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5それぞれの体育祭と文化祭①~双子の場合~(2)

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「いらっしゃい。あなたたちが喜咲と陽咲の友達ね。待っていたわ。あなたたちのおかげで、喜咲たちの毎日が楽しくなっているみたいだから、感謝しなくちゃね」

『お邪魔します』

「藤芳子(ふじよしこ)と申します」

「山都小撫(やまとこなで)と言います」


 彼女たちが私の家を訪れたのは、話題が上った次の日だった。実は高校初の定期テストがあるということで、今はテスト週間真っただ中だった。そのため、部活が休みになり、放課後は時間が余っていた。もちろん、そんなくだらない話で盛り上がるための時間に使うのではなく、テスト勉強に有効利用するのが本来の目的だ。しかし、そんなことを言って聞くような連中ではない。それに、私の家に集まった目的は、「みんなで楽しく勉強会」だ。なぜかそこには麗華の姿もあった。


 くそ母親に挨拶を済ませ、私たちは陽咲の部屋に案内された。私の部屋である理由はないが、陽咲の部屋は地雷だらけだ。部屋の本棚には百合系漫画がずらりと並び、壁には男性に大人気の女子のアイドルグループ(二次元)のポスターが貼られている。

「いいねえ。素晴らしいよ。オタクはかくあるべき」

 よだれを垂らし、恍惚とした表情で部屋を見渡すこなで。

「私とは趣味が合いそうにないね。喜咲の部屋はこれとは反対に、BLに満ち溢れているの?それなら私はそっちで勉強しようかな」

 陽咲と趣味の方向性が違うため、私の部屋に行きたいと訴える芳子。もちろん、私の部屋にBL関連のものは一切置いていない。もし、芳子が言うような部屋があるとすれば、あのくそ両親の部屋だ。まあ、請われても絶対に案内するつもりはないが。

「陽咲さんは、本当にぶれなくてうらやましい限りです。私もあなたのように芯を通していける強さを身につける必要があります」

 オタク部屋を見て、うらやましいだの、芯の強さだの、この部屋に似つかわしくない言葉を吐くのは麗華。


「今日、私の家に来た理由はわかってる?テスト勉強!そう、あくまであんたたちを私の家に呼んだのは、来週に迫ったテストのための勉強会だから!』

 このままだと、いつまでたっても肝心のテスト勉強を始めることができない。この部屋にいるすべての者に聞こえるように、声を張り上げて宣言した私の言葉は、思わぬ方向に話題がずれるきっかけとなった。


「そうだった。喜咲、話の軌道修正アリガと。皆さん、なぜ、あなた方を私の家に呼んだのか、真の理由をお忘れですか?」

 真の目的は、テスト勉強だろ、もう一度声を大にして叫びたかったが、口を閉じることにした。この際なので、このまま気配を消して、陽咲の部屋から退出して自分の部屋でテスト勉強に専念すればいい。我ながらナイスアイデアを思いついた。そろりそろりと部屋のドアに向かって後退していると。





「トントン」

 部屋の扉をノックする音が聞こえた。部屋をノックするのは一人しかいない。

「どうぞお。入って大丈夫だよお」
 
 陽咲の間の抜けた声により、部屋にくそ母親が入ってきた。

「楽しそうねえ。お母さんは、友達を家に呼んだことなんてなかったから、新鮮な光景ね。もしよければ、私にも何を話していたのか聞かせてくれる?まあ、私とあなたたちの年だと話が合わないかもしれないけど」

 お菓子と人数分のお茶の入ったグラスを持ってきた母親は、すぐに部屋を出ることはせず、その場に居座ることにしたようだ。部屋の扉の前に立っているので、私が部屋から出る退路は断たれてしまった。

「いや、私たちはテスト勉強のために集まったんだよ。それはちょっと……」


「喜咲のお母さんは、体育祭と文化祭が夏場に行われることに、どのような考えをお持ちですか?私たちは今、二つの行事が秋に行われる重要性を喜咲に教えている最中なのです!」

 私の言葉は最後まで聞くことなく、こなでが興奮したように話し出す。母親は驚いた顔をしていたが、徐々に笑顔になり、目を輝かせ始めた。まさかの親も交えての討論になりそうだ。

「いやいや、いくら何でもそんな話題、うちの親が食いつくわ、け」


「そうねえ。私も秋に行われることに賛成だわ。でも、こんなおばさんの意見なんかより、あなたたちの意見を聞かせて頂戴。そうか、喜咲たちの学校は、体育祭と文化祭が夏にあるのね」

 母親の笑顔と目の輝きから、わかっていた。そんな彼女の暴走を止めることは私にはできなかった。陽咲の顔を見ると、こちらはなぜか急激にテンションが下がってしまったらしい。

「お母さん、私たちの会話に割り込んでこないでよ。お菓子とお茶はありがたく受け取っておくから、さっさと自分の部屋に戻って。私は彼女たちと女子高生トークで盛り上がるんだから」

「あら、そうなの。いいなあ、女子高生トーク。私も高校時代にやってみたかった。まあ、そんなことを今さら言っても仕方ないか。わかりました。ここは陽咲の言葉に免じて、おばさんは退散します。でもね、陽咲、後でお母さんにどんな話をしていたかくらい説明してね」


