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可愛いひと
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リビングのこたつの上には空っぽになったガラス容器が三つ、シロップの残ったガラス容器が三つだけ乗っていた。
甘くて美味しい、と言っていた笑顔が遠く感じられる。
「あれはシュウの部屋だな」
「わかるんですか?」
「階段あがって一番奥だから、何歩進んだか数でわかる」
「武尊さん、ソレ怖いです」
ははは、と力なく笑う和明と黙りこくって天井を見上げる卯花。
もういい!と周平が言って松竹梅はバタバタと二階へ行ってしまったのだ。
コチコチと秒針の音がリビングを支配し、キッチンからぴちょんと微かな水音がした。
「寂しかったって言ってましたね」
「・・・だから、一人でいるおじいちゃんのこと気にしてたのかな」
「もっともっと早く出会いたかった」
武尊のそれは悔しさが滲んでいた。
「和明君も侑君と付き合い始めたばっかりだというのに・・・」
「は?」
「ん?」
「なんですか、それ」
「え、付き合い始めたんだろう?侑君が言ってたよ?」
はぁぁ!?と和明は天井を一睨みすると素早い動きで二階へ駆け上がった。
一番奥の茶の扉、ガチャガチャとノブを回してみても開かない。
「侑さん!ここ開けて!」
ガタリと音が聞こえたものの扉が開く気配はない、ドンドンと叩く扉は僅かに揺れていた。
「顔を見せろ、侑」
聞いたことのない低く唸るような声に扉の向こうの空気が揺れたような気がした。
カチャと鍵が開く音がしてそっとゆっくり動こうとした扉を、和明は力任せにグイと開いた。
「わわっ、なんだよ」
思いがけない力にたたらを踏んだ侑の両頬を和明はむにぃと挟んだ。
驚いた表情とほんのりと赤い目元、泣かせてしまったのだと和明の胸がきゅうと痛むがそれは後回しだ。
「いつから僕と付き合ってんの!?」
「ふぇっ!?」
「どうしてそんなことになってんの!?」
「らってびゅんひゃらいろとひひかじゅらきがきゃんぎゃえろっれゆっらはれはんはえら」
「何言ってるか全然わかんない!」
部屋どこ!?の勢いに押されて侑の目玉がつつつと動いた。
それは周平の部屋の斜向かいで同じ茶の扉だった。
侑の部屋はシングルベッドに丸いラグの上には小さな卓袱台、作り付けのクローゼットと三段ボックスがあるだけ。
ベッドカバーはグリーンを基調にしたパッチワークで、青りんごと赤いりんごのデザインが侑によく似合うと思えた。
三段ボックスには『スマホで上手に写真を撮る方法』とド直球なタイトルの本が一冊と、漫画本が並んでいる。
部屋中に侑の優しく甘い匂いが充満している、勢いで部屋に入ってしまったことを和明は早くも後悔し始めていた。
「和明が僕でもいいじゃんて言ったんじゃん。それって和明からしても俺でもいいってことだろ?」
「は?」
「恋人の練習させてくれんじゃないの?和明だって今は受験だけど大学行けばそういうこともあるから、まずは俺で練習したいんだろ?」
馬鹿がいる、和明は率直にそう思った、それも超が付く馬鹿だ。
思いもよらない方向へいってしまっているこの愛すべき馬鹿の思考を正さねば、と和明はグッと腹に力を込めた。
「侑さん、一から話をすり合わせよう」
「ん?」
「まず、僕が悪かった。肝心なところで怖くなったんだ、本当にごめん。まさかこんな馬鹿だと思わなくて」
「ぁんだよ、勉強はできないけど馬鹿じゃねぇよ」
ぷいと逸らした横顔、尖らせた唇、丸みを帯びた艶々の頬、あまり可愛い顔をしないでほしい。
この匂いに耐えるだけで精一杯なんだ。
「僕は、侑さんのことが好きなんだと思う」
「へ?」
