憧れの世界でもう一度

五味

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35章 流れに揺蕩う

心を重ね

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オユキは少し考えた上で、改めて王妃に尋ねてみる。

「国交を閉ざすとのことですが、門を置いた以上は」
「そちらについては、翼人種の方から制限を設けることが出来るのだと既に確認が終わっています」

門を使うことが出来るとなれば、それこそ出てきたところをとするしかない。対応策として、どうしたところで大量の人手が必要になる。国境にしても同様に。武国に接しているのは、接しているといっても間に広大な空白地帯は存在するのだが、辺境伯家一家のみ。そのような状況で人員が十分等と考えられるほど、オユキは暢気な人間と言う訳でもない。明確に不足しているのだと、その事実を知っている。
よもや、神殿の敷地内において狼藉を行う事は無いだろう、オユキは己のそのような考えを早々に否定する。他国の領内にある、さらには他国のための迎賓館でも平然と行ったのだ。ならば、類似の事を行ったところで何ら不思議な事ではない。
思い返してみれば、オユキでは理解の及んでいない魔術文字の書かれた板。そちらはすっかりとマリーア公爵とカナリアに任せていた。オユキの想定では、もっと異なるものだと考えていたのだが、己の予想が当たらぬことなどここまでの間に散々に思い知ってもいる。渡した、既にオユキは己と関係の無いものとしていた魔術文字の羅列、その中にあったのかと僅かに考えるものだが。

「ええ。そも、あの門には我らの祖霊たる御柱により望まぬものを排する用意があります」

ただ、回答はしかしパヴォから。

「それに手を加え、起動施用と言われるのであれば必要な対価をもとに、確かに行いましょう」
「対価、ですか」
「これまでの物でも、ある程度可能でしょうが所属、生まれ、そうした物を考慮したものとするのであれば数倍の物を求める事でしょう」
「その程度でと、思わず考えてしまうものですが」
「公爵領から得ている物、先の祭りで得た物。それらの倍と考えても、ですか」
「必要であれば、ええ、私はそれを行う事を躊躇いません」

祭りの頻度、人が起こせるものだからと言って過度に利用してその反動が来ないなどとは思えない。そもそも、魔物を作るには淀みが必要だと、そうした話があるのだ。オユキが存在を知ってからというもの、相応の回数引き起こしてからというもの、どうにも氾濫がおきたという話を聞いていない。勿論、トモエやオユキが足を運ばなかった場所では相変わらず引き起こされているのだろう。だが、トモエとオユキの行動する範囲内において、その様な事が起こっていないのだ。
祭りは、やはり淀みと呼ばれるものを消費する。
魔物が、何処からともなく忽然と現れることなどありえない。奇跡には、対価が必要だ。果たしてそれを奇跡と呼ぶべきだろうか、そんな事すら考えてしまうのだが、これまでの事を考えれば、かつての世界における神のありかとを想えば確かに納得のいくものではある。一神教ではない、その事実を思えばこそ。

「オユキ、貴女はトモエに」
「懸念点はあります。ですが、国として必要であり私自身もと言う事であれば」
「しかし、戦と武技の神殿、これを訪うつもりは」
「正直な所、神殿に門が置かれている以上は、やりようはいくらでもありますから。武国からの者たちが神国に入る事は出来ない、その逆もと言う事では無いのですよね」

一応、確認の為にとオユキが尋ねてみれば、首肯をもって返される。

「とのことですから」
「貴女は、全く」
「後は、そうですねトモエさんには省略した部分ですが」

そして、オユキはトモエには伝わらぬだろうと、説明をしようにもオユキとしても感覚として理解していることでしかなく、論理をもってというのが難しいからとして省略したことについて改めて触れる。
先程の思考に始まり、どうにか改善を見せ始めた狩猟者の扱い。そもそも、木々と狩猟の神の名の下に行われる祭りであり、その名を一部とは持つ狩猟者の存在が欠かせないだろうと言う事も始め。他の領と王都、公爵領との差など目に見えて分かるものなどその程度という話までも。
どうしたところで、こうした差異というのがどうにもトモエには納得しにくい事であるらしいのだ。既に、成功している事例がある。最低限それを真似することに何の問題があるのかと心底不思議そうに首をかしげるのだ。そこに、さらなる何かを足せば、よりよくなるだろうと。あちらとこちら、良いところはそのままに受け入れて、さらに先をと求めるのではいけないのかと。
事実、トモエが生前に身につけた物というのはそうして発展してきたものだ。権利意識、著作権、知的財産権。そうした概念が生まれるよりも、法律と整備されるよりも遥か昔から、連綿とそうして紡がれてきたものだ。そんな自明のことを、一体何故行えないのかとそう語るトモエに対して、オユキから現状そうした物があるのだと、それこそなかなかに難しいのだとそうしたことを話してとするしかない。
では、それで何が守られるのかとそうした話をされたときに、オユキからは発案者がとそう応えるしかなかった。そして、それが事実で得あり正しい物だと信じていたものだ。守られるのは期限付きの期間。そうである以上、後から来る者達には相応に間手と、そう制限するのは先に進もうと考える者たちにとっては足かせ以外何物ではないのかとそう話すのがトモエ。
トモエの思想は、確かに過激であり最初に考え出したものに対して非常な負担を強いるとオユキは感じる物だが、確かに人の文明と言うものが発展してきた速度を考え。さらには、基礎研究と呼ばれる分野を行う者たちが、惜しみなく己の成果を無償で提供することを考えればそうした考えを持つ者たちも確かに一定数以上いるのだろうとそんな事を考えてしまうのだ。
企業で務めていたものとしては、研究開発費というのはかなりの額に上るため、慈善事業ではないのだとそう返すしか無いものだが。

