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覚悟しろ!
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宿の待合ではここ数日同じ顔が二つ揃って並んでいた。
使用人達は街を飛び交う噂でそれとなくあれがそうなんだろうな、と察しながらも誰も見て見ぬふりをしていた。
最初こそ茶でも出そうか、と言ってみたけれど双方から断られた。
当初怒鳴り合いのような剣幕だった二人も今は傍から見れば穏やかに見える。
ぽつりぽつりと交わされる会話が耳に届いてくることはない。
「何度来られても私の気持ちは変わりません」
「もう一度あの子に会ってもらえませんか?そしたら・・・」
「それは出来ない」
会ってほしい、会えない、堂々巡りばかりだ。
「どうしてそんなに運命に拘るんです?私は私の伴侶と運命ではないが愛し合っている。彼にもいつかそういう人がきっと現れる。彼の相手は私ではない」
「・・・それは、間違いです」
「愛に偽りも真実もない。あるのは相手を慈しみ尊う気持ちだけだ」
「ですから、それは運命に出会う前までの話でしょう?今はもう違う。それが間違いだったと気づいたはずです」
「間違っていない。私の最愛はこの世でたった一人だけだ」
ここでまた冒頭に戻る。
何を聞かせても結局は会えばわかる、と言う。
その癖、連れては来ない。
連れて来られても困るがな、とアイザックはまた深くため息を吐いた。
ところ変わって演芸場の舞台上、ある二人が舞の稽古をしている。
力強く舞う一人と打って変わってもう一人には精彩がなかった。
カシャンと軽い音がして稽古用の半月刀が落ちた。
「ユーリス・・・」
「ごめん」
ユーリスは片刃刀の柄をぎゅっと握って俯いた。
運命の人に会ってからユーリスは稽古に身が入らない。
ユーリスの夢、マーナハン伝統の舞は愛の舞だ。
部族の違う二人が出会い惹かれ合い、時に戦い、最後は垣根を超えて結ばれる。
父が舞う姿を見てそれはユーリスの夢になった。
いつか父のように踊りたい、と。
Ω性が判明してからは女型に転向して稽古に励んできた。
やんちゃだったのをΩらしく、と自分のことを私と呼び髪を伸ばし粗野な言葉遣いを正した。
運命の人に出会い愛されるのは至上の幸福である、と教わったのもこの頃だ。
だからユーリスは運命の人を求める、幸福を掴むために。
それが約束を果たすことに繋がっているのならば尚更。
「ザヒート、私は幸せになれる?」
「もちろん、なれるさ」
「ほんと?」
ザヒートは俯いたユーリスの髪を梳くように撫でた。
そして、肩、腕、背中とポンポンと軽く叩く。
それはユーリスが元気になれるおまじない。
幼い頃からのザヒートからの励まし、それで元気になれる。
けれど、今はそんなことでは上を向けない。
「ザヒート、ありがとう。元気でたよ」
ユーリスは微笑む、ザヒートの悲しむ顔を見たくはないから。
一方リュカはというと、ずっとペンを走らせていた。
使用人に頼んだ原稿用紙はいつも使っているもので頼んでなかったインクもいつもと同じ色と銘柄だった。
一口でつまめるショコラにクッキー、パンに果物。
「ありがとう、アイク」
感謝の言葉を口にしてリュカは机にかじりついた。
思いのままに物語を紡いでいく。
日が沈めば、また明かりの中で紡ぐ。
指先は真っ黒で、花瓶のマーガレットは月明かりに浮かんでいた。
毎日届く花はマーガレット以外は全部押し花にした。
青紫に黄色や赤、名も知らぬ花はどこに咲いていたのだろう。
いつか教えてもらえるだろうか。
いつからいるのか、いつまでいるのかバルコニーに出ると必ずアイザックがいた。
半月だった月は徐々に膨らみ、その光は大きくなっていく。
アイザックは何も言わない、だからリュカも何も言わない。
ただただ、見つめあうだけだ。
リュカの腰ほどまでのバルコニーの柵、飛べばアイザックは受け止めてくれるだろう。
危ないぞ、と怒られるかもしれない。
そう言っても力強く抱きしめてくれるはずだ。
本当は今すぐにその胸に飛びこんでいきたい。
リュカ、と耳元で優しく囁いてほしい。
好きだと言ってほしい。
愛してほしい。
けれど、それは今じゃないとリュカは思う。
アイザックを愛しているから待つ。
アイザックにとって最良の結果になるのを待つ、その隣に自分がいればいいなとほんのちょっぴり思いながら。
誰よりも願うのは、アイザックの幸せ。
ほんの僅かな逢瀬、これが今のリュカの幸せ。
次の日、寝室から出ると花がすでにあった。
日が高く昇った室内は冬の日差しが柔らかく満たし、束になったそれは原稿用紙の傍に添えられている。
紫のリボン、十本のマーガレットの花束。
そっと花弁に触れると指先のインクが少し移ってしまってリュカは笑った。
白い花弁に染みのような黒、こういうところが駄目なんだよなとリュカはすでにあるマーガレットの花瓶に活けた。
