26 / 62
第26話 大人
しおりを挟む
俗に言う大人になったということなのか。翌朝の私は、自分のベッドの上で窓から降り注ぐ朝日を薄目で眺めながら、そんなことを考えていた。
つい先ほどまで隣で眠っていた男性はいない。午前中に講義があるということで、大学へ向かっている最中なはずだ。本当は私も同じなのだけれど、ベッドから出る気にはなれなかった。横たわらせている肉体には、まだかすかな気だるさが残っている。原因は睡眠不足だけではない。他に幾つもの理由が存在した。
想像していたシチュエーションとは大きく違った。けれど私は大人の女性になった。これだけがすべてではないけれど、なんとなくそんな気がした。ファーストキスと同時にこのような展開になるとは、夢にも思っていなかった。そんなつもりはなかったのに、場を支配していた雰囲気に逆らえなかったのだ。
これが状況に流されるというものなのだろう。文字だけではわからない独特な空気が、昨夜の私の部屋に充満していた。だからといって、嫌な気分になっているわけではない。積極的に勝負を仕掛けようと思っていなくとも、結果的に好意を抱いている男性に初めてを捧げられた。
事の顛末を聞けば、幾人かは「ふしだらだ」と私を軽蔑するだろう。何せ、交際中だった男性と別れた直後の出来事だったのだ。自分自身でも、同様の感想を所持している。
それでも、どことなく満ち足りた気分になっているのが不思議だった。頭から毛布をかぶると、昨夜の出来事が閉じられた瞼の裏に浮かんでくる。顔から火が出そうなくらい羞恥で頬を真っ赤にしているのに、口元が少しだけ緩む。まさかこの私が、男性と肌を重ねられるなんて想像していなかった。
振り返りたくもない中学や高校生活を考えれば、まともな恋愛を経験できているのが奇跡みたいだった。しかし決して夢ではなく、私は確かな現実を生きている。
「……私も、大学へ行こうかな……」
ふと急に新しい彼氏になった掛井広大の顔が見たくなった。思い立ったら即行動とばかりに、ベッドから降りると衣服を身に着ける。大学に入ってから本格的に覚えた化粧を施し、出発の準備を整える。
「広大君はきちんと大学へ行っているかな」
そんな独り言を呟きながら、恋人とひと晩を過ごした部屋を出る。外に出てドアの鍵を閉めていると、背中に太陽の光が寄り添ってくる。どうやら、今日も良い天気になりそうだ。
*
やってきた大学の教室内が、私の登場とともに一気にザワつきだす。特に何をしたわけでもないので、逆にこちらが驚く。現在は講義の合間の休憩時間であり、静かな雰囲気の中にいきなり乱入し、自ら注目を集めたりもしていない。普通に入室しただけだった。
にもかかわらず、まるで人気の俳優でも来たかのような騒ぎっぷりである。ますますわけがわからなくなり、挙動不審に私は顔をあちこちに向ける。一定しない視線の中に、ふと見慣れた顔が映る。新しく恋人になった掛井広大ではなく、最近一緒に出かけたりする女性たちだった。
「もしかして……杏里ちゃん?」
女性の中のひとりが、恐る恐るといった感じで声をかけてくる。何を当たり前の質問をしているのだろうと不思議がりながらも、私は「そうだよ」と応じた。
「やっぱりィ!」
興奮か驚愕か。どちらにせよ、女性陣が私を東雲杏里本人だと知って、興奮しているのだけは確かだ。これで騒ぎの理由が、ますます不明になった。迷宮入りする一歩手前ぐらいの感じである。
「もしかして、整形したの?」
何かを聞きたそうにしながらも、まごまごすること数分。複数の友人女性の中で、ひとりが代表するように質問してきた。ここでようやく私はハッとする。新たに二度目の整形手術を行っており、以前の私とは大きく変わっている。昨夜の出来事のインパクトが強烈すぎたため、そちらの方をすっかり忘れていた。
風貌は変わっているものの、どことなく見覚えのある名残を所持している。そんな女性が教室へ入ってきたのだから、ある程度の騒ぎになるのはむしろ当たり前だった。
「うん……似合わないかな」
「そんなことないよ。凄く可愛くなってる」
