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マッスルバー
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突然だが松竹梅は尋問めいた質問責めにあっていた。
なぜこんなことになったのか、発端は侑の何気ない一言だった。
あの競馬の後、侑は爺にしこたま怒られた。
「ギャンブルなんぞに誘いおって」
「かっこいい馬鑑賞会だと思え」
そんな言い合いの最中、卯花のハンカチの刺繍が完成し消臭が終わったので大和はメッセージを送った。
『編集部へお送りしますね』
『週末、そちらへ伺います』
わざわざ来てもらう程のことでもないのだが、と大和は思いながらオカメインコがOKですと言っているスタンプを送った。
週末、卯花はテレビで紹介されてから話題の山口農園の白桃の缶詰を携えてやってきた。
一缶120円、特売時は88円になる缶詰しか買わない松竹梅にとってそれは夢のような缶詰だった。
そこへ塾帰りだという和明も合流し、武尊や卯花に勉強を見てもらっている。
夕飯は丼のご飯にキャベツの千切りを敷き、照り焼きチキンと半熟目玉焼きを乗せた照り焼きチキン丼。
大根サラダに手鞠麩と長葱の味噌汁、松竹梅にとっちゃ普通のご飯だったが卯花は目を輝かせて口に入れた。
「こんな風にして初めて食べた」
今更ながら住む世界が違うのでは?と大和は思い始めていた。
食後のデザートはもちろんお高い白桃の缶詰で、上品な甘さのシロップは白桃の甘みを引き立てていて極上の美味しさだった。
松竹梅は当たり前のようにシロップを飲んだ、それはもうゴクゴクと。
「そういや最近マッスルバー行ってないな」
「最後いつだっけ?」
「あれだよ、結婚相談所行った時」
テレビでは筋骨隆々な男達が、棘のついたぐるぐる回る丸太の上を走ったり垂直の壁を片手で昇ったりしている。
ゴールまでの数々の難関を乗り越えていく男が失敗してドボンと下にある水に落ちた瞬間、周平がグエッと声をあげた。
「…マッスルバーってなに?」
「筋肉、を、楽しむ、店だよ」
定位置である武尊の膝の間で周平はぎゅうぎゅうと回された腕の圧迫に耐えていた。
「風俗じゃん!」
和明がスマホを侑に突きつけ、そうなん?と侑は首を傾げる。
「松下君は、結婚相談所に登録してるの?」
「えー~っと…いやぁ?」
なぜそんなことを聞かれるのか、門前払いをくらいましたと告白するのはとても恥ずかしいので大和は曖昧にしか答えられなかった。
どうして三人並んで正座しているのか、松竹梅はさっぱりわからない。
テレビはとっくに消されて、ブロロロと通りを走る車の音がした。
「まず、マッスルバーについて」
「なんなんこれ」
「侑さん、黙って」
普段はあまり意識もしていなかったが確かに武尊達はアルファなのだ、支配的な空気にひょえっと三人は縮こまった。
「よく行くの?」
「……」
「答えて」
「なんだよ、さっき黙ってろって言ったろ!?」
侑が言い返すも、じとりと和明に睨まれてがばちょと真ん中に座る大和に抱きついた。
それを無視して武尊がスマホを見ながら、マッスル腕立てってなに?と抑揚のない声で周平に問うた。
「床ドンしてもらってそのまま5回腕立てしてもらうの。あっくんが好きなやつ」
「ペー助!好きとか言うな、恥ずかしい!」
周平に食ってかかる真っ赤な顔の侑が目の端で捉えたのは、こめかみにビキと青筋を浮かべた和明だった。
「じゃあ、このマッスルにらめっこは?」
「そりゃハグされながら鼻スレスレまで近づいてにらめっこすんだよ、やまちが好きなやつ」
「あっくん!やめて!」
両手で顔を覆って俯く髪から覗く大和の耳が真っ赤だ。
「じゃ、このマッスルサンドイッチは?」
「それはペー助の好きなやつ!」
やけくそのように大和が叫び、やまち!と周平の声がそれを追いかけた。
「この時間なんだよ!いいじゃん、マッスルバー行ったってっ」
「あ、あああっくんの言う通りだよ」
「そ、そうだよ。なんでそんなに怖いんだよ」
「そんなの嫌だからですよ」
しんと静まり返ったリビングに卯花の落ち着いたまっすぐな声が落ちた。
「それがアルファの性なんです」
「そうだよ、僕以外がシュウに触れるなんて許せない」
「ていうか、侑さんたちは危機感が無いよね」
松竹梅は抱き合ったまま固まったように動かない。
コチコチの時計の秒針と、時折通り過ぎる車のエンジン音、どれくらいそうしていただろうか。
そんなのずるい、と歪んだ声で周平は言った。
「そんなの武さんに出会う前の話じゃない。なんでそんなこと言われなきゃなんないの。だったら、武さんだって付き合ってた人いたじゃないか」
「寂しいって思っちゃ悪いのかよ。優しくしてほしいって思っちゃ駄目なのかよ」
「誰でもいいから抱きしめてほしいって思うことくらいあるよ。だって、誰からも求められなかったんだから」
ずびびと鼻を啜ったのは大和だったか、それとも三人共にだったろうか。
「危機感てなんだよ、そんなもんあったってなくたって…」
ゆり花では中退もできず、結婚相談所では門前払いされた。
結婚に拘らなくても、と思ってもそれでもやっぱり心を埋めてくれるなにかが欲しかった。
心で触れ合えないのなら、逞しい胸をほんの少し借りたっていいじゃないか。
