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会いたかった!

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空は快晴、風は穏やか、バルコニーには鳥が二羽ちょこまかと跳ねていたが次の瞬間バササッと飛び立っていく。

「どういうことだよーーっ!!」

ナルシュが叫ぶ、それをニコラスは宥めエルドリッジとジェラールは肩を竦めた。

「どうもこうもアイザック君が決めたことだ。ナルシュ、お前はちょっと落ち着きなさい」
「ジェラール!お前も結局はαの味方すんだな!リュカが可愛いくないのかよ!」

ムキムキと怒るナルシュをエルドリッジが半ば羽交い締めのように抑え、話を聞けと座らせた。
ジェラールとニコラスの部屋、そこに四人集まっている。

「そうじゃない。けじめをつけるんだよ」
「それだって一人で行く必要ないだろ!」
「アイザック君が一人で行くことに意味があるんだ」

ジェラールの落ち着いた、それでいて有無を言わせぬ声が室内に響いた。
リュカの味方はもちろん、その裏でアイザックの覚悟も尊重したい。
相反する気持ちに目を瞑り、大きく深呼吸したジェラールは祈るように手を合わせた。

──信じてるよ、アイザック君


アイザックは考えていた、いくら父親と話したとて埒が明かない。
こうなったら自分の口から直接引導を渡すしかない、けれどもう一度顔を合わせるのは恐怖でしかない。
リュカを傷つけたくないのに、またそうなってしまうかもしれない恐怖。

膨らんでいく月と、愛しいリュカ。
ほんの僅かな時間でもリュカに全てをもってかれてしまう。
愛する人を一人にしたくない、リュカの声が聞きたい、触れたい、あの無邪気な笑顔が見たい。
そうするために今できることをやらなければ、そうアイザックは覚悟を決めたのだった。




ユーリスの母は幼い頃に感染した流行り風邪で生死の境を彷徨い、それ故に子を成せないと言われてきた。
そんな母を父は娶り、子はなくとも舞踊団の面々が家族だからいいと仲睦まじく日々を送っていた。
そして、奇跡が起きた。母はユーリスを身篭ったのだ。
会えないと思っていた我が子の誕生に皆が喜んだ。
医者の懸念をよそに産み月まで順調に過ごしたが、ユーリスを産み落としたときにそれは起こった。
出血が止まらなかった、それが流行り風邪のせいかどうかはわからない。
三日後、大量の血を失った母は小さなユーリスを胸に抱いて儚くなった。

──この子を世界で一番幸せにしてあげて

その言葉通り父、舞踊団の面々はユーリスを大事に大切に育てた。
Ω性と判明した時にはその幸せは運命の人と番うことになった。
ひと目でお互いが運命と認識し、惹かれあい永遠の愛を誓う。
ユーリスの幸せはこれしかない、と父は思った。
そして、そう言い聞かされてきたユーリスもまた自分の幸せは運命の番がもたらすものと信じて疑わなかった。
二人は運命という名の鎖に雁字搦めに囚われてしまっていた。

だがしかし、父は打ちのめされていた。
とうとう現れたユーリスの運命の番はユーリスを拒絶した。
そんなことがあるもんか、と何度も話をしたが彼の決意は揺らがなかった。
もう一度会えばわかる、そう思うものの男の伴侶への気持ちを語る瞳をよく知っていた。
かつて、そして今も妻を愛する自分と同じ瞳だったから。
けれど、ユーリスの幸せも諦めがつかない。
愛する妻と約束をしたのだ、ユーリスを世界で一番幸せにする。
運命に拒絶されたらユーリスはどうなる?
会わせてやりたい、けれど会って傷つくのは見たくない。
運命とは絶対ではないのか、父はなかなか踏ん切りがつかないまま今日も宿の椅子に腰掛けていた。



演芸場の裏では冷たい風を浴びながら、洗濯したものがはためいていた。
演芸場は宿泊施設も兼ねているので、身の回りのことは団員全員でこなす。
ユーリスとザヒートの今日の当番は洗濯なので、それを一枚一枚取り込んでいく。
ユーリスの手つきは鈍く、一枚取り込んでは大きく嘆息する。

「ユーリス、日が暮れてしまうぞ」
「うん・・・」
「運命の君のことか?」

ユーリスは会えないでいる運命の君に焦がれていた。
やっと出会えたのに、せっかく国を越えてやってきたのに、夢見ていたものと現実に折り合いがつかない。
あの時、確かに惹かれあった。
体中の血液が沸騰しそうになって、心臓はドキドキとうるさかった。
あの人の瞳にも嵐のような激情が見えた気がした。
あのまま身も心もなにもかも奪ってもらえると思った。
あの人は違うのかしら、不安ばかりが波になって押し寄せてくる。
どうしようもない気持ちになったユーリスが足元の石ころを蹴った。
石ころはコロコロと転がりコツンと止まる。
ピカピカに磨かれた靴、甘く香るスパイシーな匂い。
顔を上げたユーリスの目に飛び込んできたのは運命の君だった。
思いがけないことにユーリスはザヒートを見やった。

「・・・ザヒート」
「行っておいで、ユーリス」

良かったね、その言葉を耳に入れてユーリスは動いた。
静かに立ち尽くすその人の胸に飛び込む。
自分よりも一回りも大きな体に精一杯腕を伸ばして抱きついた。

「お待ちしておりました!やっぱりあなたが私の運命の君なのですね!」

やっと会えた喜びと、ストンと腹に収まる匂いにユーリスは酔いしれた。
スリスリとその広い胸に頬擦りをした時、運命の君のだらりと下がった指先がピクリと動いた。

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