友人の女性たちと一緒に、いつも使っている席まで移動する。道中も周囲の人間たちが、好奇の視線でじろじろと私を見てきた。無言ではあっても、何かを指摘されているみたいで、どうにも居心地が悪い。考えてみれば、整形したと公表するような真似をしたのは今回が初めてだった。
1回目の時は誰にも知られないようにしていたため、この場にいる学生たちもその事実を知らない。私自身もそのつもりだったのだから、この点についての問題は一切なかった。ゆえに1回目の整形を終えた時点の私が、教室にいる面々にとっては本物の東雲杏里になる。そして名前も顔も知っている女性が、いきなり整形手術を施して目の前に現れた。
興味を覚えるのも無理はなく、とりわけ友人の女性たちは熱心にどの部位を直したのかなどを尋ねてくる。別に隠す必要もないので、私はひとつひとつ丁寧に答えていく。そのうちに新しい彼氏である掛井広大が教室へ戻ってきた。どうやら、今の今までどこかへ出かけていたみたいだった。
「あれ、やっぱり講義を受けに来たの?」
フレンドリー感溢れる態度で、掛井広大が私の隣へ座る。いきなりの密着ぶりに、周囲の人間から小さなザワめきが起こる。
「うん。黙って部屋にいるのも、暇だったし」
多少の気恥ずかしさを覚えながらも、普通に言葉を返す私の顔を、友人の女性たちが興味津々といった様子で覗き込んでくる。
「なんか2人、すっごく親密になってない?」
「あ、私もそう思った。絶対、気のせいなんかじゃないよね」
いきなりの指摘にどう応じたものか悩んでいると、隣に座っている掛井広大が実にあっさり私たちの関係を暴露した。
「実は昨日から付き合ってんだよね。もうラブラブ」
このような展開に慣れてない私は「本当?」と尋ねられても、顔を真っ赤にして頷くぐらいしかできなかった。代わりに隣の掛井広大が得意満面に、友人たちの質問に受け答えしている。
「もしかして、杏里ちゃんが整形した理由って掛井のため?」
「本当に? 彼氏を愛する一途な乙女心ってやつ?」
そういうわけではないのだけれど、ここで「違います。元彼のためです」なんて説明したら、事態がややこしくなるだけだ。糸原満と別れて、掛井広大と交際を開始したのは事実なので、とりあえずは友人女性たちの発言に乗るような形で肯定の返事をする。
「すっごーい。でもさ、杏里ちゃんって、年上の彼氏と付き合ってなかった?」
「あ、だよね。確か、前に一度会ったことある」
以前に糸原さんとデートしていた時、偶然に友人女性たち及び掛井広大と出くわしたことがあった。そんなに古い出来事ではないので、その場にいた人間は皆覚えているはずだ。
こんな状況下で「私はずっとフリーだったよ」と嘘をつけるはずもないので、素直に別れた事実を皆に教える。
「ま、要するに俺が無理やり奪い取ったのさ。
自分で自分の魅力が恐ろしくなるな」
「うわ。掛井、キモっ。私だったら、付き合うの無理だわー」
友人女性のからかいを含んだツッコみに掛井広大が「うるせえよ」と返せば、場の雰囲気がすかさず明るくなる。
同時に私は新しい彼氏へ感謝の念を覚えた。元彼と別れた直後に、すぐさま新しい男と付き合う。尻軽女と侮蔑されてもおかしくないだけに、そうした空気に包まれるのを極端に恐れていた。
しかし掛井広大の発言で、周囲の興味はすでに彼へ移った。きっと私を気遣ってくれたのだろう。そう思うと、自然に涙が溢れそうになる。
「杏里ちゃん。本当に掛井なんかでよかったの?」
またもや冗談半分で聞いてくる友人女性に、私は心から「うんっ」と返事をした。
*
すっかりラブラブなカップルという印象を持たれた私と掛井広大は、並んで大学の講義を受けていた。講義中にもかかわらず、時折些細な悪戯をされたりする。相手男性をたしなめながらも、新鮮な感覚にテンションが上がる。目立てば叩かれる存在にすぎなかった私が、良くも悪くも教室内の脚光を浴びるようになった。文字どおり生まれ変わったみたいな気分だった。
受けるべき講義は午前中にしかなかったので、終わればあとは帰宅するのも自由になる。それを知っている友人女性たちがお茶に誘ってくれる。
