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4陽咲のクラスメイトが家にやってきます③

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 駅から私たちの家は徒歩で十分ほどだ。その間、私と陽咲は、麗華の腕に自分たちの腕を絡ませて歩いていた。同じ格好をした、同じ顔の女と、それを両腕に携えて歩く、男にしか見えない男装の麗人。私たちは周囲から注目を浴びていた。とはいえ、誰も私たちに声をかける勇気はないようだった。

 家の前までやってきたとき、見知った相手が道の反対側からやってくるのが見えた。その男は、片手を女性とつないで仲睦まじく私たちがいる方向に歩いてくる。


「ゲッ」
「最悪」

 男は私と視線が合うと、嫌な顔をして隣の女の耳もとで何かささやく。しかし、女は男の言葉耳に入らないようで、ぼおっと、私たちを見つめるばかりである。

「よう、お前らと会うのは、隣に住んでいるのに、久しぶりだな」


 女が自分のことを無視しているのが気に食わないのか、男は声を張り上げて、私たちに挨拶する。気に食わないのは私と陽咲も同じだ。陽咲はすでに男を見た瞬間から、麗華の背中に隠れて震えている。そんな様子を見ていた麗華は、どうしたらいいのかおろおろと視線を陽咲と目の前の男の間でさまよわせる。

「そうね。でも、あいにくと再会を喜ぶなんてことがないのは、あんたが一番よくわかっていると思うけど。そちらの女性は、荒太の彼女?」

 陽咲がいる以上、さっさとこの男、隣に住む幼馴染の海藤荒太をこの場から退場させなくてはならない。私はあえて、きつい口調で荒太に言葉を投げかける。

「その言い方はヒドイな。まあ、オレもお前ら家族の本性を知ってしまったから、お前らとの再会を喜ぶことはない。喜咲の言う通り、彼女とオレは付き合っている」

 中学校で起きたあの事件後、私たちは、荒太が男という理由だけで距離を置いた。荒太には申し訳ないと思ったが、陽咲のために距離を置かざるを得なかった。それは今でも正しい判断だと思っている。しかし、荒太も私たちから距離を置くようになった。理由は不明だが、あの事件をきっかけに、私たちと荒太の関係は変化した。





「ねえねえ、喜咲さんっていうの?そこのめちゃくちゃイケメンの彼は、あなたの彼氏?あれ、でも喜咲さんと同じ顔の子がもう一人いる……。もしかして」

 私と荒太の剣呑な雰囲気を感じ取れなかったのか、荒太の彼女だという女が会話に割って入ってきた。可愛らしい彼女だった。高校生であり、校則で髪は染められないのだろう。黒い髪を肩まで伸ばしていた。休日ということもあり、顔にはばっちりと化粧が施されていた。目元が強調され、頬はピンクに色づいている。唇もプルプルと潤っていた。

「バカそうな女」

 世間から見たら可愛い部類に入る彼女に対して、私の印象はたった一言だった。しかも、つい心の中での言葉が口から出てしまった。幸い、女は私の後ろの麗華に夢中だったため、私の言葉は聞こえていなかったらしい。荒太も、自分の彼女が熱心に見つめる麗華を見て放心していたため、私の言葉は誰にも聞かれることはなかった。


「初めまして。私は鈴木麗華(すずきれいか)と申します。彼女たちと同じ高校に通っています。彼女たちとは親友です。以後お見知りおきを。かわいいレディ」

 麗華さんは空気を的確に読んでいた。私と陽咲が彼らを快く思っていないことを察し、なおかつ、彼らが自分に見惚れているということを利用して、スマートに自己紹介を始めた。先ほどのおろおろとしていた彼女とは思えない豹変ぶりだ。彼女の自己紹介を聞いて、やっと彼らは正気に戻る。

「同じ高校、親友……」

「ふん、ばかばかしい。男と女が親友とかありえないだろ。まあ、こいつら双子を相手取ってるってことは、相当頭がいかれた奴だな」

 二人は別々の反応を示した。女は親友と聞いて、納得したようなしないような複雑な表情をしていた。荒太は自分の彼女が麗華にくぎ付けなのが気に食わないのか、暴言を吐き不機嫌そのものだった。





