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番外編【運動しましょう!(健全)】4熱狂的な読者
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「先輩、運動でも始めました?」
仕事をしていたら、河合さんに声を掛けられた。ちょうど午前中で人がいなくなったところを見計らっていたのだろう。もしかして、運動の効果が他人にもわかる程度に現れたのだろうか。だとしたら、努力が報われたようでとてもうれしい。
「痩せたように見えますか?」
「まあ、多少、顔とか身体がスッキリしたかなと」
「ありがとうございます!」
思わず、席を離れて河合さんの両手を握ってしまう。他人が見てわかる変化が現れたということは相当効果が出たということだ。このまま頑張っていけば、大鷹さんもきっと、私の体型を見てあきれることはないはずだ。まあ、大鷹さんに体型のことで文句を言われたことは一度もないが。
「おおたかっちのためですか?」
「それもありますが、やはり自分自身の健康のため、というのもあります」
それにしても河合さんは相変わらず、私のことをよく観察している。私が何か行動を起こすときは大鷹さんが理由だとすぐに気づく。とはいえ、運動をすると見た目が変わるだけでなく、他にもメリットがたくさんある。
「家で15分の運動を毎日していたら、背筋が伸びて猫背解消になった気がします。あと、便秘気味だったのが解消しました。腰にくびれが出て来た気がするし、体重も少しですが減った気がします」
「ふうん」
「週末の散歩も良かったのかもしれません」
運動しなさいとはよく言われるが、まさかここまでの効果とは思っていなかった。河合さんも私と一緒で仕事中は椅子に座っての作業が多い。運動と散歩を勧めてみることにした。
「河合さんもぜひ、毎日の運動と散歩をお勧めします。健康にもいいし、見た目もスッキリするし、とてもいいですよ」
私の言葉を聞いた河合さんは、なぜかその場で黙り込んでしまった。河合さんもまた、運動が苦手な人間だろうか。だとしても、やった方がいいのは間違いない。ともに頑張りあう仲間がいれば、続けられるものだ。大鷹さん以外にも運動仲間がいれば、さらに心強い。
「……運動、見た目、相手のために、浮気、オレ以外に」
「河合さん?」
黙っていたかと思ったら、今度は急に呪文のような言葉をぶつぶつとつぶやき始める。しかし、その言葉を聞くうちにある既視感が私を襲う。
(これは、私の創作ネタが思いついた時と同じ光景だ)
私もこんな姿を大鷹さんにさらしているかと思うと、恥ずかしくなる。いまさら何を言っているのだと気がしなくもないが、今後はもう少しおしとやかに、上品に創作ネタを頭の中で整理しようと決意した。
それにしても、河合さんも、満を持して創作でも始めたのだろうか。小説を始めたいとは言っていたが、だとしたら創作の先輩である私が何かアドバイスすべきだろうか。私が悩んでいる間に、河合さんはようやく現実に戻ってきたようだ。
「先輩、そのネタで小説って書きましたか?書いてませんよね?」
「いや、ここでその話は……。ほら、お客さんが来たから、私は持ち場に戻るね」
タイミングよく、店の自動シャッターが開いてお客さんがやってきた。河合さんとの会話を強制終了させた私は、お客様を迎えるために頬を軽く押さえて笑顔を作る。普段は無表情でたまに怖いと言われる顔だが、接客の仕事(銀行の受付業務)を始めて8年になるので、外用に笑顔を作るのはお手のものだ。
「いらっしゃいませ」
河合さんの熱い視線を感じながら、私は午前の残りの業務に取り組むのだった。
「先輩、それで先ほどの話の続きなんですけど!」
昼休憩になり、控え室でお弁当を食べていると、扉を勢いよく開けて河合さんが入ってきた。たまたま、河合さんは休憩前に長引くお客さんにあたり、昼休憩に入るのが遅れていた。ずいぶんと興奮しているようで、鼻息荒く私の隣に腰掛けて睨みつけてくる。まるでカツアゲにあっている気分である。実際にそんな目にあったことは無いが。
「みゃだ、ですよ」
せっかく口に入れて味わっていた卵焼きを飲み込んで答えると、今度はさげすむような視線をむけられる。いったい、今日の河合さんはどうしてしまったのか。運動の話をしてからどうにも様子がおかしい。
「まだ、とは何ですか!私、先輩の小説にはお世話になっているんですよ!せっかく、自分自身の体験をネタにできるのに、どうしてまだ取り掛かっていないんですか!」
そういえば、彼女には私の創作アカウントを教えていたのだった。私の小説は書籍化に至る可能性は皆無だが、読者はそれなりにいる。そのうちの二人が身内だというのはなんとも言えない気恥ずかしさがある。しかも、その二人は熱狂的なファンだったことを思い出す。
一人は当然、大鷹さん。もう一人は目の前にいる後輩である。思わず、あたりを見わたすが、今の時間は休憩に入る人はいない。部屋には私と河合さんの二人きりだ。
「どうしてって言われても、日常生活のすべてをネタにできないでしょう?確かに運動ネタは面白いけど……」
と言いながらも、私の頭の中にはさっそく河合さんの独り言を参考にネタが浮かび上がってくる。
