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第26話 ドラゴンの里へ行ってみよう

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 黙って死を受け入れるしかないのか。途方に暮れるところに、ひとりの男性が新たにやってくる。昨日、サレッタとナナを誘拐したエルローだった。

「あ、貴方様は……まさか、あのクソガキ――いや、少女の仲間なのですか!?」

 恐れを知らないというわけではなさそうだが、聞かずにはいられないとばかりにエルローが叫んだ。側近どもが緊張の面持ちで雇い主の身を守っているが、薄紙で作られた盾も同然だろう。

 ブラックドラゴンはエルローをひと睨みすると、面白そうに目を細めた。

「我は孤高の存在。貴様ら人間と違い、無様に群れたりはせぬ。人間よ、貴様が我の仲間と考えた者の名を言え」

 眼光鋭いドラゴンに脅すように質問されて、言いたくないと拒絶できる人間がいるとは思えない。エルローが何かを言うより先に、カイルはサレッタを連れてまだ無事な建物の陰に身を隠した。

「どうして隠れるの?」小声でサレッタが聞いてくる。

「ドラゴンはもとより、エルローに見つからないようにだ」

 建物の陰にしゃがみ、少しだけ顔を出したカイルがこっそりとブラックドラゴンの様子を窺う。背後では、サレッタも同じようにしゃがんでいる。

 エルローがカイルを発見すれば、あいつの仲間のガキだとナナのことを教えかねない。誘拐事件の元凶であるエルローが死んでも何とも思わないが、ブラックドラゴンに目をつけられるのはマズい。

「何か話が聞ければとも思ったが、そんな真似をしたら殺されそうだ。遊び半分で町を焼く奴だしな。それに、仲間がいないとも言った。ナナが仲良くしたがるタイプとは思えないから、きっと本当だろう」

 一緒に行動した期間は数日もないが、それでもナナが心優しいどらごんなのは理解できた。カイルにだけ毒舌なのは玉に瑕だが。

「だから隠れて、エルローと悪いドラゴンのやりとりを聞いて、情報を得ようとしてるのね」

「まあな。町の住人には申し訳ないが、エルローに関してはどうとも思わないしな」

 納得したサレッタと一緒に、カイルはブラックドラゴンと対峙したエルローを見る。震えながらも、懸命に不敵な笑みを浮かべようと努力していた。

「き、着ぐるみを着た少女ですよ。そいつは自分をドラゴンだと言ってました。外見は貴方様と違いますが、口から火を吐けます。魔法かとも思いましたが、違うみたいでした。ならば、あの少女は人間ではありません」

「ほう。なかなかに面白い情報だ」

「そ、そうでしょう! ほ、他にも色々と知っています。私を仲間にすると、かなり役に立ちますよ!」

 ドラゴンの前で両手を広げたエルローが言い放ったのは、カイルがまったく予期していなかった台詞だった。あろうことかエルローは、ブラックドラゴンに自分を仲間にしろと要求したのだ。

 何が狙いかは知らないが、人間を下等生物と罵る相手――それも強大なドラゴンが要望に応じるとは思えない。

「我に協力すると言っているのか。何が望みだ?」

「あ、貴方様ひとりでは人間全員を支配するのは難しいでしょう。ですから、私にお手伝いをさせてください。王国の支配を任せてほしいのです。きっと利益を出してみせますぞ!」

 とんでもない願いを口にするエルローに、衛兵のみならず側で身を守る側近たちも唖然としていた。

 ドラゴンに服従してでも、権力を欲する男。狙いが成功すれば勝ち組になるのかもしれないが、とことんクズだ。少なくとも、カイルが好きなタイプの人間ではなかった。

「なるほど。我のおこぼれにあずかりたいというわけか。貴様、恥ずかしくはないのか?」

「偉大なドラゴン様にお仕えするのは、人間として当然です。何も恥ずかしくはありません!」

 カイルの背後で、最低と呟いたサレッタが地面に唾を吐き捨てる。付き合いはだいぶ長いが、そのような態度をとるのを見たのは初めてだった。よほど目にしているエルローの醜態が不愉快なのだろう。そして、それはカイルも同じだった。

「殊勝な考えだが、貴様は勘違いをしている。下等生物の協力がなければ、我が人間を支配できぬというあたりが特にな」

 ニヤリと笑ったブラックドラゴンが口を大きく開く。圧倒的な迫力がもたらす絶望に犯されて、自分自身すらもエルローは見失う。泣き叫んで命乞いをし、何度も部下にしてくださいと哀願する。

 最後には奴隷にしてくださっても結構ですと言っていたが、ブラックドラゴンは炎を吐くまで口を閉じなかった。

 吐き出されたのは業火。ナナの吐く火とはまるで違う漆黒の炎が、一瞬にしてエルローを焼き、骨まで溶かす。あまりにも凄まじい威力を目の当たりにして、情けなくもカイルは奥歯をガチガチと鳴らした。

