憧れの世界でもう一度

五味

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31章 祭りの後は

逃げる様に

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「オユキさん、大丈夫ですか」
「ええ、どうにか」

馬車に誂た寝台迄、今はトモエがオユキを運んでいる。どうにか終わった、豊穣祭の後。後夜祭までを過ごしたときに、オユキには褒美とばかりに二つほど与えられたものがあった。それは、風翼の門を作るための種。もはや、トモエにとっては名前すら呼びたくないような、そんなものとなり果てている物体が、二つほど。オユキの思うとおりに、華と恋、美と芸術の国へとむけて運んでいくのだとそれが神々からの追認を受けて。盾と軍略から認められた者たちに預けて。そこまでは、オユキもどうにかやり切って見せた。
しかし、やはり限界はそこまで。意識を失うように倒れ込んだオユキを、どうにかシェリアが支えて。それこそ、一足の間合い以上に距離が開いていたというのに、オユキがふらりと糸が切れたようになった時には、それが当然とばかりに飛び込んでオユキを支えて見せた。後夜祭であれば、後の事は任せても問題が無いのは問題がない。その頃には、トモエにしても近寄る羊の魔物を数頭切り捨てて、その度に残る何やらきょとんとした顔の羊に囲まれていたと言う事もある。羊の処遇までを含めて、トモエは実に速やかにその場を切り上げた。
全てが些末とばかりに、マリーア公爵に押し付けて。意識を失いかけるオユキの側に少しでもと。
直前までに、トモエの内に積もったものがある。そのせいで、とてもではないがまともな精神状態ではいられないと、そう己に対して判断を下してしまった。もはや、戦場に立てるような精神状態でも無ければ、鍛錬を行える状態でもない。狩場を作るため以上に、後に残っていることでもオユキからまた、トモエからもと。そして、とどめとしてこうして得られた、オユキが望んだとはいえ、形を作るためにどこかから運ぶために必要な物をしっかりと支払う事になって。そして、トモエがユーフォリアに後は任せたとばかりに質問状の用意を頼んで。今は、祭りが終わった翌日ではあるのだが、魔国に一度避難してしまおうと決めている。

「それにしても、今日くらいはと思いますが」
「残っていて良い事は、ほとんどないでしょうから。外にしても、屋敷の前は流石に空いていますが」
「手紙も、まぁ、確かに随分と溜まっていたものですね」

守護と軍略から与えられた役目と功績を胸に、そんな者たちに向けて既に得られたものを預けてはいる。勿論、事後処理であったり、今も大量に送られている手紙であったり。このまま残ればやらねばならぬことも多い、寧ろそれらを行わずに離れるという行為そのものに、オユキとしても思う所がある。だが、己の体調ははっきりと回復した部分がしっかりと失われ。トモエの献身もあって、少しはまともと呼んでもいい状態ではある。それこそ、寝込んで等と言う事は無い。しかし、護符に飾りまでをつけて、どうにか意識を保っていられる程度。もはや、腕をどうにか自力で持ち上げられる、その程度でしか体が動きはしない。

「今後纏めて送って貰えば良いでしょう」
「体調が戻り、その時に交代の人員が都合がつくのなら、持ってきて頂くことにしましょう」

魔国に向かう。それを決めているのは、トモエ。オユキとしては、最低限の理くらいは等と考えるのだが、どうにもトモエは既に決めたのだと伝えているらしい。そのあたり、追認を得ているのは、トモエがこうしてオユキを抱えて運ぼうとしている中で、シェリアとナザレアが粛々と荷造りをしている様子からも理解ができる。

「あの、昨日私が倒れてと言いますか」
「そのあたりも、道々説明しましょうか」

そうして、陸に抵抗もできぬままに、する心算も当然なく。トモエに運ばれるままに、馬車の寝台へと身を移される。起きるまでは、どうにか待っていてくれたらしいのだが、目を覚ましたと思えば着替えもせずに、長襦袢のまま今に至る。確かに、起き抜けは体もほとんど動かず、眼を空ける事さえオユキにとっては苦痛を伴うものであった。しかし、気が付いたトモエの手に世よって護符と簪に着けていた飾りを首からかければ、今の様にどうにか会話ができるようになったと言うものだ。トモエがオユキの眠る寝台の横に、そのまま腰を下ろす。これから、水と癒しの神殿に向かって、そこから門を潜ってとなるのだろう。
正直、他国に向かうにあたって、使用許可位は等と考えるというのに、利用するために支払わなければならないものがあまりにも多い。さらには、神殿である以上無体は出来ぬ者たちが多いために、後に回されている。

「全く、あちらで頂いたものが、ずいぶんと役に立つものですね」
「見透かしたようにと、そう感じてしまうのは狭量故、でしょうか」
「天網恢恢疎にして漏らさずという言葉の通りなのでしょう。」

普く世を、全て見通すことが出来たのなら。時折、それをしていないとはわかるのだが、それでも人の心の一切を暴くことが出来るのならば。あとは、数学的な計算、もしくは何某かの手練手管によって望む結果というのは間違いなく得られることだろう。かつて、ミズキリが人のみで、分からぬことなどいくらでもあるというのに、それを成し遂げたように。そのミズキリから教わる形で、オユキがきちんとそうした小技を身に着けているように。
そして、オユキが体を起こせぬままに。馬車の中に誂てある寝台に身を委ねながらトモエと話していれば、いよいよ馬車も進み始める。改めて、こうしてトモエが側に居る事の安心感に、オユキは己の意識が少しづつ遠くなっていくのを感じながら、次に目を覚ました時には魔国にいるのだろうなと、そんな事を考えながら。

「トモエさん、その、後一年は」
「そこまで待つ必要が、本当にありますか」
「待ってほしいと、そうお願いしています」

オユキにしても、昨日の事でトモエの中の天秤が一気に傾いたのを気が付いている。多少離れていようが、トモエがオユキに向ける強い感情を、オユキは決して見逃しはしない。それどころか、これまでに何度もあったことではあるのだ。こうして、オユキが倒れるたびに。己の体が、オユキ自身の意識ではどうにもならないような状況を得るたびに。それを、仕方ないと表面上では確かにトモエは笑ってくれてはいたのだが、それ以上の物が確かにあるのだぞと。
内心に、何処までもオユキはため込む。それが、最早周囲にとっても分かり易いこととして。
トモエにしても、そこは変わらない。いよいよ限界を迎えなければ、オユキと違って表に出ないだけだ。オユキは表情を作ることを常としている。だからこそ、それが失敗し始めれば、途端に周囲の知るところとなる。だが、トモエはそうでは無い。常に表情を作ってはいない、オユキにしてみれば、トモエの表情というのは分かり易いのだが、本当に極僅かな変化。たまに、それこそこちらで起こる、あまりにトモエの中の常識と異なる出来事に対しては、劇的に変わる。しかし、他の事に対しては、オユキの事に対しては常の表情で。
今、オユキの頼みに対して、トモエはただその目に込めている熱が一段下がっている。オユキが、トモエに改めてそうして伝えているのを、間違いなく今も側に居てくれているシェリアが聞きとがめているだろう。
これまでの間、何度もトモエに対してオユキを説得するようにと、そうした話がなされてはいたのだ。だが、いつだったか王都で王太子が言ったように。トモエとオユキの間で、選択を行うのは基本はトモエだ。オユキは、どこか自動的。こちらに残らないと、そう意識が傾いているのは、トモエの中でも間違いなく天秤が傾いてしまっているから。トモエにとっては、最早この世界はオユキをただただ使いつぶすための世界、そうとしか思えていない。
トモエにとって好ましい世界であるのは事実。己の身に着けた技を振るうのが楽しいというのも、トモエにとっては一つの真実。だが、そのためにオユキがこうして倒れ伏すのを良しとするような、そのような物ではないのだ。

「オユキさんは、変わると」
「変わりはしないでしょう。ですが、今のような事は減るでしょう」
「私は、増えると考えています」

オユキは後一年もあれば、次の新年祭の頃にはオユキはここまででは無いはずだと。
トモエは後一年もすれば、次の新年祭の間迄にオユキはもはや今より酷いはずだと。

「オユキさん、自分の年齢を改めて自覚して、そこで考えていることもあるのでしょう。ですが」
「年齢の自覚が生まれました。だからこそ、避けられることも、今暫くはあるはずです」

互いに、どうしたところで引けない一線がある。にらみ合うような事は無いのだが、それでも互いにまっすぐに視線を合わせて。根底にあるのは、トモエはただオユキを心配して。そして、オユキにしても、トモエを心配して。万が一、トモエがオユキを己の手に懸けるようなことがあれば、尋常な試合の中ですら。トモエは、そのこと自体を思い悩むだろう。いや、思い悩むだけでは済まないと、オユキは考えているからこそ譲れぬ一線がそこにあるのだと。

「その、トモエさん」
「わかってはいます。ですが、全てがそうと言う訳では無いのでしょう」

トモエに、オユキが己の考えを、考えが伝わって欲しいとそう考えて。だが、トモエにしても、オユキの言いたい事の凡そを汲んだうえで、そう返すしかないのだ。

「少し、いいですか」

そんな話をしているところに、少々真剣な夫婦の話でもあるからこそ、近衛たちも布一枚隔てた空間を超えてこないところに、フスカから声がかかる。

「ええと、何処から声が」
「ああ、今はまだ王都の上です。土産もありますから、後でその馬車の中に」
「土産、ですか」
「ええ。オユキ、貴女と凡そ根を同じくする種族から、適当に選んできましたので」

選んだというのは、さてどういう事なのだろうかとオユキとしては首をかしげるばかり。しかし、トモエとしては止めたはずの事が、遠慮してくれと言ったはずの事がどうやら現実になったらしいと頭を抱えるばかり。
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