「残念。これから、杏里は俺とデートだからさ」
応じようと思っていた矢先、掛井広大がアカンベーするみたいに舌を出しながら、同級生たちの誘いを勝手にすべて断ってしまった。
後ろから抱きつくような形で、私の上半身に手を回してくる。その様子を見せられた友人の女性たちは、やや呆れた口調で「本当にラブラブね」と降参気味に呟いた。
「ご、ごめんね。また今度ね」
そう言うしかない私は、友人に手を振りながら、新しい恋人の掛井広大とともに退室する。先ほどの対応ひとつを見ても、元彼の糸原満と大きく異なっていた。さっきの現場に糸原満がいたら、間違いなく自分のことは気にしないで、友達と遊んでくればいいと私の背中を押してくれたはずだ。
気を遣ってくれてるのがわかり、交際当時の私も相手の優しさだと判断していた。しかし、こうした強引なのも悪くない。掛井広大と恋仲になって、そんな思考が大勢を占めるようになっていた。元々が内向的な私には、もしかしたら草食系と呼ばれる男性よりも、掛井広大みたいな肉食系なタイプが合っているのかもしれない。
「これから、どうしよっか」
大学を出て繁華街を歩きながら、私は隣にいる彼氏へ問いかけた。今日はバイトもなく、スケジュールも空いているので好きなだけ相手へ合わせられた。
尋ねられた掛井広大はさも当然のように、私の部屋へ向かうと答えた。日付が変わるまで一緒に過ごした場所だと思えば、頬が熱をもってくる。街中で余計なことを考えるなと言われても、勝手に昨晩の濃厚なシーンが脳裏に蘇ってくる。
「じゃ、じゃあ、お昼の材料でも買って帰ろうか。
広大君も、お腹……空いたでしょ」
「俺? 大丈夫だよ。杏里をたくさん食べるから」
下ネタというのと無縁だった私は、相手が何を言ってるのか、最初わからなかった。ポカンとしてるこちらの表情を見て、掛井広大がニヤリとする。
「つまり、こういうこと」
日中の繁華街。当然のごとく、周囲にはたくさんの人が歩いている。その中で気づけば、私の唇に掛井広大の唇が重ねられていた。
つい先ほどまで隣で眠っていた男性はいない。午前中に講義があるということで、大学へ向かっている最中なはずだ。本当は私も同じなのだけれど、ベッドから出る気にはなれなかった。横たわらせている肉体には、まだかすかな気だるさが残っている。原因は睡眠不足だけではない。他に幾つもの理由が存在した。
想像していたシチュエーションとは大きく違った。けれど私は大人の女性になった。これだけがすべてではないけれど、なんとなくそんな気がした。ファーストキスと同時にこのような展開になるとは、夢にも思っていなかった。そんなつもりはなかったのに、場を支配していた雰囲気に逆らえなかったのだ。
これが状況に流されるというものなのだろう。文字だけではわからない独特な空気が、昨夜の私の部屋に充満していた。だからといって、嫌な気分になっているわけではない。積極的に勝負を仕掛けようと思っていなくとも、結果的に好意を抱いている男性に初めてを捧げられた。
事の顛末を聞けば、幾人かは「ふしだらだ」と私を軽蔑するだろう。何せ、交際中だった男性と別れた直後の出来事だったのだ。自分自身でも、同様の感想を所持している。
それでも、どことなく満ち足りた気分になっているのが不思議だった。頭から毛布をかぶると、昨夜の出来事が閉じられた瞼の裏に浮かんでくる。顔から火が出そうなくらい羞恥で頬を真っ赤にしているのに、口元が少しだけ緩む。まさかこの私が、男性と肌を重ねられるなんて想像していなかった。
振り返りたくもない中学や高校生活を考えれば、まともな恋愛を経験できているのが奇跡みたいだった。しかし決して夢ではなく、私は確かな現実を生きている。
「……私も、大学へ行こうかな……」
ふと急に新しい彼氏になった掛井広大の顔が見たくなった。思い立ったら即行動とばかりに、ベッドから降りると衣服を身に着ける。大学に入ってから本格的に覚えた化粧を施し、出発の準備を整える。
「広大君はきちんと大学へ行っているかな」
