憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
1,090 / 1,214
33章 神国へ戻って

お茶会の席

しおりを挟む
魔国の王妃に対して、オユキから改めて正式にとでもいえばいいのだろうか。武国から来ている者たちの処遇、迎賓館の周囲でいらぬ諍いを起こすものたちへの掣肘を求めた結果として、オユキに王妃主催の茶会への参加の案内が来た。これには、そのあたりの理屈を知らぬオユキが、一体何事かとただただ首を傾げた物だ。だが、理屈を理解している者たちにとってみれば、当然の帰結としての納得だけ。
さて、では分かる者たちに準備の一切を任せるとして、オユキはエステールに言われるがままに本文に含まれていない者たちにも、同行を頼んで。日程としては、いよいよアベルに言われて準備の指示を出した翌日という、少々急に過ぎる日程でもあったため、トモエからはよくぞ今まで案内が無かったものだとその様な事を言われながら。

「よく分からぬと、そう言いたげな表情ですね」
「その、説明を侍女たちにも求めたのですが」
「私が迎賓館に訪れる、勿論、そこで必要な建前は用意していましたが娘の恩人でもある貴女を私が招かず国元に返した、その事実をさて、どう考えるものでしょうか」
「どう、と言われましても。互いに仕事があり、というよりも私としては、貴国へは体を休めるためにと」
「ええ。では、十分に休んで、その休みが確かな物であると確かめるには」
「行幸を頂けた、それで」
「十分では無いと、そう言っているつもりなのですが」

言ってしまえば、いよいよ社交の世界。オユキに対する誘いの一切は、今回にしてもすべてが断られている。トモエに関しては、先代アルゼオ公爵を経由して、ファルコからの願いという形で幾度かトモエも引き受けていた。しかし、魔術ギルドからにしても他の、それこそ神国でオユキが戦と武技の巫女として洗礼を行ったという話はこちらでも広まっているようで教会の仕事として持ち込まれたそれらにしてもオユキは纏めて一切を断っていた。
そもそも、魔国への逗留目的は療養であり、公務を、仕事を引き受ける気が無いのだと。
成程、そうしてみれば王妃からの訪問を迎賓館で受ける事はあっても、外に出るのはそこまで多くも無い、短い期間。それこそ、オユキ自身が回復の為に必要な狩猟を、加護を得るために、戦と武技の名のもとに行う狩猟程度。そうしてみれば、いよいよ人の世には興味が無いのかと、そうした不安を煽られることにもなる。そして、魔国の王家は、魔国が至上とすべき血統の者たちはそうした巫女に対して興味を引かせるだけの知識の研鑽も無いのかと。
それこそ、前回魔国へ訪れた折には戦と武技という、こちらの世界で暮らす者たちにとってみれば知識と魔から随分と離れたように思える柱を、巫女として降ろしたうえで王城に向かったこともある。さらには、神殿で本来であれば研鑽を重ね、知識と魔に対して相応に功績を、奉仕を行った者にだけ見えていた一部、それをトモエが見たいと望んだ結果として多くの者達への目に触れる事にもなったのだ。神殿の威容、遷都を行うという判断と、それ故に新たに作った王城というのが如何なるものか、どのような調和がそこに存在しているのかと。

「私としては、その」
「言いたい事にも理解はありますが、私が貴女の願いを聞いて、それだけというのも障りがある、それは理解できますか」
「ああ、それについては」

そして、オユキのそのような風評というよりも、そうした噂、流言の類を使ったうえで王妃が改めてオユキを、それもほとんど準備期間の無い誘いを出すことで、少なくとも戦と武技の巫女、神国のファンタズマ子爵というのは魔国の王家に対しては首を垂れる存在なのだと示すことが出来る。もとより、神国においてもオユキが参加する機会のあった席などというのは、本当に数得るほど。それも、マリーア公爵夫人や王太子妃といった寄り親に加えて、最高位の相手。それ以外となると、オユキにとってはちょうどいい練習相手と考えられているメイ、リース伯子女の開催する物くらい。
とかく、オユキに関する情報を神国で集めると、それこそ離れた場所から、実際を、実態を知らない者たちから聞いて集めてみれば、まさに深窓のと枕をつける必要が出てくるほどの相手なのだ。お披露目はまだと言う事もあるのだが、それにしても露出が少なすぎるのが、現状のオユキだ。度々事を起こしては、神々からの使命を果たしては、マナの枯渇によって休息を余儀なくされるといったこともある。そして、何より派手に露出をする機会では、オユキの退出の方法として多いのは昏倒して侍女たちによって連れ出されるという姿。見目として非常に幼く、弱弱しいという事も重なって、成程今代の巫女は、戦と武技からその位を与えられている巫女というのは病弱なのだろうとそういった噂すら流れている。
さらにトモエとオユキは、特別異邦から来たのだという話を隠していないのだが、それ以外の者達にはあまり出回っていない。この辺りは、トモエとオユキはそもそもどこまでに伝えたのかを把握していない。というよりも、身の回りにいる者たちが知っていれば問題が無いとしている。それを知っている者たちは、誰が異邦から来たのかなどとそんな事をいちいち口にしたりもしない。異邦から流れてきた、その結果として神々と一度は出会っているために色々と都合がいいのだとそうした話にしても、知っているのはごく一部。さらには、オユキという人間の両親が使徒である、トモエの父が戦と武技の一部を構成している等と言う話に至ってはいよいよ知っている者はごく一部であるし、トモエとオユキにしてもマリーア公爵経由で口外することを既に禁じられている。
つまりは、ほとんどの者は、そうした背景を知らぬのだ。そして、その者たちにはさぞ不思議と映るというものだ。神国には、何故と。その名にふさわしいだけの、それほどの神の加護があるものかと。

