憧れの世界でもう一度

五味

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35章 流れに揺蕩う

異なる色を

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オユキが眠りにつくまでの、まどろんでいる時間。折に触れて、トモエはその時間を用いてオユキの心情、そうした物を伝えている。結果としてと言えばいいのだろうか、オユキの過ごしやすい環境、それが正しく整えられる。これまでにも、割とオユキはそうした素振りを見せていたのだが、ここ暫くは顕著になっていたこと。オユキにとって、トモエとの時間が大事であり、それ以外の物に対しては正直そこまでではないのだと。優先順位をつける事は出来る。だが、トモエとの時間、それと他とではあまりにも歴然とした差が存在している。
そして、その在り方というのは、クレドに対するセツナの在り方とやはり酷似しているのだ。オユキ本人が、セツナからの呼び方を受け入れている。それも一つの証左ではあるのだろう。それ以上に、種族の長として、少なくとも発現形質である人としての形、それよりも強く影響を与えている存在。それに連なる相手であるからこそとでもいえばいいのだろうか。
部屋を、環境をきちんと整えて。その上で、オユキがこうしてトモエと過ごす時間を長くとってみれば、降嫁はまさに覿面に。トモエにしても、はっきりと驚くほどに。他の者たちにしてみれば、まさに目覚ましい結果というのが現れるというものだ。

「闘技大会まで、そろそろ、ですね」
「ええ」

これまでの間は、オユキが活動できる時間というのは、そこまで長くはなかった。
それこそ、トモエと揃って遊びに、狩に出てみればすぐに疲れて。どうしたところで、戻った後にはしっかりと根深い疲労に蝕まれていた。寧ろ、それまでの間、溜まった疲労が顕在化していた。今後の事を考えれば、どうにかしたいと考えていたこと、それが明確に解消されたことがやはり嬉しく。
そして、そうした嬉しさに突き動かされた結果とでもいえばいいのだろうか。

「ヴァレリー様は、トモエさんから見て」
「正直、不可としか言いようがありません」

諸々の話が終わって暫く。
トモエが、結局オユキとトモエにお鉢が回ってきたヴァレリーに対する教導。それを、熟しながらも、魔物との戦闘に連れ出しては、こちらに来たばかりの頃に少年たちにも施したようなことを行いながら。
流石に、オユキが毎日ついてくる事は無かったのだが、それでもこれまでに比べれば、より長くトモエとオユキの時間をとって。夕方から、それこそ夕食ですらこれまでよりも他と共にとる機会を減らして。それを、オユキが喜ぶのだから、その結果として随分と回復が早くなるのだから。トモエの喜び、言い訳になるほどの理由であるには違いないが、それを口にするまでも無く。
闘技大会が終われば、誓願祭が。それを終えて暫くもすれば、今度は新年祭が待っている。特に今回に関しては、禅譲というものが存在している。例年に比べて、実に行う事も多い。それこそ年末に、改めて現国王陛下が己の任を終える事。昨年の狩猟際の中で行った宣言。その結果から初めて、これまでに変わった多くの事、それを改めて総括する言葉なども用意されている。
なんとなれば、どれほどの混乱の結果かは分からないが、一時期はトモエとオユキに狩猟際の開催を禅譲の間に等と言う本当に本末転倒な話までもが回ってきたのだ。
流石に、その意見に関しては持ってきたマリーア公爵の奥方にそのまま話を流して、そろそろきちんと休ませるようにとそういった話も併せて行ったものだ。それほどに、マリーア公爵にも当然負担がかかっている。こうして、トモエにオユキが甘えるのも、無理を押してと頼むのも、そこまでを行ってくれる相手の負担を僅かでも取り除くためでもある。

「オユキさんは、現ユニエス公爵は」
「今は不在です」
「そう、判断するわけですね」
「はい。選択肢は、既に示しました。ですが、あまりにも都合よく立場を変えます。そんな相手を、公爵という貴族の最高位と認める事は出来ません。本人にしても、王兄殿下が武国でリゴドー公爵家を興したという背景をもって、闘技大会の主導位は行って頂きたいものですが」
「そのあたり、難しいのでは」

トモエの理解と、オユキの理解がどうにも食い違っていること。

「簡単ですよ」
「それが、できていないのは」
「方法は二つです。家督を他に譲るか、己が継ぐか。畢竟、この二択です。ですが、彼はその選択をどこまでも」
「アイリスさんの事があるからでは」
「そこに本気だというのならば、アイリスさんと釣り合う位が必要だというのなら、継げばよいのです。それこそ、他に任せたのだとしても、華と恋、もしくは戦と武技や木々と狩猟に対して己を認めさせれば良いだけの事です」

そう。トモエは、アイリスの事もあるから、他国の祭祀を司る存在。姫として扱われる、そんな存在を娶るには、己の伴侶とするにはやはり相応のものがいる。しかし、アベルはそこで選択肢を見出すことが出来る人物でもあるのだ。だというのに、一体何をと、オユキはここ暫くそれに苛立ち。そして、アベルが立場を決めぬからこそ引き起こされる数々の問題にやはり苛立ちも募って。トモエは、初期の頃はともに行動するようになって、暫くは板断ちが募っている様子ではあった。しかし、今となってはもはやあきれ果てたといわんばかり。オユキの苛立ちにしても、諦めなさいと、視線がそう語っている。

