憧れの世界でもう一度

五味

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35章 流れに揺蕩う

満ちる心は

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随分と長く、それこそオユキがトモエにすっかりと体重を預けきるほどの時間を二人で過ごした。これまでは、翌日があるからと、そこに至るまでの時間があるからとどうしても用意が出来なかった時間。かつては、トモエにしても楽しんでいた時間ではあったのだ。
揃って、席について、その時は向かい合って。互いに、何処か眠気が来るまで。二人の師が入ってこれぬ様に、その時には当時のオユキが所有していた家で。そうでもしなければ、オユキが己の暮らす場と考えている場所しか掃除を陸にしていなかったために、定期的に使う場所なのだと示すためでもあった。そうしてみれば、居間が途端にオユキにとっても大切な場所になったものだ。それまでの間は、家族の団欒を思い出すからこそきちんと灰色に、眼に入っても心が痛まぬ様にと考えていたのだと、それは分かる。
要は、オユキにとって、あの家というのは。一人で暮らす場に、両親がいつか戻ってくると頑なに信じていたころの、あの家は。ただただ、オユキに苦痛を、過去の思い出がどこまでもオユキを苛む場でしかなかったのだ。
そして、今こうしてオユキがあまりにも平然としている、オユキ自身己の在り方じゃないと、そう考えるほどに感情に振り回されているこの現状というのは。そうした、オユキがどこまでも精神的な負荷に対して耐性を獲得する過去、それが薄れているからでもある。薄れる様にと、トモエが、他の者たちが配慮を行った結果でもある。オユキが、己の心があるままに。
それができる環境が、徐々に整ってきている。
それこそ、これまでのオユキであれば、求められるままに武国の者たちに対する対策、それを話す場に唯々諾々と腰を下ろしていただろう。断ることもしなければ、いやな顔一つせずに、真っ向から向き合っていただろう。その結果、オユキ自身が疲れ果てるのだとしても。体も、精神も。どちらもを、容赦なく蝕む毒のように。

「オユキさんは、種族の長から、セツナ様から」
「そう、ですね。不思議と、悪い気はしないのです」

部屋の外に、扉の前にシェリアがおり、壁と壁の間にそっと控えているラズリアにも伝わる様に。オユキの勘違い、実際には薄々と気が付いているというよりも、意識しないようにしているのだが、トモエが起こなえる事の一つ。オユキの思考を、トモエの思考と受け取り方を周囲に伝えることが出来る魔術か奇跡。それを、オユキの同意を得ずに、今も使いながら。
オユキの同意を得る、それははっきりと難しい事でもある。寧ろ、それを行ってしまえば、オユキはトモエにも分からぬ様にと、話したくない事は話さないのだと拒絶の姿勢をとる。トモエにだけ伝えたい事、オユキにとっては、トモエだけに使えたい事というのがあまりにも多すぎるから。トモエが、大事だと思う事。側にいる者たちに、知っておいて欲しい事。オユキの為に、知らぬでは済まさぬと考えていること、それをこうして夜の時間で。

「幼子と呼ばれて、反発しようと、これまでの事もありそれがわかないといいますか。呼ばれるに相応しい己が、トモエさんに言われるまで、こちらに来た時からただただ弱っていた己が自覚できていなかったこともあります」
「繰り返しますが、並んで歩くときに私よりも前を歩けていたのですよ。領都では、慣れぬ服、慣れぬ靴ではあった物の、それでも」
「思い返してみればと、いうものです。食事にしても、好き嫌いの範疇ではないとそれが分かったのも」
「そうですね。そちらは、王都でしたか。こちらに来てから、本当に長い事氷菓を、氷の特性を持つ物を口にしていなかったと考えると、本当によく持ったものだと」
「そこは、最初にこちらに来た時に頂いた、比翼連理の功績が補填してくださったのでしょう。トモエさんには、本当に迷惑を」

オユキが、うつらうつらと。すっかりトモエに体重を預けている、この時間に。
こちらに来てからは、度々、それこそかなりの頻度でトモエがオユキを寝台に運んでいる。その度に、湯上りに降ろした髪、それが日中は結っているはずなのに跡一つ残していないのに、軽く苛立ちを覚えながら。だが、今は、甘えるオユキに、トモエにすっかりと持たれるオユキにそのままにさせて。

「トモエさんは、その、私が」
「そこから先は、いえ、たまには口にしなければというものですね。楽しいですよ。オユキさんのお世話をするのも、こうして、過去にはなかったオユキさんから私に甘えてくれているという現状も。それに、かつてはオユキさんから私に向いている感情、それもきちんと理解はしていましたが、こちらでは改めて強く見せて頂けていますから」

