LOST-十六夜航路-

紺坂紫乃

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第五夜-3

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 いつの間にか、眠っていたらしい。清は甚八に揺さぶられて目を覚ました。すると明け方の海風を感じないと思ったら清の羽織が掛けてあった。甚八が掛けてくれたらしい。
 礼を言おうと、刀を杖にして立ち上がると甚八は小さな紙きれを二枚手にしてにやりと笑う。

「報告が返ってきたの!?」

「ああ、才蔵と小助からだ。どうやらアメリカとイギリスは口説き落とせたようだぜ。――あとは肝心の次郎吉だな」

 意外なことに難敵だと思われたアメリカとイギリスの支援を受けられる。第一陣となる両国の支援物資は双方の植民地から送られると記載されていた。量こそ少ないが、疫病が流行る前にはなんとかなりそうだと、清は胸を撫でおろした。

 しかし、問題はその後であった。二日が経過し、アメリカ船とイギリス船へ向かった四人は帰還したというのに、肝心の次郎吉が向かった清国船からの返事がない。同行した伊三からの連絡も音沙汰なしだ。

「……まずいわね」

「ああ……もし、交渉どころか不審者として捕えられているとなったら、せっかくのアメリカとイギリスも水の泡だ。あいつが鍵なのにな」

「ぎりぎりまで引き延ばせても、あと二日が限界ね。それ以上になるようなら……琉球、アメリカ、イギリスとの会合には私が出る。私が引きつけている内に誰か清国を探って。――良いね。誰も死なせないと約したんだから」

「……はっ」

 十勇士も表情が固い。やはり清を出す羽目になるのか、と皆が歯噛みする。イスパニアの悪夢だけはなんとしても避けねばと全員が考えている時、入り江の見張り役だった与平が顔を真っ青にして転げるように戻ってきた。

「申し上げます!! 暴動です! 伊江島側から儀間真常率いる十余名の男達と名護の尚真率いる二十数名がぶつかり合おうとしています!!」

「……よりによって、こんな時に!! 双方、馬鹿なの!? まったく呆れて物が言えないわね。小助と甚八、二人は船に残って次郎吉達からの連絡を待ち、見極めてから・・・・・・我々に合流するように。他の十勇士は私に続きなさい!!」

「はっ!!」

 船の縁から飛び降りた十勇士と与平は駆けて行った。小助と甚八は清が残した言葉を噛みしめて頷き合うと、二人は忍び装束に着替えて入り江を出た。

 



 清達が名護の中心地に到着すると暴動どころか、野犬の遠吠えがする村は静寂に包まれていた。だが、清達の姿を見止めるとわらわらと松明を持った男達に囲まれる。

「……やはり罠、か」

「使われたな、与平」

 清と才蔵の言葉に、与平は地に崩れ落ちた。

「最初から私達を炙り出すことが目的だったのよ。――この様子を見ると、派閥争いもでっちあげね? 違って?」

 清は昼に通訳をしてくれた盛男にそう尋ねた。

「貴方、儀間? それとも尚真? どちらかしら」

「さあて、当てて見なされ。お前さん達こそ何者じゃね。琉球の最期に水を差さんでくれんかのお」

 与平は地に這いながら、清と盛男を見比べる。清はゆっくりと抜刀し、正眼の構えで盛男に対峙する。その横と後ろを同じく武器を構えた十勇士が固めた。

「琉球の最期、ね。そういうこと。――つまり、復興に着手できなかったんじゃない。敢えてしなかったってことよ。何も知らない与平は良い駒だったんでしょうね」

「やはり大和人は侮れん。否、あんたが優秀過ぎるのか……お侍さん」

「次郎吉と伊三はどこ? 私の部下よ。返しなさい」

「あの二人ならトヨの家の蔵じゃよ。昨日捕えたばかりじゃ。返したところで何になる? 琉球人はこれから先に海へと向かわれた王の後を追う。邪魔だて致すな」

「――有終の美とでも言うつもり? ふざけるな!!」

 清の咆哮が合図だった。
 農具を持って迫りくる男達に、清は与平を守りながら武器だけを斬り、残りは峰打ちで薙ぎ倒していく。左足を軸にし、流れるように煌めく刃はさながら神楽の如く。
 十勇士も清に続き、男達の鳩尾に肘や膝で強打するのみに留める。
 あっという間に、呻き声をあげて倒れ伏す男達の中で立っているのは盛男だけだった。

「姫」

「小助、ご苦労」

「次郎吉と伊三は解放しました。清国からの援助を確約する旨の親書もこちらに」

 伊三に肩を借りて歩いてくる次郎吉に清はふっと笑った。

「ありがとう。――さあ、残りは貴方だけ。どうするの?」

「馬鹿な……お主ら、何者じゃ……?」

 震えて後退る盛男に、清は再び鋭い目を向ける。

「――亡国・日本より播磨の国明石藩松平家二女・清、そして旧・御庭番衆。そして、琉球王国の末裔・次郎吉」

「王家の、末裔じゃと?」

「貴方と話しても埒が明かないわ。――隠れている女子供連中も全員出てきなさい!!」

 清の一喝に、家に潜んでいた小さな男の子がひょっこりと顔を出すと、親だろうか、女がそれを「これ!」と引き寄せて、清を睨みつける。清は手にした刀を納めると十勇士にも武器を納めるよう指示を出す。