「人間ごときが、我に要求をするとはな。身の程をわきまえておけば、ほんの数秒程度は長生きできたろうに。クックック」

 愉快そうに笑うブラックドラゴンが、恐怖に怯えて硬直する衛兵たちを見た。

「先ほどの人間が言っていたのは本当か? 我の他にドラゴンがいるだと?」

 ギロリと睨まれた衛兵のひとりが、反射的に口を開く。カイルやサレッタと一緒に、盗賊と戦ってくれた衛兵だった。

「は、はいっ! で、ですが、外見は人間でして……た、ただ、自分をドラゴンだと言って、火を吐けたのは本当です」

 命惜しさからか、まるで自白の魔法でもかけられたみたいに、ぺらぺらと自分の知っている情報を、敵であるはずのブラックドラゴンに教える。

「ほう。では、自らをドラゴンと呼称する人間をこの場に連れてこい」

 命令された衛兵は、どうしようかとばかりに周囲を見渡した。その時、偶然に隠れて様子を見ていたカイルと目が合った。

 しまった。見つかった。カイルは自らの迂闊さを呪った。あの衛兵であれば、カイルの顔を覚えているはずだ。常にナナと一緒に行動していたのも。

 衛兵の口から暴露されるシーンを想像したが、現実はその通りにはならなかった。

「そ、それが……昨夜、この町を出ておりまして、もういないのです」

 確かにカイルと目が合ったはずなのに、ブラックドラゴンに向き直った衛兵はそう告げた。ドラゴンに見えないよう、背中に回した手で、町の外を差すように人差し指を伸ばしながら。

 衛兵はカイルの存在を知った上で、嘘を言ってくれたのだ。早く逃げろというジェスチャーとともに。

「探して連れてくればよかろう。さもなければ、我が町を滅ぼして終わりにするだけだ。このようにな」

 ニヤニヤした笑みを崩さないドラゴンは再び口を開き、カイルの視界の中で顔見知りだった衛兵も含めて大勢の人間を炎で焼いた。

 漆黒の炎の威力は凄まじく、鎧などものともせずに人間の体を焼き、瞬く間に骨だけにしてしまう。最後にはその骨まで溶かし、場には何も残らない。あまりにも無慈悲な一撃だった。

「よく聞け、この町にいる人間どもよ」

 広場のど真ん中で、ブラックドラゴンが声を張り上げた。ネリュージュどころか、王都にまで届くのではないかと思えるくらいに大きく響く。

「今から三日以内に、自らをドラゴンと呼ぶ恐れを知らぬ人間を連れてこい。できなければ貴様らを殺す。どこへ逃げても無駄だ。この国はおろか、この世界に住む人間を根絶やしにする力が我にはある」

 言い終えたあと、ブラックドラゴンは満足したように広場でのんびりし始めた。遊び疲れたので、ひと休みしようとでも言いたげに。

「く……ちくしょうが……!」

 ロングソードの柄に手をかけたカイルを、背後にいるサレッタが抱きつくように止めた。

「駄目よ、カイル。私たちが行ったところで無駄死によ」

「わかってる……! くそっ!」

 昨夜に追われるはめになったが、それでも一時的に共闘して顔見知りになった衛兵が無残に殺されたシーンは堪えた。

 反射的に怒りでこの場を飛び出しそうになったが、その時も必死になってサレッタがカイルを制止した。

 強大なブラックドラゴンと対峙したところで、脆弱な人間のカイルには何もできない。だからといって、ナナを連れてくるような真似はしたくない。

「どうすればいいんだよ……!」

 拳で地面を叩くカイルに、まずはこの町を出ようとサレッタが提案した。

 カイルたちがナナと一緒にいたのを知っている住民がいれば、間違いなく追い回される。もしかしなくとも、生贄としてブラックドラゴンの前に差し出されるだろう。

「だが町を出てどうする。上手く逃げられたところで、ブラックドラゴンは人間の町すべてを滅ぼしかねないぞ」

「……時間はあまりないけど、ドラゴンの里へ行ってみよう」

 サレッタの発言に、カイルはあまり驚かなかった。頭の片隅にはあったからだ。

「ナナを連れ戻すのか?」

「違うわよ。相手が凶悪なドラゴンなんだから、別のドラゴンに助けてほしいとお願いするの」

「なるほど。やってみる価値はあるか……」

 ブラックドラゴンは周囲で慌てふためく人間の声を子守歌代わりに、町の広場で眠りにつこうとしている。すぐには再び町を破壊しようとはしないだろう。行動するのなら今のうちだ。

 ナナが盗賊を倒してくれた時の賞金がまだあるので、カイルとサレッタは顔を隠し、まずは馬を調達することにした。町の中にある馬小屋へ移動し、どんなのでもいいから売ってもらおうとする。

 だが、すでに馬は一頭もいなくなっていた。少しでも長生きをしたいと考える住民が、我先にと奪い合うようにして馬を買っていったのだという。

 金持ち連中も、家財道具をほぼ置き去りにして脱出を開始している。この分では、一日も経たずにネリュージュは廃墟も同然になりそうだった。

 仕方なしにカイルとサレッタは徒歩で町を出る。到底間に合うわけもないが、ネリュージュに留まって怯えているよりはマシだと考えた。

 逃げ出す人々で騒ぎになっている道を離れ、ナナと別れたあたりまで走って移動する。そこでようやく、顔を隠していた布も外した。
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