そんな独り言を呟きながら、恋人とひと晩を過ごした部屋を出る。外に出てドアの鍵を閉めていると、背中に太陽の光が寄り添ってくる。どうやら、今日も良い天気になりそうだ。
*
やってきた大学の教室内が、私の登場とともに一気にザワつきだす。特に何をしたわけでもないので、逆にこちらが驚く。現在は講義の合間の休憩時間であり、静かな雰囲気の中にいきなり乱入し、自ら注目を集めたりもしていない。普通に入室しただけだった。
にもかかわらず、まるで人気の俳優でも来たかのような騒ぎっぷりである。ますますわけがわからなくなり、挙動不審に私は顔をあちこちに向ける。一定しない視線の中に、ふと見慣れた顔が映る。新しく恋人になった掛井広大ではなく、最近一緒に出かけたりする女性たちだった。
「もしかして……杏里ちゃん?」
女性の中のひとりが、恐る恐るといった感じで声をかけてくる。何を当たり前の質問をしているのだろうと不思議がりながらも、私は「そうだよ」と応じた。
「やっぱりィ!」
興奮か驚愕か。どちらにせよ、女性陣が私を東雲杏里本人だと知って、興奮しているのだけは確かだ。これで騒ぎの理由が、ますます不明になった。迷宮入りする一歩手前ぐらいの感じである。
「もしかして、整形したの?」
何かを聞きたそうにしながらも、まごまごすること数分。複数の友人女性の中で、ひとりが代表するように質問してきた。ここでようやく私はハッとする。新たに二度目の整形手術を行っており、以前の私とは大きく変わっている。昨夜の出来事のインパクトが強烈すぎたため、そちらの方をすっかり忘れていた。
風貌は変わっているものの、どことなく見覚えのある名残を所持している。そんな女性が教室へ入ってきたのだから、ある程度の騒ぎになるのはむしろ当たり前だった。
「うん……似合わないかな」
「そんなことないよ。凄く可愛くなってる」
友人の女性たちと一緒に、いつも使っている席まで移動する。道中も周囲の人間たちが、好奇の視線でじろじろと私を見てきた。無言ではあっても、何かを指摘されているみたいで、どうにも居心地が悪い。考えてみれば、整形したと公表するような真似をしたのは今回が初めてだった。
1回目の時は誰にも知られないようにしていたため、この場にいる学生たちもその事実を知らない。私自身もそのつもりだったのだから、この点についての問題は一切なかった。ゆえに1回目の整形を終えた時点の私が、教室にいる面々にとっては本物の東雲杏里になる。そして名前も顔も知っている女性が、いきなり整形手術を施して目の前に現れた。
興味を覚えるのも無理はなく、とりわけ友人の女性たちは熱心にどの部位を直したのかなどを尋ねてくる。別に隠す必要もないので、私はひとつひとつ丁寧に答えていく。そのうちに新しい彼氏である掛井広大が教室へ戻ってきた。どうやら、今の今までどこかへ出かけていたみたいだった。
「あれ、やっぱり講義を受けに来たの?」
フレンドリー感溢れる態度で、掛井広大が私の隣へ座る。いきなりの密着ぶりに、周囲の人間から小さなザワめきが起こる。
「うん。黙って部屋にいるのも、暇だったし」
多少の気恥ずかしさを覚えながらも、普通に言葉を返す私の顔を、友人の女性たちが興味津々といった様子で覗き込んでくる。
「なんか2人、すっごく親密になってない?」
「あ、私もそう思った。絶対、気のせいなんかじゃないよね」
いきなりの指摘にどう応じたものか悩んでいると、隣に座っている掛井広大が実にあっさり私たちの関係を暴露した。
「実は昨日から付き合ってんだよね。もうラブラブ」
このような展開に慣れてない私は「本当?」と尋ねられても、顔を真っ赤にして頷くぐらいしかできなかった。代わりに隣の掛井広大が得意満面に、友人たちの質問に受け答えしている。
「もしかして、杏里ちゃんが整形した理由って掛井のため?」
「本当に? 彼氏を愛する一途な乙女心ってやつ?」
そういうわけではないのだけれど、ここで「違います。元彼のためです」なんて説明したら、事態がややこしくなるだけだ。糸原満と別れて、掛井広大と交際を開始したのは事実なので、とりあえずは友人女性たちの発言に乗るような形で肯定の返事をする。