この日、アイザックは運命の相手と二度目の出会いを果たす。
穏やかに晴れた冬の空の下で。
使用人達は街を飛び交う噂でそれとなくあれがそうなんだろうな、と察しながらも誰も見て見ぬふりをしていた。
最初こそ茶でも出そうか、と言ってみたけれど双方から断られた。
当初怒鳴り合いのような剣幕だった二人も今は傍から見れば穏やかに見える。
ぽつりぽつりと交わされる会話が耳に届いてくることはない。
「何度来られても私の気持ちは変わりません」
「もう一度あの子に会ってもらえませんか?そしたら・・・」
「それは出来ない」
会ってほしい、会えない、堂々巡りばかりだ。
「どうしてそんなに運命に拘るんです?私は私の伴侶と運命ではないが愛し合っている。彼にもいつかそういう人がきっと現れる。彼の相手は私ではない」
「・・・それは、間違いです」
「愛に偽りも真実もない。あるのは相手を慈しみ尊う気持ちだけだ」
「ですから、それは運命に出会う前までの話でしょう?今はもう違う。それが間違いだったと気づいたはずです」
「間違っていない。私の最愛はこの世でたった一人だけだ」
ここでまた冒頭に戻る。
何を聞かせても結局は会えばわかる、と言う。
その癖、連れては来ない。
連れて来られても困るがな、とアイザックはまた深くため息を吐いた。
ところ変わって演芸場の舞台上、ある二人が舞の稽古をしている。
力強く舞う一人と打って変わってもう一人には精彩がなかった。
カシャンと軽い音がして稽古用の半月刀が落ちた。
「ユーリス・・・」
「ごめん」
ユーリスは片刃刀の柄をぎゅっと握って俯いた。
運命の人に会ってからユーリスは稽古に身が入らない。
ユーリスの夢、マーナハン伝統の舞は愛の舞だ。
部族の違う二人が出会い惹かれ合い、時に戦い、最後は垣根を超えて結ばれる。
父が舞う姿を見てそれはユーリスの夢になった。
いつか父のように踊りたい、と。
Ω性が判明してからは女型に転向して稽古に励んできた。
やんちゃだったのをΩらしく、と自分のことを私と呼び髪を伸ばし粗野な言葉遣いを正した。
運命の人に出会い愛されるのは至上の幸福である、と教わったのもこの頃だ。
だからユーリスは運命の人を求める、幸福を掴むために。
それが約束を果たすことに繋がっているのならば尚更。
「ザヒート、私は幸せになれる?」
「もちろん、なれるさ」
「ほんと?」
ザヒートは俯いたユーリスの髪を梳くように撫でた。
そして、肩、腕、背中とポンポンと軽く叩く。
それはユーリスが元気になれるおまじない。
幼い頃からのザヒートからの励まし、それで元気になれる。
けれど、今はそんなことでは上を向けない。
「ザヒート、ありがとう。元気でたよ」
ユーリスは微笑む、ザヒートの悲しむ顔を見たくはないから。
一方リュカはというと、ずっとペンを走らせていた。
使用人に頼んだ原稿用紙はいつも使っているもので頼んでなかったインクもいつもと同じ色と銘柄だった。
一口でつまめるショコラにクッキー、パンに果物。
「ありがとう、アイク」
感謝の言葉を口にしてリュカは机にかじりついた。
思いのままに物語を紡いでいく。
日が沈めば、また明かりの中で紡ぐ。
指先は真っ黒で、花瓶のマーガレットは月明かりに浮かんでいた。
毎日届く花はマーガレット以外は全部押し花にした。
青紫に黄色や赤、名も知らぬ花はどこに咲いていたのだろう。
いつか教えてもらえるだろうか。
いつからいるのか、いつまでいるのかバルコニーに出ると必ずアイザックがいた。
半月だった月は徐々に膨らみ、その光は大きくなっていく。
アイザックは何も言わない、だからリュカも何も言わない。
ただただ、見つめあうだけだ。
リュカの腰ほどまでのバルコニーの柵、飛べばアイザックは受け止めてくれるだろう。
危ないぞ、と怒られるかもしれない。
そう言っても力強く抱きしめてくれるはずだ。
本当は今すぐにその胸に飛びこんでいきたい。
リュカ、と耳元で優しく囁いてほしい。
好きだと言ってほしい。
愛してほしい。
けれど、それは今じゃないとリュカは思う。
アイザックを愛しているから待つ。
アイザックにとって最良の結果になるのを待つ、その隣に自分がいればいいなとほんのちょっぴり思いながら。
誰よりも願うのは、アイザックの幸せ。
ほんの僅かな逢瀬、これが今のリュカの幸せ。
次の日、寝室から出ると花がすでにあった。
日が高く昇った室内は冬の日差しが柔らかく満たし、束になったそれは原稿用紙の傍に添えられている。
紫のリボン、十本のマーガレットの花束。
そっと花弁に触れると指先のインクが少し移ってしまってリュカは笑った。
白い花弁に染みのような黒、こういうところが駄目なんだよなとリュカはすでにあるマーガレットの花瓶に活けた。
この日、アイザックは運命の相手と二度目の出会いを果たす。
穏やかに晴れた冬の空の下で。
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