憧れの世界でもう一度

五味

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36章 忙しなく過行く

如何ほどか

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夢現、まさにそのような心持で。過去には、本当に疲労がたまっていた時にこのような状態であっただろうかと、そのような心持。こちらに来てからと言うもの、度々感じるようになったことに内心で苦笑をするものの、その思考すら非常に鈍い。オユキが目を覚ましたのだと、側にある、間違いなく傍らにあるというのに、トモエの気配すらも壁を一枚隔てたかのよう。オユキの体が無用な緊張をしていないあたり、間違いが無いのだろうと、その程度にしかやはり感じることが出来ない。
こちらに来て、神々に対して明確な奇跡を願ったのは、個人の望みとして願ったのはこれが初めての事。それまでの事については、神々の追認があった物、もしくは取引の結果としてというものばかり。しかし、今度の事はそうでは無いのだ。つまりは、これが個人的な願いを、かなえることが出来る願い、神々に願ったというその事実から来る代償かと。オユキの思考は、どうしたところでそうした自重に近い物ばかり。だからこそ、とでもいえばいのだろうか。

「トモエさん、楽しかったですか」

だからこそ、せめて己がここまでの負荷を得た理由。それが果たされていて欲しいと。

「はい。久方ぶりに、技をある程度使ってとできました。ですが、それ以上に」

もごもごと、それこそ慣れぬ者にとっては言葉として聞くことも叶わぬオユキの言葉に。トモエは、それが当然と応えて見せる。トモエが楽しんだのは事実、願ったのも事実。己のそうした傲慢に、心の奥底に常にある願いにいよいよ嫌悪などを覚えもするのだが、それでもオユキがそれを喜んでいると分かるからこそ。今後は流石にカツナガに対して望む事は無いだろう。今回刃を合わせた結果として、十度やってと考えたときには確実に全てを。百まで増やせば一度くらいは、だがそれを拾わせる気も無い相手と判断が出来てしまった。彼我の力量差は、今回の事で互いにいやという程理解がお呼び、そしてカツナガにはここから先を歩むだけの手立てが現状存在しない。
つまり、次を望まれたところで、叶える必要などないのだ。

「オユキさん、また、暫くは」
「今回は、納得がいっています」
「私の納得は無いのだと、それをくれぐれも」
「少し、眠りますね」
「それが良いでしょう。体調が少し戻れば、オユキさん」

また、しっかりとお説教ですよと。あまりにもはっきりと後に続くその言葉が、オユキに届きながら。それこそ、交わした言葉はどうしたところで遠い。それでも、そこに込められたトモエの意志だけはきちんとオユキに伝わって。また、いつぞやのようにまどろみに落ちていく。闘技大会も終わり、実際のところ間もなく祈願祭もある。その直ぐ近くには、オユキの手配した鞘の品評会なども控えている。
この様子では、どちらも椅子に座ったままでの参加になるのだろうなと、トモエはそんな事を考えて、苦し気に寝息を立てるオユキの額に一度手を当てる。こうして、僅かな時間とはいえ目を覚ますまでに既に二日ほどが経っている。そして、その間にも勿論色々と手紙は届いているし、カツナガとの顛末にしてもレジス侯爵本人からの手紙が、マリーア公爵経由できちんと届いてもいる。生憎と、トモエで分かる内容はほとんどなかったのだが、ユーフォリアの説明によれば改めて教会で誓約をカツナガともども行った事。それを示す証明書、教会の司祭の署名が入ったものも届いていたりするのだが、そちらに加えてレジス侯爵家に遺されていた書籍。曰く、門外不出の口伝とすべき内容までが詳細に記された書物をカツナガに見せると決めたとそうした話も。
確かに、トモエから勧めはしたし、トモエ自身が理解していないからとユーフォリアも説明はしなかったのだが、現状のレジス侯爵という家督がトモエに存在しているため、寧ろその事実を使う事で叶えたというものであるらしい。そもそも、現在のレジス侯爵にしてもそれを正式に受け継いだわけではなく、槍を現在習っているとはいえほとんど部外者と呼んでも良い相手に見せるには難しいところがあったのだから。

