探偵と真夜中の太陽

桐条京介

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第12話 情報屋

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 ある意味、妖魔より怖い千尋をなんとか振り切ったあと、新は市内のパチンコ店に来ていた。

 大通りから細い通りに移動し、店どころかあまり家もないような場所だ。駐車場は小さく、テレビで宣伝しているようなチェーン店とは大違いである。

 周囲には放置されている田んぼが散見し、人けもない。そんなところで個人経営のパチンコ屋はひっそりと営業していた。

「恰好つけて、前金貰わないで仕事受けておきながらパチンコ? いいご身分だよね」

 棘のある言葉を背中にぶつけてきたのは、千尋に追われる原因を作った自称助手だった。悪鬼羅刹と化した女が待っているだろう事務所に一人で戻りたくないと、半ば強制的についてきた。

 執拗に聞かれたので、新も根負けして道中で依頼について教えた。その際についうっかり、前金を辞退したことまで喋ってしまった。

 面倒臭がりの新の代わりに、事務所の支払いなども行っている祐希子は頭に角が生えるのではないかというくらいに激怒した。前金の百万円があったら、滞っている各所への支払いもできたのにと。

 もちろん新にも言い分はある。特に重要視しているのが、今回の依頼の胡散臭さだ。亡き夫のためというのが本当でも、どうして辺鄙な探偵事務所を頼る必要があるのか。

 その宝石がこの地にあるというのならわからなくもないが、どこにあるのかは把握できていないのだ。

 インターネットを使えば全国の、それも大手の探偵事務所とコンタクトが取れる。専業主婦から未亡人になったと言っていたので、時間もある。有名所に依頼を出した方が、見つかる確率はずっと高い。あえて弱小な個人を狙ったのだとしたら、思いつくのは盗品である。

 表立って探せない代物であるがゆえに、簡単に口封じできそうな人間を選んだ。港の隅にあるような事務所だ。いつの間にかなくなっていたとしても、近隣住民で気に留める人間はほとんどいないだろう。

 だが、それは普通に考えればの話だ。新の姉が警察官の千尋である以上、消息不明となれば全力で探すに決まっていた。

 頭の中にあった理由を面倒臭いながらも教えてやると、祐希子は見直したとばかりにキラキラと目を輝かせた。

「アタシ、新の探偵っぽいとこ初めてみたかも」

「おい」

「だって依頼なんてほとんどないし、あっても迷い猫探しとかばっかだったし。あとは千尋さんに聞いた妖魔退治でしょ。危険だから尾行はやめろって警告にしては、子供じみた脅しだなと思ったくらいだから、実際に昨日見るまではどこかでサボってるとばかり」

 確かに一般人に妖魔の存在を信じろというのは無理がある。だからといって証拠を見せたりすれば大騒ぎだ。一人程度であれば冷静さが戻るまで説得したりもできるが、人数が増えるとそうもいかない。口止めも効果を発揮せず、瞬く間に情報伝達ツールなどで広まるだろう。

 オカルト好きな見物人が邪魔になって、妖魔を逃がしたり、逆に対峙する側がやられたりすればシャレにもならない。そのため古くから妖魔退治をする家では、目撃者や依頼者に徹底して口外しないように求めてきた。

「ま、見直してくれたんなら、何よりだ。お前は先に戻っていいぞ。今なら忠告も素直に聞けるだろ」

「それとこれとは話が別。いいだろ、ちょっとくらい。アタシに手伝わせてよ」

「やれやれ。邪魔だけはしてくれるなよ。とりあえずお前はここで待ってろ」

 返答を待たずにパチンコ店に入る。中央に店名の書かれた曇りガラスの自動ドアが開くなり、ジャラジャラと玉やコインが台から出る音が耳に響いた。音楽も負けないくらいの音量で流れており、慣れてないとうるさい以外の感想を覚えそうもない場所だった。

 依頼に必要だとなれば話は別だが、基本的に新はギャンブルをやらない。パチンコ屋に立ち寄ったのは情報を得るためだ。

 景品交換カウンターの側に立っている男性の従業員に、交換をお願いしたいと二枚の万札を握らせる。

 ニヤリとした従業員はすぐに頷き、二万円分の景品を新に手渡す。それを持ってすぐ外へ出る。あまり長く店内にいると耳が駄目になりそうだった。

 素直に駐車場で待っていた祐希子が、新の姿を見つけるなり駆け寄ってくる。

「それ何?」

 新が右手に持っている長方形の小さなプラチック製のものを見て、不思議そうにする。未成年でパチンコ店に入った経験などあるはずもない祐希子は知らなくて当然だが、新が持っているのは景品だった。

「出玉と交換してもらえるんだよ。で、この景品を買ってくれる場所がある。そこで金銭にするというわけだ」

「へえ。それじゃ、あんな少しの時間で大当たりしたの? 凄い! 探偵よりパチプロになるべきだよ! もしくは副業にするとか」

 彼女の目は本気だった。そんなに錦鯉探偵事務所の財務は逼迫してるのかと、所長として申し訳なさも若干だが覚える。

「そんな簡単に当たるか。これは現金を景品に変えてもらったんだ。交換率が等価ではないから、渡した二万円分はないはずだが、それでもパチンコ店にとっては手数料を取れるからな。頼めばやってくれるわけだ。自分で玉を買って交換をするようなもんだしな。ここの店に限った話かもしれないが」

