LOST-十六夜航路-

紺坂紫乃

文字の大きさ
上 下
7 / 23

第四夜-1

しおりを挟む
4、

 ヒグラシが泣いている。あれは私だ、と清は思った
 佐助の葬儀には、島民全員なのではないかという程の人が集まり、皆が一様に「長……」と泣いていた。その中で、昨日、泣き腫らした目で座っていた清は化粧を施されて白い布を掛けられた佐助の冷たく固い手を離そうとはしなかった。
 
「……火葬の後、灰は海に流す。長は故国に還すから……」

 才蔵も充血した目をしていた。清だけが哀しい訳じゃない。それをまざまざと見せつけてくれたのは才蔵だった。六郎が言っていた、才蔵にとっての佐助は腹違いの姉で上司で――想い人だったからだ。身を斬られる思いで毎夜佐助を送りだしていたことは考えるまでも無い。

「……佐助、もう苦しまなくて良いんだね」

「ああ、綺麗な死に顔だった。故国が残っていたら、忍びは何一つ置いて行くことを許されなかったから、ここで死ねた長は幸せだっただろう。――あんたも居てくれたしな」

「私?」

「信じられんかもしれないが、御庭番衆を率いて居た頃の長は、それは冷徹でな。だが、あんたが流されてきて、世話をして……根っこから忍びの人だったのにあんたの身を案じるようになった。可愛かったんだろう。あんたはなんの衒いもなく、彼女に懐いていたから」

 才蔵は「だから、あんたの手で故国に還してやってくれ」と佐助の骨壺を、清に預けた。

 佐助に助けられた浜辺で、清は佐助を波に乗せた。

  ――ねえ、佐助。見ていてね。成し遂げて見せるから、必ず!!
 
 暮れ行く海にぼやけた夕陽が映っていた。佐助の骨壺は、それに向かって流れて行っているように見えた。


 診療所に戻ると、十勇士が全員集まっていた。
 
「こんな日に申し訳ない。惣領にはご挨拶が遅れましたこと、平にご容赦頂きたく。――儂は三好清海せいかい、隣が伊三いぞうでございます」

 禿頭の二人は三十代くらいだろうか。忍びにしては随分と恰幅の良い身体つきをしている清海と細身の伊三に、清姫はまずは礼を述べた。

「気にしなくて良いよ。それよりもオランダ船とポルトガル船を連れてきてくれてありがとう。おかげでイスパニア側に一泡吹かせられた。貴方達のおかげだ」

 「もったいなきお言葉、恐悦至極」

 「ところで、さ……ディアスは船長の任を解かれたと聞いたけれど、まさか皆、それだけで満足している訳じゃないよね?」

  仄暗い目の清に、十勇士はぞくりと寒気を覚えた。

「無論、制裁は終わってるぜ」

  ディアスには遺書を書かせた上で両手の指をすべて切り落とし、イスパニア船のメインマストに吊った。あくまで自殺にみせかけるように。
 
 甚八からその報告を受けると、清は「ご苦労」と言い放った。佐助を失ったのは確かに痛手である。長年、長の地位にあった博識の女頭領――それだけでも士気が違った。だが、佐助の穴を埋めるには程遠いが、この娘と才蔵ならば、士気が落ちる事はないだろうと甚八は目を細める。

「イスパニアはとんだ化け物を目覚めさせてくれたもんだぜ」

「なんの話?」

  甚八の呟きにやや疲れた様子の六郎が尋ねるが甚八には「独り言だ。歳は取りたくないねえ」とはぐらかされた。

「イスパニアに対する制裁が終わっているなら、取り急ぎ、次の話に移りたい。――まず、のんびりしている場合ではないけど、甚八と小助、私が船に慣れるまでの補助は変わらず頼みたい。こればかりは焦っても仕方がないから地道に行きたい。異論は?」