「どうしたの?家の前で話し声が聞こえると思ったら、ああ、荒太、帰ってきていたのね。そちらが荒太とお付き合いしている彼女ね。荒太の言った通り、とても可愛らしい女の子ね」

 この状況にさらに面倒な相手がやってきた。荒太も面倒な相手がやってきたと思ったのだろうか。新たに登場した人物にさっさと退場するよう言葉をかける。

「なんで家から出てくんだよ。今から家に入ろうと思ってたんだ。さっさと家に戻れよ。くそばば」

「自分の母親になんて物言いをするのかしら。あら、そこにいるのは」

 新たに登場した彼女は荒太の母親だった。息子との会話の最中、ようやく私たちの存在に気付いたようだ。目があったので、軽く会釈するが、荒太の母親は目があった途端、顔をしかめた。

「あら、汐留さんの家の子が、私の息子に何の用事かしら?確か、息子と違って進学校に入学したと聞いたわよ。さぞかし、ご両親は喜んでいるでしょうね」

 開口一番、荒太の母親は嫌味を私たちに向けてきた。幼稚園の頃までは、荒太の母親と私たち家族は良好な関係だったと、くそ母からは聞いている。理由はわからないが、隣の家の私たちに向ける視線がそれ以降、厳しいものになったらしい。


「いえ、両親はこれくらいでは喜びませんよ。それにしても、息子さんに彼女ができたようですね。おめでとうございます。荒太君と同等レベルで、お似合いです。とても可愛らしい彼女さんで、私がもし男だったら、絶対に選ばないタイプの子ですけど」

 向こうが嫌味を言ってきたのなら、私もそれ同様の嫌味を返すまで。もともと、荒太に会った時点で、イライラはたまっている。大人でも子供でも関係ない。そもそも、隣の家との関係が崩れたのは、おそらく、十中八九あのくそ両親のせいだと私は思っている。だとしたら、そのおかしな両親の娘、というレッテルを貼られた私たちが、良い目で見てもらえるはずがない。

 私の嫌味返しを受け取った隣の家の母親は、もうこれ以上の会話はしたくないとばかりに、息子に話しかける。

「こんなところで話していたら、風邪をひいてしまうわ。あなたが今日、荒太が紹介してくれると言っていた彼女さんね。さあさあ、あの子たちのことは放っておいて、さっさと家の中に入りましょう。あなたのために、今日は張り切ってご飯を作って待っていたのよ」




「ええと……」

 ちらと荒太の彼女が麗華の方を振り向いて、その場から離れることを躊躇する。それに気づいた麗華は、にっこりと極上スマイルを顔に張り付けて彼女に優しく語りかける。

「レディ、そんな悲しそうな顔をしないでください。あなたの彼氏さんが戸惑ってしまうでしょう。今は、あなたの彼氏さんを優先すべきです。それに私は」

 麗華が私たちに目配せする。そして、彼女の淡い期待を打ち砕く発言をした。


「私は、彼女たちとお付き合いしておりますので、レディがどんなに私に焦がれ、愛してくれようとも、私の心は変わることはありません」

 そう言うと、まるで我が家のような足取りで、私たちの家に歩き去っていく。あまりの颯爽とした歩き方に、私だけでなく、妹の陽咲も、荒太たちの陣営も驚きで固まってしまった。




 お互いが固まってしまい、その場は静けさが覆っていた。


「ピンポーン」

 休日の昼間ということもあり、静けさ満ちる住宅街に響き渡る、インターホン。

「あの、汐留陽咲さんのクラスメイトの鈴木麗華と申します。本日は……」


「あなたが噂の陽咲の友達ね。悠乃さん!やっと来たわよ。陽咲のお友達!」

 その沈黙を壊したのは、静けさをもたらした張本人と、私たちのくそ親だった。
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