「すっごーい。でもさ、杏里ちゃんって、年上の彼氏と付き合ってなかった?」
「あ、だよね。確か、前に一度会ったことある」
以前に糸原さんとデートしていた時、偶然に友人女性たち及び掛井広大と出くわしたことがあった。そんなに古い出来事ではないので、その場にいた人間は皆覚えているはずだ。
こんな状況下で「私はずっとフリーだったよ」と嘘をつけるはずもないので、素直に別れた事実を皆に教える。
「ま、要するに俺が無理やり奪い取ったのさ。
自分で自分の魅力が恐ろしくなるな」
「うわ。掛井、キモっ。私だったら、付き合うの無理だわー」
友人女性のからかいを含んだツッコみに掛井広大が「うるせえよ」と返せば、場の雰囲気がすかさず明るくなる。
同時に私は新しい彼氏へ感謝の念を覚えた。元彼と別れた直後に、すぐさま新しい男と付き合う。尻軽女と侮蔑されてもおかしくないだけに、そうした空気に包まれるのを極端に恐れていた。
しかし掛井広大の発言で、周囲の興味はすでに彼へ移った。きっと私を気遣ってくれたのだろう。そう思うと、自然に涙が溢れそうになる。
「杏里ちゃん。本当に掛井なんかでよかったの?」
またもや冗談半分で聞いてくる友人女性に、私は心から「うんっ」と返事をした。
*
すっかりラブラブなカップルという印象を持たれた私と掛井広大は、並んで大学の講義を受けていた。講義中にもかかわらず、時折些細な悪戯をされたりする。相手男性をたしなめながらも、新鮮な感覚にテンションが上がる。目立てば叩かれる存在にすぎなかった私が、良くも悪くも教室内の脚光を浴びるようになった。文字どおり生まれ変わったみたいな気分だった。
受けるべき講義は午前中にしかなかったので、終わればあとは帰宅するのも自由になる。それを知っている友人女性たちがお茶に誘ってくれる。
「残念。これから、杏里は俺とデートだからさ」
応じようと思っていた矢先、掛井広大がアカンベーするみたいに舌を出しながら、同級生たちの誘いを勝手にすべて断ってしまった。
後ろから抱きつくような形で、私の上半身に手を回してくる。その様子を見せられた友人の女性たちは、やや呆れた口調で「本当にラブラブね」と降参気味に呟いた。
「ご、ごめんね。また今度ね」
そう言うしかない私は、友人に手を振りながら、新しい恋人の掛井広大とともに退室する。先ほどの対応ひとつを見ても、元彼の糸原満と大きく異なっていた。さっきの現場に糸原満がいたら、間違いなく自分のことは気にしないで、友達と遊んでくればいいと私の背中を押してくれたはずだ。
気を遣ってくれてるのがわかり、交際当時の私も相手の優しさだと判断していた。しかし、こうした強引なのも悪くない。掛井広大と恋仲になって、そんな思考が大勢を占めるようになっていた。元々が内向的な私には、もしかしたら草食系と呼ばれる男性よりも、掛井広大みたいな肉食系なタイプが合っているのかもしれない。
「これから、どうしよっか」
大学を出て繁華街を歩きながら、私は隣にいる彼氏へ問いかけた。今日はバイトもなく、スケジュールも空いているので好きなだけ相手へ合わせられた。
尋ねられた掛井広大はさも当然のように、私の部屋へ向かうと答えた。日付が変わるまで一緒に過ごした場所だと思えば、頬が熱をもってくる。街中で余計なことを考えるなと言われても、勝手に昨晩の濃厚なシーンが脳裏に蘇ってくる。
「じゃ、じゃあ、お昼の材料でも買って帰ろうか。
広大君も、お腹……空いたでしょ」
「俺? 大丈夫だよ。杏里をたくさん食べるから」
下ネタというのと無縁だった私は、相手が何を言ってるのか、最初わからなかった。ポカンとしてるこちらの表情を見て、掛井広大がニヤリとする。
「つまり、こういうこと」
日中の繁華街。当然のごとく、周囲にはたくさんの人が歩いている。その中で気づけば、私の唇に掛井広大の唇が重ねられていた。
0
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる