冷徹秘書は生贄の恋人を溺愛する

砂原雑音

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番外編

黒木貴仁の独白1

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 初めて、佳純の唇にキスをした時の焦燥感の理由が、今ならはっきりとわかる。
 
 どうにかして、彼女の感情を俺に向かせたかったからだ。俺に頼ればいいのに頼らない彼女に。何か理由を付けなければ傍にはいないだろう彼女に。恐らくこのまま何もしなければ、本当にただ縁の無い関係で終わるだろう彼女の心に、無理にもその縁を結び付けたかったのだ、きっと。

 思えば、最初から、おかしかった。
 井筒に近い人間が突然何か仕掛けてきたからといって、もっと別の方法でも良かったのだ。それこそ本当に弱味を握ってしまっても良かった。
 呆れるくらいのただのお人好しだと気付いた時に、さっさと解放してやっても良かった。割と早い段階で、そうだとわかっていたのだし。

 にもかかわらず、なんだかんだと、長引かせた。自覚のなかった行動の、その理由。昼の時間に彼女をからかうのが楽しかった。金曜夜に、既に無駄なはずの彼女の報告を聞くのも楽しかった。何せ、報告なんてのはほぼ口実、彼女と井筒の様子を見るためというのが本当のところだ。

 口実が、なくなるからだ。いずれ俺はいなくなるし、彼女は俺には頼らない。多分それが、焦燥感の理由。

 吸い寄せられるように唇に口づけた理由だ。

 不可解だった自分の衝動的な行動のわけを理解した。
 古河に腕を離させた直後、俺の袖を掴んだ彼女を見て自分の欲求を自覚した、今ならよくわかる。

 放っておけない。つい構う。身近に居なければ腹立たしい。だったら傍に置けばいい。
 そこらの悪い男にこうしてあっさり引っかかるのが目に見えているなら、俺で構わないだろう。
 
「佳純、遅くなって悪かった」

 真っ赤になった彼女を見下ろし、柔らかな頬を撫でる。
 その表情と手のひらに伝わる熱に、満足する。

 初めてすべて自分のものにしたいと思った。こんなに可愛い女はいないと思った。早々に手に入れるべきだ。

 しかも、一刻も早く。時間もあまり残されていないのだから、身体が先でも心が先でも構わない。
 彼女が、他の悪い男にひっかかる前に。
 いつか『彼女に気付く男』が現れる、その前に。
 寧ろ、今誰もいないことが幸運だ。

 だから、彼女の答えがどんなものでも、行先は左に決まっていたし前に進んでもすぐに戻って右だった。逃がす気などさらさらない。

 どうしてキスなんかしたのだと真っ赤になって抗議してくるあたり、意識しているのは間違いない。

 それで充分だ。
 ただ雰囲気に流されているだけなら、そのまま押し流してしまえばいい。
 意識しているに過ぎない感情なら、一時的なもので終わらないよう忘れられないくらいに甘やかしてしまえばいい。

 これ以上ないくらいに、丁寧に触れて、口づけて、甘やかして、こちらも昂りそうになるのを、たまに虐めて気を散らす。
 どろどろに溶かしてしまうつもりだった。
 恋情か欲情かもわからないくらいに溶かしてしまえ。

 こうなるとわかっていたら、泥酔した夜にもさっさと抱いてしまえばよかったなとふと頭を過ったが、意識が無ければ意味はないなとすぐに思いなおす。

 気持ちを曖昧なまま強引に抱き込んで、その後も縛ってしまおうと言うのだから、やはり酔いで忘れられては困るのだ。

 ぐずぐずに濡れたその場所を執拗に愛撫して、彼女の目の焦点があやふやになるまで続ければ、くにゃっと骨まで溶けたように身体の力が抜ける。

 足の間を陣取って、自身を宛がうとそれだけで吸い込まれていきそうなほど、蜜口は柔らかく解れていた。

 早く、早く繋いでしまえ。
 いつのまにか俺も理性が飛びかけていたのかもしれない。組み敷いた彼女の濡れた瞳を見て、更に気が逸る。

 しかし。

「……すき」

 その言葉に、ぴたりと腰が止まる。

「すき、すきです」

 聞けるとは思ってもいなかった言葉だった。

 さっさと手に入れてしまえと浅ましい欲で溢れていた身の内を、すっと流れていく。その瞬間は、何も考えることができなかった。
 ただ、俺の下で、くしゃりとした泣き顔が唇を戦慄かせ、もう一度その言葉が零れてくる。

「黒木さん、すき」

  身の内を一度雪がれた後のその言葉は直に響いて、次に生まれたのは純粋な、そしてやはり男の欲求でもあった。
 ぐっと彼女の腰を掴む手に力がこもる。勢いそのままに最奥まで叩き込めば、痛みがあるのに決まっている。奥歯を噛みしめて衝動を殺したつもりだが、きっと然程の差はなかっただろう。

 柔らかく熱い中を、押し進む。奥まで辿りついたところで、はっと息を吐きだした。深く埋めてしまえば慣れない刺激に膣壁がひくついているのが伝わってくる。

「あ……あ……」

 仰け反る喉から細い声が聞こえる。彼女に馴染むまで待たなければと思うのに。

「……このタイミングで、煽るなっ」
「ひんっ!」

 腰を押し付けたい衝動が、治まらない。俺の下で、悲鳴を上げる細い体が、ぐちゃぐちゃになった顔で好きだといった佳純が、可愛らしくて仕方がなかった。





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