけど、行動するのは悪いことじゃないと思うよ。ほら、何事も行動が大切でしょ。思い立ったら動く!そうかあ。河合さんが婚活かあ」

「私も倉敷さんの意見に賛成。人生、どこで何が起こるかわからないから、試すだけ試すのはありだと思う。ちなみに河合さん、今、彼氏とかはいないの?」

 二人ともずいぶんと私に甘い。結婚相手を探すと宣言しながら、すぐに結婚したいのか、などと疑問を口にする。そんな優柔不断な私に対して、温かな言葉をくれる。紗々さんだけでなく、この職場の人たちはよい人ばかりだ。まあ、例外もいるが。

「彼氏は、いないです」

 好きになりかけている人なら、いますが。

 ちらりと先輩に目を向けると、完全に私の婚活を応援する気になっていた。目がらんらんと輝いている。

「婚活って、結婚相談所に入会するんですか?それとも、マッチングアプリを使います?あとは」

「アプリなんて、今時よねえ。でも、おばさんだから言うけど、変な男には気をつけなさいね」

 なんともお気楽な人たちだ。とはいえ、自分で発した言葉なので責任を持たなくてはならない。

「まだ何も決めていません。すこしずつ考えていこうかなと思っています」

 今年の目標が決まってしまった。なんだか私には縁のないことだと思っていた結婚だが、先輩を見ていたら、結婚も少しは良いものかなと思い始めた。私の元カレが選んだ女性だ。私が気に入るのも無理はない。

「だって、私とおおたかっちは、趣味が似ているからねえ」

「何か言いました?」

「いいえ、それより、もうすぐ昼休憩が終わりですよ!午後からも頑張りましょう」

 今年も先輩のおかげで楽しい一年になりそうだ。結婚相手を探すという目標ができてしまったが、まあ、何とかなるだろう。

「ちなみに私の今年の目標は『積極的に家を出る!』です」

「なんとも先輩らしい目標ですね」

「ハイ。外に出ることでいろいろな経験ができて、さらにはネタもたくさん拾えるなあと思いまして。あとは、もう少し、小説を」

「小説?本をたくさん読むってことかしら?」

「あはははは。まあ、そんな感じです」

 先輩は小説を書いていることを私とおおたかっち以外の人には言っていないらしい。書いているジャンルがジャンルなので、秘密にしたいのはわかる。でも、先輩の小説のファンとしては、もっといろいろな人に広めたい。

「じゃあ、河合さん、午後からも頑張りましょう!」

 とはいえ、先輩の嫌がることはしたくないので、先輩が小説を書いていることは私とおおたかっちだけの秘密にしよう。おおたかっちと私だけが知っているというのは何とも複雑な気分だが。

「なんだか、上機嫌ですね」

 昼休憩を終えて窓口業務に戻る途中、先輩に不思議そうな目で見られた。

「先生の新たな小説が今年もたくさん読めるらしいので」

「はあ」

 午後からの業務は変なお客様もいたが、気分良く仕事をすることができた。
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