それを、今更、どうしようもないことで、なぜ詰められなければいけないのか。
なぜこんなことになったのか、発端は侑の何気ない一言だった。
あの競馬の後、侑は爺にしこたま怒られた。
「ギャンブルなんぞに誘いおって」
「かっこいい馬鑑賞会だと思え」
そんな言い合いの最中、卯花のハンカチの刺繍が完成し消臭が終わったので大和はメッセージを送った。
『編集部へお送りしますね』
『週末、そちらへ伺います』
わざわざ来てもらう程のことでもないのだが、と大和は思いながらオカメインコがOKですと言っているスタンプを送った。
週末、卯花はテレビで紹介されてから話題の山口農園の白桃の缶詰を携えてやってきた。
一缶120円、特売時は88円になる缶詰しか買わない松竹梅にとってそれは夢のような缶詰だった。
そこへ塾帰りだという和明も合流し、武尊や卯花に勉強を見てもらっている。
夕飯は丼のご飯にキャベツの千切りを敷き、照り焼きチキンと半熟目玉焼きを乗せた照り焼きチキン丼。
大根サラダに手鞠麩と長葱の味噌汁、松竹梅にとっちゃ普通のご飯だったが卯花は目を輝かせて口に入れた。
「こんな風にして初めて食べた」
今更ながら住む世界が違うのでは?と大和は思い始めていた。
食後のデザートはもちろんお高い白桃の缶詰で、上品な甘さのシロップは白桃の甘みを引き立てていて極上の美味しさだった。
松竹梅は当たり前のようにシロップを飲んだ、それはもうゴクゴクと。
「そういや最近マッスルバー行ってないな」
「最後いつだっけ?」
「あれだよ、結婚相談所行った時」
テレビでは筋骨隆々な男達が、棘のついたぐるぐる回る丸太の上を走ったり垂直の壁を片手で昇ったりしている。
ゴールまでの数々の難関を乗り越えていく男が失敗してドボンと下にある水に落ちた瞬間、周平がグエッと声をあげた。
「…マッスルバーってなに?」
「筋肉、を、楽しむ、店だよ」
定位置である武尊の膝の間で周平はぎゅうぎゅうと回された腕の圧迫に耐えていた。
「風俗じゃん!」
和明がスマホを侑に突きつけ、そうなん?と侑は首を傾げる。
「松下君は、結婚相談所に登録してるの?」
「えー~っと…いやぁ?」
なぜそんなことを聞かれるのか、門前払いをくらいましたと告白するのはとても恥ずかしいので大和は曖昧にしか答えられなかった。
どうして三人並んで正座しているのか、松竹梅はさっぱりわからない。
テレビはとっくに消されて、ブロロロと通りを走る車の音がした。
「まず、マッスルバーについて」
「なんなんこれ」
「侑さん、黙って」
普段はあまり意識もしていなかったが確かに武尊達はアルファなのだ、支配的な空気にひょえっと三人は縮こまった。
「よく行くの?」
「……」
「答えて」
「なんだよ、さっき黙ってろって言ったろ!?」
侑が言い返すも、じとりと和明に睨まれてがばちょと真ん中に座る大和に抱きついた。
それを無視して武尊がスマホを見ながら、マッスル腕立てってなに?と抑揚のない声で周平に問うた。
「床ドンしてもらってそのまま5回腕立てしてもらうの。あっくんが好きなやつ」
「ペー助!好きとか言うな、恥ずかしい!」
周平に食ってかかる真っ赤な顔の侑が目の端で捉えたのは、こめかみにビキと青筋を浮かべた和明だった。
「じゃあ、このマッスルにらめっこは?」
「そりゃハグされながら鼻スレスレまで近づいてにらめっこすんだよ、やまちが好きなやつ」
「あっくん!やめて!」
両手で顔を覆って俯く髪から覗く大和の耳が真っ赤だ。
「じゃ、このマッスルサンドイッチは?」
「それはペー助の好きなやつ!」
やけくそのように大和が叫び、やまち!と周平の声がそれを追いかけた。
「この時間なんだよ!いいじゃん、マッスルバー行ったってっ」
「あ、あああっくんの言う通りだよ」
「そ、そうだよ。なんでそんなに怖いんだよ」
「そんなの嫌だからですよ」
しんと静まり返ったリビングに卯花の落ち着いたまっすぐな声が落ちた。
「それがアルファの性なんです」
「そうだよ、僕以外がシュウに触れるなんて許せない」
「ていうか、侑さんたちは危機感が無いよね」
松竹梅は抱き合ったまま固まったように動かない。
コチコチの時計の秒針と、時折通り過ぎる車のエンジン音、どれくらいそうしていただろうか。
そんなのずるい、と歪んだ声で周平は言った。
「そんなの武さんに出会う前の話じゃない。なんでそんなこと言われなきゃなんないの。だったら、武さんだって付き合ってた人いたじゃないか」
「寂しいって思っちゃ悪いのかよ。優しくしてほしいって思っちゃ駄目なのかよ」
「誰でもいいから抱きしめてほしいって思うことくらいあるよ。だって、誰からも求められなかったんだから」
ずびびと鼻を啜ったのは大和だったか、それとも三人共にだったろうか。
「危機感てなんだよ、そんなもんあったってなくたって…」
ゆり花では中退もできず、結婚相談所では門前払いされた。
結婚に拘らなくても、と思ってもそれでもやっぱり心を埋めてくれるなにかが欲しかった。
心で触れ合えないのなら、逞しい胸をほんの少し借りたっていいじゃないか。
それを、今更、どうしようもないことで、なぜ詰められなければいけないのか。
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