「オユキさんは、あの者と」
「難しい、のでしょうね。少なくとも、トモエさんと私に対して掣肘が行える人間、それが必要であることは共通認識のようですから」
「まだ、そこまで、その程度なのでしょうか」
「難しい事とまでは言いません。そして、私たちは根本が違います。異邦から来た、その事実がある以上、そして決断の時、そのあとを未だに公言していない以上は難しい事ばかりです」

アベルが決めきれぬ、その理由にしても彼の後任が、特にトモエとオユキに対する後任がいれば問題は無いのだ。その候補であった、タルヤとシェリアはもはや随分と染まったと見えているだろう。次点のローレンツにしても、今後トモエとオユキがこちらに残らぬと決めたときにはファンタズマ子爵家を任せるために、最早身内。では他はといえば、側に置かれるのではなく、護衛の騎士たちの中に幾人か。
問題としては、シェリアとタルヤという頭抜けた者たちにとって代われるだけの能力を持つ、そんな前提条件を早々突破が出来ないと言う事だろう。アベルの後任、その筆頭とみられていた相手、そんなものが初めて魔国に向かう際に幾人か。それこそ、ニーナがその筆頭だったのだろうが、今となってはその人物にしてもなかなか見ることが無い。王太子妃に重用されている、要は、そのまま新たな国母の近衛となることが決まったためにそれどころではなくなったのだろう。

「どうしてくれましょう、本当に。私自身、悩んで、後ろ向きで」
「オユキさんがそうなったときには、私がきちんと背中を押しましたから」
「アイリスさんが、こうして今は私たちの暮らしている場に」
「決裂したのでしょうね。実家に帰る、ありがちな言葉ではありますが、アイリスさんがそれを今行ってしまえばこちらに来れないと踏んでいるのでしょうが」
「その程度の感情が残ているというのなら、どうにかしてほしい物です」

オユキが、ここ暫くの不満をこの夜の時間に吐き出してしまえとばかりに。
そうしてみれば、トモエとしては、何とも懐かしい物だ。
オユキは、過去も今も。部下に対して、己の舌につくものに対しての不満というのは、基本的に口にしない。あまりにも度が過ぎている、トモエよりも遥かに緩いその琴線に触れなければ、何を言う事も無い。だが、己の上に立つ人間に対しては、本当に容赦がない。
上に立つ者たちの能力、それが求めるところは現場でなにがしかを行う事ではない。人員の管理を、仕事が円滑に行われるように。そうした能力こそが重要だと理解している。それが彼らの職責だと、何時頃からか自分にも課されてしまった職責だと理解している。だからこそ、それを理解せぬ者たちに対して、自分と同じかそれ以上の立場にいる人間に対して容赦がない。
そして、それのなんと苛烈な事か。
トモエにしても、己に対してあまりにもまっすぐに向けられるオユキからの信頼。それに応えるために、全く、どれほどの事を為さねばならぬと考えたものか。是非とも、トモエからもオユキがどれほどに才気煥発であるかを言いつのりたくはある。オユキ本人にしてみれば、器用貧乏等と言いだすだろう。土台己は、真に特定の分野において最優秀となる人物には及ばないと。だが、それでもそこに迫るほどの能力を平然と片手間で示して見せるその才は暴力と呼ぶしかないようなものだ。
物心つく頃から、それ以前から刀の道にいたトモエ。それに対して、二十も近くなったようなところから入ってきたオユキ。それも、最初の頃は随分と熱心に学んでいたのだが、理屈が、理合いが一通り終われば熱が冷めたとでもいうかのように。それでも、トモエをまっすぐに見て、トモエがいる場ではきちんと習って見せていたものだが、道場以外での鍛錬など行いもしなかったというのに。
当時は学生の身の上、当然使える時間は限られている。反面、トモエは既に卒業をして久しく、一日のほぼすべてを費やしていたというのに。全く、どうしてオユキお言う人間は、彼我の差を、そこにある環境の違いというものを考慮しないのかと常々考えていたものだ、オユキの置かれてしまった状況を知るまでは。

「改めて、突き付けてみますか」
「都合の良い舞台があれば、そう考えてしまいますが」
「生憎と、今回は難しいでしょう。オユキさんは不参加ですし、私も勝ったところで寝返るのはヴァレリー様ですから」
「いっそのこと、私から改めて名指しをしてくれましょうか」
「あの、オユキさんがそれを行うとアイリスさんの不興を買いますよ」

自分の感情に振り回されているオユキでは、それを行った結果どれほどアイリスが腹を立てるのか、やはりわかっていない様子。トモエの言葉に、何故そこでアイリスがと実に不思議そうな顔をするものだから、その頬をしっかりと指で押し込んでおく。
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