140 / 190
雨宿りしたい!
しおりを挟む
公爵家の馬車は二頭立てで頑丈に出来ている。
その頑丈な馬車が横風に押されてリュカは転げてしまった。
「リュカ、しっかり掴まってて」
「ぁい、痛いです」
ごちんと頭を打ってしまったリュカは涙目だった。
その時、御者台から連絡窓が開いた。
御者台から開けると言うことは緊急だということだ。
「旦那様、この先に屋敷が見えますのでそちらへ向かいます」
「わかった。よろしく頼む」
バタンと閉じた連絡窓、ヒューと甲高い声を上げて唸る風、馬車の窓にポツリと一粒の水滴が落ちた。
雨だ、リュカがそう思った時には車窓はもう滲んでいた。
辿り着いた屋敷に灯りはなく、門扉は開け放たれたままで雑草が生い茂っていた。
真鍮と思われるノッカーを鳴らしてみるが応答する声も聞こえない。
「アイク・・・」
「ん?」
「このノッカー、鹿ですよ!」
ノッカーなんぞ鹿でも馬でもなんならうさぎでもいい、とアイザックは思いながら公爵家のノッカーを鹿に替えようと決意した。
「アイザック君、無人じゃないか?」
「そうみたいですね」
言いながら取っ手を引くとキィィと嫌な音を立てて開いた。
雨足が強まってきている。
遠くからゴロゴロと聞こえるので雷雨になるかもしれない。
エントランスホールと思わしき場所は当然薄暗く、埃臭い。
毛足の短い絨毯もどことなく湿っているような気がした。
リュカはアイザックの腕だけが命綱だというように強く抱き込んだ。
風が窓を揺らし、どこかから入ってくる隙間風はひんやりとしていて時折ピカリと空が光っている。
その時、一際大きく光ったそれはドドンと地を震わすような音を響かせた。
「ぎぃやぁぁぁああぁあぁっっ!!」
まるで断末魔の如く叫んだナルシュはぴょいとエルドリッジに抱きついた。
飛びついたナルシュの尻を支えながらエルドリッジは言う。
「なんだお前、雷が怖いのか」
「違う!違う、お前見てなかったのか、あれ!!」
あれ、と指さしたのは古ぼけた甲冑だった。
「目のとこ赤く光ったろ?」
「見てない」
「なんで見てないんだ!馬鹿っ、このお馬鹿!!」
まさか、見てないという事実ひとつでここまで文句を言われるとは。
しかし、震えながら胸に顔を埋めるのは大変可愛らしいのでエルドリッジはそれでよしとした。
「リュカは怖くない?」
「怖いです」
リュカは確かにアイザックの腕を強く抱えているが、ナルシュのような怖さは見えない。
「でも・・・」
「ん?」
「アイクがいるから平気です」
ふふと笑うリュカにアイザックも同じように返した。
「俺から離れちゃ駄目だよ?」
「はい、もちろんです!」
それはまるで花畑の中での約束のようだったが、実際は薄暗くじめじめした廃墟だ。
そんな光景を見ていたニコラスは、出遅れたと人知れず思っていた。
実のところニコラスは全く怖くなかった。
幼い頃はそれなりに怖がったと思うが、騎士になってからは物事には原因があると学んだ。
初めての夜演訓練では、葉擦れの音、獣の気配、鳥の羽ばたき、それらを見極める訓練をした。
不気味だと思った音が実は川のせせらぎであったり、獣だと思ったものが取るに足らないうさぎが跳ねていただけだったり。
そんなわけでニコラスはちっとも怖くなかった。
だがしかし、と考える。
あの様に怖がった方がΩらしく可愛らしいのでは?
