憧れの世界でもう一度

五味

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34章 王都での生活

香り立つ

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オユキが目を覚ましたときには、ここ暫くはすっかりとおなじみになっていることではあるのだが、己の復調をやはりはっきりと意識させる感覚を共としたものに。

「オユキさん、目が覚めましたか」

そして、それが当然とばかりにオユキがそろそろ起きるなと、そんな事を考えたトモエがオユキの側に。この辺りは与えられた功績による物なのだろう。トモエには、やはりなんとなくわかるのだ。そろそろオユキの意志が戻るなとそうしたことが。

「はい。おはようございます、というのもおかしな話ですが」
「あと少ししたら、夕食の時間ですから、その前に口に入れるのは止めておきましょうか」
「言われてみれば、ここ暫くは」
「ええ。きちんと食事の量も増えていますよ」
「セツナ様には、改めて感謝をしなければなりませんね」
「ただ、それでも少々少ないように思えますので」
「そればかりは、此処までの事もありますし」

そう、セツナがきちんと整えた部屋。カナリアに対して、氷の乙女という種族がどうした環境が良いのか、そうした話をしたうえで作られた環境というのは、オユキにとってははっきりと心地よいのだ。それが、他の者たちに、例えば側仕えの者たちにとっては酷な環境であろうとも。その証拠に、これまでは眠ったところで僅かにとまではいわないのだが。得た功績が、神々から得た物をかなりの部分補填に回していたのだと分かるほどには、きちんと自分の力で身体の機能を使う事で回復していると分かる。
その結果とでもいえばいいのだろうか。オユキは、こちらに来てからは初めてと呼んでもいいのだろう、食欲というのを僅かに覚えているのだ。ここ暫く、オユキが食べたい食材を零すことが増えていた。その言葉を聞いて、すぐにトモエとシェリアが動いたのはおやと思う所があったからこそ。

「アルノーさんと相談して、今日の夕食はパピヨットを主体にしていますから。楽しみにしていてくださいね」
「トモエさんが、午前中に採って来てくれたのでしたか」
「はい。それらも一部ではありますが使っています。ただ、やはり知識の差でしょうね」
「そればかりは、アルノーさんを相手にするのは難しいでしょうね」
「アルノーさんからは、かつての世界になかったこちら特有の食材ですね、それらにしても王都では十分に手に入るので、そろそろそちらの購入を検討したいといわれていますが」
「こちら特有の食材、ですか」

トモエに言われた言葉に、オユキのほうではいよいよ心当たりがない。かつては、こちら特有の薬剤とでもいえばいいのだろうか。飲むだけで傷が治る訳の分からない薬や、万能薬と呼ぶしかない水薬であったり。それらの材料に関しては多少の知識が存在しているのだが、食材となると皆目見当もつかない。

「少し、思い出したこともあるのですが、そちらには特にこれと言って」
「そのあたりは、改めて口にすればと言う事でしょうか」
「思い出したことにしても、どうにもこの世界とでもいえばいいのでしょうか。過去から変わらず存在していた、それが事実なのだとして」

そう、それが事実なのだとして。
オユキは其処から、新たに生まれた疑問について口にする。神造生物としてのヒト、かつての異邦人。そもそも、リスポーン等と言ういよいよこちらでは、普通に生きる人々には許されぬ奇跡を得ていた者たち。そして、そういった人間の振る舞いを知っているからこそ、かつてのプレイヤーたちを知るからこそ明確に警戒する下地があるのだと、それが理解できた。だが、当時のプレイヤーという生物がこちらの世界で得ていたものについては、いよいよもって理解が及んでいないのだ。
装備の汚れ、これは存在していた。
こちらの者達とは、この世界で生きている者たちとはまた違う形での再生が行われているのだと、こちらの者達が購入しない薬を使って、己を回復させていたのだとその事実も飲み込むこととして。
だが、空腹と言うものは存在していなかったのだ。
いよいよもって、当時の食事というのは娯楽以上の意味は無かった。だからこそ、好む者たちはそちらに向けて際限なく過熱をしていった。いつぞやに公爵夫人に言われた、娯楽としての食事、それが良く無いものではないかとそうした話が残っているのは、つまりそうしたこと故なのだろう。
一部の者たちは、何か他に効果があるはずだ等と言っていたものだが、そもそも当時から理解の及ばぬ範囲の物であったのだ。
そして、こうしたことを考えるにつけて、実装という言葉を使っていたこの世界をゲームらしいともまた違う、それでもゲームとして成立させていた者たちの振る舞いというのがオユキは気にかかるのだ。理屈に合わぬではないかと。

「オユキさん」
「いけませんね、余裕が出たからでしょうか」
「あの子たちも、王都ではこちらの屋敷でとのことですが、どうしますか」
「おや、そうなのですか。頼んでいたことを行ってくれたようですし、一度お礼をと思いますが」
「食事の席でとしても構わないかと思いますが」
「今夜は、ファルコ君も来るでしょうし、そうなると」
「正式な席となりますか。では、どうしましょうか」
「私から足を運んでというのも、また問題はありそうですし、ですがこの部屋にというのも」

