憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
905 / 1,216
27章 雨乞いを

カナリア先生の講義

しおりを挟む
「つまり、どういう事でしょうか」

昨夜のうちに、トモエが方針を決めたこともあるのだろう。翌朝、目を覚まして柔軟も終わればすぐにシェリアによってカナリアが連れてこられる。そして、早速とばかりに冬と眠りの神から与えられた功績について、意見を求めてみれば。実に長々と、口の動きからもずっと何事かの説明をしてくれていたのは理解できるのだが、それ以外にほとんど理解の及ばない話が終わった。

「えっと、さっき説明した通りなのですけど」
「いえ、正直ほとんど聞くことが叶わなかったので」

カナリアとの会話。間違いなく、ただ人に比べれば、あまりに多くの知識を身に着けているだろう種族。使う言語にしても、まず間違いなく異なる相手。来歴を考えれば、あの公用語があまりにも多い国、そこで使われている物の一部か、それとも古いものか。流石に、トモエもオユキも扱えるようなものではないし、かつての世界に存在しない、こちら独自の物である可能性すらある。基本として、加護無くしては会話が成立しないとわかっている相手。そんな相手に、色々と習うのは難しいのだと本当によく分かる。

「ええと、それは、そうなるのでしょうけど」
「さて、どうした物でしょうか」

トモエとオユキが分からないのだと、そうした主張をしてみるのだが。それが本当にカナリアに伝わっているのか、それにしても今となっては自信が持てない。この世界では、既に制限が撤廃されているのだとして、それが会話が成立するという奇跡の下でも等と言われたわけではない。仮にそうなのだとすれば、こうしてトモエとオユキが困っているところを見た周囲の者たち、エステールにシェリアが、何も口にしないはずもない。その程度の信頼は、流石にある。特にオユキの体調に関わる事でもあるため、理解が及べば安心するだろう。そうでなければ、疑問を呈するだろう。しかし、そのどちらも違う様にしか見えない。本当に、厄介な事だ。

「一先ず、結論だけを共有させていただきましょうか」

オユキのほうでも、やはりカナリアの言葉はほとんど聞き取れていない。間違いなく、彼女の目に映るマナとやらの流れであったり、功績がどうした理屈で働いているのか。そのあたりの説明もなされたには違いない。それに、オユキが興味を持っていないかと言えば、当然そんなはずもない。ただ、今確認しなければならないのは。

「カナリアさんの見立てとして伺いたいのは、この功績を身に着けていることで回復が遅れるのか。それと、長くつけることで問題が生まれるのか」

そう、確認するべきはこの二点。

「前者については、その通りですね。ただ、後の事に関しては、先ほども言いましたが、結論だけを言うのなら今はわからない、それだけです」
「あの、カナリアさん。回復が遅れるというのは」
「それも説明したのですが」

会話が成立していない、その確信を互いに持てば、こうして一応は成立する気配を見せてくれる。それをありがたいと言えばいいのか、それとも。とかく、こうして確認すべきことがあるたびに、どうしても時間がかかってしまう。必要だとはわかっている、だが、あまりにもどかしい。それこそ、必要とあればと言うほどでもないのだが、間違いなく今は概要を聞きたいと考えたところで、それすら聞き取れないようにとそうなっている。制限は確かに無くなっているはず、だというのに。

「ええと、要は身につかないんですよね、今のままだと」
「わかりました。今は、理解できるのはそこまでと言う事なのでしょう」

他にもいくらか、カナリアが加えた言葉がある様に見える。少なくとも、そこまで短い言葉を話すような口の動きではなかった。事実、オユキがカナリアに応えている間にも既に聞こえないというのに、変わらず口が動いている。こうして、ここから先は聞こえていないのだと示す。その積み重ねも、今後の助けになるだろうとは考えて。

「身につかないのだとしても、結局は動かねばならない以上は」

そう。功績に、奇跡に頼ってばかりでは己の能力として身につくことがない。そんな至極当たり前の事を、要は改めて言われたわけだ。だが、オユキとしても、こうして改めて己が自由に動ける状況、それを手放せと言われてもという物だ。人は、一度楽を覚えてしまえばなどとはよく言うのだが、それ以上に補助がいる。その程度に、オユキは今も根深い疲労を抱えているし、魔国の気候が己に合わないとはっきりと理解している。こちらで暮らすにあたって、今冬と眠りの功績を手放してしまえば、今後の事にも随分と影響が出るには違いない。

「オユキさん」

オユキが、そのように言うのを、しかしトモエが穏やかに笑って。

「こちらには、休暇もかねて、そうであったはずです」
「ですが」

オユキの考える休暇と、トモエが考える物が違う。
オユキは、政治の場から、色々と面倒な場から離れて改めて色々とトモエに習ってみようと考えている。
トモエは、近々闘技大会があるのだから、そこまでにオユキの体調を万全にと考えている。

「近々大会も開かれるようですから、そこで満足に動かぬ体、それを良しとできますか」
「ですが」

トモエの言い分は、オユキにも痛いほどわかる。だが、それ以上に。そこまでに少しでも歩みを進めておかねば、どのみち結果など変わらないのではないかと。今ここにきて、オユキにとっては、はっきりと不安がある。次に向き合ったとき、その結果がトモエの望むようなものでなければ、どうしてくれようかと。それを起こさぬ様に、だからこそトモエから言われたことにしても、改めて真剣に向き合っているというのに。

