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第二部 wildflower
第二十四話
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礼は、実言が自分から離れるのを感じて、目を開けた。格子の間のぼんやりした明かりで夜が明け始めているのがわかった。
実言は灯台の下で身支度をしている。礼はそっと起き上がり、実言の背後に近づいた。実言は袍を着終わって、腰帯を巻くために後ろに帯を渡そうとしているところを、礼は飛びついて手伝った。帯を背後にまわして、帯の端を実言の体の前に渡してやる。礼は後ろからまわした帯を前で実言が掴んだとわかったら、そのまま実言の体に抱きついた。
礼はとても実言から離れる気にはなれない。
「礼」
実言は腰紐を結ぶと、後ろからまわされた礼の手に自分のそれを重ねた。
「嫌よ」
礼は鋭く言った。
「離れたくない」
実言は礼の手を取って、振り向き褥の真ん中に連れて行って座らせた。
「ああ、お前をこんな目に合わせてしまうのは、二度目だな。一度目の時は、私たちはまだ幼く、体だけは通じていたが、心は深い隔たりがあった。お前は、真皿尾家のために、意に沿わない私の許婚となり、私の求めることに従うだけだった」
実言は礼の両頬を手で包み込み、お互いの視線を外さないようにして見つめ合った。
「お前の心は全く開くことはなく、むしろ拒絶していた。しかし、私が九鬼谷の戦に行く前に束蕗原を訪ねて一夜を過ごし、いざ別れの時にお前は私の手に手を重ねて、離さなかった。あの時は、少しでも私に対して情を持ってくれたのかと思ったよ。私が選んで決めた政略結婚であったが、お前を手に入れるだけでいいなんて思っていなかった。心の通った夫婦になりたいと思っていたから、私はお前が少しでも私のことを心配してくれている様子がわかって嬉しかったのだ」
礼は、その時の記憶が蘇り申し訳なくなって、目をそらそうと顔を左に向けた。実言は手を離さず、目を閉じで右顔を見せる礼に言葉を続けた。
「それが今では、お前は私の体を抱いて離れたくないと言ってくれる。私だって、心の奥底を覗かれたら、お前の体を離したくない。だが、私も岩城の家に生まれた男だ。与えられた使命をやり遂げなくてはいけない。それが私の果たすべき道であろう」
実言は礼に顔を寄せて、礼の少し開いた下唇を唇で挟んで吸う。
「礼、これを」
実言は懐から折りたたんだ紙を出した。
「子供の名前だ。男と女、一つずつ書いてある。生まれた子につけておくれ」
礼は受け取ると、自分の胸に押し付けた。
「お前は私がいない間、主人としてしっかりと家と子を守っておくれ。心配事は去様に相談するのだ。それでも解決できない事は耳丸に言うのだ。岩城家と連絡がつく。その時は、父上が助けてくれる」
礼は、小さく頷いた。
「もう行かなくてはいけない」
実言は包んだ両手で俯いた礼を上に向かせた。
「礼、私に何か言うことはあるかい」
実言は微笑んでそう訊いた。
「……実言、必ずあなたは私たちのところに帰ってくる。それまでの少しの間のお別れね……」
「その通りだ。私はお前たちのところに帰ってくるよ」
見つめ合っていたが、礼は自ら近づいて実言の唇に自分の唇を重ねて押し付けた。実言は礼にされるままに受けた。
「……うっ…あ」
礼は嗚咽が込み上げてきて、我慢するために実言の胸に突っ伏した。
「礼。待っていておくれ」
実言は礼の髪を何度もなでた。
泣き顔を見せるわけにはいかないと袖口で涙を拭いて、礼は顔を上げて実言を見た。
「ああ、しばしの別れだ」
実言は礼の左目に唇を押し当てて、立ち上がった。礼の肩を掴んで押さえたのは、自分の心をこの場から切り離すためだった。礼を手放して戦場へ行く決心を鈍らせないため。
