LOST-十六夜航路-

紺坂紫乃

文字の大きさ
6 / 23

第三夜-3

しおりを挟む
三の三、

 清が初の航海を終えた夜の事。

「どうかしたか?」

「あのね、たった三日だけなのに、身体が波を感じちゃって……うまく寝付けないから、一緒に寝てもいいかな?」

 順応性が高いのも考え物だな、と佐助は微笑んで「どうぞ」と二人分の布団を敷いてくれた。清はそれに甘えて布団に潜りこんだが、やはり身体が寝返りを打っても落ち着かなかった。

「薬湯という程のものでもないが……花梨とカミツレの茶でも入れるか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう。……本当は佐助と一緒に寝たかったってのもある」

 もじもじとやや頬を赤らめて、清は正直に話した。夜陰が佐助の笑みで揺れる。

「甚八達は労ってやったのに、姫には何も言ってなかったな。――よく頑張った。女が私しかいないことが十勇士の欠点だな。女惣領に寄り添ってやれない」

 気性を表すように清の真っ直ぐな髪に手を差し入れて撫でると、清は満足そうに「ありがとう。佐助が居てくれるから充分恵まれているよ」と言い、そのまま眠りの淵に落ちるように清は寝息を立て始めた。

「……よほど母や姉の愛に飢えているのか。私がたきつけなければ、ただの生き残った姫で居られたというのに……残酷な事をしている。姫の隣に居ると、己の業の深さから目を逸らせない」

 今は誰も聞いていない。十勇士の誰かが潜んでいれば解るが、今は完全に佐助一人だ。それは幸いなのか、佐助は鈍く痛む右腕を摩って、自身も布団に入った。細心の注意を払わねばと思いながら。



 その二日後の朝、清は日課の素振りを終えると木の上に潜んでいた十勇士を呼んだ。

「ねえ、訊きたいことがあるの。――今日は誰?」

「あたしー」

 降りてきたのは、鎌之助だった。清の訊きたいこととやらは適当に答えるつもりだったが、清は鎌之助だと見止めると彼の両腕を拘束してきた。女の力だと侮った鎌之助は、清の握力に吃驚する。

「良かった!! 才蔵や六郎だったら絶対答えてくれないし、甚八と小助も無理だから、鎌之助で良かった!!」

「はあ!? なによ、それ!?」

「――佐助の怪我、教えて」

 鎌之助はぎくっと身体を跳ねさせる。絶対に応えてはならない質問の回答者に選ばれてしまった。

「教えられな」

「斬られたいの?」

 声が切っ先のようだ。清の迫力はどんどんと増していく。顔を逸らせど、清はまったく力を緩める気は無いらしい。

「……なんで俺に訊くのよ……?」

「鎌之助は小助とは違う部分で、私を嫌っているから。あと佐助が大事だから。六郎に気があるようにしておいて、佐助の笑顔を見たがっているんでしょ? 丸わかりだよ」

 鎌之助は盛大に顔を歪めた。清に変化したままでその顔をされると、まるで鏡を見ているようだと感じた。

「あああ、もう!! 本当にただの甘ったれなお姫様だったら良かったのに!!」

 声を殺して、鎌之助は解放された両手で顔を覆った。

「……長、危ないの……」

「詳しく話して」

「あのイスパニアの船長――ディアス、『いつになったら清が来るんだ』って長に飽きて変な行為を強要しているし、暴力的になってきてんの……。俺が女の身体にもなれたら喜んで代われるのに……ねえ、お姫様……時間がないの。――十勇士を助けてよ……!」

 切実な声で清に縋る鎌之助の手を取った。

「それを知ってる十勇士は誰?」

「……才蔵と俺。六ちゃんと甚八、小助は……詳細までは知らない。知らない振りをしてんの……」

「解った。――鎌之助、残りの三好兄弟を大至急呼び寄せて。オランダ船をポルトガル船もまだ交渉中なら船ごと来てもらって。それとこれは私が勝手にやった事だから、惣領と呼べなくなっても良い。佐助に手を上げたのは許さない……!」

