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番外編「ぬしと私は卵の仲よ私ゃ白身できみを抱く」

10 葛藤

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 魔法馬車で三日のシャガへの道のりを、猛スピードで流れゆく景色を車窓から眺めやりながら、クアスは茫然としていた。

 シュクラが卵生で女体化して卵を産んでその卵から産まれるのはクアスの子だという、一度では理解できないことを言われて、何度も何度も頭の中で反芻した。

 心当たりがあるんだろう?
 などとエミリオに言われて、シュクラに慈悲を賜ったことを友に知られていることに羞恥を覚えて頭を抱える。恐らくシュクラが事も無げに話したのだろう。あの方はそういう方だと今更ながら思う。

 確かにあの時クアスは避妊できなかった。媚薬で頭がおかしくなっていたのと、元婚約者とも経験しなかった、人生で初めての行為に酩酊していたのとで、どうしようもなかったのだ。

 シュクラはこうなることは承知の上だったのだろうか。
 神の考えることなど愚かな人間のクアスには理解できないが、それほど良く知っているわけではなくともシュクラの性格を考えると目の前の快楽をそりゃあもう楽しみまくって、後のことは全く考えていなかった様子なのが否めない。
 成るも成らぬも成り行きまかせといった感じで、後のことなど一切頭になく、こうなったとしても全く動じていないに違いない。産めよ増やせよが信条の土地神ならなおさらだ。

 しかし、それはともかくどうしようもなかったでは済まされないのは百も承知だ。そんなこと、たとえ人間の女性相手でも男として責任問題が発生する。

 普通なら男として責任を取り相手と結婚するのが正しいのだろうが、相手が神であった場合は一体どうするのが正しいのか。

 シュクラは元々クアスに知らせるつもりなど全くなかったらしい。
 エミリオが気を利かせてこうして知らせてくれなければクアスは我が子が全くあずかり知らぬ遠いシャガで生まれていることなど気付きもせずに無責任に王都で淡々と過ごしていたに違いない。
 クアスに知らせるつもりはないとシュクラは言っていたそうだが、そのことにクアスは少なからずショックを受けている。しかしそのショックすら自分にはおこがましいのかとも思うのだ。

 キャサリン嬢との婚約が解消されなければいつかは持つだろうと思っていたが、そうはならなかったゆえに、自分はもう一生我が子を持つことなどできないと思っていた。
 娼館にも行かなかったクアスはキャサリン嬢のほかに付き合いのある女性などほとんどいなかったし、まして一度は罪人として投獄されたクアスに、後ろ指さされると判っていて好んで嫁いで来てくれる女性などいるはずもなかった。
 そんな自分の血を引く子を、それも神であるシュクラが産んでくれたなんて。

 シュクラと自分のあの営みで授かった我が子。そう考えるだけで感動で手が震える。ろくでもない自分に我が子を授けてくれたシュクラ神は一体どこまで慈悲深いのだろう。

 クアスはもう自分を偽れない。身体を重ねて慈悲を賜ったときに、彼はシュクラを愛してしまったのだ。
 それは肉欲による一時的な愛情ではなく、この世で最も気高く美しいものに対して、全てを捧げてもかまわないという永遠の敬愛だ。自由奔放でどこまでも愛情深いシュクラに永遠の愛と忠誠を密かに誓っていた。

 しかし喜びもあるが戸惑いのほうがクアスには大きい。

 神であるシュクラが産んだならその子らもまた神である。愚かな人間で、しかも罪深い自分が神の親となるなどあっていいことなのだろうか。

 親のせいで何の罪もない子らに害意が向けられる。そんなことが我が子に起こったら、自分はどうしたらいいのだろう。

 そんなことを悶々と考えて始終無口だったクアス、同行する友人エミリオに心配されながら、二人の乗った魔法馬車は二日後にはシャガにほど近い小さな集落まで着いていた。西辺境のシャガに近づくたびに、夜になるとどんどん狂暴な野生動物やモンスターが出てくるため、日没には宿を取って休むことになっている。

 宿に入ってわかったが、もうここはシャガに近いせいか宿泊している旅人の主な話題は、シャガ地方の土地神シュクラの産んだというふたつの御珠様のことで、数百年ぶりのお祭り騒ぎでシャガがすごいことになっている、などとシャガ帰りの旅人も言っていたのが聞こえてきていた。

 やれ御珠様を参拝したら身体の調子が良くなっただの、運が向いてきただの恋人ができただの、御珠様の参拝はイン様は人気運、ヤン様は財運が良くなるだのと、嘘か本当かわからないが、そういったことがまことしやかに語られていた。

「イン様と、ヤン様、か……」
「ああ。シュクラ様が名付けられたんだ。……悪いクアス。宿が混んでいて二人部屋を一室しか取れなかったんだ。俺と同室で大丈夫か」
「ああ、それは構わない」

