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彼らが結婚したい理由 梅
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梅園侑はごくごく普通の一般家庭の長男として生まれた。
サラリーマンの父と専業主婦の母、そのうち二歳下の妹も生まれて梅園家は四人家族になった。
ありふれた普通の家庭、それが変わったのは侑にオメガ判定が下された時だった。
「どうして侑が…」
その時、父は長年秘密にしてきたことを母に告げた。
自分は男オメガから生まれたベータであること、父は同時に母でもあることを。
母は怒った、オメガから生まれたことではなく長年隠し事をされてきたことについて父に詰め寄った。
このことで両親の仲、そして侑はぎくしゃくとした。
離婚という話には至らなかったが、元の家族に戻るのには時間を要した。
オメガ診断されたからといって侑になにか変化があったわけではない。
一昔前ならいざ知らず、妹にとっても兄だし両親にとっても侑はただの子どもだった。
ぎこちない空気を乗り越えた家族は、またこれまでと同じように暮らしていけるとそう思っていた。
発情期がくるまでは──。
侑に初めてのソレが訪れた時、妹はあからさまな嫌悪感を示した。
思春期特有の性に対する潔癖さが元通りになったと思われた家族をまた壊した。
普通の戸建ての小さな部屋、二つ並んだ子ども部屋。
漏れ聞こえるくぐもった声、鼻につく性の匂い。
妹は侑を拒絶した。
両親はなんと言えば良いかわからず、結局口を閉ざした。
他人事として聞くオメガの話と、身内にいるオメガでは話が違う。
「侑、母さんと話し合ったんだが…」
申し訳なさそうに言う父、目を合わすことのない母、妹の姿は見えない。
あぁ、自分は捨てられたのだと侑は思った。
侑の暮らしていた地から、祖父の暮らす地まで県を二つ跨ぐ。
ぐんぐんと遠ざかっていく生まれた街を侑は一人で見送った。
新幹線の止まる主要駅まで迎えにきた侑の祖父はなんとも言えない顔をしていた。
「じいちゃん、俺、おれ…」
「侑、じいちゃんのせいでごめんな」
みるみる溢れてぼたりと零れた大粒の涙は侑の頬を濡らし、嗚咽は駅構内に響いた。
祖父の暮らす街は主要駅からだいぶ離れた田舎で、長屋の一番端の部屋だった。
田んぼや畑に囲まれていて、その内のひとつの畑を借りて祖父はほぼ自給自足の生活をしているという。
あれだよ、と指を指されたが似たような畑ばかりで侑はよくわからなかった。
中学卒業間近で転校してきた侑を同級生達は奇異の目で見た。
田舎の学校にはアルファもオメガもいなかった。
「お前、なんでこんな時期に転校してきたの?」
侑は答えられなかった。
オメガだから、家族に捨てられたから、気軽に答えられる問いでは無い。
「じいちゃんと二人暮らしなんだろ?親いねぇの?」
転校初日に侑は声をかけてきた同級生を殴った。
止めに入った同級生も先生も殴った。
大問題になったが侑の両親は来ずに、祖父が各方面に謝罪して回った。
侑は不登校になった。
祖父はなにも言わなかったが、一緒に畑をやろうと侑を誘った。
冬の間休ませていた畑を春の種まきに向けて、草を引き石を取り除き耕す。
小さな畑なので自分たちで全てやる、畝をつくるのもカラスよけのネットの綻びを直すのも。
無心でする土いじりは侑の心を落ち着けた。
「侑は育ててみたいもんはあるか?」
「んー、いちごとか」
「そりゃ、秋頃だなぁ」
「そうなの?」
「秋に植えて春に収穫するんだ」
転校初日に大問題を起こし不登校になってからも、祖父を通り越して両親に度々連絡がいっていたようだが両親がこちらへ来ることはなかった。
それまでに通っていた中学校で出席日数も足りていたし、そもそも義務教育なので侑は意地でも行かない選択をした。
高校にも行かず、祖父と土いじりをする日々。
両親にも妹にも会わない日々。
「侑、家族が恋しいか?」
「俺の家族はじいちゃんだよ」
「そうか」
祖父は切なそうに瞳を揺らしたが、くしゃりと笑った。
じいちゃんもだ、そう言ってぐりぐりと侑の頭を撫でた。
侑の発情期にも祖父は慌てることもなく、対処の仕方を教えた。
オメガを診てくれる病院は近所に無かったが、薬局には抑制剤を置いていたので困ることはなかった。
そんな風に侑と祖父の二人暮らしは順調だったが、夏の盛りのある日終わりを告げた。
「じいちゃん、薬買いに薬局行ってくる」
侑は一人でバスに乗って薬局で薬を買い、戻って来た時祖父は家にいなかった。
祖父は畑で倒れていた。
慌てて救急車を呼んだが、手遅れだった。
死因は熱中症からの脳梗塞と診断された。
侑はまた元家族の元へ戻った。
家族を失った侑は荒れた、就学もしておらず畑もない。暇を持て余しフラフラと街へ出ては喧嘩騒ぎを起こした。
補導されては両親が呼び出され、叱責された。
誰も侑に寄り添ってはくれず、ますます侑は厄介者になった。
心の支えは祖父から受け継いだもの。
何かあった時に、と教えられていた茶箪笥の上げ底になった引き出しの中。
──自分で家族をつくれ
侑名義の通帳と短い手紙。