 鎌之助は清の周囲に立ち込める陽炎を目撃した。苛烈な一面があることは知っていたが、ここまでとは、と同じ顔の娘に畏怖する。
 身体の震えが止まらないまま、鎌之助は急いで三好兄弟へと伝書鳩を飛ばした。



 限界が来ていることなど、佐助はとうの昔に知っていた。それでもこの男の寝所に侍った。
 
 ――ただ清姫を守る為に。

『おい、俺を馬鹿にしているのか? 貴様のような玄人女に飽きたから、処女を寄こせと言っているんだ』

『……できませぬ。彼女は、絶対に、汚しはしない……!』

 佐助は、口の中の血を吐き出した。どうやら歯も折れたようで、からんと固い音が聞こえた。地べたに這う佐助の下顎をディアスは蹴り上げた。もう隠せないなあ、などと佐助は考え、突き飛ばされた拍子に受け身を取るのを忘れたせいで、首がみしりと嫌な音を立てた。

 ディアスは佐助に唾棄すると『良いだろう。お前を餌に新鮮な魚を吊り上げてみるのも一興だ。たんと骨まで味わってやるから、そのつもりでな』

 朦朧とする頭で、佐助は清に呼びかけた。

 ――来てはいけない。貴女は失えない。部下の屍の上でも、剣を振るう鬼神となれ。

 そう考えて、佐助は意識を手放した。



 イスパニア船から伝令があったのは、翌朝のことだった。
 六郎がわななく唇で望遠鏡を清に手渡した。船首には、二目と見られない顔の佐助が後ろ手に縛られ、宙吊りにされていた。

「……腐った屑野郎……!」
 
 鎌之助と才蔵を除く十勇士達からは見捨てるべきだ、と再三言い聞かされたが、頂点に達した清の怒りは十勇士を睥睨するだけで黙らせた。

「佐助は返してもらう。あれは私の部下よ。――それよりも三好兄弟達は?」

「姫の指示通りに」

「よし、出る!!」

 吉と出るか、凶と出るか、すべてはオランダとポルトガルにかかっている。だが、その二隻が無くとも、清は佐助の奪還に向かったことだろう。少しなら通訳ができるということで鎌之助が清と小舟に乗って、才蔵と六郎は控えの小舟でイスパニア船に向かった。

『先に清姫に来て頂こうか。勿論、丸腰でだ』

『了解した。佐助を下ろして!!』

『あんたが船に上がってきてからだ』

「ちっ!! 行ってくる。佐助を受け取ったら、あとは手筈通りにね」

「御意」

 清は慎重に縄梯子を登っていく。

「……や、めろ……姫……!!」

 喉を潰されている佐助の声は届かない。清からは佐助は死角になっていて見えなかった。
 清が甲板に現れると同時にディアスは満足そうに何かを話しだしたが、生憎、清には何を言っているのかは解らない。
 解りたくもない、と心中で唾棄する。

「……シニョール・ディアス、本当に残念だ」

 そう告げると、清はくるりと身体を勢いをつけて反転させ、船首で佐助に繋がる縄を持った男の首を爪先に仕込んだ平たい刃で掻き切った。
 下では水音がしなかったので、才蔵達がうまく受け止めてくれたのだろう事を知ると、マントで隠していた脇差よりもやや短い刀で、とびかかってくる男達の間を縫うように駆けて、手足だけを切り裂いていく一陣の風となった。
 あっという間にディアスに近づくと彼の眉間、喉笛、心臓に浅い十字傷を付ける。誰もそれを眼で追えなかった。

「……よくも佐助を……!!」

 部下たちが動けないのを良いことに、最後に彼の股間に刀を突きたてて潰し、清は縁から飛び降りた。

『こんなことをして……本国に伝えてやる……!!』

 痛みで気絶しているディアスの代わりに副船長らしき男が、フィリピンに居る本国へと電信を送ろうとしたら、先に本国側からの通信が入っていた。
 曰くオランダとポルトガル船が『偶然』ディアス船長の船が、日本人女性に暴行を働いた上、たった一人の子供に船員が全滅させられた様子を拝見した旨をアジア駐屯部隊に報告し、提督が非道徳的であると大層怒り狂っていると電信が入っていた。

