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つきみれば
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カルタ札を取る小気味良い音が和室内に響く。ラジカセから流れる読み手の声に耳を傾け、手を伸ばす。
『あし~ひき~の~』
取った札を積み重ねる。既に場面は終盤戦。一枚のミスがピンチを招く。朝はあんなにも眠そうだった沙梨だが、すっかり勝負師の目をしている。
『ちは―――』
あまりに有名なその札を、先に取ったのは沙梨だった。……いつもそうだ。唐紅のその札は、わたしの名前にも縁があって姉の名前にも縁があって、だから好きな一首だった。けれど……その札はいつも目の前で取られていく。
『む――――』
一字決り! 自陣の取りやすい右下段に置いていたその札を払う。落ち着こう、まだ枚数差としては五枚もない。追いつける……。
『ゆらのとを~』
一瞬、沙梨がわたしの陣を確認したせいで視線がつられたけれど、その札は沙梨の陣に置かれている。これで連取、まだ……勝負は分からない。
……なんて、思ってはいたのだけれど、結局は四枚差でわたしの負けだった。
星花女子の百人一首部では、練習試合の時には暗記時間を設けない。だから一戦がおおよそ一時間弱になる。それを三試合こなすのが土曜の練習で行われる基本的なメニューだ。そこでの戦績や勝率によって、年度末にちょっとしたご褒美がもらえるのだが、今日は黒星が三つ。ここが例えば将棋の奨励会だったら相当苦境に立たされたと言っても過言ではないだろう。とはいえ、ここは部活だ。負け越したからって自分が悔しいだけで、それ以上の何かがあるわけではない。
「じゃあ、今日の練習はおしまい! ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
居住まいを正して、礼をする。それからロゼ先輩がお昼ご飯に行こうと部員を誘ってくれた。
「部長は!? 部長は来るんですか!?」
香子が高砂先輩に縋るが、先輩は撮影の打ち合わせがあるということで去って行った。
「ちぇー。紅凪はどうする?」
「月見屋食堂さんだろうから、わたしは行こうかな。沙梨は?」
月見屋食堂さんは星花からほど近い商店街にある定食屋さん。安くて美味しいから、星花生にとっては学食、寮食、月見屋さんてくらいには通っているのではないだろうか。
「うーん……量が多いからパス。戻って寝る」
「ちゃんと着替えてから寝てよ。というか、何かしら食べておきなよ」
「……分かってる」
小食の沙梨には少しボリュームが満点すぎるか。そそくさと帰る沙梨を見送ると、残った部員は六人だった。
「テーブル一箇所で平気そうだね」
ロゼ先輩はそう言って、月見屋食堂へ向けて歩き出した。星花女子の離れは正門から近い。正門を抜けて東へ。夏祭と年明けの丁未祭が開催される商店街には、地方とは思えないほどに活気があった。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませー」
店員さんに案内されて六人掛けのテーブルに座る。ひょんなことから、わたしの隣はロゼ先輩だった。アクティブに部活をこなしたのにも関わらず、なんだか爽やかな匂いがすることに驚いてしまった。
「紅凪ちゃんは何食べる?」
「え、あ、じゃあ……豚の生姜焼き定食で」
「いいね。定番だよねぇ……じゃあ、私はサバの味噌煮定食にしようかな」
ロゼ先輩は大の和食好きだ。日本の家庭的な料理がラインナップされている月見屋食堂さんを好き好んでいるのも、それが理由だろう。
料理が来るまでのトークは女子校生らしく、コイバナだ。香子がロゼ先輩に恋人がいるのか尋ねたところからスタート。
「恋人? ノンノン! いないわよ」
「そうなんですか? でも、高三の先輩とよく一緒に居るってウワサで聞きましたけど」
高一の先輩が首をかしげる。わたしも少し聞きかじったことがある。日本語を一切話さないとてもグローバルなお茶会にロゼ先輩が参加しているなんてことを。
「それは、お姉ちゃんの彼女っていうか元カノ、彼女かなぁ。お姉ちゃんがずっと英語とかフランス語を教えていて、それを私が引き継いだっていうか、でももう教えることもなくなってきたっていうか……。取り敢えず、彼女はGirlfriendじゃないの」
「おぉ、ガールフレンドの発音がネイティブ」
中三の先輩が褒める。当たり前でしょなんてロゼ先輩は少し誇ったような表情で言う。わたしよりちょっと小柄な先輩は、時折なんだか可愛らしくて……わたしとは全然違うなぁって思わずにはいられなかった。
「ランチセットのサラダでーす」
弾む会話がすっと落ち着いたところに、サラダがサーブされた。なんだかんだお嬢様学校に通っているだけあるというか、食事を始めるとみんな静かになる。全く会話がなくなるわけじゃないけれど、流石に大笑いはしない、みたいな。
「鯖ちょっとあげるから、お肉一枚ちょうだい」
ロゼ先輩と少しシェアをしつつ、食べ進めていく。生姜焼きも鯖味噌もどちらも美味しかった。
食事を終えたわたしが、
「この後、永木庵さんに行くんですけどどなたか一緒しませんか?」
そう尋ねたら、ロゼ先輩が行くと反応してくれた。他の四人はもう寮に戻るそうだ。
「日本のお菓子、綺麗だし可愛いし、美味しいし、とっても好きよ」
