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もう一人の兄
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その日、アイザックはジェラールを訪ねて財務部に顔を出した。
なぜなら愛する伴侶に、お兄様を探れと言われたから。
それ以上に理由なんてない。
なのに、なぜ居ないのだ。
「また休みか?」
「いえ、ほんの少し前に天啓を受けたような顔で慌てて出ていきました」
「なにかあったのだろうか」
きっと宰相補佐様の気配を感じたのですよ、とは若い文官は言えなかった。
また来る、と言い残し辞するアイザックに財務部の面々は思った。
いつ来てもきっとあいつは逃げるだろう、と。
掲示板の真偽を確かめたかったのだが、と思いながらアイザックは回廊を歩く。
「ニコラス!どうした、こんな所で珍しいな」
「これは、宰相補佐様。予算案の相談で財務へ向かうところでございます」
「そうか。先日は義兄が迷惑をかけてすまなかった」
「いえ、あの後奥方様はいかがでしたか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「安心致しました。それで、その、ジェラール殿は?」
「ん?」
「あ、いえ。なんでもありません。失礼します」
ニコラスは足早にその場を去った。
かと思えば戻ってきた。
「ジェラール殿は先日休まれておいででしたが、なにかご病気ですか?」
「いや、そんな話は聞いてないが」
「そうですか。では、失礼します」
今度は駆けていったニコラスの後ろ姿をアイザックは見送った。
ニコラスの顔が赤い気がしたが気のせいだったろうか。
その頃、リュカはコックスヒル邸にいた。
次兄のナルシュ帰還を父に告げたのだ。
案の定、父はぶっ倒れた。
亡き母の名を呟きながら魘される父は少々弱すぎる、とリュカは思った。
「・・・失礼しまーす」
リュカは小さな声で主人の居ない部屋へそろっと入室した。
ぐるりと見渡してなにも変わりがないことに安堵する。
ベッドもソファも本棚も昔から変わっていない。
物書き机の上も綺麗に整頓されている。
ついでにクズ籠の中身も検めてみる。
書き損じたと思われる紙は淡いブルーの上等な便箋だった。
ぐしゃぐしゃと丸められたそれは清貧な我が家では有るまじき行為だ。
──はじめまして。私の趣味も読書で・・・
あとはインクで塗りつぶしてある。
これは、誰かに宛てた手紙か?
読書、どこかで見たような・・・
──①二十歳、男性。読書が趣味です。同じ趣味の方、連絡ください。性別は問いません。
先月発行された情報誌!その掲示板じゃないか。
便箋を持つリュカの手が震える。
「お兄様、狙いが歳下過ぎます」
丸めた便箋を伸ばして畳んでリュカはポケットに入れた。
「ゴードン!!ゴードンはいる?」
大声で家令の名を呼びながらリュカは狭いコックスヒル邸を歩く。
老いた家令のゴードン含め五人しかいない使用人達は厨房で、リュカの手土産の菓子でお茶会をしていた。
主人が倒れて魘されているのにも関わらず呑気なものである。
「リュカ様。このタルト美味しいですなぁ」
「でしょ?瑠璃色茶屋の・・・って違う」
「お茶飲みます?」
侍女のハルがいそいそと茶を淹れる。
ほのぼのしすぎではないだろうか。
「お兄様のことだけど、最近なにか変わった様子ない?」
「ジェラール様に?」
「そういや、ウキウキしてた日あったな」
「あぁ、庭の花で花束作ってた日?」
「そうそう」
「でもあれ持って帰ってきてたわよ。もったいないからジェラール様の部屋に活けておいた」
「やたら便箋買ってない?」
「あぁ、あのいいやつ」
「浮かれたり落ち込んだり、情緒不安定よね」
「まだ書けるとこあるのに捨てるからもったいなくて」
「リュカ様、安心してください。皺を伸ばして再利用してます」
口々に語られる兄の姿に開いた口が塞がらない。
花束を持ち帰ったということはフラれたのだろう。
「というわけでリュカ様、伯爵家はもったいない精神で回っております。ジェラール様が少々無駄遣いしたとて大丈夫です!」
無駄遣いを心配しているわけではない。
「お兄様に文がよく届くとかそういうことは?」
「しょっちゅう届きますよ。リュカ様が公爵家と縁を結ばれてからこっち、茶会やら縁談やら」
「そうなの!?なんで教えてくれなかったの?」
「リュカ様に心配かけたくないから言うな、と仰るもので」
「うちまで公爵家目当てだと思われてリュカ様の肩身が狭くなるのはよろしくない、と」
「でもその文のどれもが公爵家目当てですので、ねえ?」
うんうん、と使用人一同が頷く。
「ジェラール様の後ろばかり見る伴侶は要りませんので撃退してます」
「安心してください!」
「その招待状やら紹介状やらは焚き付けに利用しています」