酩酊したように、眠気に負けて、オユキは既に夢うつつ。
度々こうなるからこそ、トモエとしても色々と進めやすいとでもいえばいいのだろうか。トモエが、こうして言葉を作れば、オユキが実に嬉しそうに笑うのだから、尚の事愛情が募るというものだ。
かつての世界でも、オユキ以外に、オユキだけに生まれた感情であるには違いなく。こちらに来てからは、尚の事トモエの為にとしてくれるのだから、いじらしさにトモエの想いも改めて募るというもの。かつての世界では、それを求めていられる若さの頃には、子供たちが、己が生んで、家族と呼べる相手が増えるまでには互いに淡い物で。そして、想いが募るころには家庭の忙しさと、オユキの仕事の忙しさに。それらが過ぎ去ったころには、すっかりと互いに感情が落ち着いてしまった。
もう、突き動かすような感情が、なかなかに生まれなくなってしまったというのもある。互いに、互いが一番大事であったには違いないのだが、それでも子供を、過程を優先する場面もあり。子供たちが成長してからは、どこか遠慮をするように、両親に向けてとしてくれたこともある。だが、それらは互いに己の子供たちが、よく育ったのだと、正しく育てることが出来たのだとその喜びがどうしたところで勝ってしまったものだ。

「そう、ですか。私は、どうでしょうか、こうした感情は過去にもあったと思いますが、どうにもこちらでは強いといいますか。制御ができない、事が多いのです。セツナ様に、こちらでの種族を言われて、近しい存在だといわれて、こう」
「私にとっては、嬉しい事なのですが。オユキさんは」
「幼子と、呼ばれても仕方がないなと、そう思うばかりですね」

そろそろ、オユキの限界も近いだろうからと、寝室に一つ用意されている寝台にオユキをトモエに運ぶ。
相も変わらず、抱えてみても、全く重さを感じないオユキの体。重量が存在している、それくらいは分かる。ただ、見た目よりも、これまでに腕に抱いたことのある相手と比べても非常に軽い。なんとなれば、背丈が同じ位であった少年たち、そちらに教える時に体を抱えるようなこともあった。振り方を直すときに、体に触れて力を通すときに、何とはなしに、感覚として分かるものもある。それに比べて、オユキは、本当に軽いのだ。
藩うbンとまではいわない、だが、三分の一近く。それほどには体重に差がある。
華奢な造り。まさにそう呼ぶにふさわしい、氷細工のような体躯。
オユキが成長しないのは、トモエがこの姿に込めた思いがあり、そこから成長した姿を思い描けていないからではにか。そんな事を、どうしてもトモエは考えてしまう。どうにも、思い描いたもの、それが成長する事を考えられない。オユキの姿が、今のままあると、そうついつい考えてしまう。
今後の事、オユキが今の考えを変えて、いや変えなければ今後と言うものが存在してしまう。トモエにしても、オユキを苦しめて迄こちらに残るつもりはないというのに。揃って同じ答えを、それが出来れば苦労はしない。そして、オユキが己の意に染まぬ選択肢を選ぶ、それを許さぬ様にするためには、あと一つ。オユキが約束を使わなければならない。それを、無理に使わせようとまでは考えていないのだが、自然な流れであればと。
トモエにしてみれば、こちらでの暮らしに関して。オユキが、現状どこまで行ってもトモエを優先する以上は、トモエから使う事が無い。
それこそ、もしも使うとすれば、選択の時の前、そこまでの間に物語の中にしか出てこないような存在。戦と武技の前哨戦として、それを望もうかと言う位だろうか。
かつて、確かにトモエはオユキから聞いているのだ。
かつてのゲーム、そうであったときには、この世界に竜が存在するのだと。
戦と武技、それに臨もうという以上は、そうした存在程度切り伏せなければならないだろう。そもそも、討滅した話を持つのが、八首の化け物を、水害の神格と製鉄の逸話を内包する神の示す神話として持っている存在が、戦と武技にたいしてかなり強い影響を与えている物。それを考えたときに、トモエにとっては最低限同じ舞台に立つために、刃を届けるためには必須だと考えている事柄。
龍殺し。それを、考えている。
幸いにも、雷と輝きという存在、竜を司る神格。それの覚えがめでたいこともあり、叶うだろうとトモエは考えている。ただ、そこに至るまでには、認められるだけの物を積み上げなければならないだろうが。

「トモエさんは、そうしたことを、望むのですか」
「ええ。せっかくですから」
「では、私のほうでも」
「いえ、それには及びません。これでオユキさんに舞台を整えて頂いてというのは、流石に私にも矜持がありますから」

この魔術、奇跡を使う。その際に生まれる欠点というのは、間違いなくこれなのだろう。
オユキに対して、トモエの思考が伝わるのだ。隠そうと、本気で隠そうと考えていること、今後に対してトモエが少しづつ積み上げている物は一応隠れはするのだが、そこに至るまでの道筋、そう考えている物がどうしたところで伝わってしまう。

「その時には、勿論オユキさんを頼むことになるでしょうが」
「それまでには、私もきちんと成長していなければなりませんね」
「そこまで、急ぎではないとはいうものの」
「ええ、後三年も無いわけですから」
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