礼は褥の上で、几帳の陰に消え、妻戸を開けて簀子縁から渡り廊下へと遠ざかっていく実言の足音をどこまでも耳で追って、その無事を祈った。
実言は灯台の下で身支度をしている。礼はそっと起き上がり、実言の背後に近づいた。実言は袍を着終わって、腰帯を巻くために後ろに帯を渡そうとしているところを、礼は飛びついて手伝った。帯を背後にまわして、帯の端を実言の体の前に渡してやる。礼は後ろからまわした帯を前で実言が掴んだとわかったら、そのまま実言の体に抱きついた。
礼はとても実言から離れる気にはなれない。
「礼」
実言は腰紐を結ぶと、後ろからまわされた礼の手に自分のそれを重ねた。
「嫌よ」
礼は鋭く言った。
「離れたくない」
実言は礼の手を取って、振り向き褥の真ん中に連れて行って座らせた。
「ああ、お前をこんな目に合わせてしまうのは、二度目だな。一度目の時は、私たちはまだ幼く、体だけは通じていたが、心は深い隔たりがあった。お前は、真皿尾家のために、意に沿わない私の許婚となり、私の求めることに従うだけだった」
実言は礼の両頬を手で包み込み、お互いの視線を外さないようにして見つめ合った。
「お前の心は全く開くことはなく、むしろ拒絶していた。しかし、私が九鬼谷の戦に行く前に束蕗原を訪ねて一夜を過ごし、いざ別れの時にお前は私の手に手を重ねて、離さなかった。あの時は、少しでも私に対して情を持ってくれたのかと思ったよ。私が選んで決めた政略結婚であったが、お前を手に入れるだけでいいなんて思っていなかった。心の通った夫婦になりたいと思っていたから、私はお前が少しでも私のことを心配してくれている様子がわかって嬉しかったのだ」
礼は、その時の記憶が蘇り申し訳なくなって、目をそらそうと顔を左に向けた。実言は手を離さず、目を閉じで右顔を見せる礼に言葉を続けた。
「それが今では、お前は私の体を抱いて離れたくないと言ってくれる。私だって、心の奥底を覗かれたら、お前の体を離したくない。だが、私も岩城の家に生まれた男だ。与えられた使命をやり遂げなくてはいけない。それが私の果たすべき道であろう」
実言は礼に顔を寄せて、礼の少し開いた下唇を唇で挟んで吸う。
「礼、これを」
実言は懐から折りたたんだ紙を出した。
「子供の名前だ。男と女、一つずつ書いてある。生まれた子につけておくれ」
礼は受け取ると、自分の胸に押し付けた。
「お前は私がいない間、主人としてしっかりと家と子を守っておくれ。心配事は去様に相談するのだ。それでも解決できない事は耳丸に言うのだ。岩城家と連絡がつく。その時は、父上が助けてくれる」
礼は、小さく頷いた。
「もう行かなくてはいけない」
実言は包んだ両手で俯いた礼を上に向かせた。
「礼、私に何か言うことはあるかい」
実言は微笑んでそう訊いた。
「……実言、必ずあなたは私たちのところに帰ってくる。それまでの少しの間のお別れね……」
「その通りだ。私はお前たちのところに帰ってくるよ」
見つめ合っていたが、礼は自ら近づいて実言の唇に自分の唇を重ねて押し付けた。実言は礼にされるままに受けた。
「……うっ…あ」
礼は嗚咽が込み上げてきて、我慢するために実言の胸に突っ伏した。
「礼。待っていておくれ」
実言は礼の髪を何度もなでた。
泣き顔を見せるわけにはいかないと袖口で涙を拭いて、礼は顔を上げて実言を見た。
「ああ、しばしの別れだ」
実言は礼の左目に唇を押し当てて、立ち上がった。礼の肩を掴んで押さえたのは、自分の心をこの場から切り離すためだった。礼を手放して戦場へ行く決心を鈍らせないため。
礼は褥の上で、几帳の陰に消え、妻戸を開けて簀子縁から渡り廊下へと遠ざかっていく実言の足音をどこまでも耳で追って、その無事を祈った。
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