その撃退方法が気になるところであるが、兄が縁遠い理由がわかった気がする。
これは他に出会いを求めても仕方ないのかなぁ、とリュカはしみじみ思った。
なぜなら愛する伴侶に、お兄様を探れと言われたから。
それ以上に理由なんてない。
なのに、なぜ居ないのだ。
「また休みか?」
「いえ、ほんの少し前に天啓を受けたような顔で慌てて出ていきました」
「なにかあったのだろうか」
きっと宰相補佐様の気配を感じたのですよ、とは若い文官は言えなかった。
また来る、と言い残し辞するアイザックに財務部の面々は思った。
いつ来てもきっとあいつは逃げるだろう、と。
掲示板の真偽を確かめたかったのだが、と思いながらアイザックは回廊を歩く。
「ニコラス!どうした、こんな所で珍しいな」
「これは、宰相補佐様。予算案の相談で財務へ向かうところでございます」
「そうか。先日は義兄が迷惑をかけてすまなかった」
「いえ、あの後奥方様はいかがでしたか?」
「あぁ、大丈夫だ」
「安心致しました。それで、その、ジェラール殿は?」
「ん?」
「あ、いえ。なんでもありません。失礼します」
ニコラスは足早にその場を去った。
かと思えば戻ってきた。
「ジェラール殿は先日休まれておいででしたが、なにかご病気ですか?」
「いや、そんな話は聞いてないが」
「そうですか。では、失礼します」
今度は駆けていったニコラスの後ろ姿をアイザックは見送った。
ニコラスの顔が赤い気がしたが気のせいだったろうか。
その頃、リュカはコックスヒル邸にいた。
次兄のナルシュ帰還を父に告げたのだ。
案の定、父はぶっ倒れた。
亡き母の名を呟きながら魘される父は少々弱すぎる、とリュカは思った。
「・・・失礼しまーす」
リュカは小さな声で主人の居ない部屋へそろっと入室した。
ぐるりと見渡してなにも変わりがないことに安堵する。
ベッドもソファも本棚も昔から変わっていない。
物書き机の上も綺麗に整頓されている。
ついでにクズ籠の中身も検めてみる。
書き損じたと思われる紙は淡いブルーの上等な便箋だった。
ぐしゃぐしゃと丸められたそれは清貧な我が家では有るまじき行為だ。
──はじめまして。私の趣味も読書で・・・
あとはインクで塗りつぶしてある。
これは、誰かに宛てた手紙か?
読書、どこかで見たような・・・
──①二十歳、男性。読書が趣味です。同じ趣味の方、連絡ください。性別は問いません。
先月発行された情報誌!その掲示板じゃないか。
便箋を持つリュカの手が震える。
「お兄様、狙いが歳下過ぎます」
丸めた便箋を伸ばして畳んでリュカはポケットに入れた。
「ゴードン!!ゴードンはいる?」
大声で家令の名を呼びながらリュカは狭いコックスヒル邸を歩く。
老いた家令のゴードン含め五人しかいない使用人達は厨房で、リュカの手土産の菓子でお茶会をしていた。
主人が倒れて魘されているのにも関わらず呑気なものである。
「リュカ様。このタルト美味しいですなぁ」
「でしょ?瑠璃色茶屋の・・・って違う」
「お茶飲みます?」
侍女のハルがいそいそと茶を淹れる。
ほのぼのしすぎではないだろうか。
「お兄様のことだけど、最近なにか変わった様子ない?」
「ジェラール様に?」
「そういや、ウキウキしてた日あったな」
「あぁ、庭の花で花束作ってた日?」
「そうそう」
「でもあれ持って帰ってきてたわよ。もったいないからジェラール様の部屋に活けておいた」
「やたら便箋買ってない?」
「あぁ、あのいいやつ」
「浮かれたり落ち込んだり、情緒不安定よね」
「まだ書けるとこあるのに捨てるからもったいなくて」
「リュカ様、安心してください。皺を伸ばして再利用してます」
口々に語られる兄の姿に開いた口が塞がらない。
花束を持ち帰ったということはフラれたのだろう。
「というわけでリュカ様、伯爵家はもったいない精神で回っております。ジェラール様が少々無駄遣いしたとて大丈夫です!」
無駄遣いを心配しているわけではない。
「お兄様に文がよく届くとかそういうことは?」
「しょっちゅう届きますよ。リュカ様が公爵家と縁を結ばれてからこっち、茶会やら縁談やら」
「そうなの!?なんで教えてくれなかったの?」
「リュカ様に心配かけたくないから言うな、と仰るもので」
「うちまで公爵家目当てだと思われてリュカ様の肩身が狭くなるのはよろしくない、と」
「でもその文のどれもが公爵家目当てですので、ねえ?」
うんうん、と使用人一同が頷く。
「ジェラール様の後ろばかり見る伴侶は要りませんので撃退してます」
「安心してください!」
「その招待状やら紹介状やらは焚き付けに利用しています」
その撃退方法が気になるところであるが、兄が縁遠い理由がわかった気がする。
これは他に出会いを求めても仕方ないのかなぁ、とリュカはしみじみ思った。
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