結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ

文字の大きさ
38 / 234

番外編【バレンタイン】1今年のバレンタインは一味違います~手作りチョコが欲しいです~

しおりを挟む
「もうすぐ、バレンタインですね。」

 オレは妻である紗々さんに話しかけた。1月の最終週の土曜日、オレも紗々さんも休みで、一緒にのんびりと家で過ごしていた。リビングで昼食を食べながらテレビを見ていたら、バレンタイン特集がやっていたので、話を振ってみることにした。

「ああ、もうそんな季節ですか。」

 紗々さんは、あまりイベントごとに興味がないように見えた。いや、興味がないというよりは、イベントごとを毛嫌いしているように見えた。しかし、実際は違うことを結婚して身に染みて理解した。
バレンタインもあまり乗り気ではないようだ。ただし、それは現実世界のイベントに限ると但し書きがついてくる。





「リア充は敵だ。」

 なぜか、そのようなことを名言としている紗々さん。現実のオレたちが生きている世界のイベントには興味も持たず、むしろ敵意を持っている。それが、二次元、創作上では大いに興味があり、興奮するイベントと話すのだ。その部分については、いまだにオレには理解できない。

 オレが考えている最中に紗々さんは、バレンタインについての持論を述べ始めた。


「バレンタインって、現実ではうざいだけですよね。だって、最近は好きでもない人に、義理チョコとか言って会社に配ったりしなくてはいけないですし。友チョコだの自分チョコだの渡す相手も様々で面倒で仕方ありません。」

 そう言いつつも、なぜだか嬉しそうにしている紗々さん。なんとなくその理由は察することができた。聞くと話が長引きそうだと思ったので、これ以上追及するのはやめておいた。そのはずなのに。追及はやめたのに、話し始めてしまった。


「でも……。」

 紗々さんは最近話題になっている「腐女子」という人種だった。BL(ボーイズラブ)が好きで、脳みそがBLに侵されている。どうやら、二次元、創作上でのイベントごとには大いに興味があるようで、クリスマスのときも、自分のクリスマスよりも創作のクリスマスをどうするかで悩んでいた。


「現実ではくそイベントですが、二次元上、BLでは大変重要なイベントなのです。受けの男子が男でもチョコを渡してもいいのか。でも、相手はモテモテで、自分なんかがチョコを贈る必要はないのかも、と葛藤する萌えシチュエーション。さらには、チョコレートを受けにかけてのチョコプレイ。バレンタインとは、二次元、ことBLにおいて、特に受けにとっての重大イベントなのです。」


 紗々さんは、BLになると、途端に饒舌になる。そして、テンションが上がると、オレには意味不明の話を長々と嬉々として話し始める。本人は楽しそうなので、話を遮るのも可哀想だと思い、話し始めたら仕方なく毎回最後まで聞くようにしている。とはいえ、オレでは考えもつかないことを話しているため、ためになるかはわからないが、退屈することはなかった。


「今回も、全力で執筆しますよ。目指せ、あまあまバレンタイン。」






「僕の方にも、あまあまをくれてもいいんですが。」


 つい、本音が口に出る。本人に自覚がないのが厄介だが、オレと紗々さんは結婚しているのだ。そして、新婚である。それなのに、あまあまではないバレンタインでは寂しすぎるだろう。そう思っての発言だったのが。

 紗々さんは「腐女子」であり、自分でもBL小説を投稿している。イベントごとが近づくと、ネタ探しに奔走している。オレたち夫婦の会話の中からでも、平気でネタだといって使おうとしている。夫婦生活よりも自分のBL小説に力を入れているようで面白くない。


「大鷹さんは甘いものが好きなんですか。わかりました。できるだけ甘そうなチョコを買ってくることにします。」

 オレの妻、紗々さんは鈍感女性だった。自分はもてないと思っているのか、自分で言っている通り、現実世界に興味がないのか。オレの言葉を誤解していることが多い。何度もオレは紗々さんに好きだと言っているのだが、いまいち伝わっていないようだ。

