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婚約解消の夜
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社交シーズン真っ只中にあって、本日の王城では『月下の会』が催されていた。
近頃の夜会では王太子殿下の婚姻の日取りがいよいよ発表されるのでは、とまことしやかに囁かれている。
広く解放されたバルコニーから見る月は大きくまん丸で淡い光を地上に投げかけている。
「リュカ、すまない」
「いいよ」
「決してリュカが嫌になったとかそういうことではないんだ」
「わかってるよ」
背の高い男と、男にしては線の細い男がバルコニーの手すりにもたれかかって話し込んでいる。
「リュカはこれからどうする?」
「そうだなぁ。王都は離れたくないんだよなぁ」
「あぁ、リュカはそうだな」
「オリバー、これからも僕と友人でいてくれる?」
「もちろんだよ」
二人はこの時、婚約を解消した。
といっても、家同士で正式に結んだそれではなく二人だけの口約束なので二人の同意があればなんの問題もなかった。
月明かりの元、二人は顔を見合わせて笑い合った。
「じゃ、もういくよ」
「うん。またね、オリバー」
リュカは手を振り、オリバーはその手の先を一瞬だけ握って去って行った。
緩い風が頬を撫でていく中リュカは丸い月を見上げて、ほぅとため息を吐いた。
「ひどい男だね」
「どなたです?」
背後からかけられる不躾な声にリュカは振り向いた。
振り向いたそこには美形の男が一人。
「失礼しました。私は・・・」
「いや、いいんだ。畏まらないで。今ここでは無礼講だ」
慌てて貴族の礼をとり挨拶しようとするリュカを男は軽く遮った。
そのままリュカに歩み寄り肩を並べる。
そこは先程までオリバーがいた場所だ。
「婚約をしていたんだろう?」
「聞いていらっしゃったのですか?」
「聞こえたんだよ」
「ものは言いようですね」
リュカは小さく笑って、口約束ですよと言う。
「彼とは学院で知り合って、お互い20歳まで相手がいなかったら結婚しようかと言っていただけです」
「なるほど?それで君はこれからどうするんだい?」
「そうですねぇ、今の身分に未練もありませんし市井に下りましょうか」
「そう簡単にいくものではないだろう?」
ふふとリュカは静かに口元を抑えた。
それを見て男は口の端をニヤリと上げて笑った。
「何か策がありそうだな」
「さぁ、どうでしょうか」
リュカは男から視線を外して階下に広がる庭園を見下ろした。
緑だけが風にさわさわと揺れている。
「私より貴方の方が大変なのでは?」
「おや?私を知っているのかい?」
「またまた、貴方を知らない人などいないでしょう」
「そうか」
男はリュカと同じように階下を見つめながら少し気落ちした声音で頷いた。
沈黙だけが二人を包み、しかしリュカはそれを厭わしいとは思わなかった。
ホールからは微かに音楽が零れだしていて、それに静かに耳を傾ける。
「君は、彼をどう思っていたの?」
「どういう意味でしょうか?」
「好きだったのではないのか?」
リュカは考える。
オリバーとは学院で知り合い馬があった。
お互いに伯爵家の三男坊で後継というわけでなし、さりとて後継の予備というわけでもなく将来に漠然とした不安を抱えて過ごしていた。
リュカは文官を目指したが挫折した。
オリバーは騎士を目指し、めでたく騎士団に入団できたが訓練中の不慮の事故で利き腕が上がらなくなった。
いっそ貴族籍を離れ二人で市井で暮らそうか、と話していた。
リュカの稼ぎで暮らしていく目処も立っていた。
そこに愛情があるか?と問われれば答えは否だ。
友情は育んできたし、信頼もある気心の知れた相手。
協力関係、という言葉が一番しっくりくる。
リュカは笑みを顔に浮かべて答えた。
「さぁ、どうでしょう」
培われた貴族のそれを顔に貼り付ける。
男はつと目を見張り、それでもリュカの意図を察したのか何も言わなかった。
「では、私はこれで失礼します。エバンズ公爵様」
リュカは完璧なボウ・アンド・スクレープを披露してアイザック・エバンズ公爵の前から去った。
アイザックは何も言わず、いや言えずにただそれを見送った。
月明かりに煌めくローズブロンドの髪。
襟足から見える白いレースの首飾りとよく似合っている。
取り立てて特徴もない、次の日には忘れてしまいそうな平凡な顔。
けれど月明かりの元で小さく笑ったリュカの笑顔、それはアイザックの心に何かを残していった。