「こんなの初めてだからよくわからないけど、馬鹿だけど可愛いと思うし、いい匂いするし、触ってみたいと思うし、独り占めしたいくらい可愛いし」
可愛いって二回言ったな、と思いながら侑はまじまじと和明の顔を見つめた。
「あと、すごく優しいよね。自分以外のことで怒ったりできるのは優しいと思う」
「俺、好きってことがよくわかんないだけど、でもそのわかんないことをお前と一緒にいることでわかるようになればいいなって最初思ったんだ」
あぁやっぱり馬鹿だなぁと和明は顔を覆った、じゃないとついにやけてしまう。
聞いてるか?と言うのにうんうんと頷いて、どうぞと先を促した。
「そんで、でも好きって言われてないなぁって思って。だから、練習なんかなって。だから、可愛子ぶったりしたんだけど・・・なんで笑うんだよ」
「いや、うん、ごめん、うっくっくっ、あっはっはっ・・・なんでぶりっ子すんだろって思ってたけどそれか」
「笑うなよ!」
「うん、そんなのしなくったってそのままでいいのに」
「大声出して馬を応援してもいいってこと?」
「すりゃいいじゃん。なに、それでその馬主だかなんだかにフラレたの?」
かぁっと真っ赤になった顔がそれが図星だと告げている。
その馬主だかなんだかはわかってないなぁ、伸び伸びと自然な様がいいんじゃないか。
「じゃあ、僕とちゃんとお付き合いしてくれる?」
「ん?練習じゃなくて?」
「うん、一緒に理解していくんだろう?あと、さっきはごめん」
「さっき?」
「ほらリビングで、怖かったでしょ?全部手に入れたいっていう厄介な性分なんだ」
「そんなの無理だろ」
過去も現在も未来も欲しいと思ってしまうのだ、その全てを自分の色で染めたいとそれが無理だとわかっていても思ってしまう。
傲慢で我儘で執着心も独占欲も支配欲も何もかもが人一倍強い、だからってその一端を見せるべきではなかった。
「うん、だからごめんなさい」
正座して土下座する和明の頭をぽんと叩いて、もういいよと侑は言った。
見上げると破顔一笑した侑がいて、頭のてっぺんからじわじわと温かいものが染み込んできた気がした。
甘くて美味しい、と言っていた笑顔が遠く感じられる。
「あれはシュウの部屋だな」
「わかるんですか?」
「階段あがって一番奥だから、何歩進んだか数でわかる」
「武尊さん、ソレ怖いです」
ははは、と力なく笑う和明と黙りこくって天井を見上げる卯花。
もういい!と周平が言って松竹梅はバタバタと二階へ行ってしまったのだ。
コチコチと秒針の音がリビングを支配し、キッチンからぴちょんと微かな水音がした。
「寂しかったって言ってましたね」
「・・・だから、一人でいるおじいちゃんのこと気にしてたのかな」
「もっともっと早く出会いたかった」
武尊のそれは悔しさが滲んでいた。
「和明君も侑君と付き合い始めたばっかりだというのに・・・」
「は?」
「ん?」
「なんですか、それ」
「え、付き合い始めたんだろう?侑君が言ってたよ?」
はぁぁ!?と和明は天井を一睨みすると素早い動きで二階へ駆け上がった。
一番奥の茶の扉、ガチャガチャとノブを回してみても開かない。
「侑さん!ここ開けて!」
ガタリと音が聞こえたものの扉が開く気配はない、ドンドンと叩く扉は僅かに揺れていた。
「顔を見せろ、侑」
聞いたことのない低く唸るような声に扉の向こうの空気が揺れたような気がした。
カチャと鍵が開く音がしてそっとゆっくり動こうとした扉を、和明は力任せにグイと開いた。
「わわっ、なんだよ」
思いがけない力にたたらを踏んだ侑の両頬を和明はむにぃと挟んだ。
驚いた表情とほんのりと赤い目元、泣かせてしまったのだと和明の胸がきゅうと痛むがそれは後回しだ。
「いつから僕と付き合ってんの!?」
「ふぇっ!?」
「どうしてそんなことになってんの!?」
「らってびゅんひゃらいろとひひかじゅらきがきゃんぎゃえろっれゆっらはれはんはえら」
