上 下
162 / 190

覚悟しろ!

しおりを挟む
宿の待合ではここ数日同じ顔が二つ揃って並んでいた。
使用人達は街を飛び交う噂でそれとなくあれがそうなんだろうな、と察しながらも誰も見て見ぬふりをしていた。
最初こそ茶でも出そうか、と言ってみたけれど双方から断られた。
当初怒鳴り合いのような剣幕だった二人も今は傍から見れば穏やかに見える。
ぽつりぽつりと交わされる会話が耳に届いてくることはない。

「何度来られても私の気持ちは変わりません」
「もう一度あの子に会ってもらえませんか?そしたら・・・」
「それは出来ない」

会ってほしい、会えない、堂々巡りばかりだ。

「どうしてそんなに運命に拘るんです?私は私の伴侶と運命ではないが愛し合っている。彼にもいつかそういう人がきっと現れる。彼の相手は私ではない」
「・・・それは、間違いです」
「愛に偽りも真実もない。あるのは相手を慈しみ尊う気持ちだけだ」
「ですから、それは運命に出会う前までの話でしょう?今はもう違う。それが間違いだったと気づいたはずです」
「間違っていない。私の最愛はこの世でたった一人だけだ」

ここでまた冒頭に戻る。
何を聞かせても結局は会えばわかる、と言う。
その癖、連れては来ない。
連れて来られても困るがな、とアイザックはまた深くため息を吐いた。


ところ変わって演芸場の舞台上、ある二人が舞の稽古をしている。
力強く舞う一人と打って変わってもう一人には精彩がなかった。
カシャンと軽い音がして稽古用の半月刀が落ちた。

「ユーリス・・・」
「ごめん」

ユーリスは片刃刀の柄をぎゅっと握って俯いた。
運命の人に会ってからユーリスは稽古に身が入らない。
ユーリスの夢、マーナハン伝統の舞は愛の舞だ。
部族の違う二人が出会い惹かれ合い、時に戦い、最後は垣根を超えて結ばれる。
父が舞う姿を見てそれはユーリスの夢になった。
いつか父のように踊りたい、と。
Ω性が判明してからは女型に転向して稽古に励んできた。
やんちゃだったのをΩらしく、と自分のことを私と呼び髪を伸ばし粗野な言葉遣いを正した。
運命の人に出会い愛されるのは至上の幸福である、と教わったのもこの頃だ。
だからユーリスは運命の人を求める、幸福を掴むために。
それが約束を果たすことに繋がっているのならば尚更。

「ザヒート、私は幸せになれる?」
「もちろん、なれるさ」
「ほんと?」

ザヒートは俯いたユーリスの髪を梳くように撫でた。
そして、肩、腕、背中とポンポンと軽く叩く。
それはユーリスが元気になれるおまじない。
幼い頃からのザヒートからの励まし、それで元気になれる。
けれど、今はそんなことでは上を向けない。

「ザヒート、ありがとう。元気でたよ」

ユーリスは微笑む、ザヒートの悲しむ顔を見たくはないから。



一方リュカはというと、ずっとペンを走らせていた。
使用人に頼んだ原稿用紙はいつも使っているもので頼んでなかったインクもいつもと同じ色と銘柄だった。
一口でつまめるショコラにクッキー、パンに果物。

「ありがとう、アイク」

感謝の言葉を口にしてリュカは机にかじりついた。
思いのままに物語を紡いでいく。
日が沈めば、また明かりの中で紡ぐ。
指先は真っ黒で、花瓶のマーガレットは月明かりに浮かんでいた。
毎日届く花はマーガレット以外は全部押し花にした。
青紫に黄色や赤、名も知らぬ花はどこに咲いていたのだろう。
いつか教えてもらえるだろうか。

いつからいるのか、いつまでいるのかバルコニーに出ると必ずアイザックがいた。
半月だった月は徐々に膨らみ、その光は大きくなっていく。
アイザックは何も言わない、だからリュカも何も言わない。
ただただ、見つめあうだけだ。
リュカの腰ほどまでのバルコニーの柵、飛べばアイザックは受け止めてくれるだろう。
危ないぞ、と怒られるかもしれない。
そう言っても力強く抱きしめてくれるはずだ。
本当は今すぐにその胸に飛びこんでいきたい。
リュカ、と耳元で優しく囁いてほしい。
好きだと言ってほしい。
愛してほしい。

けれど、それは今じゃないとリュカは思う。
アイザックを愛しているから待つ。
アイザックにとって最良の結果になるのを待つ、その隣に自分がいればいいなとほんのちょっぴり思いながら。
誰よりも願うのは、アイザックの幸せ。
ほんの僅かな逢瀬、これが今のリュカの幸せ。


次の日、寝室から出ると花がすでにあった。
日が高く昇った室内は冬の日差しが柔らかく満たし、束になったそれは原稿用紙の傍に添えられている。
紫のリボン、十本のマーガレットの花束。
そっと花弁に触れると指先のインクが少し移ってしまってリュカは笑った。
白い花弁に染みのような黒、こういうところが駄目なんだよなとリュカはすでにあるマーガレットの花瓶に活けた。


この日、アイザックは運命の相手と二度目の出会いを果たす。
穏やかに晴れた冬の空の下で。
しおりを挟む
感想 184

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

偽りの僕を愛したのは

ぽんた
BL
自分にはもったいないと思えるほどの人と恋人のレイ。 彼はこの国の騎士団長、しかも侯爵家の三男で。 対して自分は親がいない平民。そしてある事情があって彼に隠し事をしていた。 それがバレたら彼のそばには居られなくなってしまう。 隠し事をする自分が卑しくて憎くて仕方ないけれど、彼を愛したからそれを突き通さなければ。 騎士団長✕訳あり平民

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

勘弁してください、僕はあなたの婚約者ではありません

りまり
BL
 公爵家の5人いる兄弟の末っ子に生まれた私は、優秀で見目麗しい兄弟がいるので自由だった。  自由とは名ばかりの放置子だ。  兄弟たちのように見目が良ければいいがこれまた普通以下で高位貴族とは思えないような容姿だったためさらに放置に繋がったのだが……両親は兎も角兄弟たちは口が悪いだけでなんだかんだとかまってくれる。  色々あったが学園に通うようになるとやった覚えのないことで悪役呼ばわりされ孤立してしまった。  それでも勉強できるからと学園に通っていたが、上級生の卒業パーティーでいきなり断罪され婚約破棄されてしまい挙句に学園を退学させられるが、後から知ったのだけど僕には弟がいたんだってそれも僕そっくりな、その子は両親からも兄弟からもかわいがられ甘やかされて育ったので色々な所でやらかしたので顔がそっくりな僕にすべての罪をきせ追放したって、優しいと思っていた兄たちが笑いながら言っていたっけ、国外追放なので二度と合わない僕に最後の追い打ちをかけて去っていった。  隣国でも噂を聞いたと言っていわれのないことで暴行を受けるが頑張って生き抜く話です

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

悪役令息の死ぬ前に

やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」  ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。  彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。  さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。  青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。 「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」  男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

処理中です...