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10:助手の誕生

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「ただいま」
「おかえりなさい」
 俊くんの視線がリビングにいる二体に釘付けみたい。静かに私の隣に来ると、
「助手が完成したんだよね?」
 頷く私に、熱視線を注いでくる。
「おめでとう! クジラの時と違って凄さが桁違いにインパクトがあるね。この二人はホムンクルスなの?」
「あちらはアルケミスト。私はサイエンティストよ」
 大きな勘違いをしている俊くんは体育座りをしている二体を間近で見ている。二体には起動前を演出するために目を瞑り微動だにしないように言ってあった。
「皮膚の感じは人間そのものだけど、移植とかしているの?」
 俊くんが未知の物に手を触れないのは危険な薬品を扱う実験室での経験が染みついているからのようだ。
「触っても大丈夫だよ。噛みついたりしないから」
 俊くんは恐る恐る腕に手を当てた。そしてゆっくりと腕の弾力を確認した。
「冷たいね? でも、腕の弾力は人間みたい」
「行動できる温度域が広いから体温調整の必要がないの。ただ人と同じにするために、皮膚面には加熱機能を付けてあるわよ」
 服を着ているから誰かと直接肌が接触する心配は少ないけれど、冷房で冷えた室内から出た時に皮膚に結露が起きないようにする必要があった。雪の日には身体に積もらないようにする必要があった。人は見ていないようで見ているものだからだ。だから些細なところから違和感が広がらないように注意する必要があった。でも、消化や運動による発熱が電解液の循環で体温を均一化していく。動物も同じだけど活動状態で体温が変化をしていくのは仕方がない。そうなると、夏場は放熱機能も必要になるのか?
 ? 違うな。問題の本質は体温が上がらないようにする事。消化でも運動でもエネルギーロスが温度に変換されているからだ。エネルギー効率の改善の上で皮膚面に加熱機能を持たせる事があるべき姿だ。
「真理子さん、どうかしました?」
「うん、大丈夫。ちょっと気がついた事があったの」
 問題点をメモに書き残した。
「ところで、名前は決まった?」
「言われた通りに考えておいたよ。男の子風と女の子風の名前だったよね? こっちが男の子? そっちが女の子?」
 私の洋服も買っている喜三で買ってきた子供服。レジで『あれ?』って顔をされた時には困ってしまったけど。
「体形は拘ったけど男の子風と女の子風よ。二体とも性別はないし身体能力も一緒。大人相手に身を守れる能力は備えてあるけど」
「なるほど、動く機密情報とも言えるからね、こっちの男の子風には夏彦と書いて『なつひこ』女の子風には冬花と書いて『ふゆか』 どう?」
 対比で名前を考えてくると思っていた。そこにエンジニア的な要素を入れてくるかと思ったけど、キラキラネームでもなくキャラクターからでもない普通な名前だった。折角の名前だからイメージにあった性格を構築しよう。
「うん、好いと思う」
「名は体を表すと言うけど、性格と合っているのかな?」
「まだまだ成長の途中の二体よ。性格はこれから作り込んでいくの」
「名前に影響されるのかな?」
「もちろんよ、名前に込められたものを性格に取り入れるわよ。ただ、二体で一体なの船の両舷と一緒なの。それぞれ独立して動くけど相手はなくてはならない存在なの。そう言う風に作り込んでいくつもりよ」
「ところで、いつ起動するの?」
 二体が起動するところを見せなければ、助手の誕生を演出できない。うっかり忘れるところだった。
「では、改めて紹介しましょう。助手の夏彦と冬花です」
 二体は目を開け互いを確認すると私の方を向いた。
「ドクター、立ち上がって良いの?」
 淀みなく立ち上がると、身だしなみを整えた。
「はじめまして、冬花です」
「はじめまして、夏彦です」
 俊くんは親戚の子どもに挨拶されているような、ちょっと緊張して受けていた。
「はじめまして」
 何か腑に落ちない顔をしている。そして、助手と私を交互に見て何かを言おうとしている・・・。
「自分の名前を何時認識したの? 会話をずーっと聞いていたの? 実は起動済みで待機していただけでは?」
 見抜かれてしまった・・・。
「当たりよ。ラボからここまで自力で来ているからね。起動の儀式がないと節目にならないでしょ。区切りとして必要だと思うけど?」
「それは、そうだね。二人はここで生活するの?」
「平日の昼間は学校に行かない子供は目立つでしょ。基本的にラボの中で実験の助手よ。二十四時間稼働できるから色々と捗るはずよ」
「土日はどうするの?」
「親戚の子が遊びに来ている事にして、外で社会勉強よ。社会常識を教えないと自分を守る事も出来ないから、その時は手伝ってね」
「食事はどうするの?」
「クジラと同じよ。活動エネルギーの素はプラスチック類。成長にはそれにプラスしてミネラル分が必要なの」
「人間と同じ物は食べられるの?」
「食べて壊れる事はないけれどお勧めは出来ないよ。エネルギーの変換効率も落ちるし廃棄物が多く出るから」
「廃棄物? 排泄するの?」
「口から吐き出すよ。一回の摂取で取り出せるエネルギーが多くて消化時間が短いから。それに対して動物の場合は一回の摂取で取り出せるエネルギーが少ない上に消化時間が長いから摂取と排泄を分ける必要があるんだよ」
 私と俊くんの会話を二体はずっと観察していた。私と俊くんを交互に見比べ会話の間合いに始まり話の中でのアクセントのつけ方、声の大きさに速さなどの特徴を掴み会話の仕方を吸収していた。
 俊くんに私のメガネを渡すと掛けるように促した。
「凄いですね・・・。メガネでありながら二人の活動状態をモニター出来るんですね」
「ドーナッツ状に外側が各感覚器の強度割合で内側が活動野の強度割合を表示しているんだよ。これで学習の進捗も分かるのよ」
「二人の生活はどうするの?」
 俊くんには、やっぱり心配みたいだ。子どものいない家庭から子供の声が聞こえたら近所に疑われてしまう。でも大丈夫。
「もうじき、夏休みだから親戚の子として近所に紹介しておくわ。それまでに日常生活でボロが出ないように色々教えないとね」
 俊くんは最初の興味とは打って変わり居心地の悪さを感じているようだ。
「真理子さんは研究頑張ってください。夕飯の準備できたら呼びますね」
 と、言うと逃げるように台所に行ってしまった。
 二体を見ると立ったまま部屋の中の物を観察していた。モニターを見るとネットにアクサスして知識を深めつつ二体で議論をしている。順調な活動ぶりに手応えを感じていた。
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