不思議な事に、少なくともオユキにとっては理解が及ばない事として。オユキが眠りに落ちることがあれば、疲労を感じることがあれば、この室内には雪が降るのだ。今も、ひらり、はらりと細雪が室内に落ちている。雲も無ければ、屋外でもない。人口の降雪として行われるような、機器に頼った物でも無いというのに。
オユキの側にいるうちには、トモエにその雪が何かをすることなどない。オユキの周囲に落ちてくれば、それが当然と空気に溶ける様に消えていく不思議な雪。オユキの内からあふれて、それがこぼれているのか。もしくは、種族としての特性化などとも考えるのだが、ではセツナのほうで同様の事象が起こらないのはやはり納得がいかないというもの。

「では、客間にとしましょうか」
「あの子たちが使っているのでは」
「客間にしても、この屋敷には随分な数がありますから。オユキさんが公爵夫人からお伺いしたと聞いていますが」
「それに関しては、土地が余っていることと、月と安息の守りが円、もしくは楕円の形を基本としていることが関係しているのだろうと、考えてはいますが」
「少なくとも、そうした理由がある様に、公爵様の本邸に付属した別邸ですから」
「あの子たちは、ともすれば別のとも考えていましたが」
「別邸にしても、本邸のある敷地内にいくつもあるというのは、王城の離宮であったりをまねての事かとも考えてしまいますが」
「流れとしては、そのような形ではあったのではないかと」

オユキの記憶にある範囲では、過去の、それこそゲームだと考えてふるまっていたころにはそれも一つの事実であるには違いないのだが、そうであったころにはどうだったろうかと。オユキは、ここ暫くの事で、いよいよ明らかな違和を覚える様になっている。
思い出したと、そう分かるからこそ。覚えていないことが、あまりにも多いのだと。
記憶を辿ろうとしても、やはりたどり着くことが出来ない。名前を己の物として、それが出来るだけの相手が、容赦なく作用を行ったのだと分かる、事実。それが、己の心を、精神をしっかりと苛むのに改めて思いを馳せながら。これまでは、過剰に思考が進んでしまえば、時間を奪われるというまだオユキにとっては納得がいく方法をとられていた。ただ、時間が失われた、その事実だけを想うだけで済んでいた。しかし、ここ暫くの間は、あまりにもはっきりと既に知っていたはずの事ですら奪われているのだとそれをただただ知らしめられて。

「ええと、話を戻しまして」
「それに関しては、部屋の外にいたエステール様が既に」
「おや」
「オユキさんは、まだ少々疲れているようですから」
「いえ、それにしても、こう、エステール様だけは少々」
「オユキさんは、どちらかといえば警戒すべき相手を警戒しますから」

トモエから見ても、既に老境に入っているエステール。さらには、これまでの人生の中で、陸に体を動かしていない、勿論、侍女としてオユキの教育役としての動きが出来るほどではあるのだが。それ以上の物が、何一つない相手というのは、手弱女でしかなく。言ってしまえば、油断していたところで、間合いの内に入った時点で警戒をすれば間に合う程度の相手でしかないのだから。

「そのあたりは、慣れというよりも、どういえばいいのでしょうか」
「つまりは、私が警戒するに足りない相手を警戒しないと」
「極論すれば、そうなるのですが」

オユキの理解している範囲とはまた違うといえばいいのだろう。魔物に関しては、明確な敵に対してはオユキは正しく警戒を行うのだ。だが、トモエがそうであるように、オユキに対してでも容赦なく。そうしたことが、やはりオユキには出来ていないのだ。
トモエは、オユキ相手でも己の間合いの内に、認識の範囲にいれば敵がいるのだと判断する。オユキの隣で、眠りに落ちることが出来るのは、オユキ相手ならば構わないとそうした判断を行っているから。それ以外の場では、オユキが、己が己の命を預けても構わないと考えている相手がいない場では、やはり判断が変わる。
例えば、こちらの世界で旅に出向いた時に、オユキ以上にトモエが疲れる明確な理由として。

「そちらは、そうですね。説明がまた難しいといいますか」
「では、はい、一度置いておきましょう。ええと、私のほうでもあの子たちの前に出るのであれば」

オユキにしては、珍しくと言う訳でもない。流石に、病床の身でもない以上は、寝巻のまま人前にというのは、トモエ以外の前にというのは気が引けるからと。

「夕食の席が、公爵様もとなるのでしたら、そちらに既に合わせたものとしましょうか」
「あの子達には、申し訳なさも生まれますが」
「オユキさんがそれでもかまわないというのであれば、別途時間を設けますが」

オユキが、それもどうなのだろうかと言い出して、少年たちのほうに気を遣うそぶりを見せる。要は、少年たちと使う時間が短くなるのではないかと、そうした懸念を示すのだが、結果は変わらないのだとトモエから改めて伝えて。
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