『……馬鹿な……何故オランダ船とポルトガル船から連絡が入るのだ……。まさか……すべて最初から計算通りだったのか!? あの小娘の……!?』

 失われた日本の貴重な生き残りを傷つけたディアスへの尋問の為、別のイスパニア船が送られるということ、それとディアスの懲戒免職を告げる電信が続けざまに送られてきていた。



 一足先に診療所に戻っていた才蔵と六郎の迅速な手当てで佐助は眠りについている。
 遅れて入ってきた清は血塗れのマントを脱いで、土間に置き、佐助の顔色を窺った。

「……容体は?」

 主に処置をした才蔵も六郎も表情が芳しくない。

「喉を潰されているから、喋れない。……あと、全身に殴打痕があるが、どうやら首の打ち身が一番ひどいと思う。起きられないと解らないが……骨にまで達していたら、救いようがない……」

 佐助が死ぬ?

 清は足元から這い上がってくる恐怖に「佐助」と彼女がしてくれたように頬撫でた。せっかくの美人なのに、頬は腫れあがり、眼も膨らんでいる。

「……ねえ、死なないでよ? 私の尻をたたいてくれるんでしょ?」

「……っ……」

 気がつけば目を覚ました佐助がにっこりと笑っていた。何とか動く右手で紙と筆を指した。筆談ならばできるようだ、とほっとしたが、清はその書かれた言葉に真っ青になった。

『おそらく……首の骨を痛めてしまった。ひどい痛みがしている。――これが最期だ。みな、心して聴け。私、先代佐助亡き後は、才蔵を筆頭とし、清姫を――我らが惣領の言葉のみに従い、支え、故国喪失の謎を追え。決して立ち止まることは許さない。どうか、清姫を、姫を……』

 からんと筆が落ちる音と共にゆっくりと落ちる手を才蔵が取った。その手は震えて、やっと揃った十勇士からも啜り泣きが聞こえた。

「……佐助の嘘つ、き、嘘つき……!!」

 清は佐助の身体にしがみついて大声を上げて泣いた。その悲痛な泣き声を咎める者はいない――否、居ようはずがないのだ。清は子供のように泣いた。家族と師匠の師には、なぜか泣けなかったのに、佐助の死は心が引き裂かれるようだった。

 残暑が厳しい夏の日、清は最も信頼する部下で姉代わりの人物を失った。

★続...
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

別れし夫婦の御定書(おさだめがき)

佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★ 嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。 離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。 月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。 おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。 されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて—— ※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

花嫁御寮 ―江戸の妻たちの陰影― :【第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞】

naomikoryo
歴史・時代
名家に嫁いだ若き妻が、夫の失踪をきっかけに、江戸の奥向きに潜む権力、謀略、女たちの思惑に巻き込まれてゆく――。 舞台は江戸中期。表には見えぬ女の戦(いくさ)が、美しく、そして静かに燃え広がる。 結城澪は、武家の「御寮人様」として嫁いだ先で、愛と誇りのはざまで揺れることになる。 失踪した夫・宗真が追っていたのは、幕府中枢を揺るがす不正金の記録。 やがて、志を同じくする同心・坂東伊織、かつて宗真の婚約者だった篠原志乃らとの交錯の中で、澪は“妻”から“女”へと目覚めてゆく。 男たちの義、女たちの誇り、名家のしがらみの中で、澪が最後に選んだのは――“名を捨てて生きること”。 これは、名もなき光の中で、真実を守り抜いたひと組の夫婦の物語。 静謐な筆致で描く、江戸奥向きの愛と覚悟の長編時代小説。 全20話、読み終えた先に見えるのは、声高でない確かな「生」の姿。

処理中です...