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9:自動販売機

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 電気を増やす事が出来た。助手も順調に水槽の中で成長している。これなら予定よりも早く助手として役立ってくれそうだ。
 培養液が揺れた。定期的な自己診断プログラムで身体が少し動いたようだ。培養液の中を覗くと薄目を開けて微笑みかけてきた。
「かわいい・・・」
 思わず口を衝いて出た。今は動くドールレベルだけど、込み上げてくる感情は格別だった。やっぱり人型にして良かった。マッドサイエンティストの本道を行っている感じが実に良かった。能力の付加がまだまだ必要だから電気を増やした分でスピードアップをしないと。それと同時に身長百四十センチメートルに合う服を用意しないと本人に羞恥心がなくても世間が許さないだろうし、同じ服ばかりでも逆に目立ってしまいそうだし・・・・。考える事が増えて研究どころではないような気がする。
 何よりもお金を使い過ぎた。押入れから運び込めるサイズの発電機となると低効率のホビー用ばかり。台数で補ったから予想以上の出費になってしまった。幸い空気の流れを絞り込んで発電量を増やせたのは嬉しい誤算だったけど。
 でも、お金が無くなるのはあっと言う間だった。電線にブレーカーに蓄電池、発電機だけを買えば済む話ではなかった。

「あなたたちの為にもしっかりと稼ぐからね」
 培養槽の中で微笑んだように見えた。言語中枢を付ける前でも感じる事ができるのか? 動物としての本能は持たないのに興味深い現象だった。人間を模していく段階で無意識に機能を組み込んでいるのかもしれない。これはきっちり解明しておかなければならない、科学者として無意識は再現性の妨げになるからだ。
 視界の端でネズミくんが動く。気がつくと電線に連なる雀の様に並んでいた。
「特製クッキーがないのね?」
 一斉に頷くネズミくんたちの前に、特製クッキーを一個ずつ置いていく。その場で食べるネズミくん、どこかに持って行くネズミくんとそれぞれだった。
 どのネズミくんも餌付けを始めた時から見れば第二世代や第三世代になっている筈だった。餌付け当初から見れば行儀は良くなっていた。実験設備が汚される事もなくなった。平易な言葉は理解されている。特に『明るい場所』を尋ねた時にネズミくんは的確に案内してくれた。つまり、ネズミくんたちの能力は洗練されてきた事になる。
「新たな収入源が見えてきたかも・・・」
 ネズミくんに熱視線を送ると、くりくりお目目で熱視線を返してくる。


「さぁ、ネズミくんたち。これが特製クッキーの自動販売機よ」
 ゴキブリに食い荒らされない様に対策した自動給餌器。一工夫したのはコインの重みで餌が落ちてくる事だった。
「この場所に、コインを置くと特製クッキーが落ちてきます」
 コインが穴に落ちて、受け皿に特製クッキーが一個落ちてきた。そして、食べて見せる。今度はネズミくんの前に十円玉を置く。ネズミくんには扱いづらい大きさだけど自動販売機まで咥えていきコインを入れた。受け皿に落ちてきた特製クッキーを満足そうに食べた。
 他のネズミくんの前には五円玉、百円玉、五百円玉と色々な種類のコインを置いていった。ネズミくんたちは順番にコインを入れて特製クッキーを受け取っていった。
「ネズミくんたち。これで私がいなくても特製クッキーが手に入ります」
 一斉に頷くネズミくんたち。
「コインは、色々な場所に隠してあります。見つけて特製クッキーをゲットして下さい」
 ネズミくんたちは一斉に鳴き声を上げるとどこかに行ってしまった。これで、マンドレイクに次ぐ収入源に育ってくれれば嬉しい。

