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番外編「ぬしと私は卵の仲よ私ゃ白身できみを抱く」

14 回帰

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 シャガ中町はさすがに大きな町であるため結界が張られていて魔物は入ってこれないらしい。
 冒険者ギルドの隣にある馬車乗り場でクアスとエミリオは降りた。

 エミリオの回復魔法によって怪我も治り意識を取り戻した御者に、一応診療所に行くようにと言って別れる。

 シャガ中町は魔物は入ってこられないとはいえ、こちらシャガ近辺でもあの自動生成されるダンジョンがぼこぼこ発生していたらしく、冒険者ギルドがバタバタしていて、ギルドから物々しい武装した冒険者たちが忙しなく出ていくのが見えた。その中で、ひと際大柄なスキンヘッドの男性が何やら冒険者たちと深刻そうに話しているのに気づいてエミリオは彼に話しかけた。冒険者ギルドのギルドマスター、アンドリュー氏だ。

「ギルマス、どうされましたか?」
「おお、ドラゴネッティ卿。ええと、そちらはあの時の……」
「クアス・カイラードと申します。その節は大変申し訳ありませんでした」
「いやいや。無事でよかったよ。お仲間は残念だったが、まあ辺境じゃ生きてる人間のほうが大事だからな」
「お気遣い、いたみいります」
「それより、この物々しい雰囲気、もしかしてこちらでも自動生成ダンジョンが量産されてるとかですか?」
「そう、そうなんだよ! 何故かいつもの倍もでかいダンジョンが三個も四個も出来ちまってな。まだマッピング出来てないから手出しもできないってのに、中からウジャウジャ魔物が出てきちまったんだ。今冒険者連中が対処に回ってて、もう目の回る忙しさだぜ」

 クアスとエミリオは、ここシャガ中町に到着するまでに、土砂崩れ、こちらと同じような自動生成ダンジョンの発生、そこから飛び出してくる魔物の群れに襲われたことなどを報告した。

「……なんてこった。今シュクラ神殿でとうとう御珠様の孵化が始まったってめでたい日だってのに、雲行きはこんなだし、ダンジョンはボコボコできやがるし、魔物はウジャウジャ出るし……!」
「……! ふ、孵化が始まったのですか?」
「あ、ああ。今朝がた始まってな。……あれ、そういやまだ生まれたって発表がねえな……」

 聞けば、午前八時半過ぎに御珠様の表面に大きなひびが入り、シュクラ神殿で孵化の儀式を始めると発表があったのだそうだ。
 最初のうちこそ祝福ムードで穏やかだったのだが、正午に近づくにつれ雲行きが怪しくなってゆき、ついにあちこちで自動生成するダンジョンがぼこぼこ生まれて、そこからあふれ出す魔物の対応に追われてしまっているとのこと。
 魔物の対応に追われて気が付いたらシュクラ神殿のほうの祈りの声がぱったりと聞こえなくなったのだという。

 祈りの声が止んでしまったのに、無事に生まれたという発表はない。
 そしてますますひどくなる天候と、ダンジョンから湧きだす強力な魔物の群れ。
 土地神シュクラの祝福が完全に途絶えたこの災害の連鎖。

 土地神の祝福が途絶えたということは、その土地神がこの地に対し絶望したということ。
 そして今のシュクラが望むのは御珠様であるインとヤンの無事の誕生だ。そんなシュクラが絶望したということは……。

「……っ!」
「あっ、ク、クアス!」

 その話を聞いて居ても立っても居られなくなったクアスは、シュクラ神殿のほうへ駆け出した。

 シュクラ神殿はシャガ中町からほど近い場所にある筈で、全力でそこに向かっているというのに、その道のりがやけに遠く感じられた。
 急がねば。そう思うのに思った以上に進みが遅い気がする。もちろん気のせいではあったのだが、クアスにはこの道のりがひどくもどかしく感じられたのだ。

 参道を突っ切り、横目にあるおかしな四角の建物(スイとエミリオの家らしい)も目に入らず、一心不乱に神殿まで駆け抜けた。
 急にバタバタとろくな挨拶もせずに押し入ってきた大柄な騎士に、シュクラ神殿の聖人たちがぎょっと目を見開いて彼を止める。

「どうされたのか。今はシュクラ様は取り込み中で……!」
「シュクラ様は!」
「はっ?」
「御珠様は、シュクラ様はいずこにあらせられる!」
「で、ですから今は取り込み中で! 関係者以外はなんびとも立ち入ることは許されませぬ!」
「教えてくれ、シュクラ様はいずこに!」
「今は御珠様のために祈りを捧げておられます! 邪魔をすれば不敬にあたり天罰がくだりますぞ!」
「天罰はあとでいくらでも喜んで受ける! 今すぐシュクラ様と御珠様にお目にかかりたいのだ!」
「な、なんと罰当たりな……う、うわっ!」
「すまない!」
「クアス! せ、聖人様、友が申し訳ありません!」
 
