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あえて言うならFカップが好き

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 春はあけぼのと清少納言は言ったものの、わたし小比類巻世知こひるいまきせしるは朝型人間ではないので、どちらかと言えば春眠暁を覚えず派だ。それでも春は好き。なんだか、成長を感じられる季節だから。

 夏も開放的でそれはそれで魅力があるが、冬の間に成長した蕾が花開くような、そんな趣がある。具体的に言えば、冬場は厚着して分からなかったボディラインが、春先になって上着を脱ぐことでわかるような……そんな姿、そんなセクシー。

 もっとも、学生寮で暮らすわたしは普通にお風呂場とかでほかの人の成長を目の当たりにしているのだけれど。普段は朝シャンしないわたしも、新学期ということで朝からシャワーを浴びて身を清めた。自分の成長はあまり実感できないまま、愛用している下着を身に着ける。新品の制服は中等部時代と大きな違いはないが、在学中一度だけ無料で仕立て直してもらえるのでこのタイミングで新調してみた。

「よぉし、身だしなみオッケー」

 シャワーに行くときの部屋着を置いてから、姿見で着こなしをチェックする。真っ白なブラウスに紺色のベストとブレザー。スカートはタータンチェック柄で水色。そしてスカートと同じ色のリボン。一応、これがスタンダードな着こなし。スカートは色違いでグレーやクリーム色があるし、リボンも同じように三色だしなんならネクタイでもいい。

「行ってきます」

 ルームメイトはとっくに出かけているが、なんとなくそう呟いて寮を出る。寮から昇降口まではちょっとした散歩気分。このあたりは温暖だから、桜はほぼ散っている。

 昇降口で靴を履き替えてクラスに向かう。廊下でおしゃべりに花を咲かせているのは、わりと中等部からの持ち上がり組が多い印象。軽く挨拶を交わしながら、教室の前に到着。

 高等部、一年三組……。わたしの通う星花女子学園は中等部と高等部があるが、完全な一貫校というわけではなく、高等部からの入学者もいる。新しいクラスには高等部からの入学制がわりといたが、その中に見慣れた顔を見つけた。

「おーい、かえちゃん。今年も同じクラスだねぇ。また大きくなった?」
「せっちゃん……またセクハラ?」

 かえちゃんこと、日辻かえでちゃんは去年からのクラスメイトでわたしとは同じ料理部で過ごしてきた友達だ。ふんわりおっとりとした美少女で、たわわなものをお持ちだ。そこがいい。

「もう~せっちゃんはダメな子でちゅねえ」

 ボディタッチもウェルカムな方で、甘やかしてくれるしちょっとなら揉んだって問題にならない。

「やっぱりかえちゃんのは大きさも柔からさもトップクラスよねえ。最高の揉み心地だよ」

 もうちょっと弾力があった方が好みだが、それは別に本人に言わなくなっていいことだ。服の上から揉むと下着がダメージを負うのでほんのあいさつ程度にとどめ、頭のねじが足りないような笑いを交わしながら、すごすごと自分の席に着く。

 わたしの席は列の一番後ろだった。まぁまぁ上背があるから後ろに迷惑をかけずに済む最後列はありがたい。前の席には中一の頃に同じクラスだった生徒会メンバーの纐纈すみれちゃんがいる。生徒会と風紀委員は別組織とはいえ、ぐいぐいボディタッチをするのは憚られそうだ……。

 それからすぐに担任と副担任の先生が入ってきた。二人とも星花では珍しい先生で、方や既婚者で方や男性だ。

「初めましての方も多いと思いますが、この一年三組を担当します。依田朝霞です」

 三十を少し過ぎたかという依田先生は、柔らかな笑みを浮かべながら自分の受け持つクラスを見渡してから、黒板に自分の名前を書く。左利きの彼女のその薬指には指輪がきらっときらめく。

「ここじゃ既婚の先生ってそう多くないからって珍しがらないでよ」

 人好きする笑みを浮かべつつ、依田先生は続けて副担を紹介する。

「あぁ、どうも。人畜無害でおなじみ化学と地学が担当の榊祐太朗です。人妻な依田先生と同じクラスが受け持ててうれしいです」
「……はい、私には有害そうな榊先生と古典担当の私で一年間このクラスを受け持たせてもらいます」

 先生の自己紹介とクラス委員決め、そしてわたしらの自己紹介が順調に進んでいったのだが、事件は突然起きた。

「九鬼瑠璃子です。よろ――」
「やっぱりるりちゃんだー!!!!!!!!」

 わたしの二つ前の席の子が自己紹介をしようとしたら、それを遮る勢いで立ち上がったかえちゃんが、その子を急に強く抱きしめたのだ。わたし含め呆然とする周囲。流石に大人として依田先生が一番に我に返り、かえちゃんに自分の席に戻るよう促す。

「えっと、纐纈すみれです。よろしく」
「いやぁ、目の前ですごいもの見ちゃたよ。どうも、小比類巻世知でーす」

 そこからなんとか普通に自己紹介をする流れを取り戻したものの……後々までこの日をオリエンテーションの衝撃と呼ばれる事件としてクラスメイトたちの記憶に残るのだった。

 そんな記憶に残るオリエンテーションを終え、今日は放課となった。まだ午後の早い時間ということもあり、かえちゃんはわたしの二つ前の席の子――九鬼瑠璃子ちゃんというようだ――を学内のカフェテリアへと案内することにした。面白そうだし、わたしもついていこうと思う。

「……誰なの?」

 自己紹介は一応済ませているからひどい言い草だ。

「わたしはわたしだよぉ。哲学は苦手」

 そういうことじゃないと言外に示すように肩をすくめられてしまう。なら改めて自己紹介するのもやむなしだ。

「わたしはかえちゃんの友達で、小比類巻世知っていうの。世知でいいよ。料理部で一緒になったんだ」
「あんた料理なんてやるの?」

 かえちゃんが料理部なことに驚く瑠璃子ちゃん。……るりちゃんでいいかな。

「その時の部長さんが美味しいもの食べさせてくれるって言うから入ったんだよ~」
「ちなわたしもその部長に誘われて入った。理由は部長のおっぱい大きかったから!」
「いや聞いてないし」
「ちょっとるりちゃん。あたり強くな~い? 泣くよ? おっぱいの偉大さをわかってないんじゃない? るりちゃん薄っぺらいし」
「だまらっしゃい。てか、るりちゃんって呼ぶな」

 しゃべりの勢いを削がれしゅんとしてしまう。

「るりちゃんは部活入るの?」
「そうね……囲碁将棋部が気になるくらいかしら。もともとボードゲームとか好きだし。もっとも、本当に囲碁と将棋しかやっていないなら考え物だけれど」
「確かに。るりちゃんってオセロとかなんだっけあれ。カタンだっけ。ああいうのが好きだもんね」

 わたしが黙っていると、今度はかえちゃんが部活の話をし始める。そんなこんなで話していると、誰からともなくお腹がなってしまった。

「さすがにお腹すくよね。カフェテリアにいるんだし、何か食べようよ」

 わたしの提案にかえちゃんが待ったをかける。どうやら二人の思い出のお店が学校近くの商店街にあるらしい。わたしは二人を見送ると、一人カフェテリアで食べるのもさみしいから、寮へと帰ることにしたのだった。
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