「それくらいなら別にいい」

「了解です!」

 私の止めるのは聞かなかったくせに、なぜか陽咲の言葉に素直に従う母親。その差にイラっと来たが、ここで怒って場をしらけさせるわけにもいかない。怒りを胸の内に押し込んで、私は本来の目的であるテスト勉強に取り掛かるよう皆に促した。彼女たちに私の思いは伝わることは、もちろんなかった。


「いや、テスト勉強はこの家に来る口実でしょう。ほら、勉強なんて家でもできるし、それに、私たちって、実はそこまでおつむが弱い人はいないでしょう?」

「うわ、自分頭いい発言来たよ。確かに私たちの中で、赤点とるような輩はいないね。だって、全員、大学志望だもんね」


 こなでの笑顔の発言と、芳子の冷静な突っ込みに、どう反応していいかわからなかった。事実は事実だが、だからと言って、勉強もせずにこんなくだらない話をしてもいいのだろうか。私の思いをくみ取った陽咲が、それならと新たな案を持ち掛ける。


「それなら、勉強しながらすればいいじゃない。何も、一つのことしかしちゃいけないなんて決まりはないし。はい、では皆さん、学校の課題を終わらせつつ、話を進めましょう!」

『はーい!』

 陽咲の言葉に頷き、返事をした私以外は、話と課題の両立を図ることにしたようだ。私はもう耐え切れないと部屋を退出しようとしたが、残念ながら失敗に終わり、陽咲の部屋で彼女たちと一緒に勉強することになった。






「夏に昼が長いことは当たり前で、そんな中、文化際をやってしまったら、あの、秋寂しい夕方の良さが出ないでしょう。それに、夏は浴衣での大事なイベントがあるのに、体育祭と文化祭はいらないでしょ。何より。あの夏の暑さじゃ、アレができない!」

 テスト勉強をしつつも、いまだに体育祭と文化祭が夏に行われるデメリットを説いているのは、こなでだ。他の二人、陽咲と芳子もそれに頷いている。麗華は意味がよくわからないのか、首をかしげていた。オタクに染まりきっていないところが微笑ましい。

「それは、夏に行う最大のデメリット。あの文化祭の定番、メイド服を夏の暑いときに着てしまったら、汗でドロドロで、エロの前に匂いでやられるわ!それと、もう一つあるんだけど」

「知っているよ。夏は、恋人たちの最大のイベントである『花火大会』が待っているので、それどころではないということでしょう!浴衣のイベントと言えばそれしかない!」

『よくわかってる!』

 会話はツッコミ不在で進み、三人のテンションはどんどん上昇している。それを見つめるのは、どのように会話に参加していいかわからない麗華と、会話そのものを右から左に流してテスト勉強に集中しようとする私だった。

「夏祭りで暑い中の浴衣エロ、花火大会での告白聞こえない難聴現象という一大イベントがあるのに、それと同時に体育祭と文化祭なんてやっている暇なし!」

『賛成!』

「秋にやるメリットは、イベントの少なさだよね。体育祭と文化祭を夏にやってしまったら、二学期のイベントがないことで、恋人たちの刺激がなくなって、マンネリな高校生活になっちゃうよね」

「まあ、一番いいのは、体育祭と文化祭を一緒くたにせず、個別に盛り上がる方が理想だけど、そこまですると、現実問題、時間もそうだし、勉強がだいぶおろそかになるから、一緒くたにやるのは、我慢しよう。最初にこれはあきらめたからね。とはいえ、この大事なイベントを平日にやるのはナンセンスだよね」

『うんうん』

 夏に開催するデメリットについては決着がついたようだ。しかし、まだまだこの話題で盛り上がるようだ。たかが高校の学校行事に、何をそこまで話せるのか不思議でならない。しかも、競技でもないし、今までの思い出というわけでもない。ただの開催時期だけ。そもそも、現実と二次元では何もかもが違うので、一緒に考えること自体がおかしい。所詮、二次元と三次元、いや妄想と現実の違い。同じに考えてはいけない。





「いい加減、ありもしない二次元と、現実の三次元の区別をつけたら?どうせ、何をどう頑張っても、二次元ほど楽しそうなものは三次元で作れないでしょ!」

『それはわかってるけど』

「そんなことは、百も二百も承知だよ。わかっていても、二次元と現実を比較したくなるの。その違いに絶望して、やっぱり二次元はいいものだなと実感するのも悪くないでしょう!」

「私だって、二次元が三次元にはおこりえないと思ってるけど、それを比較して盛り上がるのを否定される理由はない!」

「区別なんてとっくにできてる。できていないのは、喜咲の方じゃないの?」

「わ、私にはわ、わかりません……」


 あまりにも長すぎる議論に、とうとう私の堪忍袋の緒が切れてしまった。とはいえ、私は謝るつもりはなかった。彼女たちがあまりにも、現実と二次元を一緒くたにしているかのような発言にイライラしたからだ。どう考えても、二次元のような文化祭も体育祭もできるはずがない。あれは所詮、頭の中の妄想であり、それを現実と比べて談議するのは時間の無駄だ。

 そう思うのに、私はどうにも気分が晴れることはなかった。


 そんな感じで、私の家でのテスト勉強会が終わり、芳子とこなで、麗華は家に帰っていった。陽咲は私に何か言いたそうな顔をしていたが、聞くのが嫌で自分の部屋に引きこもる。くそ両親にも心配されたが、無言を貫き通した。
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