 二人部屋の宿をエミリオと同室で取り、部屋に入ってもクアスは落ち着かなくて、まるで熊のように部屋の中をうろつきまくって、エミリオに注意されてしまった。王都のホテルのような広々とした部屋ではない、質素な旅の宿の狭い部屋の中、身体の大きな騎士の男が落ち着きなくうろついていたら、そりゃあ鬱陶しいに違いない。

「クアス、もう座ったらどうだ? まだ宿にきて一度も腰を落ち着けてないじゃないか」
「ああ……すまん」
「昨日の夜もそうだったけれど、今日はさらに落ち着きがないぞ。その、わかるけどさ……」
「……そうだな。すまない」

 エミリオに指摘されてようやく備え付けてある椅子に腰かけたクアスだったが、座ったところで考えに没頭して指でトントンとテーブルをつついたり、足をガタガタと貧乏ゆすりしたりして、一向に落ち着いていなかった。
 宿の食堂で食事を摂ったときも、考えにふけってせっかくの料理が冷めてしまった。
 人の好さそうな宿の主人と女将が体調でも悪いのかと心配して、あれなら食べられるか、酒はどうだと勧めてきたりもした。

 あまりそんな様子を見せては皆にいらぬ心配をさせてしまうと思い、クアスはよく味の分からなくなってしまった舌でなんとか冷めた料理を平らげて、早々に部屋に戻った。

 明日また早朝に宿を立ってシャガに向かうために、早く眠らなければいけないというのに、どうにも目が冴えて眠れない。
 シュクラのおかげでシャガへのトラウマは克服したはずなのに、あと一日魔法馬車に揺られれば到着すると思うと、冷たい汗が流れる。

 大勢の仲間をクアスの誤った判断で死なせてしまった土地で、クアスの血を引いた我が子が今にも生まれようとしているなんて、一体どういう運命の巡り合わせなのだろう。

 子供というのは皆幸せになるために生まれてこなければならない。皆に祝福されて然るべきシュクラの子の父親が、このような自分であって本当にいいのだろうか。

 隣のベッドですやすやと寝息を立てているエミリオをよそに、起き上がり軽く着替えて剣を帯びた。

 聞けばエミリオの恋人であるスイもまた、彼の子を妊娠したのだという。スイはエミリオと同様高い魔力持ちであるため、エミリオの失った魔力を同衾で回復することができるのだが、妊娠した彼女の身体の負担を考えて、エミリオは極力大型魔法である転移魔法を使わずにこうして魔法馬車でクアスを迎えに来てくれているのだ。
 身重の恋人の傍を離れたくないだろうに、こうしてクアスの為を思って連れてきてくれた彼には感謝しかない。

 眠くなるまでしばし夜の散歩をしようと宿の階段を降りると、下の食堂にうっすらと灯りがついているのが見えた。宿の主人と女将が明日の料理の仕込みをしているらしい。

 シャツとトラウザーズという軽装だが腰に剣を帯びているクアスを見かけた女将が、驚いた顔をして声をかけてきた。

「あら騎士様どうしました?」
「ああ、申し訳ない。眠れないので少し歩いてこようかと」
「この時間にですか? やめた方がよろしいです。この地域は夜になると本当に魔物たちが狂暴化するんですよ。いくら騎士さまでも、無闇に危ない目にあうなんて損ですよ」
「いや、しかし……」
「旦那、儂はさっき納屋から材料取って戻って来たんだけど、魔物もそうだが雲行きが怪しい。今にも雨が降りそうだったからやめといたほうがいい」
「アンタ、騎士様にナイトキャップでもお出ししたらどうかしらね?」
「そうだな。旦那、いいスピリッツがあるよ。儂の秘蔵だ」
「いや、私は……」
「いいからいいから」
「こっちにお座んなさいな」

 仕込みの最中だろう主人と女将の邪魔をしてはいけないと固辞したものの、人情家らしい夫婦に押し切られてテーブルに座らされ、気が付けば主人秘蔵の酒をグラスに注がれて目の前に置かれていた。仕込みはいいのだろうか。

「で? 一体どうしたってんだい旦那?」
「は……?」
「いえ、ほら。騎士様夕食のときから何か思い悩んでた様子だったから、どうしたのかしらねってうちの人と話してたんですよ」
「……覚えていらしたのですね。申し訳ありません。余計な心配を」
「いやいいんだよ。騎士の旦那の考えて悩んでることなんて、儂ら一般人に話したところで何の解決にもなりゃしないだろうが、人に話したら楽になるってこともあらあな」
「旅の恥はかき捨てですよ騎士様」
「そうだ旦那。なんか今シャガのほうでも御珠様っていうおめでたいニュースでもちきりなんだからそれにあやかってきっと気分が晴れるさ」

 今まさにその御珠様のことについて悩んでいるなんて言えない。
 しかし秘蔵の酒まで出されてお膳立てされたのでは、何も話さないわけにもいかず、クアスは多少話をぼかして伝えることにした。
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