「そうなんだ……って、それじゃ、単純に損をしてるだけだろ! 新って実はアホなの? そんなお金があるなら支払いに回してよ! そのうち水道も止められちゃうだろ!」

 いざ依頼をキャンセルしたい時に、前金を貰ったでしょと脅されるのを避けたかったとはいえ、前金は貰っておくべきだったのかもしれない。今さら後悔しても後の祭りなので、とりあえず新は本来の目的を祐希子に教える。

「そもそも俺は遊びに来たんじゃない。損をしに来たわけでもな。情報を買いに来たんだよ」

「情報?」

「こっちだ。ついてこい」

 先に歩く新の背中を、とことこと祐希子が追いかけてくる。

 駐車場を歩くこと一分程度。隅の目立たない場所に小さな建物があった。小窓があり、微かに開いている。新はそこに持っていた景品を押し込むように置く。

「調子はどうだ、ワン公」

「……ひひっ。その声は錦鯉のダンナネ。ボチボチヨ。デ、ナンの情報がホシイネ」

 若干裏返り気味の、聞きやすいとはいえない甲高い男の声が窓の奥からした。中には畳が敷かれていて、ゆっくりするスペースがある。

 カタコトの日本語だが、話し方自体はわりとしっかりしている。窓から覗く目が不気味に輝き、外に立っている新の姿を確認する。

「オヤ。今日はオヒトリサンじゃナイネ。ウワサの自称助手とヤラを一緒に――」

 そこで男の声が止まる。ついでに新から祐希子に移されたばかりの視線も。

 男は情報屋で、これまで何度も売買をしている。だがこの反応はいまだかつてないものだった。不審さを覚えた新は、どうしたと強めの口調で問いかける。

「アイヤー。失礼シタネ。オツレサン、美人ネ。ドウネ、今履いているパンティをクレタら、今回のお代は無料で結構ネ」

「祐希子、頼む」

 躊躇いなく、新は居候兼自称助手にお願いした。二万円が戻ってくるなら、代わりの下着などいくらでも買ってやれる。

 窓から半分ほど見えるガマガエルみたいな顔に、反射的に祐希子は悲鳴を上げた。即座に首を左右に振り、態度でお断りだと示す。

 悲しそうにする男のすぐ側で、怒りを露わにするのは新だ。

「我儘言うんじゃない。お前が我慢すれば水道代を払えるぞ。ただの布きれ一枚じゃないか。そんな小便臭いのは捨てて大人になれ!」

「嫌に決まってるだろ! セクハラにパワハラだよ! そんなに言うなら新の下着をあげればいいだろ!」

「その場合は、料金五十割増しネ」

 二万円の五十倍となると、考えたくもない値段になる。仮に割引すると言われても、おぞましいので従うつもりはないが。

「祐希子、今からお前を正式な助手に任命してやってもいいと思う」

「パンツを売らせるために!? 最低すぎるだろ! 人としてどうかと思うよ、それ!」

「服、全部セットなら、十万円払ってもイイネ」

「それだとアタシ、すっぽんぽんになっちゃうだろ!」

「ウヒヒ。そうネ。困ったネ」

 ガマガエルのニヤけた顔。不気味としかいえない窓から覗く男の姿に、祐希子は自分の身を守るように両手で上半身を抱いて後退りする。

「絶対、嫌だ! そうだ。千尋さんを呼ぼう。ちっぱいだけど美人だから、きっとショーツも価値あるよ」

 名案とばかりに言った祐希子だったが、その提案が思わぬ効力を発揮した。

「チョ、チョット待つネ! あのバケモノはゴメンネ。アレを女と言ったら、世の女に失礼ネ!」

 千尋を呼ばれたら困るのは、新も一緒だった。そもそもこんな取引場面を、現職の警察官に見せるわけにはいかない。

 とりあえずは情報屋の男と一緒になって祐希子を落ち着かせる。

「残念ダケド、仕方ナイ。諦めるネ。ケド、イツデモ頼ってイイネ。一晩付き合ってくれタラ、三十万出してもイイネ。処女ナラ百万でもイイヨ」

「思ったけど、千尋さんって処女っぽいよね」

「俺に聞くな。血が繋がってなくても、実の姉弟も同然に育ってるんだ。嫌な想像をさせるな」

「ソウネ! ワタシを殺すつもりナラ、怒るヨ。力づく、意外と嫌いジャナイネ、ユキコサン」

 名前を呼ばれた祐希子が絵具をぶちまけられたみたいに、顔を青ざめさせる。唇まで本来の色素を失いかねない勢いだった。

「どうしてアタシの名前を知ってるんだよ!」

「サッキ、錦鯉のダンナが言ってタネ」

 猛獣が唸るような声とともに睨みつけられる。

「よし、わかった。なら、俺が責任を取って祐希子のショーツを一万円で買ってやろう。それで好きな物でも買うといい。俺って太っ腹だなあ」
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