「ございません。次は一週間の航海に出て頂きます」

「よろしく頼む。私が不在の間は才蔵に任せる」

  才蔵は軽く会釈をする。

「次に、清海と伊三。オランダとポルトガルからの具体的な支援内容を教えて欲しい」

「はっ。オランダからは長崎に常駐していたオランダ人で日本語ができる水夫を十人貸してくれるとのこと。彼らは長崎の出島での暮らしが長かったので、食料の調達も任せられましょう。無論、経費の負担もオランダ側が負担してくれると」

「……親切すぎるな」

「商館長の話では先代と交流があったそうです。彼女の蘭語と医学はこの商館長の紹介で学んでらしたと。ヤン・ドンケル・クルティウスという男ですが、彼の周囲の人間も先代をよく存じ上げておりましたゆえ、信頼に足ると判断致しました」

  まだ納得がいかない面持ちの清に、才蔵が斜め後ろから補足をする。

「姫、クルティウス商館長ならば、俺も面識があります。共に蘭語と医学をご教授下さった温厚な方ゆえ、先代も信頼に足る人物としておりました」

「……解った。二人の言葉を信じよう。では、次にポルトガルの報告を」

  今度は伊三が書面を広げ読みあげる。

「ポルトガルよりは主船の補佐として多少年季は入っているものの頑丈な船を二隻と調査に必要な物資および資金援助を。資金は具体的にイスパニアと同額とのことです」

「つまりはイスパニアとポルトガルだけで資金面は問題なくなったということか。……オランダは、まあ、全面的とは言えないが信じよう。しかし、ポルトガルとイスパニアにはいつでも切り捨てられるようにしておいて欲しい。難癖付けて着たらいつでも乗り換えられるように他の国との交渉も秘密裏にお願いしたい。――私が信じるのは佐助の死を心底悼む者だけ。それを忘れないで。では、解散」

 清は振り返ることなく、刀を携えて外に出て行く。それを訝しんだ小助の袖を甚八が引く。

「才蔵――長と六坊が行った。気にすることじゃねえ。最後のは忠告だな」

 「忠告?」

 「姫は十勇士ではない元・御庭番衆の中に間者が居ることに気づいている。それに対する脅しだ」

「間者だと……? あの姫、いつからそれを?」

「俺は長い付き合いだから連中の様子がおかしければ、すぐに気づいた。だがおひいさんは違う。気づいたとしたら葬儀の時だろうな」
 
 小助は清をそら恐ろしく感じる。散々、侮っていた小娘がなんという速さで成長していくのか。
  
 ――長……これが貴女が見極めた姫のお姿か。
  
 小助は天に問いを投げる。そんな小助に甚八は海図を広げた。
 
「おひいさんが言った通りだ。三国以外の諸外国とも繋がっておくべきだろうな。支援を受ける以上、こちらが下に見られがちだがイスパニアの二の舞は御免だ。俺達も気を引き締めねえとな」

「……そうだな」

  小助の頭に手を置いて、甚八は次の航海の手順を話し始めた。





 清は診療所裏にある洗濯物干しの場で一心不乱に剣を振っていた。だが、身体が重い。剣先と呼吸が乱れる。余計なところに力が入るせいで、無駄に体力を消耗する。滴り落ちる汗を拭い、もう一度剣を構えようとしたのを才蔵が腕を掴んで止めた。

「……なに?」

「言わなくても解ってんだろう」

「姫、これ。冷たい手拭い」

  才蔵の後ろから、苦笑した六郎が手拭いを差し出す。清はしばし瞑目して「ありがとう」とそれを受け取った。木陰に座り、目に手拭いを当てると口が勝手に思いの丈を吐露し始めた。