 止める聖人を半ば突き飛ばすようにして神殿に入り、人の気配がする場所を探して神殿内を駆け回るクアス。あわてて彼を追ってくる先ほどの聖人とエミリオをよそに、神殿の奥深くにある場所から香木の香りが漂ってくるのを感じ、その部屋をようやく見つけると、扉の前に立っていた僧兵たちが止めるのも押しのけて、両開きの扉をばたんと開いた。

 湿度と温度が高いその部屋は大広間となっており、そこに数十名の聖人聖女たちが集まっていて、無作法極まる入室をしてきたクアスに一斉に振り返って驚愕の表情を向けた。
 その聖人聖女の誰もが悲痛な顔をして、中には滂沱の涙を流して震えている者までいる。
 広間は、悲しみに包まれていた。

「エミさん、クアスさんも!」
 
 広間の前方にはエミリオの恋人であるスイもいて、その肩に寄りかかって虚ろな視線を中央に向けているシュクラが居た。
 こちらを見もしないシュクラの虚ろな視線の先、広間の前方に設けられた祭壇の上、柔らかなクッションの上に乗せられた二つの卵、ひびの入ったその卵、御珠様と呼ばれるその二つの神の卵は、物音も立てず、微動だにもせずにそこに鎮座していた。
 シュクラの絶望、その原因は。

 ――醜聞がなんです。子供のことや相手のことを考えたら、馬鹿にされたってそれを見返すくらいこれから頑張るしかありませんよ。
 ――かーちゃんと子供のこと考えたら、ちっぽけなプライドなんて捨てる事が出来たよ。騎士様も子供を一目見たら弱気な考え変わるって。子供はいいぞ~可愛いぞ~。

 先日の宿の夫婦の助言が蘇る。
 
 インとヤン。今のクアスが敬愛してやまぬシュクラの子供たち。シュクラが産み落としてくれた、クアスの子供たち。
 キャサリン嬢との婚約を解消した今、もう自分には授かることなどできないと思っていたところに、シュクラが授けてくれた、己の血を引く二人の子供たち。
 
 そのかけがえのない命がここに途絶えようとしている。シュクラ自身の希望が途絶えようとしている。
 もう戻らないのか。そのまま顔も見せずにこの世から去ろうとしているのか?
 シュクラを悲しませて。……私を、置いて。

 そう考えた瞬間、インとヤンを失うと考えた瞬間、心臓にビキリと痛みが走った。魂を大半千切り取られるような、全身をバラバラにされたとしてもそこまでは感じないであろう絶望と悲しみが痛みとなってクアスを襲う。
 まだ卵であり、産まれてもいなくて、その姿を見たこともないが、祭壇に掲げられて鎮座した卵を見てすぐに愛おしさ、そして不思議と懐かしさを感じた。ずっと前から知っていたような。やっとこの手に戻ってきたような。
 かけがえのないもの。愛しい子供たち。きっといつかの前世でも繋がっていたのだと感じるような感覚。

 やっと帰ってきたというのに、また去って行こうとするなんて。
 
 ダメだ。それは絶対に許可できない。
 それではお前たちはこの罪深い私のように愛してくれた者を裏切るという罪を犯すことになる。

 ――死んだら何もならぬぞ。無じゃ、無っ!

 そうだ、死ぬことなど絶対に許されない。たとえそれが神であっても。
 いや、神の子として産まれたからこそ、愛してくれたシュクラ神を裏切ることなど絶対にしてはいけないのだ。
 安易に死に逃げるなど、シュクラを悲しませるなど、父親として絶対に許してはならないのだ。

 そう、父親として。自分はインとヤンの父親なのだ。

「スイ、シュクラ様! 今戻りました! なあクアス……クアス? あ、ちょっ……!」
 
 エミリオの声も無視して、クアスは祭壇に向かって、怒りにも似た気持ちをにじませてどすどすと近づいて行く。その形相はまるで鬼のように険しい。

「止まりなさい! それ以上祭壇に近づくことは許しません!」
「どいてくれ!」
「無礼な!ここを何と心得る!」
「立ち去れ! シュクラ様の御前であるぞ!」
 
 鬼気迫るようなクアスにぎょっとした聖人たちがクアスを止めに入るが、クアスは怯まなかった。しまいに棍を手にした屈強な僧兵たちに羽交い絞めに拘束されてしまうが、前に進まなければ死ぬとばかりに必死に祭壇に手を伸ばす。

 駄目だ。逝くな。逝くことなど絶対に許さない。
 踏み止まれ。シュクラ様を悲しませるな。そんなこと、この私が絶対に許さない。

 

「戻ってこい! 逝くなああああああああっ!」



 その悲痛なまでのクアスの怒号は。
 誰もが諦め、絶望した、その地獄めいた重苦しい世界に。



 奇跡を、おこした。
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