決して華奢ではない自分をジェラールは好きだと言ってくれるが、もし、もしもこの先の未来に愛らしい誰かが彼の前に現れたら?と思う不安が拭えない。
庇護欲というのは自分と無縁のものだと思っていたが、好機かもしれない。
まだ遅くないはず、と隣に立つジェラールをそっと窺ってみる。
若干血の気の引いたジェラールが甲冑を凝視していた。
あ、これ駄目なやつだ、とニコラスは瞬時に切り替えた。
「ジェラール、私がいますからね?」
「あ、あぁ、うん」
握った手はじっとりと汗ばんでいた。
出会った頃のような情けなく弱々しいジェラールがなんだか愛しいとニコラスの顔が小さく綻んだ。
「おま、、お前はなぁ!母様の怪談話を聞いたことがないからそんな余裕なんだっ」
ニタニタと笑うエルドリッジに食ってかかるナルシュだったが、その実ぎゅうとしがみついたままだ。
「リュカ、どういうこと?」
「お母様はたくさんの本を僕らに読んでくださったのです。それはもう臨場感たっぷりに。小兄様がドラゴンがいると思い込んでいたのもそのせいだと思います」
「うん、それで?」
「絵本からなにからお母様は読むのがお上手でした。ですから、お母様の語る怪談話はそれはそれは恐ろしかったのです」
思い出したのかリュカもぶるりと震えた。
「このような廃墟には怪異が巣食うと・・・おいでおいでと白い手に手招きされてそれを追いかけるとぱくりと食べられてしまうとか。地下には吸血紳士がいて干からびるまで血を吸われてしまうとか。壁の肖像画は夜な夜なそこから抜け出して徘徊するとか・・・」
「リュカ!やめろ!!」
「小兄様、ここにはみんないるし怖いことなんてないよ?」
「じゃ、じゃあ!さっきのなんだってんだよ?」
「見間違い」
ズバッと言うリュカに一瞬怯んだナルシュだったが、なんとか持ち直しこう言い放った。
「ほんとだな?怪異はいないと言ったな?」
「えぇ」
「男に二言は無いな?」
「ないよ、なんなの?もうっ」
「それじゃぁ、俺が見間違いなんかじゃないって証明してやる!あの甲冑は確かに目が赤く光ったんだ!」
──怪異探し対決だぁぁぁーーー!!
ナルシュの雄叫びは屋敷中に木霊した。
また阿呆なことをとそれぞれが呆れる中、ニコラスだけは勝てる!と確信していた。
※次回『第1回チキチキ怪異を探せ!討伐対決』開幕です☆
その頑丈な馬車が横風に押されてリュカは転げてしまった。
「リュカ、しっかり掴まってて」
「ぁい、痛いです」
ごちんと頭を打ってしまったリュカは涙目だった。
その時、御者台から連絡窓が開いた。
御者台から開けると言うことは緊急だということだ。
「旦那様、この先に屋敷が見えますのでそちらへ向かいます」
「わかった。よろしく頼む」
バタンと閉じた連絡窓、ヒューと甲高い声を上げて唸る風、馬車の窓にポツリと一粒の水滴が落ちた。
雨だ、リュカがそう思った時には車窓はもう滲んでいた。
辿り着いた屋敷に灯りはなく、門扉は開け放たれたままで雑草が生い茂っていた。
真鍮と思われるノッカーを鳴らしてみるが応答する声も聞こえない。
「アイク・・・」
「ん?」
「このノッカー、鹿ですよ!」
ノッカーなんぞ鹿でも馬でもなんならうさぎでもいい、とアイザックは思いながら公爵家のノッカーを鹿に替えようと決意した。
「アイザック君、無人じゃないか?」
「そうみたいですね」
言いながら取っ手を引くとキィィと嫌な音を立てて開いた。
雨足が強まってきている。
遠くからゴロゴロと聞こえるので雷雨になるかもしれない。
エントランスホールと思わしき場所は当然薄暗く、埃臭い。
毛足の短い絨毯もどことなく湿っているような気がした。
リュカはアイザックの腕だけが命綱だというように強く抱き込んだ。
風が窓を揺らし、どこかから入ってくる隙間風はひんやりとしていて時折ピカリと空が光っている。
その時、一際大きく光ったそれはドドンと地を震わすような音を響かせた。
「ぎぃやぁぁぁああぁあぁっっ!!」
まるで断末魔の如く叫んだナルシュはぴょいとエルドリッジに抱きついた。
飛びついたナルシュの尻を支えながらエルドリッジは言う。
「なんだお前、雷が怖いのか」
「違う!違う、お前見てなかったのか、あれ!!」
あれ、と指さしたのは古ぼけた甲冑だった。
「目のとこ赤く光ったろ?」
「見てない」
「なんで見てないんだ!馬鹿っ、このお馬鹿!!」
まさか、見てないという事実ひとつでここまで文句を言われるとは。
しかし、震えながら胸に顔を埋めるのは大変可愛らしいのでエルドリッジはそれでよしとした。
「リュカは怖くない?」