「……言い方が悪かったわね。出てきて。この爺さんじゃあ、意味が無いの。――あなた達、琉球の本心を聞かせて頂戴。ここに王家の血を受けた人間が居るわ。彼は必死で私のところへ嘆願に来た。そして清国の船にまでね。それが功を奏して、清国だけでなく、かつて交流のあったアメリカとイギリスも救援物資を持って琉球に向かっているの。――生きたいと思わない? 家の下敷きになった家族もちゃんと埋葬してあげられるわ」

 さっきまで果敢に刀を振るっていた鬼女と同一人物とは思えない声音だった。

「ほんと?」

 それに応えたのは、舌足らずの声で尋ねる少年だった。清は慎重に歩いてくる少年に目線を合わせる為に屈んだ。

「絶対の約束。――君、なんていう名前なの?」

「キヨ」

「あら、私と同じね。キヨ、良い? もしも、外国の人やここの大人の人が怖くなったら、いつでもあの次郎吉に言いなさい。また刀を持って、私がここに来てやっつけるから」

「うん!!」

 キヨの頭に手を置いたら、隠れていた女子供もようやく出てきた。やはり人数が少ないな、と思ったが清は再度彼女らに問う。

「もう一度訊きます。――貴女方は平家物語の壇ノ浦合戦のように、本当に後追い自殺をするつもりですか?」

 清の視線は真っ直ぐ、歪みが無かった。女たちはそれを受け止めきれずに顔を伏せるが、大声で桶の水をぶちまけるように本音を次々と吐き出し始めた。

「……生きられるなら生きたいさ!!」
「でも、死んだ方が楽だったような暮らしなんさ!!」
「あんたみたいなお姫様には解らないだろう!?」
「木の根を噛む暮らしが!! は、腹を痛めて産んだ子供を……濁った井戸に突き落とす親の気持ちが……!!」

 ぽろぽろと涙を流しながら数えられる程度の数の女達の叫びは、魂の叫びそのものだった。清は「次郎吉」とこれから彼女らを背負う男を呼んだ。

「目に焼きつけておきなさい。……この人達が、これから貴方の肩に乗る人々よ」

「……しかと!!」

「なにか問題があれば、いつでも頼ってらっしゃい。キヨにも約束したからね。――琉球の命は次郎吉が、そして次郎吉の命は、この清姫が預かった!!」

「ありがとうございます……!!」

「礼ならば琉球の復興の姿で見せてね。定期的に御庭番か十勇士を見廻りに来させるから」





 こうして、清は十勇士と共に琉球を後にした。浜辺への見送りには、次郎吉に抱きあげられたキヨと、ずっと頭を下げ続ける与平の姿があった。

「姫、いつからあの派閥争いが偽りだとお気づきになったのです?」

 才蔵の問いに、甲板で刀の手入れをしていた清は刀身に丁字油を塗り紙で丁寧に塗りながら答えた。

「甚八と街を視察した時ね。いくら派閥争いしているからって、何にも着手していないなんて有り得ないじゃない。復興に尽力する姿なんて、絶好の点数稼ぎでしょ。それをしないのが奇妙に思えたからよ。――まあ、派閥争い自体は本当にしていたようだから、最初の甚八達の報告や次郎吉達の目を欺けたんでしょうけど、次郎吉と与平の姿に気づいたかなにかで、あの爺さんが出てきたってところじゃないかな」

「あの爺さん、追加調査をしたら元・王家の側用人のような役職だったようです」

「ああ、だから日本語もできたのか」

 最後に刀身の錆や欠けがないかを確認し、はばきと切羽等のこしらえを付けて柄に納め目釘を打つ。納まりを確認してから刀身をぱちんと鞘に納めた。

「ま、これで琉球だけでなく、他の三国との繋がりもできた。島で待っている六郎達にも良い土産話を持って帰れる」

 想像以上に長く島を空けてしまった。六郎はともかく鎌之助は五月蠅そうだ。
 海風はすっかり秋の風である。賀谷ノ島には栗や柿が成るのだろうか。もしも成ったら、冬に備えながら秋の味覚を堪能しよう。今回は十勇士にもしばしの休みを与えてやりたい。
鼻歌を歌いながら、清がそんなことを考えていると横から小助が「下手なんですね」など真顔で言うせいで、危うく手入れしたばかりの刀を抜刀しかけた。
 それを見ていた甚八がまだ昼にもなっていないというのに、手に酒瓶を持って声を上げて笑う。 才蔵は昼寝から起きない。清海と伊三は将棋を打っている。
 
 帰りの航海は穏やかだった。


★続…
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