上 下
124 / 168

番外編【突然の出来事】4夏の異常気象

しおりを挟む
「……そういうわけなので、しばらくの間は刺激の多い食べ物は控えようと思います」

 帰宅した私は、夕食時に大鷹さんに今日の皮膚科での受診の結果を報告した。今日はヒレカツとナスとオクラ、大場の天ぷらだった。大鷹さんが準備してくれていた。夏バテ防止に肉は有効だ。夏野菜も並んでいて、夏だという季節感がわく。

 食事をしながら、大鷹さんは黙って私の話を聞いていた。しかし、次第に顔をしかめて顎に手を当てて何やら深刻そうな表情に変わっていく。そこまで深刻な病気でもないのに、その表情の真意はいったい。

「あの、別に食べてはいけないとか、食べたら死に至るとかそんな大層な話ではないですよ。もし、大鷹さんがカレーとかの刺激物が食べたかったら、外食などで私以外の誰かと食べれば」

「いえ、僕は紗々さんが食べられないものをわざわざ食べたいとは思わないので、その辺は心配いらないです」

「そ、それはアリガトウゴザイマス?」

「ですが、紗々さんがこんなことになってしまって、僕はショックを受けています」

 ショックを受けた。

 自分の妻に食べられないものが存在したことに対する苛立ちだろうか。実は、大鷹さんは私が知らない美食家で、美食家の名が私のせいで汚されたとでも思っているのだろうか。頭に疑問符を浮かべた私に気づいた大鷹さんが、言葉の意味を説明してくれる。

「紗々さんと一緒に食べられるものが減って寂しいということです。僕、紗々さんと食事するの、結構、好きなんですよ」

「そんなに軽々しく『好き』を使ってはいけないと思います」

 会話の中に自然に組み込まれた『好き』という言葉。あまりにも自然過ぎて、私でなければ聞き逃しているところだ。これがモテる男の格の違いという奴だろうか。

 それにしても、外の雨が気になってしまう。会話の途中から突然、外から大きな音が聞こえ始めた。

「外、すごい雨と雷ですね」

 そうなのだ。こんなのろけた会話をしているが、外ではゲリラ豪雨が降り出して、雷の音が先ほどからゴロゴロと容赦なく響いている。

「どうやら、線状降水帯がこのあたりにかかっているみたいです。嫌になりますね。家の中にいても、なんだか不安になります」

 スマホを取り出して、大鷹さんが雨雲レーダーを調べている。仕事の帰宅後なので外の様子はカーテンに阻まれてうかがうことはできない。しかし、雨のザーザー、いやゴーゴーという音と、ゴロゴロという雷の音だけで、外がやばい状況なのは簡単に想像できる。

「それで……」

 もはや、会話の声も聞き取りにくいほどの雨である。最近の異常気象は人間の会話にさえ、割り込んでくる厄介な代物だ。まあ、音がうるさいだけなら我慢するしかない。世の中には、大雨で川の水が増水して氾濫して、床上、床下浸水してしまった家、停電してしまった地域もあるのだ。音ぐらいですんでいるのなら、ありがたいと思わなくてはならない。

 さて、突然のやばい天気だがそれでも待っていれば、止み間というものはある。そこを狙って、先ほどの言葉の意味を大鷹さんに尋ねてみる。

「好きというのは」

「紗々さんと一緒に食事をすると楽しいです」

「大して量を食べられないのに、ですか?」

 私の胃はあまり丈夫ではない。バイキングというものは苦手で、たくさん食べたいと思うのだが、食べ過ぎるとすぐに気持ち悪くなって、最悪の場合吐き出してしまう。そのため、思い切り食べたいものを食べる、ということが出来ない。女性としては普通の食事量だが、私だったら、食べたいものを思い切り食べる女性の方が食事をして楽しいと思えるのだが。

 雨がまた強くなってきた。まるでインターバルを挟んだかのように、激しく雨と雷のコンボで外が騒がしくなる。

「別にたくさん食べる女性が好きという訳ではないから、その辺は問題ないです」

 そういうものだろうか。だとしても、大鷹さんの言うことはどうにも納得がいかない。私は食べ方がそこまできれいだとも思えないし、美食家でもない。味音痴ではないとは思うがその程度だ。一般人と同じくらいの味覚だと思っている。

「わからなくても大丈夫です。僕だけがわかれば」

「そういうことにしておきます」

 相変わらず、外では雨と雷が見事なコラボレーションで嫌なハーモニーを奏でている。しかし、私たちの間にはそれとは反対に温かい空気が流れていた。

 私はヒレカツも野菜の天ぷらも食べてお腹も気分も良かった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

宝石のような時間をどうぞ

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 明るく元気な女子高生の朝陽(あさひ)は、バイト先を探す途中、不思議な喫茶店に辿り着く。  その店は、美形のマスターが営む幻の喫茶店、「カフェ・ド・ビジュー・セレニテ」。 訪れるのは、あやかしや幽霊、一風変わった存在。  風変わりな客が訪れる少し変わった空間で、朝陽は今日も特別な時間を届けます。

処理中です...