和菓子に対しての言葉なのは十分分かっては居るけれど、目を見て好きと言われて思わずドキッとしてしまうわたしだった。
『あし~ひき~の~』
取った札を積み重ねる。既に場面は終盤戦。一枚のミスがピンチを招く。朝はあんなにも眠そうだった沙梨だが、すっかり勝負師の目をしている。
『ちは―――』
あまりに有名なその札を、先に取ったのは沙梨だった。……いつもそうだ。唐紅のその札は、わたしの名前にも縁があって姉の名前にも縁があって、だから好きな一首だった。けれど……その札はいつも目の前で取られていく。
『む――――』
一字決り! 自陣の取りやすい右下段に置いていたその札を払う。落ち着こう、まだ枚数差としては五枚もない。追いつける……。
『ゆらのとを~』
一瞬、沙梨がわたしの陣を確認したせいで視線がつられたけれど、その札は沙梨の陣に置かれている。これで連取、まだ……勝負は分からない。
……なんて、思ってはいたのだけれど、結局は四枚差でわたしの負けだった。
星花女子の百人一首部では、練習試合の時には暗記時間を設けない。だから一戦がおおよそ一時間弱になる。それを三試合こなすのが土曜の練習で行われる基本的なメニューだ。そこでの戦績や勝率によって、年度末にちょっとしたご褒美がもらえるのだが、今日は黒星が三つ。ここが例えば将棋の奨励会だったら相当苦境に立たされたと言っても過言ではないだろう。とはいえ、ここは部活だ。負け越したからって自分が悔しいだけで、それ以上の何かがあるわけではない。
「じゃあ、今日の練習はおしまい! ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
居住まいを正して、礼をする。それからロゼ先輩がお昼ご飯に行こうと部員を誘ってくれた。
「部長は!? 部長は来るんですか!?」
香子が高砂先輩に縋るが、先輩は撮影の打ち合わせがあるということで去って行った。
「ちぇー。紅凪はどうする?」
「月見屋食堂さんだろうから、わたしは行こうかな。沙梨は?」
月見屋食堂さんは星花からほど近い商店街にある定食屋さん。安くて美味しいから、星花生にとっては学食、寮食、月見屋さんてくらいには通っているのではないだろうか。
「うーん……量が多いからパス。戻って寝る」
「ちゃんと着替えてから寝てよ。というか、何かしら食べておきなよ」
「……分かってる」
小食の沙梨には少しボリュームが満点すぎるか。そそくさと帰る沙梨を見送ると、残った部員は六人だった。
「テーブル一箇所で平気そうだね」
ロゼ先輩はそう言って、月見屋食堂へ向けて歩き出した。星花女子の離れは正門から近い。正門を抜けて東へ。夏祭と年明けの丁未祭が開催される商店街には、地方とは思えないほどに活気があった。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませー」
店員さんに案内されて六人掛けのテーブルに座る。ひょんなことから、わたしの隣はロゼ先輩だった。アクティブに部活をこなしたのにも関わらず、なんだか爽やかな匂いがすることに驚いてしまった。
「紅凪ちゃんは何食べる?」
「え、あ、じゃあ……豚の生姜焼き定食で」
「いいね。定番だよねぇ……じゃあ、私はサバの味噌煮定食にしようかな」
ロゼ先輩は大の和食好きだ。日本の家庭的な料理がラインナップされている月見屋食堂さんを好き好んでいるのも、それが理由だろう。
料理が来るまでのトークは女子校生らしく、コイバナだ。香子がロゼ先輩に恋人がいるのか尋ねたところからスタート。
「恋人? ノンノン! いないわよ」
「そうなんですか? でも、高三の先輩とよく一緒に居るってウワサで聞きましたけど」
高一の先輩が首をかしげる。わたしも少し聞きかじったことがある。日本語を一切話さないとてもグローバルなお茶会にロゼ先輩が参加しているなんてことを。
「それは、お姉ちゃんの彼女っていうか元カノ、彼女かなぁ。お姉ちゃんがずっと英語とかフランス語を教えていて、それを私が引き継いだっていうか、でももう教えることもなくなってきたっていうか……。取り敢えず、彼女はGirlfriendじゃないの」
「おぉ、ガールフレンドの発音がネイティブ」
中三の先輩が褒める。当たり前でしょなんてロゼ先輩は少し誇ったような表情で言う。わたしよりちょっと小柄な先輩は、時折なんだか可愛らしくて……わたしとは全然違うなぁって思わずにはいられなかった。
「ランチセットのサラダでーす」
弾む会話がすっと落ち着いたところに、サラダがサーブされた。なんだかんだお嬢様学校に通っているだけあるというか、食事を始めるとみんな静かになる。全く会話がなくなるわけじゃないけれど、流石に大笑いはしない、みたいな。
「鯖ちょっとあげるから、お肉一枚ちょうだい」
ロゼ先輩と少しシェアをしつつ、食べ進めていく。生姜焼きも鯖味噌もどちらも美味しかった。
食事を終えたわたしが、
「この後、永木庵さんに行くんですけどどなたか一緒しませんか?」
そう尋ねたら、ロゼ先輩が行くと反応してくれた。他の四人はもう寮に戻るそうだ。
「日本のお菓子、綺麗だし可愛いし、美味しいし、とっても好きよ」
和菓子に対しての言葉なのは十分分かっては居るけれど、目を見て好きと言われて思わずドキッとしてしまうわたしだった。
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