   ~・~・~

「それで、自動販売機の成果はどうですか?」
 興味津々の俊くんの眼差しが痛い・・・・
「ネズミくんたちの優秀さには、唯々驚くばかりよ」
 俊くんの箸の動きが止まっている。
「と言う事は、餌の持ち逃げが起きているの?」
「うちのネズミくんに、悪い子はいないよ。知能は高いしマナーも守るからコインの数と特製クッキーの数は合っているよ」
「でも、上手くいっていない顔しているよね?」
「学習の段階でコインを使ったから同じ物を探してくると期待していたのよ。ネズミくんの知能だと出来ると思っていたから。ゲームセンターやパチスロのメダルを拾ってくるのはあるかもと思っていた。だから、自動販売機の中から出てきた時はやっぱりと思ったよ。拾銭銀貨が入っていた時は、この展開を待っていたのよと思ったの・・・・」
 箸を置くと、押し入れからコインを回収したバケツを持ってきた。チラシを敷き広げるとそこにコインを広げ、手を洗い食卓に戻った。
 色々なコインが混ざっているのは伝わったみたいだけど、腑に落ちない顔をしている。
「最初はね、戦前の硬貨が出てくれば面白いと思っていたのよ」
「戦争遺跡だからね、戦前の硬貨はありそう。でも、古銭って人気がなくなったから高くは売れなそうだよね?」
「そうなの? それは知らなかったわ。でも、そこじゃないの」
 俊くんはコインの背中を向けるように座り直すと、残りのご飯を一気に食べた。食器をシンクに置くと資源ゴミの中から発砲トレイを数枚持ち出してきた。
「仕分けするの?」
「売り飛ばすにしても、ゲームセンターのメダルは買ってくれないでしょ」
 と言うと、コインの仕分けを始めた。ゲームセンターとパチスロのメダルは同じトレイに、古銭、今の硬貨、記念硬貨、外国の硬貨に仕分けしている。
「なるほどね、分かったよ。最初は古銭が入っていて目論見通りと思っていたんでしょう?」
「戦争遺跡だから、何処かに金庫でもあるかな? って思っていたから期待が膨らんで行ったの。今の硬貨が出てきた時は地下に誰かいるかと一瞬思ったけど、自動販売機の裏に落ちているのを集めてきたと思ったの・・・・」
「でも、妙に綺麗だった?」
「そう・・・・、古銭なのに土や埃に埋もれた感じがない・・・・」
「それで、記念硬貨が見つかり外国硬貨が見つかり、日常生活での比率を遥かに上回る数が見つかって事の重大さに気がついた?」
 私の不安をズバリ見抜いている。それなのに私のような不安は抱いていないみたい。
「ネズミくんたちが、自動販売機の後ろから記念硬貨を何枚も集めてくる事はないと思うの。となると、誰かのコレクションから持って来ているのかも・・・・」
 俊くんは頷きながら何かを検索して画面を見せてくれた。
「厚紙の真ん中に穴があってフィルムが張ってあるでしょ。ここに硬貨が入るんだよ。これで手垢が付かないようにしているんだ。お店で売る時も同じようになっていて、沢山集めている人はホルダーファイルに入れて保存しているよ。外国硬貨も同じように売買されているしコレクターならこの厚紙の保護ホルダーに入れていると思うよ」
 ホルダーに入っていなければ、持ち主がいない財宝。それをネズミくんが持って来たなら問題ないと言う事なのか。
「食後のコーヒーを飲みながら、続きを話しませんか?」
 俊くんの予想外の提案だけど、食卓が散らかったままではゆっくり話ができない。


 コーヒーとシュークリームをテーブルに並べる俊くん。
「帰りに、スーパーに寄って買っておいたんですよ」
 帰ってくる前に前置きを仕込んでいたとは、結果を見る前から結果が分かっていたのかも。
「結果を知っていたの?」
 意味深に微笑むと、俊くんは続きを話し始めた。
「実は、僕たちの間では気にしているポイントが違うんだよ。真理子さんは持ち主のいる硬貨を持って来たかもと心配していたよね?」
 私の頷きを確認すると続けた。
「僕が気にしていたのは、拾得物の扱いなんだよ。ただ、現物を見て安心したのは持ち主が硬貨の存在を忘れているか、存命していないと感じたからだよ」
 迂闊だった、言われてみればその通りだった。自宅の庭で見つけたコインとは意味合いが違っていた。自分の場所として使っているトンネルの中もネズミくんが探している場所も全て他人が所有する場所だった。売りさばく為には所有権をはっきりさせなければ怪しまれてしまう。
「でもね、一番の問題は、暴走族の取り締まりも出来ない程に忙しい警察に拾得物の届を出す? 古物商に通って売りさばいたとして、怪しまれるよね。それで良いの?」
「ネットで買い手を探しても・・・・、そうだよね。発送手続きに忙殺されては本末転倒だから。でも集めたのを元の場所に返させるのは出来ないと思うよ」
 俊くんは仕訳の終わったコインを指さしながら、
「メダルは自動販売機のコインとして使います。現代硬貨はそのまま使います。古銭はいずれマッドサイエンティストに相応しい財宝の一つになるでしょう」
 研究の財源にしたかったけど、現金化をするのが難しいのはその通りだった。
 でも、私を見て首を横に振る俊くん。
「今、大切なのは目立たない事。ネズミの活動が研究室の発見に繋がるかもしれない。そうなれば、規模の小さい研究室なんて簡単に潰されてしまう。下手したら技術を盗まれて悪用されてしまう。だから、今は焦っちゃいけない。だから、メダルを自動販売機のコインとして使うの」
 私の焦りを俊くんは見抜いていたのか・・・。

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