「……落ち着かないの……。これじゃあ大局を見られないとは解っているのに、異人の全てが憎い。佐助を殺したのはディアスだけなのに……」

 「違う。もっとガキらしいこと考えてるはずでしょう。どうせ俺と六郎以外聞いてない……いや、まだ居たな。出て来いよ、鎌之助」

「……六ちゃんとは違う、あんたの気配に敏感なところが大っ嫌い」

「昔っから気が合うよな。俺もお前の中途半端に長の気を引こうとして女口調になったところに反吐が出る」

「あは、ははは……十勇士って、なんでこんなに正直なんだろ? 忍びなのに言いたい放題ね」

「才蔵と鎌之助は別格だよ」

 「……そうなんだ……あのね、佐助に、逢いたいの……恋しくて、堪らない……!! 心細いよ。ここに着いたときよりもずっと。皆が居てくれるのに、なんて罰当たりなんだろ、って」

  手拭いが吸い取り切れなかった涙が幾筋も湧いては流れて行く。

「逢えるなら、俺も逢いたい。……正直、直情的な俺なんかが十勇士を纏められるのか、自信がないからな」

 「そんなの!! 俺だって逢いたいよ!! ……逢いたい、よ……」

  清の言葉が導火線だったように、才蔵も鎌之助も包み隠さず本心を吐き出す姿に六郎は、忍びでは無く、親を恋しがる三人の子供のように思えた。生きていたら、さぞ呆れられたことだろう。しかし、才蔵の言うようにここには四人しかいない。
 
 せめて今だけは、小さな子供に返って泣きじゃくるのを許して欲しい、と誰ともなく六郎は祈った。

★続...
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雲隠れ-独眼竜淡恋奇譚-

紺坂紫乃
歴史・時代
戦国の雄――伊達政宗。彼の研究を進めていく祖父が発見した『村咲(むらさき)』という忍びの名を発見する。祖父の手伝いをしていた綾希は、祖父亡き後に研究を進めていく第一部。 第二部――時は群雄割拠の戦国時代、後の政宗となる梵天丸はある日異人と見紛うユエという女忍びに命を救われた。哀しい運命を背負うユエに惹かれる政宗とその想いに決して答えられないユエこと『村咲』の切ない恋の物語。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

金平糖の箱の中

由季
歴史・時代
暗い空に真っ赤な提灯が連なる。 綺麗な華の赤に見えるだろうか、 地獄の釜の血に見えるだろうか。 男は天国、女は地獄。  ここは遊郭。男が集い、女を買う街である  ここに1人、例外がいた話 昔、想いを寄せた遊女と瓜二つだったのは、女ではなく男だった。昔の想い人に想いを馳せ、その男に会いに行く。昔の想い人に重ねられ、傷付く心。昔と今の想いが交差する少し変わった、切なくも美しい遊郭のお話。 ※エブリスタ、小説家になろうで公開中です。

主従の契り

しおビスケット
歴史・時代
時は戦国。天下の覇権を求め、幾多の武将がしのぎを削った時代。 京で小料理屋を母や弟と切り盛りしながら平和に暮らしていた吉乃。 ところが、城で武将に仕える事に…!

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

ユキノホタル ~名もなき遊女と芸者のものがたり~

蒼あかり
歴史・時代
 親に売られ遊女になったユキ。一家離散で芸者の道に踏み入った和歌。  二度と会えなくても忘れないと誓う和歌。  彼の幸せを最後に祈るユキ。  願う形は違えども、相手を想う気持ちに偽りはない。  嘘と欲と金が渦巻く花街で、彼女たちの思いだけが真実の形。  二人の少女がそれでも愛を手に入れ、花街で生きた証の物語。 ※ ハッピーエンドではありません。 ※ 詳しい下調べはおこなっておりません。作者のつたない記憶の中から絞り出しましたので、歴史の中の史実と違うこともあるかと思います。その辺をご理解のほど、よろしくお願いいたします。

きみに幸あらんことを~復讐は愛を呼ぶ~

貴美
歴史・時代
コンセプトは色んな愛。時代は江戸幕府末期。舞台は遊郭吉原。仄暗いプロローグから始まりますが基本ギャグ多めのハピエンです。完結しました。

処理中です...