十八歳の誕生日、侑は生まれた家から飛び出した。
サラリーマンの父と専業主婦の母、そのうち二歳下の妹も生まれて梅園家は四人家族になった。
ありふれた普通の家庭、それが変わったのは侑にオメガ判定が下された時だった。
「どうして侑が…」
その時、父は長年秘密にしてきたことを母に告げた。
自分は男オメガから生まれたベータであること、父は同時に母でもあることを。
母は怒った、オメガから生まれたことではなく長年隠し事をされてきたことについて父に詰め寄った。
このことで両親の仲、そして侑はぎくしゃくとした。
離婚という話には至らなかったが、元の家族に戻るのには時間を要した。
オメガ診断されたからといって侑になにか変化があったわけではない。
一昔前ならいざ知らず、妹にとっても兄だし両親にとっても侑はただの子どもだった。
ぎこちない空気を乗り越えた家族は、またこれまでと同じように暮らしていけるとそう思っていた。
発情期がくるまでは──。
侑に初めてのソレが訪れた時、妹はあからさまな嫌悪感を示した。
思春期特有の性に対する潔癖さが元通りになったと思われた家族をまた壊した。
普通の戸建ての小さな部屋、二つ並んだ子ども部屋。
漏れ聞こえるくぐもった声、鼻につく性の匂い。
妹は侑を拒絶した。
両親はなんと言えば良いかわからず、結局口を閉ざした。
他人事として聞くオメガの話と、身内にいるオメガでは話が違う。
「侑、母さんと話し合ったんだが…」
申し訳なさそうに言う父、目を合わすことのない母、妹の姿は見えない。
あぁ、自分は捨てられたのだと侑は思った。
侑の暮らしていた地から、祖父の暮らす地まで県を二つ跨ぐ。
ぐんぐんと遠ざかっていく生まれた街を侑は一人で見送った。
新幹線の止まる主要駅まで迎えにきた侑の祖父はなんとも言えない顔をしていた。
「じいちゃん、俺、おれ…」
「侑、じいちゃんのせいでごめんな」
みるみる溢れてぼたりと零れた大粒の涙は侑の頬を濡らし、嗚咽は駅構内に響いた。
祖父の暮らす街は主要駅からだいぶ離れた田舎で、長屋の一番端の部屋だった。
田んぼや畑に囲まれていて、その内のひとつの畑を借りて祖父はほぼ自給自足の生活をしているという。
あれだよ、と指を指されたが似たような畑ばかりで侑はよくわからなかった。
中学卒業間近で転校してきた侑を同級生達は奇異の目で見た。
田舎の学校にはアルファもオメガもいなかった。
「お前、なんでこんな時期に転校してきたの?」
侑は答えられなかった。
オメガだから、家族に捨てられたから、気軽に答えられる問いでは無い。
「じいちゃんと二人暮らしなんだろ?親いねぇの?」
転校初日に侑は声をかけてきた同級生を殴った。
止めに入った同級生も先生も殴った。
大問題になったが侑の両親は来ずに、祖父が各方面に謝罪して回った。
侑は不登校になった。
祖父はなにも言わなかったが、一緒に畑をやろうと侑を誘った。
冬の間休ませていた畑を春の種まきに向けて、草を引き石を取り除き耕す。
小さな畑なので自分たちで全てやる、畝をつくるのもカラスよけのネットの綻びを直すのも。
無心でする土いじりは侑の心を落ち着けた。
「侑は育ててみたいもんはあるか?」
「んー、いちごとか」
「そりゃ、秋頃だなぁ」
「そうなの?」
「秋に植えて春に収穫するんだ」
転校初日に大問題を起こし不登校になってからも、祖父を通り越して両親に度々連絡がいっていたようだが両親がこちらへ来ることはなかった。
それまでに通っていた中学校で出席日数も足りていたし、そもそも義務教育なので侑は意地でも行かない選択をした。
高校にも行かず、祖父と土いじりをする日々。
両親にも妹にも会わない日々。
「侑、家族が恋しいか?」
「俺の家族はじいちゃんだよ」
「そうか」
祖父は切なそうに瞳を揺らしたが、くしゃりと笑った。
じいちゃんもだ、そう言ってぐりぐりと侑の頭を撫でた。
侑の発情期にも祖父は慌てることもなく、対処の仕方を教えた。
オメガを診てくれる病院は近所に無かったが、薬局には抑制剤を置いていたので困ることはなかった。
そんな風に侑と祖父の二人暮らしは順調だったが、夏の盛りのある日終わりを告げた。
「じいちゃん、薬買いに薬局行ってくる」
侑は一人でバスに乗って薬局で薬を買い、戻って来た時祖父は家にいなかった。
祖父は畑で倒れていた。
慌てて救急車を呼んだが、手遅れだった。
死因は熱中症からの脳梗塞と診断された。
侑はまた元家族の元へ戻った。
家族を失った侑は荒れた、就学もしておらず畑もない。暇を持て余しフラフラと街へ出ては喧嘩騒ぎを起こした。
補導されては両親が呼び出され、叱責された。
誰も侑に寄り添ってはくれず、ますます侑は厄介者になった。
心の支えは祖父から受け継いだもの。
何かあった時に、と教えられていた茶箪笥の上げ底になった引き出しの中。
──自分で家族をつくれ
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十八歳の誕生日、侑は生まれた家から飛び出した。
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