「何言ってるか全然わかんない!」
部屋どこ!?の勢いに押されて侑の目玉がつつつと動いた。
それは周平の部屋の斜向かいで同じ茶の扉だった。
侑の部屋はシングルベッドに丸いラグの上には小さな卓袱台、作り付けのクローゼットと三段ボックスがあるだけ。
ベッドカバーはグリーンを基調にしたパッチワークで、青りんごと赤いりんごのデザインが侑によく似合うと思えた。
三段ボックスには『スマホで上手に写真を撮る方法』とド直球なタイトルの本が一冊と、漫画本が並んでいる。
部屋中に侑の優しく甘い匂いが充満している、勢いで部屋に入ってしまったことを和明は早くも後悔し始めていた。
「和明が僕でもいいじゃんて言ったんじゃん。それって和明からしても俺でもいいってことだろ?」
「は?」
「恋人の練習させてくれんじゃないの?和明だって今は受験だけど大学行けばそういうこともあるから、まずは俺で練習したいんだろ?」
馬鹿がいる、和明は率直にそう思った、それも超が付く馬鹿だ。
思いもよらない方向へいってしまっているこの愛すべき馬鹿の思考を正さねば、と和明はグッと腹に力を込めた。
「侑さん、一から話をすり合わせよう」
「ん?」
「まず、僕が悪かった。肝心なところで怖くなったんだ、本当にごめん。まさかこんな馬鹿だと思わなくて」
「ぁんだよ、勉強はできないけど馬鹿じゃねぇよ」
ぷいと逸らした横顔、尖らせた唇、丸みを帯びた艶々の頬、あまり可愛い顔をしないでほしい。
この匂いに耐えるだけで精一杯なんだ。
「僕は、侑さんのことが好きなんだと思う」
「へ?」
「こんなの初めてだからよくわからないけど、馬鹿だけど可愛いと思うし、いい匂いするし、触ってみたいと思うし、独り占めしたいくらい可愛いし」
可愛いって二回言ったな、と思いながら侑はまじまじと和明の顔を見つめた。
「あと、すごく優しいよね。自分以外のことで怒ったりできるのは優しいと思う」
「俺、好きってことがよくわかんないだけど、でもそのわかんないことをお前と一緒にいることでわかるようになればいいなって最初思ったんだ」
あぁやっぱり馬鹿だなぁと和明は顔を覆った、じゃないとついにやけてしまう。
聞いてるか?と言うのにうんうんと頷いて、どうぞと先を促した。
「そんで、でも好きって言われてないなぁって思って。だから、練習なんかなって。だから、可愛子ぶったりしたんだけど・・・なんで笑うんだよ」
「いや、うん、ごめん、うっくっくっ、あっはっはっ・・・なんでぶりっ子すんだろって思ってたけどそれか」
「笑うなよ!」
「うん、そんなのしなくったってそのままでいいのに」
「大声出して馬を応援してもいいってこと?」
「すりゃいいじゃん。なに、それでその馬主だかなんだかにフラレたの?」
かぁっと真っ赤になった顔がそれが図星だと告げている。
その馬主だかなんだかはわかってないなぁ、伸び伸びと自然な様がいいんじゃないか。
「じゃあ、僕とちゃんとお付き合いしてくれる?」
「ん?練習じゃなくて?」
「うん、一緒に理解していくんだろう?あと、さっきはごめん」
「さっき?」
「ほらリビングで、怖かったでしょ?全部手に入れたいっていう厄介な性分なんだ」
「そんなの無理だろ」
過去も現在も未来も欲しいと思ってしまうのだ、その全てを自分の色で染めたいとそれが無理だとわかっていても思ってしまう。
傲慢で我儘で執着心も独占欲も支配欲も何もかもが人一倍強い、だからってその一端を見せるべきではなかった。
「うん、だからごめんなさい」
正座して土下座する和明の頭をぽんと叩いて、もういいよと侑は言った。
見上げると破顔一笑した侑がいて、頭のてっぺんからじわじわと温かいものが染み込んできた気がした。
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