「何にせよ、実態を知っている私にしてみればと言うものではありますが」
「その、度々お手を煩わせ」

そうした背景までを考えて、一体このオユキという仕事という面で、ごく限られた範囲での政治的な根回しなどは間違いなく行えるというのに、それ以外の面には全くその能力が生かされないオユキという人物を改めて眺めた上で魔国の王妃はため息を。そして、混然一体となったその溜息と、漏れ出た言葉にオユキからは今回の療養にしても前回訪れたときに何やら隠さなければならない護符を与えられたことにしても。確かに、色々と配慮はなされているのだが魔国へ、魔国に対してトモエとオユキから行った直接の働きかけなどというのは不足があったなと考えて。

「いえ、そちらは良しとしましょう。さて、今回こうして参加を申し付けたのは勿論理由あっての事です」
「その、そろそろと言いますか」
「ええ、貴女からの依頼、贈られた手紙には目を通しています。戻る前にという話も、とくにはありませんとも」
「そうなのですか。ですが、そうなると」

いよいよ、王妃が何を求めているのか思いつかぬと、オユキは首をかしげて見せる。
相も変わらず、トモエによって髪は整えられ、そうしてみればつけられた飾りが、簪が軽く音を立てる。近頃はオユキの功績、神々から与えられたものについては、首から下げるのもつけ外しが髪の長さもあり、何よりも頻繁に一日の中でつけ外しを行う事もあり、纏めて簪に結わえる事となった。勿論、それぞれが本来は持っている装飾としての機能、指輪であれば指にはめて、ペンダントトップであれば、勿論首から下げて。そうでは無い使い方であるため、効力とでもいえばいいのだろうか。与えられた折に、この功績が如何なるものかと言われている部分、その能力は少々落ちる。だが、セツナとカナリアから口々にその方がいいだろうと言われたこともあり、すっかりと簪の飾りが賑やかな事になっている。

「婚姻の日程、それが決まれば改めて貴女からの報告を」
「私から、ですか。それこそ、神国からと言う訳では無く」
「勿論、神国の両陛下、私の娘でもあった相手からもあるでしょう。ですが、その時にも改めて」
「日取りについては、その、正直な所」
「新年祭以降となるのでしょう、我が国にしても神国と、武国、それぞれと今後の関係を積み上げねばなりませんし、その頃には少しは時間がとも思いますが」
「そういえば、あの橋についてですが」

取引として、供出できる物があるのは事実、だが、その事実にかまけて等と言う事は当然為政者として行えるようなものではない。僅かでも、利益を求めて、その当然の行いを今もきちんと行っているものであるらしい。

「あちらについても、神国からの者たちがこちらへとは出来ていますが、生憎と」
「ええと、魔国からもとそうした話は聞いているのですが」
「難しい事として、わが国で戦力と呼んでいる者たちのほとんどが」
「橋である以上は、解放されていると言いますか」
「神国にある奇跡、ダンジョン、でしたか。あれとはまた異なり、魔物が、魔物の数が決まっていると言う訳では無いと、そうした報告を既に」
「それは、また難儀な」

オユキがこれまで受け取った報告、アベルにしても受け取っている報告。それらはあくまで神国の騎士たち、傭兵による物ばかり。そして、その者たちはそもそも橋を渡る時に休みはしない。勿論、休息とでもいえばいいのか、休みを、体を休める事はあるのだがそれにしても空間の拡張がなされた馬車の中で一部の者たちが。交代で、移動する馬車の中で休み、さらには屋外用としたはずが色々と、それこそ魔国からの魔道具も使ってかなりの改良が施された、移動用の宿泊施設、簡単な調理すら行える過去のキャンピングカーとでも呼べるものがそれをかなり大型にしたようなものが神国では用意された。そして、それを用いた上で橋を何度か行き来しているのだ。
今回、アベルが準備に時間をと話しているのはそれの用意を改めて神国から一度門を使って運んでとそうしたことを考えているからでもある。トモエとオユキについては、散々に長距離の移動をおこなった実績を持つ馬車が既にある。だが、他の者たちに向けた物にしても、流石に必要だろうからと。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

最推しの義兄を愛でるため、長生きします!

BL / 連載中 24h.ポイント:26,852pt お気に入り:13,180

男は歪んだ計画のままに可愛がられる

BL / 完結 24h.ポイント:340pt お気に入り:11

雪の王と雪の男

BL / 完結 24h.ポイント:220pt お気に入り:20

文化祭

青春 / 完結 24h.ポイント:482pt お気に入り:1

二番煎じな俺を殴りたいんだが、手を貸してくれ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:518pt お気に入り:0

処理中です...