「それは、また何ともありそうな話ですね」
「それは、木々と狩猟の教会に問い合わせてみれば」
「神々の行い、それを推し量ろうと考えるのは人の世の事。教会に勤める者たちからは、祭りの来歴以上の物が返ってくる事は無いでしょう」

王妃が、改めて頭痛を堪える様に。

「テトラポダにそろそろ門が届く頃でしょうし」
「神殿に向かうとなれば」
「私は、神殿に迄足を運んでしまえば、今だと当分戻ってこれなくなるから、いやよ」
「あの、アイリスさん」
「仕方ないじゃない。少なくとも、アベルとの事に決着がつくまでは、貴女達がこちらにいる間は、私はこっちよ」
「そうは言われましても、あの、もう少しくらいは、ですね」
「一応、連絡は取っているわよ。戻った者たちが、またこちらに来るのは門を置いてからになるでしょうけど」

そうして、実に平然と素知らぬ顔をして見せるアイリス。
こちらはこちらで、また頭の痛い物ではある。

「話を戻しましょうか。内内で決まっていることではあります、ですが機会を与えぬというのは古来より定められた我らと神々との盟約にも反する物です」
「機会、ですか。既に幾度も警告は行っている、そうではありませんか」
「ええ。ですが、それはあくまで自粛を求める、それ以上の物ではありません。そして、現状それもかろうじて守られています」

かろうじてと語られるのは、軟禁されているはずの者達が、時折王都の中で顔を見せるから。さらには、その者たちが連れてきた使用人たち。もしくは、彼らの家の庇護下にあるものたちが変わらず蠢動しているという事実があるから。
当然、オユキの耳にもそうした動きは入っている。想定も当然していた。だからこそ、トモエに我慢を強いているという現状がある。
そう、オユキだけならばまだいいのだ。トモエにまで我慢を強いる。それが、オユキにはどうしたところで我慢がならぬ。己の事ながら、どうにもならぬ心地で。トモエには気が付かれているだろうが、それでも詳細を話はせずに過激な手段を選ぼうと考えてしまうほどに。
オユキの中で、もう、いかほども残ってはいないのだ。時間と言うものが。今後も、移動については門を得る事に注力したうえで、方々へと神国にいる騎士たちを主体として頼んでいくことになるのだろう。だが、門を得るという行為そのもの、それが持つオユキへ与える負担。軽減が出来るというよりも、回復への助けは間違いなく得られることが分かった。つまり、今後はこれまでの比では無い事が起こるのだといやでも予感させる。

「改めて、通達を出したうえで、彼らには選んでもらうこととなるでしょう」

王兄が向かった国、そこ都の此処迄極端な選択をしなければいけなくなった。それを考えれば、確かにアルゼオ公爵家はどこまでも上手くやってきたのだろう。己の国の事ばかりを考えるのではなく、器用に調整を行い続け。まさに、あの人物だけでなく、過去から連綿と続けて。当主だけでなく、家を費やしながら。それを、単独で、勿論連れて行った者たちもいるには違いない。しかし、それだけでどうにかなるほど甘い物ではないだろう。
アルゼオ公爵家は、己の家、己の庇護下に置いている多くの貴族家を使って行っていた事業なのだから。
だからこそ、こうして王妃が、己の義兄に対しての情よりも国としての判断を行う事に頭を抱えている。国王その人は、間違いなく公人としての判断を早々に行ったのだろう。オユキにしても、あの人物であれば間違いなく行うと考えた上で。そして、思いのほか腰が重たい事に疑問を覚えていたのだが成程、内情と言うものがこうして見えてくれば少しは理解も及ぶ。
誰が決断を差し止めていたのか。

「では、この場に集まった者たちで、改めて連名でとしましょうか」
「その前に、オユキ。貴女は一度」
「さて、対応が決まったのは良し、その通達を行ってからと考えていましたが」
「通達を行う、我が国からの勅使も立てますが、貴女と同じ位を持つ相手に」
「招いた時に、短慮を行う者たちが付いてこないと、そう考えよと」

オユキとしては、明確に不満があるのだと伝える事を忘れない。それは、はっきりと危険なのだと。簡単に想定できる問題が存在している行為なのだと。

「では、改めて勅命としましょう。そして、当日は間違いなく我が国の騎士たちが貴女とトモエを守るでしょう」
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