「ええ、そうした物として、欲張るのもありでしょう」
「トモエさん」

ただ、トモエとしては、どういえばいいのだろうか。

「なにも、一日中と言う訳ではありませんから」

そう、何も鍛錬をするにしても、一日ずっと等と言う訳も無い。それが必要になる、そうした段階もあるにはあるのだが、トモエにしても、オユキにしてもそういった状況ではない。本当に追い込まなければならないのは、それこそ一日中徹底的に行う鍛錬と言うのは、型を体に覚え込ませるというのが一つ。あとの一つは、意識を失ってしまうような状況下でも、正しく動けるようにするためにと行われる。

「ですが、今回は」
「新しい型、そうではありますが、あくまで基礎の組み合わせですからね」

トモエが、鍛錬を終わりを告げれば、功績を外しなさいと。そうしてオユキをどうにか説得しようとする。否定を、弱弱しく、甘えるように、それは嫌だとオユキは示す。過去にこうした素振りを見たのは、さて、何に関してであったろうか。それこそ、オユキが好むものを取り上げようとしたときに、今と同じような事はしていたはずだ。どうしたところで、オユキの本質と言うのは変わっていない。突然、なんの前触れもなく両親が失踪した。その時点から、やはりオユキの精神の根と言うのが変わっていない。それだけの事ではあった。

「オユキさん、時間はまだありますから」
「次の機会は、諦めよと」
「ええ。はっきりと言いますが」

そう、トモエはオユキに言わなければならないことがある。たとえ、オユキがそれを聞きたくないのだと耳をふさごうと考えても。トモエの言葉を、オユキは絶対に聞き逃さない。その確信を持っているからこそ、伝えねばならぬことがある。

「もしも、その時にまで治らぬのであれば、やはり私は止めるでしょう」
「始まりの町で、それがあった様に、ですか」
「はい」

汚染された者たち、それに向かうと決めたときにトモエが問答無用でそうしたように。今回も、万が一オユキの体調が回復せぬままであれば、トモエがオユキの参加を認める事は無い。加護の働かない舞台、そこに立つというのに体が満足に動かせぬようでは。

「言われてみれば、そうですね」
「オユキさんは、往々にして自身の事に関して前提を忘れてしまいますから」

この場にいる者たち、とくに侍女たちからは、また何か不穏な事が起こるのかとそうした警戒を感じていたものだ。だが、トモエが何故止めるのか、その理由を口にしてみればオユキも納得がいく。やきもきとしていた相手から、そうした理由があるのなら、まずはそれを口にしてはとそう言いたげな視線も感じはするのだが、こうしたオユキの姿を見せておくのも重要だろうと。トモエがいれば、オユキは問題ない。当然、そんな訳も無いのだ。

「となると、大会までには回復せねばなりませんか」
「そういえば、オユキさんは参加するのでしょうか。私のほうには、本戦からとそういう話が来ていましたが」
「一応は、巫女として参加を求められるかと思います」

振り返ってみれば、何やらそうした話が今のところオユキに回ってきてはいないのだが。ただ、アイリスは間違いなく参加することだろうから、オユキのほうではどこか、それこそ勝者が決まった時にとなりそうな気もしている。

「私は、どちらかと言えば、賞品扱いされてしまいそうですね」
「流石に私が勝ったとて、それを望むかと言われればまた難しくはありますが」
「トモエさんは、確かに、それもそうですか」

トモエはもはや加護無い状況下であれば、負ける気がない。万が一己に匹敵する相手が出てくることがあれば、それこそ生前に己の生涯を賭した様な相手が他にもいればまだしも。トモエ自身、己がかなり特殊な事例だというのは理解している。かつての世界、そこでトモエのような人生を歩んだのだとすれば、ゲームに対してそこまでの熱量が向くことなどないのだから。

「となると、次点の方か、それとも」
「何にせよ、そのあたりはオユキさんの体調を鑑みてとなるのでしょう」
「魔国に休暇、建前の上ではそうなっているはずですが」

オユキ自身、実に白々しいと思いながらも、そう口にしてみる。
周囲からは、それを咎めるというよりもわかっていて口にしているのだろうとそうした視線が、きっちりと寄せられている。

「そうですね、こちらの王妃様からも施しを頂くわけですし」
「正直、あまり気乗りはしていませんが」
「対価については、今回の事となるのでは」
「そこも、怪しいのですよね」

何事も無ければ、それも叶っただろう。ただ、既にこちらの国民として扱われている可能性もある者たち。今頃は、ミリアムが待ちきれずに会いに行ったものたち。それがどう転ぶのだろうか。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幼馴染の勇者が一般人の僕をパーティーに入れようとするんですが

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:1,608

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:995pt お気に入り:677

金糸と鶯

BL / 連載中 24h.ポイント:249pt お気に入り:0

シルバーヒーローズ!〜異世界でも現世でもまだまだ現役で大暴れします!〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:291pt お気に入り:798

忍び働き口入れ(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:2

牝犬調教

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:44

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:48,785pt お気に入り:12,161

スキル盗んで何が悪い!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:702

女神様から同情された結果こうなった

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:8,862

王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:248pt お気に入り:2,271

処理中です...