憧れの世界でもう一度

五味

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36章 忙しなく過行く

嫉心

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話は終わりだとばかりに、オユキが早々に部屋から出る構えをとって見せればそれ以上はやはりなく。しいて言えば、カツナガの補佐をレジス候が行うためにオユキの歩調と揃って。だからこそ、余計な会話などを行う事も無い。
トモエが、オユキに遠慮をしている。オユキに対して、説得の言葉を作る前に。それをやはりオユキは考えて。
実際に事を興したときに、己の心に湧き上がるものなど、考えもせずに。

「さて、レジス候」
「構いませんか」
「流石に、練習用の槍までは当家においてはありませんので」

彼にしても、その心算があっての事だろう。
それこそ、カツナガ本人ではなくレジス候その人が代わりに。例えば、オユキと向かい合ってとしたときに、カツナガから、トモエと話をしたうえで。もしくはトモエに対して、今の動きは意図している物と違うのだと説明をしてと考えていたのだろうか。だが、それを超えることが出来るのが、人の思惑の埒外にあるのがやはり神々であり、その声を届ける存在だというものだ。

「さて、後ほどマリーア公か、私の周りに居られる方々から言われるやもしれませんが」
「言われるとは、何をでしょうか」
「しいて言えば、教会での誓約などでしょうか。近々祈願祭もありますので、その折にでもと」

これから行うのは、余人に知られてしまえばまさにオユキが困るようなことではあるのだ。
オユキの言葉に、トモエがいまそれに気が付いたのだと言わんばかりに、オユキに向ける視線が一段熱を低くする。トモエとしては、何をおいてもオユキの事が大事ではある。それと同じだけを、オユキがトモエに向けていると信じているからこそ、そうした物でもある。だからこそ、昨夜のうちにくれぐれもと話した事。しかし、オユキがそれでも止めてくれるなと言い出した事。
事、この件に関してはトモエが望んでいるのも事実であるため、約束を、互いに大事にしている事柄を持ち出すことも難しい。また、この世界におけるトモエとオユキの考える巫女の職務、振る舞いの範疇だと互いに感じているからこそ前回の流れが生きている。もはやこれに関する事では、オユキに意見を翻させる事は出来ない。暗黙の了解とでもいえばいいのだろうか。オユキが、トモエが、一度約束を盾にした事柄、そちらに対してもう一度とすることはできないのだから。結局、それを行ってしまえば堂々巡りになると互いに理解が有るからこそ。そして、どうにもならぬことを、どうにかするのだと互いに決めたことがあるから。

「では、カツナガ様、改めてお伺いするとしましょう」
「拙に、ですか」
「ええ。過日の輝き、それを今ここに。それが叶ったときに、御身は我が伴侶たるトモエ、そちらと向かい合う意思はありますか」

故に、事ここに至ってオユキの確認したいことなど、ただ一つ。レジス候に関しては、一応確認している物のオユキが彼の家を、家督を持っている以上はそもそも否定すら難しい。唯々諾々とまではいかないだろうが、それでも必要だと僅かでも感じるところがあればオユキに従わざるを得ないのが彼の得ている現状でもある。

「拙の、輝き、ですか」

オユキの言葉に、眩しい物を見たとばかりに目を細めるものだから。返答をもはや待つ必要も無かろうとばかりに、オユキは心に決める。トモエが、オユキを、オユキに対してほどほどにせよとそう視線で確かに訴えている。だが、トモエの瞳が確かに喜びを映している。
過去にも、他流との試合を折に触れて行ってはいた。だが、それもあくまで他流試合でしかなかった。それにしてもあまりにも限られた場面でのみ。使う技にしても、互いに致命とならないように。見る物が多い場である以上、限られた技でのみとその様な物。しかし、この場はその限りではない。勿論、トモエにしても怪我などをする気は、負わせる気はさらさら無い。だが、結果として何処までとなるのかは、分からない。
成程、確かに少々魔術とは違うものであるらしい。
常々使う魔術、それにしても種族由来の物ではあるらしいのだが、それとはまた異なる感覚。トモエが、奇跡に類する物は魔術文字が脳裏に浮かばないとその様な事を言っていたものだが、それともまた異なるもの。オユキの瞳には、オユキの視界には、一体だれを対象にするのか、それが確かに目に映っている。対象とできる者、加えて何処までなのか。それを選択することもできるのだと、自然と分かる。最も、マルコのような眼が、オユキに齎されたのかといえば、そのような物ともまた違うのだと分かるものではある。負傷の程度、どの程度の物なのか、その様な事は分からない。だが、ただただ過去の輝きを、それだけが理解できる。
トモエにしても、レジス候にしてもそれが目に映る事は無い。
望もうと望むまいと、現状、明確に身体に不調を、損傷を抱えているもの、それだけが対象となるのだと言わんばかりに、カツナガに対して理解が及ぶのみ。そして、視界の端に映る庭仕事を頼んでいる相手であったりも同様であるらしいのが、オユキとしては少々気になるものだがそれは一先ず置いて起き。

「ですから、今一度、それを取り戻していただきましょう。正しき技を、レジス侯爵家に。トモエさんが、御身の相手を望んでいる以上は」

一応は、オユキとしても言い訳のようなものは口にしておく。それを、口にしないのとしないのとでは、今後のトモエにかけてしまう心配の度合いがあまりにも異なるからとばかりに。