「セツナ様とカナリア様には、お手数を」

そして、オユキがいよいよ気が付いていなかった相手。それこそ目を僅かに開けることが出来れば、首を己の力で巡らすことが出来れば気が付いたのだろうが、寝室には当然その二人も存在している。
一時は、カナリアに関して明確にセツナが側に置きたくないといった表情をしたものだが、ここまでの間に散々にマナの枯渇を繰り返したオユキを見てきた実績もある。さらには、今回の事はマナの枯渇以上に引き起こしていることもあるようで、トモエには聞こえない事をセツナと共に実にあれこれと話し合っていた。結果として、これまでは部屋の四隅に置かれていただけの氷柱が寝台の上下にも並べられている。天井からは、それが当然とばかりに垂れ下がる氷柱として、寝台の下には、セツナが行うとなれば加減なく寝台に穴が開くと言う事でもあったため、カナリアがきちんと加減をして寝台の下には、今はしっかりと塊の氷が配置されている。
どうにも、こうしたことで度々昏睡するオユキなのだが、それでもこうしてすぐそばに頼れる相手がいるからか。これまでのように週を跨いで等と言う事は無くなるだろうと、そうした不思議な確信がトモエにある。医療に関する知識など、いよいよ修めた事も無い、それこそ我が子、我が孫の事で調べた程度しかないというのに、眠る己の伴侶を眺めていれば、何処か不思議と理解が出来るのだ。ここまでくれば問題が無い、現状には問題がある、そうした感覚があまりにもはっきりと。さらには、こうして昏睡などをしている相手には栄養補給の為に点滴か、もしくは無理にでも嚥下をさせなければならないものがあったというのに、どうにもそれをせずとも良いのだと。

「何、妾にしても、こうして返せるものがあれば、さらに着せられる恩があるというならばと言うものじゃ」
「私のほうでも、色々と学べることも多いですから」
「その、改めて、なのですが」

そして、先ほどからトモエの胸中を占める疑問。それを訪ねてみれば、いよいよもって聞こえぬ言葉が多い物だ。ただ、かろうじて聞こえた範囲でというのであれば、こうして部屋を整えているのが食事の代わり、そうとしか言えないのだとそれだけを己の理解として。
つまりは、此処までの間、オユキが、トモエがそうなったときにカナリアが言う所の本質が削られたのはそういった部分からでもあったのだろう。

「とすると、オユキさんに知られるのはあまり、ですね」
「ふむ。幼子は、それほどか」
「もともと、私が好きだから、それ以外の理由を持ってはいないので」
「その方の作るものであれば、喜んで口に運びそうなものじゃが」
「常にとできればよいのでしょうが、生憎と」

過去と変わらず、トモエがオユキの為にと用意する。それも、やはりなかなかに難しい事のほうが多い。子爵家として、相応の数以上の使用人たちがいる。オユキの為にと用意された、他の人員たちもいる。さらには、どうしたところで日中の空いている時間をオユキが他に使う事もあり、食事の時間は他との話し合いを持つ時間としても使わなければならない。そして、トモエ自身が、そうした席に出せる程の技術を身に付けているなどとは思えない。寧ろ、それを踏まえて、より一層向いた人員が用意されていることもある。
家庭の味と、そうした席で求められる味。そこにはどうにもならない程の差が存在している。盛り付けにしても、器を選ぶところから始まる、料理という視覚、嗅覚、味覚、舌触りという意味では触覚も。さらには、ライブキッチンなどを含めればシズリングといった、聴覚にも訴えるまさに五感をすべて使うようなものなのだ。
オユキが、トモエが求めるのはあくまで主役としない交流。家庭の象徴というよりも、団欒の象徴でもある机、そこを囲むための物といった印象がやはり強い。そして、そうした印象を持っている以上は、作るものの完成度、完成させる品としての方向性が明確に変わる。困ったことに、オユキが好むのがそちらの方向と言う事もあり、どうしたところで場面を選ぶことになる。

「他の方との時間、制限をかけるのを朝ではなく、夜にすればとも思うのですが」

実際に、そうした話をトモエからオユキにしたこともあるのだ。だが、オユキ自身が過去の習慣とでもいえばいいのだろうか。朝の時間というのは、どうしたところで他からの報告を、夜間の事であったり前日のそれこそオユキが頼んだもろもろの完了報告であったり。そうした物を一先ず聞く時間に当てるのだと。過去から、仕事としてそのように振る舞ってきたのだから、それが当然と言うよりもそれ以外の方法を知らないとそうした話。さらには、どうしたところで朝というのは忙しい。オユキもそうなのだが、他の物たちにしても起き上がってから人前に出るまでには、やはり相応に時間がかかる。過去においては、そのような時間を持つのはやはり数が少なかっただろうが、こちらでは、いよいよ貴族階級等と言うのはどこまでも見栄に拘らなければならない。
それこそ、身嗜みとして求められるところであり、そして、それ以上に衣装にしても一人で着こむことが出来る物などなかなかに少ない。手伝いを頼む者たちには、当然その日の予定を放し、訪問先や招く相手に合わせてきちんと整えなければならず。

「それは、難しかろう。その方にしても、幼子が好むからときちんと夜には時間をとっておるじゃろう」
「それは、そうなのですが」
「ふむ。度し難いのは、その方もか」
「それをセツナ様に、クレド様と共に濃密な時間を過ごされているセツナ様に言われるのは」
「妾たちは、まぁ、妾達じゃしの。何より、こうして幼子のために力を振るう、失った物をまた元に戻すのじゃと、今はこうして言い訳に使える物でもあるしの」

くれぐれも、クレドには話してくれるなよと、眼だけでそう語ってくるセツナ。だが、それこそそれを言い訳にしているのは、間違いなくクレドもだろうと苦笑いだけで。
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