この夜、王太子殿下の婚姻の日取りが決まった。
それは一年後執り行われるという。
近頃の夜会では王太子殿下の婚姻の日取りがいよいよ発表されるのでは、とまことしやかに囁かれている。
広く解放されたバルコニーから見る月は大きくまん丸で淡い光を地上に投げかけている。
「リュカ、すまない」
「いいよ」
「決してリュカが嫌になったとかそういうことではないんだ」
「わかってるよ」
背の高い男と、男にしては線の細い男がバルコニーの手すりにもたれかかって話し込んでいる。
「リュカはこれからどうする?」
「そうだなぁ。王都は離れたくないんだよなぁ」
「あぁ、リュカはそうだな」
「オリバー、これからも僕と友人でいてくれる?」
「もちろんだよ」
二人はこの時、婚約を解消した。
といっても、家同士で正式に結んだそれではなく二人だけの口約束なので二人の同意があればなんの問題もなかった。
月明かりの元、二人は顔を見合わせて笑い合った。
「じゃ、もういくよ」
「うん。またね、オリバー」
リュカは手を振り、オリバーはその手の先を一瞬だけ握って去って行った。
緩い風が頬を撫でていく中リュカは丸い月を見上げて、ほぅとため息を吐いた。
「ひどい男だね」
「どなたです?」
背後からかけられる不躾な声にリュカは振り向いた。
振り向いたそこには美形の男が一人。
「失礼しました。私は・・・」
「いや、いいんだ。畏まらないで。今ここでは無礼講だ」
慌てて貴族の礼をとり挨拶しようとするリュカを男は軽く遮った。
そのままリュカに歩み寄り肩を並べる。
そこは先程までオリバーがいた場所だ。
「婚約をしていたんだろう?」
「聞いていらっしゃったのですか?」
「聞こえたんだよ」
「ものは言いようですね」
リュカは小さく笑って、口約束ですよと言う。
「彼とは学院で知り合って、お互い20歳まで相手がいなかったら結婚しようかと言っていただけです」
「なるほど?それで君はこれからどうするんだい?」
「そうですねぇ、今の身分に未練もありませんし市井に下りましょうか」
「そう簡単にいくものではないだろう?」
ふふとリュカは静かに口元を抑えた。
それを見て男は口の端をニヤリと上げて笑った。
「何か策がありそうだな」
「さぁ、どうでしょうか」
リュカは男から視線を外して階下に広がる庭園を見下ろした。
緑だけが風にさわさわと揺れている。
「私より貴方の方が大変なのでは?」
「おや?私を知っているのかい?」
「またまた、貴方を知らない人などいないでしょう」
「そうか」
男はリュカと同じように階下を見つめながら少し気落ちした声音で頷いた。
沈黙だけが二人を包み、しかしリュカはそれを厭わしいとは思わなかった。
ホールからは微かに音楽が零れだしていて、それに静かに耳を傾ける。
「君は、彼をどう思っていたの?」
「どういう意味でしょうか?」
「好きだったのではないのか?」
リュカは考える。
オリバーとは学院で知り合い馬があった。
お互いに伯爵家の三男坊で後継というわけでなし、さりとて後継の予備というわけでもなく将来に漠然とした不安を抱えて過ごしていた。
リュカは文官を目指したが挫折した。
オリバーは騎士を目指し、めでたく騎士団に入団できたが訓練中の不慮の事故で利き腕が上がらなくなった。
いっそ貴族籍を離れ二人で市井で暮らそうか、と話していた。
リュカの稼ぎで暮らしていく目処も立っていた。
そこに愛情があるか?と問われれば答えは否だ。
友情は育んできたし、信頼もある気心の知れた相手。
協力関係、という言葉が一番しっくりくる。
リュカは笑みを顔に浮かべて答えた。
「さぁ、どうでしょう」
培われた貴族のそれを顔に貼り付ける。
男はつと目を見張り、それでもリュカの意図を察したのか何も言わなかった。
「では、私はこれで失礼します。エバンズ公爵様」
リュカは完璧なボウ・アンド・スクレープを披露してアイザック・エバンズ公爵の前から去った。
アイザックは何も言わず、いや言えずにただそれを見送った。
月明かりに煌めくローズブロンドの髪。
襟足から見える白いレースの首飾りとよく似合っている。
取り立てて特徴もない、次の日には忘れてしまいそうな平凡な顔。
けれど月明かりの元で小さく笑ったリュカの笑顔、それはアイザックの心に何かを残していった。
この夜、王太子殿下の婚姻の日取りが決まった。
それは一年後執り行われるという。
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