「今一度の輝きを。御身の感じる、体の不調、その一切を」

果たして、これが獅子の欠損のある相手であればどうなるのだろうか。そんな、興味のようなものを抱けていたのはわずかな時間。
行うのだと、心に決めて。ただ、己の願い、この人物に、必要な物をとオユキが考えたとたんに明確に抜ける。負傷している箇所は、オユキにしても気が付いていた。その部位に、何か不調を、しいて言えば痛みを抱えるのだろうなどとその程度で考えていた。トモエが心配するほどの事には、トモエが、奇跡を使ったらしきトモエがそこまでの深刻を得ていない事で少々過小評価をしていた。オユキは、改めてそれを思い知らされる。
痛みどころではない。己の、右手の二の腕から先の感覚が消失する。右の膝上から先、そこも同様に。突然に消えた感覚に僅かに体がぶれる。己の意識、その外にあるものとして、鍛錬の成果として僅かに体勢を崩すだけではすんでいる。だが、確かな恐怖がオユキの背を撫でる。
ああ、確かにトモエに言われたことが事実であるようだと。
成程、確かに古来巫女とはそのような存在であるらしいと。
これで、もしも己の四肢に感覚が戻らないことがあれば、それはもはやトモエとの時間を等とその様な事を言うことが出来なくなる。カツナガ程度に、よく知らぬ誰かに対してその様な事をして、己の四肢が動かなくなったのだとしたら、果たしてトモエがどれほどの嘆きを得るというのか。言ってしまえば、高々他人。さらには、話しに聞いて、今日会った場界の相手。考えていることがあるにしても、所詮は気にするほどでもない他の流派、それに対しての一助となるかもしれない、その程度。呼び出した相手にしても、まさかこれほどとは、その様な事など考えていないには違いないのだ。

「オユキさん」

悲鳴のような、あまりにも珍しい切迫したトモエの声がオユキの耳を打つ。
急に感覚の消えうせた四肢、さらには己の身の内からまさに何かを削る感覚。回復してきたもの、それが根こそぎ削られるような、そのような感覚に揺れそうになる体。そして、支えようにも感覚の存在しない体、それに対してこれまでの鍛錬の確かを使う事で、どうにか制御を果たして。
感覚が失せたからと、動かないわけではない。
力が入らないからと、支えが出来ないわけではない。
遠くなる意識、それを抑えながら。

「長くは、持ちそうにありませんから」

オユキを支えようと動くシェリアを止めて、オユキにかけよろうと動くトモエを止めて。オユキを思うのであれば、是非とも早く本懐を遂げてくれと。
軽く考えすぎていた、それを隠すことなくトモエに吐露して。二度は、それこそ今後行うときには等と考えたりもするのだが、間違いなくそれが許される事は無いだろうと。今後の方策として、輝きを戻すべき相手、その相手の負傷の状況を聞いて、聞かずとも、オユキが楽な姿勢でそれこそ椅子に腰かけて等と言う事を考えるのだが、何処かからそのような真似は許されないのだと感覚というには、あまりにも明確な物がオユキに齎される。
今後、同様な事を行うつもりであればその度に負荷が増える。そして、このような奇跡を、これまでに本質に記録されてしまった怪我というのは名乗ることが無いのだと聞かされたそれを覆すに足る負荷というのは、巫女に対して付与する試練だと言わんばかりに今後繰り返すたびに負荷を増していくのだといやでも理解をさせられる。

「ですので、トモエさん」

トモエの望みをかなえるために、是非とも早くこの場を終わらせてくれと。

「オユキさん」

突然、己の不調の全てが消えたカツナガ。レジス侯爵が、練習用にと事前にオユキが書状に認めていたタンポ槍を片手にカツナガを凝視している。そのカツナガにしても、なにやら信じられぬとばかりに己の拳を幾度も握っては開いて、さらにおのれの足をしっかりと踏みしめて。これまでについていた杖、それをただただ手放して。

「カツナガ殿、申し訳ありませんが確認の時間はそれほど」

確かめるための、突然に戻ったかつての輝き、それを改めて感じる時間は与えられそうにないとトモエは早々に判断を下して声をかける。
一体、この人物に、見ず知らずの人物程度に。オユキの中ではレジス侯爵に対してのと言う事なのだろうが、イマノルでもない所詮はその程度の人物に。何故、オユキがここまでの負荷を得なければならないのかが分からない。蘇プした思考をどうしてもトモエは作ってしまう。レジス侯爵に、そこから先に伝えるためにも、カツナガとの立ち合いはやはりトモエも相応に時間を使う羽目にもなるだろう。少しでも、オユキの負担を軽減するためにトモエもなかなか難しい事を行う必要があるのだとそれが理解できるからこそ。トモエの心に根を下ろす、己の伴侶を間違いなく食い物にする相手に向ける感情、それをどうにか抑えなければいけないのだという事実と共に。



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新年あけましておめでとうございます。
私事ではございますが、旧年中は難し状況を得たこともあり、こうして改めて歳を超えられたことを嬉しく思っております。
皆様におかれましては、如何でしたでしょうか。昨年は、格別のご厚情を頂き、拙作に関しても多くの方にお読みいただけましたことをこの場を借りてお礼申し上げるとともに、今後も格別のご引き立てを賜りますよう、お願い申し上げます。
本年も、皆様に少しでも楽しいと思える時間を提供することを願いまして、新年の挨拶とさせて頂きます。
***/
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