私の頭の腐り具合は今日も平常である。河合さんに何かアドバイスできるほど高尚な脳みそはもっていなかった。
仕事をしていたら、河合さんに声を掛けられた。ちょうど午前中で人がいなくなったところを見計らっていたのだろう。もしかして、運動の効果が他人にもわかる程度に現れたのだろうか。だとしたら、努力が報われたようでとてもうれしい。
「痩せたように見えますか?」
「まあ、多少、顔とか身体がスッキリしたかなと」
「ありがとうございます!」
思わず、席を離れて河合さんの両手を握ってしまう。他人が見てわかる変化が現れたということは相当効果が出たということだ。このまま頑張っていけば、大鷹さんもきっと、私の体型を見てあきれることはないはずだ。まあ、大鷹さんに体型のことで文句を言われたことは一度もないが。
「おおたかっちのためですか?」
「それもありますが、やはり自分自身の健康のため、というのもあります」
それにしても河合さんは相変わらず、私のことをよく観察している。私が何か行動を起こすときは大鷹さんが理由だとすぐに気づく。とはいえ、運動をすると見た目が変わるだけでなく、他にもメリットがたくさんある。
「家で15分の運動を毎日していたら、背筋が伸びて猫背解消になった気がします。あと、便秘気味だったのが解消しました。腰にくびれが出て来た気がするし、体重も少しですが減った気がします」
「ふうん」
「週末の散歩も良かったのかもしれません」
運動しなさいとはよく言われるが、まさかここまでの効果とは思っていなかった。河合さんも私と一緒で仕事中は椅子に座っての作業が多い。運動と散歩を勧めてみることにした。
「河合さんもぜひ、毎日の運動と散歩をお勧めします。健康にもいいし、見た目もスッキリするし、とてもいいですよ」
私の言葉を聞いた河合さんは、なぜかその場で黙り込んでしまった。河合さんもまた、運動が苦手な人間だろうか。だとしても、やった方がいいのは間違いない。ともに頑張りあう仲間がいれば、続けられるものだ。大鷹さん以外にも運動仲間がいれば、さらに心強い。
「……運動、見た目、相手のために、浮気、オレ以外に」
「河合さん?」
黙っていたかと思ったら、今度は急に呪文のような言葉をぶつぶつとつぶやき始める。しかし、その言葉を聞くうちにある既視感が私を襲う。
(これは、私の創作ネタが思いついた時と同じ光景だ)
私もこんな姿を大鷹さんにさらしているかと思うと、恥ずかしくなる。いまさら何を言っているのだと気がしなくもないが、今後はもう少しおしとやかに、上品に創作ネタを頭の中で整理しようと決意した。
それにしても、河合さんも、満を持して創作でも始めたのだろうか。小説を始めたいとは言っていたが、だとしたら創作の先輩である私が何かアドバイスすべきだろうか。私が悩んでいる間に、河合さんはようやく現実に戻ってきたようだ。
「先輩、そのネタで小説って書きましたか?書いてませんよね?」
「いや、ここでその話は……。ほら、お客さんが来たから、私は持ち場に戻るね」
タイミングよく、店の自動シャッターが開いてお客さんがやってきた。河合さんとの会話を強制終了させた私は、お客様を迎えるために頬を軽く押さえて笑顔を作る。普段は無表情でたまに怖いと言われる顔だが、接客の仕事(銀行の受付業務)を始めて8年になるので、外用に笑顔を作るのはお手のものだ。
「いらっしゃいませ」
河合さんの熱い視線を感じながら、私は午前の残りの業務に取り組むのだった。
「先輩、それで先ほどの話の続きなんですけど!」
昼休憩になり、控え室でお弁当を食べていると、扉を勢いよく開けて河合さんが入ってきた。たまたま、河合さんは休憩前に長引くお客さんにあたり、昼休憩に入るのが遅れていた。ずいぶんと興奮しているようで、鼻息荒く私の隣に腰掛けて睨みつけてくる。まるでカツアゲにあっている気分である。実際にそんな目にあったことは無いが。
「みゃだ、ですよ」
せっかく口に入れて味わっていた卵焼きを飲み込んで答えると、今度はさげすむような視線をむけられる。いったい、今日の河合さんはどうしてしまったのか。運動の話をしてからどうにも様子がおかしい。
「まだ、とは何ですか!私、先輩の小説にはお世話になっているんですよ!せっかく、自分自身の体験をネタにできるのに、どうしてまだ取り掛かっていないんですか!」
そういえば、彼女には私の創作アカウントを教えていたのだった。私の小説は書籍化に至る可能性は皆無だが、読者はそれなりにいる。そのうちの二人が身内だというのはなんとも言えない気恥ずかしさがある。しかも、その二人は熱狂的なファンだったことを思い出す。
一人は当然、大鷹さん。もう一人は目の前にいる後輩である。思わず、あたりを見わたすが、今の時間は休憩に入る人はいない。部屋には私と河合さんの二人きりだ。
「どうしてって言われても、日常生活のすべてをネタにできないでしょう?確かに運動ネタは面白いけど……」
と言いながらも、私の頭の中にはさっそく河合さんの独り言を参考にネタが浮かび上がってくる。
私の頭の腐り具合は今日も平常である。河合さんに何かアドバイスできるほど高尚な脳みそはもっていなかった。
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