今回もオレの気持ちはきちんと伝わらなかったようだ。別に甘いものが特別好きというわけではないのだが。





「紗々さんは、オレにチョコをくれるということでしょうか。」

 紗々さんの今の発言を聞くと、チョコをくれるということなのだろうか。それなりにオレのことを好きということだろうか。いや、紗々さんもオレのことを好きだということは知っている。だからこそ、チョコをくれると言っているのだろう。まさか、この後に及んで義理チョコを準備するということも考えられるが、それを想像すると悲しいのでやめておく。チョコをくれるのはうれしいが、一つお願いしたいことがあった。


「手作りチョコをくれると嬉しいです。」


 そう、紗々さんからの手作りチョコが欲しくなった。オレも最近、紗々さんの影響を受けて、BLものをたしなむようになった。そのせいか、脳みそがだんだん腐ってきているようだ。

 手作りチョコなんて、もらってもうれしいと思ったことはなかった。好きでもない女性からの手作りチョコほど重たいものはない。それに、何が入っているのかもわからないので、申し訳ないが、もらっても、食べずに捨てていた。それなのに、今なぜか紗々さんからの手作りチョコを所望している。

 きっと、紗々さんが好きだからだろう。好きな人からもらうから、なおさら、手の込んだものが欲しいと思うのだ。


「………。」

 オレの言葉に紗々さんは黙り込んでしまった。オレは何か間違ったことを言ってしまっただろうか。自分の言葉を振り返るが、特に何が悪いのかわからない。しばらくの沈黙の後、紗々さんは改まって宣言した。







「面倒なので、手作りはしません。」

 ガーンとオレの頭にショックの鐘が鳴り響く。面倒とはいったいどういうことだろうか。仮にも、自分の夫、新婚ほやほやの相手にあげるチョコに対しての言葉だろうか。

 オレの悲しそうな顔にさすがに罪悪感が湧いたのだろうか。面倒だといった説明を丁寧にしてくれた。


「いや、そんなにショックを受けても、ダメですよ。今時、手作りよりも、買ってくる方が安くておいしいチョコがあるので、そちらの方が大鷹さんもいいでしょうということだけです。それに……。」


 続けた紗々さんの言葉は、紗々さんらしいものだった。


「それに、手作りの何が面倒かというと、使い終わった調理器具の後片付けですよ。あれがどうしても私は嫌なんです。だって、そうでしょう。一生懸命作り、完成品を見て満足感に浸った後の、汚くなった調理器具たちを見たときの絶望感。ああ、これを片付けるのか、と。」


「いや、でも手作りという労力を好きな人にかけようとは思わないのですか。そう、紗々さんは今まで手作りチョコを好きな人にあげたことはないんですか。あと、テレビで見たことがあるんですが、推しの誕生日とかに何か作ったりとかは。」


 面倒といっても、好きな人にあげるためなら、多少の労力をいとわないものだろう。少なくとも、オレはそう思うのだが。


「甘いですね。大鷹さん。私がそんなことをする人間だと思いますか。」


「いえ、思いません。」


 そうだった。紗々さんはそういう人だった。とにかく、面倒事が嫌いな人だった。土日もせっかくの休みなのに、引きこもりを決めている。好きなアニメや声優のイベントにも参加しないし、映画もレンタルしか見ていない。

 とにかく、何をするにもやる気がない人だった。唯一、やる気があるとすれば、BL小説の執筆。それ以外で燃えているところを見たことがないのを思い出す。



「わかりましたか。では、わかりついでに、私のバレンタインの思い出をせっかくですので、話してあげましょう。」

 どうやら、今日は紗々さんの機嫌がいいようだ。話してとも言っていないのに、自ら話し出した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

身体だけの関係です‐三崎早月について‐

みのりすい
恋愛
「ボディタッチくらいするよね。女の子同士だもん」 三崎早月、15歳。小佐田未沙、14歳。 クラスメイトの二人は、お互いにタイプが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。 中学三年生の春、そんな二人の関係が、少しだけ、動き出す。 ※百合作品として執筆しましたが、男性キャラクターも多数おり、BL要素、NL要素もございます。悪しからずご了承ください。また、軽度ですが性描写を含みます。 12/11 ”原田巴について”投稿開始。→12/13 別作品として投稿しました。ご迷惑をおかけします。 身体だけの関係です 原田巴について https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789 作者ツイッター: twitter/minori_sui

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...