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見切りも逃げ足も早い

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小日向千尋、旧姓澤千尋は確かに松竹梅の同級生だった。
両親が願書を出し見事入学資格を得た男オメガ。
暗い表情で入学した彼に入学式で声をかけたのは周平だ。
同じように大和も侑も、忘れたがもう一人の男オメガにも周平は声をかけた。
同じ性なんだから、これもなにかの縁だからと言い仲良くしようと声をかけた。

「周平君はオメガって嫌じゃないの?」
「俺はさぁ、多分恵まれてんだ。オメガってわかっても友達は変わらなかったし、親も変わらなかった」
「そっか、いいね」
「俺はお前がこれまでどうやってきたか知らないし聞く気もないけどさ。自分だけは自分のこと認めてやれよ。自分から窮屈な箱に閉じこもる必要なんてない」

膝に顔を埋めてコクコクと頷く千尋の背中をぽんと周平はひとつ叩いた。


ふと思い出した澤千尋との記憶、あのころの暗い表情が今は朗らかに笑っている。

「幸せなんだな」
「うん、みんなのおかげだよ。ありがとう」

幸せそうな笑みに松竹梅もほっこりした、薄情な自分たちは棚上げだ。
千尋、と呼ぶ甘やかな声に小日向千尋は嬉しそうに振り返る。

「まだ挨拶しなくちゃいけない人がいるんだ。今日は楽しんでね」

小日向千尋はそう言って三人の前から手を振りながら立ち去った。
三人も同じように手を振って、目があった番であろうアルファに軽く頭を下げた。

「楽しんでね、だって」
「楽しめる?」
「無理だろ」

ラフな格好でたこを持った自分たちが楽しめるとは到底思えない。
それに、見渡す限り知ったアルファの顔がそこここにある。
寿中退のオメガを忘れても自分たちを袖にしたアルファの顔は忘れない。

「たこが悪くなる前に帰ろうか」
「うん、今日はたこパだね」
「ターキーたちも呼ぶか」

いいねぇ、と三人はそそくさと会場を後にした。
記念に洋館の前で自撮りもした、こんなところもう二度と来られないだろう。
元来た道を戻る途中、あの大きな両扉が開くのが見えた。
黒いバンがゆっくりその姿を現し、自分たちとは別方向へと行ってしまう。

「敷地内に駐車場があるんだ」
「すごいお屋敷だねぇ」
「あのバン見たことあるぞ」

侑が小さくなっていくバンを腕を組んでうんうんと唸ってから、あっ!と声をあげた。

「あれこの間、泥水ぶっかけたやつだ!」
「あっくん、それほんと?」
「…多分」
「自信ないんかい」

やっぱりほんと!と慌てる侑に笑っていたらもうバンの姿は見えなくなった。
そのまま舗道を歩いて、あの大きな扉の前でくるりと振り返ってその壮観な景色を目に焼き付けた。
千尋君どうぞお幸せに、松竹梅は同じ思いを抱えて一礼する。
さて、帰るかと入ってきたドアに手をかけたと同時に声をかけられた。
声の主はバンが消えた方向から小走りでやってくる。

「誰?」
「さあ?」

黒い髪をオールバックにして黒いサングラス、ネイビーのスリーピーススーツは仕立てがとても良さそうに見えた。
濃いめのブラウンのシャツと同じく茶系統の細かいチェックのネクタイがよく似合っている。
ひいっと侑は周平の背中に隠れ、それに続いて大和も隠れる。
ただ、周平より体躯がいいので全く隠れられていない。

「あの、君もパーティに?」
「あぁ、パーティ会場はあちらですよ」
「え、いや…」
「この道をまっすぐ行けば洋館があるのでそこです」

それだけ言うと松竹梅はさっさっとドアを開けて外へ飛び出した。
三人揃ってひた走る。

「あれ、ぜってぇヤクザじゃん!」
「すっごい怖かったー」
「やまちもあっくんも俺の後ろに隠れやがって!」
「千尋君、ヤクザの婿になったの?」
「あんなお屋敷だったら組長クラスじゃん!」

はぁはぁと息があがった時には白壁を通り過ぎていた。


──その頃小日向邸では

髪を撫でつけサングラスをかけた桐生武尊きりゅうたけるが閉まったドアをじっと見つめていた。
どうしてあの子がここにいたんだろうか。
失礼かもしれないがあの子には縁の無い場所のように思える。
桐生は今日、大学時代の友人である小日向が開催したホームパーティに招かれていた。
数少ない友人の一人の小日向には大学時代よくお世話になった。
製薬会社の御曹司である彼の口利きがなければ自分は今頃引きこもりになっていただろう。
フェロモン過多症とは成長するにつれてその分泌量が多くなる。
自分の意志とは無関係にオメガを引き寄せ、発情ヒートを促してしまう。
原因不明のそれを抑える抑制剤を開発したのが小日向製薬だ。
だが自分には既存のそれが合わず、苦しんでいた所を小日向に救われた。
合う薬を調合してもらい処方してもらったそれはよく効いた。
だがひとつだけ問題があった、凄まじい眠気に襲われてしまうという副作用が。
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