「怖いです」
リュカは確かにアイザックの腕を強く抱えているが、ナルシュのような怖さは見えない。
「でも・・・」
「ん?」
「アイクがいるから平気です」
ふふと笑うリュカにアイザックも同じように返した。
「俺から離れちゃ駄目だよ?」
「はい、もちろんです!」
それはまるで花畑の中での約束のようだったが、実際は薄暗くじめじめした廃墟だ。
そんな光景を見ていたニコラスは、出遅れたと人知れず思っていた。
実のところニコラスは全く怖くなかった。
幼い頃はそれなりに怖がったと思うが、騎士になってからは物事には原因があると学んだ。
初めての夜演訓練では、葉擦れの音、獣の気配、鳥の羽ばたき、それらを見極める訓練をした。
不気味だと思った音が実は川のせせらぎであったり、獣だと思ったものが取るに足らないうさぎが跳ねていただけだったり。
そんなわけでニコラスはちっとも怖くなかった。
だがしかし、と考える。
あの様に怖がった方がΩらしく可愛らしいのでは?
決して華奢ではない自分をジェラールは好きだと言ってくれるが、もし、もしもこの先の未来に愛らしい誰かが彼の前に現れたら?と思う不安が拭えない。
庇護欲というのは自分と無縁のものだと思っていたが、好機かもしれない。
まだ遅くないはず、と隣に立つジェラールをそっと窺ってみる。
若干血の気の引いたジェラールが甲冑を凝視していた。
あ、これ駄目なやつだ、とニコラスは瞬時に切り替えた。
「ジェラール、私がいますからね?」
「あ、あぁ、うん」
握った手はじっとりと汗ばんでいた。
出会った頃のような情けなく弱々しいジェラールがなんだか愛しいとニコラスの顔が小さく綻んだ。
「おま、、お前はなぁ!母様の怪談話を聞いたことがないからそんな余裕なんだっ」
ニタニタと笑うエルドリッジに食ってかかるナルシュだったが、その実ぎゅうとしがみついたままだ。
「リュカ、どういうこと?」
「お母様はたくさんの本を僕らに読んでくださったのです。それはもう臨場感たっぷりに。小兄様がドラゴンがいると思い込んでいたのもそのせいだと思います」
「うん、それで?」
「絵本からなにからお母様は読むのがお上手でした。ですから、お母様の語る怪談話はそれはそれは恐ろしかったのです」
思い出したのかリュカもぶるりと震えた。
「このような廃墟には怪異が巣食うと・・・おいでおいでと白い手に手招きされてそれを追いかけるとぱくりと食べられてしまうとか。地下には吸血紳士がいて干からびるまで血を吸われてしまうとか。壁の肖像画は夜な夜なそこから抜け出して徘徊するとか・・・」
「リュカ!やめろ!!」
「小兄様、ここにはみんないるし怖いことなんてないよ?」
「じゃ、じゃあ!さっきのなんだってんだよ?」
「見間違い」
ズバッと言うリュカに一瞬怯んだナルシュだったが、なんとか持ち直しこう言い放った。
「ほんとだな?怪異はいないと言ったな?」
「えぇ」
「男に二言は無いな?」
「ないよ、なんなの?もうっ」
「それじゃぁ、俺が見間違いなんかじゃないって証明してやる!あの甲冑は確かに目が赤く光ったんだ!」
──怪異探し対決だぁぁぁーーー!!
ナルシュの雄叫びは屋敷中に木霊した。
また阿呆なことをとそれぞれが呆れる中、ニコラスだけは勝てる!と確信していた。
※次回『第1回チキチキ怪異を探せ!討伐対決』開幕です☆
66
あなたにおすすめの小説
結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした
紫
BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。
実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。
オメガバースでオメガの立場が低い世界
こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです
強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です
主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です
倫理観もちょっと薄いです
というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります
※この主人公は受けです
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる