憧れの世界でもう一度

五味

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30章 豊穣祭

いつものように

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どうにも、この国の為政者たちは随分と足が軽いのだなとトモエはそんな事を思い知らされることが多い。オユキが、トモエとの話を一度切り上げて。本人としては、これからの事を考えずに、まだ話を続けていたいとそんな様子ではあったのだが、来客を迎えねばならぬと。そして、あわただしい気配を讃えていたシェリアを迎え入れれば、二か所からきちんと先ぶれがあり、後三十分もすればとそういう話。もはや、そこまで急ぐのであれば、先ぶれなど不要なのではとそんな話をしながらも。揃って、出迎える準備をしたはいい物の。どうにも、シェリアとトモエが許容できるオユキの姿、服装と言うのがナザレアと先に訪れた公爵夫人のお気に召さない物であったらしい。
シェリアもトモエも、オユキはまだ本調子ではないからとそこまで盛装をさせず、なんとなればオユキ本人は長襦袢そのままでと言うのを一応は差し止めて。それでも、まだ楽だと感じるはずの簡単な、それこそ普段狩猟に向かう際に着せている服を着せて。それが、あまりにも単純な長袖長ズボンと言った姿であるために、オユキは今は着せ替えの為にと拉致されていった。
よもや、トモエをしても少し気圧されるほどの圧を公爵夫人その人が放つなどとは、本当に考えてもいなかったのだ。ただ、それを目の当たりにして成程、これがトモエが身につける事の叶わなかった伝統を、歴史を守るものが持つ圧か、等と考えさせられたものだ。

「まぁ、そうであろうな」
「トモエ卿はともかく、シェリア、その方は今も近衛であるはずであろう」

そんな感想をシェリアと視線で共有したうえで、では主賓を迎えるために、饗応を行うためにとこうして今は屋敷の一室で王太子とマリーア公爵と席を同じくしている。そこで、オユキの不在を話せば随分と疲れた様子の二人からの反応は斯く有るべし。

「ラズリア、その方にも我の妻から」
「申し訳ございません」

シェリアはそれが当然とばかりにトモエの脇に控えて。机周りの事とでもいえばいいのだろう。席の用意は叱られる者達にしても、オユキが来るまではとばかりに揃って席に着くこととなっている。いや、席に着くとはいっても同席をしているわけではなく、苦言を呈するからと立たされてはいるのだが。いや、それ以外にも勧められたところdえ侍女として振る舞っている間はとシェリアとラズリアは固辞するに違いないが。

「ラズリアさんは、ニーナさんの同僚だったのですね」
「はい、トモエ様。ですが」

トモエが王太子の言葉に、少し意外を覚えてといえばいいのだろうか。だとすれば、最初に魔国に向かったときについてきてくれた、あのニーナに対して色々と言い含めたのはこの人物かと考えて。

「王家に仕える近衛としては、一様に同僚と呼んでも問題はないな」
「まぁ、我らも領内ではに多様な区分を持ってもおるしな」
「前にも話したのだが、そのあたりは名乗らせても構わんぞ。陛下にしても、そこは同意していたはずだが」
「そうなのだがな。近衛として求められる能力を考えればと、任じようにも当人たちが」

何やら、そのあたりはトモエの知らぬ話があれこれと存在しているらしい。そして、王太子が連れてきた騎士にしても、公爵が連れている騎士にしても改めて近衛と呼ばれる者たちに向けられる視線の種類が変わる。尊敬と言うよりも、何処か苦手意識を浮かべているあたり、トモエにもいくらかの想像はつくという物だ。側について、振る舞わなければならない。護衛だけであれば、今の騎士としての職分で問題がない。しかし、近衛と呼ばれるようになろうと思えば、側仕えとしての振る舞いも身につけなければならない。執事として頼るのは、他の者たち。そうなると、侍従であったりとなっていくのだろう。オユキの考えでは、騎士としての訓練に少しは含まれているはずだとのことであった。実際に、オユキから今はウニルの町で新しい教会の為にと日々を過ごしている子供たちが、そちらをかなり徹底的に教えられているだろうと、そうした想像は聞いている。以前に、それでも既に相応に間が開いているのだが、顔を出したときには体の動かし方にしてもすっかりとトモエの教えた物から随分とずれていたものだ。

「ところで、トモエ」
「何でしょうか」
「正直なところ、その方の見立てはどうなのだ」

言われた言葉に、流石にトモエも心当たりが多すぎる。

「ああ、オユキの事だ」
「さらに言うのであれば、今度の祭りとして言われたものだな」
「今のところは、問題はなさそうとしか。一応は、戦と武技の神から言われた内容を考えても、そこまでの負担はと受け取ることもできますから」
「また、それだけでは無いと、そう言いたげな」

そう、今回言われた範囲であれば、勿論目印として、異邦から来た者の中でも間違いなく分かり易い由来を持っているオユキには、負担がかかる事だろう。だが、それだけと言えばそれだけなのだ。既に、慈雨と虹橋向けの刺繍についてはトモエの手に収まってもいる。追加とばかりに今朝起きたときに枕元に置かれていたもの、流石にオユキが運ぶのが良いだろうと公爵夫人にも言われたために、今はこの場にもってきていないのだが、季節を司る神の神像がそれぞれに。春と生命と呼ばれる神には、生憎と会った事は無いが少なくとも今回得られた像で見知らぬ柱となればそれしかあるまいと。そんな話をオユキとしてみれば、季節を司る柱については、特に春と生命に関しては公爵夫人も教会で姿を見ることが出来るらしく、まさしくとそうした評価をもらえたものだ。
そして、単純な問題として、得られたその神像をどこに置くのかと、そうした話もある。前までであれば、それこそ分かり易い配置先があったものだが今度ばかりはそれも難しい。隣国に運んでいくのか、それとも戦と武技から頼まれた事でもあるためそちらの教会に納めるのか。
それにしても、後者は今も大会の準備の為にと忙しくしているはずなのだ。実のところと、そうオユキが前置きをしたうえでトモエに伝えた内容としては、未だに神像を並べる場が完成を見ていないのだとそうも聞いている。法と裁き、水と癒し。こちらは既に安置されているのだが、どうにもそこには他に置くべきものがあるだろうという意見が大勢を占めていることもある。要は、会場にも、戦と武技の神像を置くべきなのではないかと。そのあたりは神職の者たちとしてもなかなかに難しい事柄であるらしく、はっきりと難航している、と言うよりも中央に一際丁寧に飾られた場が開いているのだとそう聞いてはいる。

「その、オユキさんは、今回にしても」
「風翼の門か。たしか、次の目的は華と恋の神殿に変えると、そうした話は聞いているのだが」
「オユキさんとしては、ええ、そちらに用がある様子で」

互いに隠し事としているのだから、流石にここでトモエが明言するわけにもいかず。わかってはいるのだが、口には出来ぬとばかりに、どうにもトモエ自身妙なと感じる口ぶりになってしまえば。それに慣れた者たちは、随分とはっきりお伝わったらしい。なんといえばいいのだろうか、ほほえましい物を見るような視線を浮かべはするものの、少し難しい顔。一体、何がそこまでとトモエは考えもするのだが、そちらはオユキと話してもらうしかない。トモエは、一応知らない事とその体を崩すことは難しい。

「まぁ、事情はなんとなく分かった。我妻から聞き出すようにと話をしておこう」
「こっちには、妻からも陸に話が回ってきてないのだが、クレリー家ともとそうなったのだろう。レジス侯爵、いや、今はファンタズマ子爵の預かりになっているから、また難しいのだが」
「そちらにしても、妻に任せきりでな。侯爵の第二子息のほうにしてもまだまだ学ばねばならんことも多い。騎士として動いていた間にも、統治、治世と言った事は少しくらい学んでいると思ったのだが」

そして、実のところクララの進捗に関しては、折に触れて送られてくる手紙からも実に分かり易いといえばいいのだろうか。リュディヴィエーヌが、公爵令孫でもあるファルコの下についてきている彼女の妹が日々頭を抱えているとそうした話は聞いている。今となっては、二人してすっかりとダンジョンが気に入ったようで、始まりの町の戦力を糾合して、そちらで時間が空くたびに楽しんでいるらしい。何より、あまりに遠くに行かずとも程よい強さの魔物が表れるのだと、そんな事を嘯いているらしいのだが要は溜まったストレスを解消する先として選んでいるだけだろうと、彼らをよく知る者たちはそう考えている。

「時間が出来たというのなら、まぁいっそ知らせずにと言うのも良いのではないか」
「あの、公爵様、一応私はオユキさんの手前」
「ああ、知らぬふりをしなければならないのだろう。ならば、それは続けると良い。我らが今話しているのは、クレリー家とレジス侯爵家の話故な」
「それが政治と言うものだぞ」

言われた言葉に、成程トモエにしてもオユキの代わりを今後務める場面が出てくるのだから、そうしたことにも慣れて行けとそう言われているのは確かにわかる。だが、生来トモエはどうにも得意では無いというのも事実。本人の自覚ではそうなっている。
オユキは、トモエを表情豊かだと考えているし、周りの者たちにしても同様ではあった。だが、実際にはトモエの表情と言うのは早々変わるものではない。こちらに来て、随分と派手に表情を崩したのは今となっては二度ほど。思わず、オユキが声を出して笑うほどの事態ではある。だからこそ、こうして勧められているというのもある。表情に出さない、それが基本なのだ。そして、トモエの威圧と言うのは苛烈な物でありそれも十分すぎる程の武器になると。

「まぁ、それはおいおいだな。そういえば、その方、イリアと言ったか」
「ああ、オユキさんにも少し話したのですが、恐らくは月と安息に連なる形かと」
「あの者の特徴は、見るからに猫、髪色から見ても良くいる者かと思ったのだが」
「その、かつての世界の話にはなりますが」

そして、オユキが来るまでの間にとトモエは己がかつて読んだものの中から、話をするのだ。オユキは見ていなかった、だが、トモエは確認していた事として。
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