憧れの世界でもう一度

五味

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25章 次に備えて

冬と眠り

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冬と眠りの神に対する、少々眉唾な話というのは要は死の権能にかかわる部分だということであるらしい。
神国では領内に常世の領域が存在し、そこに月と安息の神殿も存在している。司教ですら憚る事無く口にする事実として、そこでは生前に心残りを残した者たちが、安らかなる休息を得られぬ者たちが存在している。また、魔物としてもそうした影響を強く受け、結果としてなかなかの惨状を得ている。
そして、死後の眠り、それを安息と呼ぶのかただ眠りと呼ぶのか。そのあたりに端を発する疑念として、冬と眠りにしてもそうした力を持ち合わせているのではないかとそうした推論がもっともらしい理屈として存在しているらしい。

「多くの異邦から来た者たちも、基本的には納得がいくと、思い当たるところもあるとそうした話でした」
「言わんとする処はわかります」

四季を人の一生と考えたときに、おおよそ冬というのが終焉を示すことだろう。春に生まれ、夏に盛りを迎えて、秋には憂いを感じ、そして冬には眠るのだ。だからこそ、それに対して納得を示すものが多いというのもうなずける。半面、他から、四季のない国から来た者たちとていたはずだとそうした疑問もオユキとトモエの中にそれぞれに生まれる。
互いに、冬と眠りについてはこうした由縁ではないのだろうかと、そうした想像がついているからこその疑問が。

「そればかりではないと、ええ、少なくとも私たちはそのように」
「その口ぶりでは、何か心当たりがあるとその様子」
「はい」

では、どちらから口にするかと、そうトモエとオユキで視線を交わして。

「私としては、贈り物といいますか、供え物ですね。そちらに織物をと考えています」

オユキの言葉に、トモエが数度目を瞬いたうえでどこか納得したようにうなずいて見せる。よもやオユキから、そうした方向性の話が出てくるとは、考えていなかったのだろう。ただ、これに関してはオユキとしても言い分というものがある。基本は、オユキの知識というのは、そうした知識というのは確かにかつて遊んだゲームからとなっている。だが、その中でも少々マイナーといえばいいのだろうか。和風、かつて暮らしていた地を舞台としたもので、四季の神としてそうした相手が存在したこともある。

「オユキさん、ご存じだったのですね」
「一応は。こう、らしいといえばいいのでしょうか、恩返しの童話に随分と類型が見られたなと、そう感じたものです」
「そこは、どうなのでしょうか。派生として生まれていったもの、そうであるようにも思いますが、なるほど、そうであるならば」
「ええ」

織物、等といっても今から機織りなどさすがにオユキも行う気はさらさらない。そもそも、現在の体調でそのようなことをすれば、陸な事にならないとそれもわかっている。ならば、これまで進められてはいるものの、露骨に避けていた刺繍とやらに手を出してみるのもいいだろうと。それこそ頼めばナザレアが実に乗り気になってあれこれと教えてくれることだろう。

「その心当たりに関しては、ここでは話せないことですの」

ようやく己の子を、先ほどまでは随分と元気に動き回っていたものだが、親の腕の中に戻って安心したのだろうか。しばらくの間は、王太子妃の髪にも手を伸ばしてはつかんで口に運ぼうとそうした様子を見せて、言葉にならぬ声を出していたものだがぐずることもなく今は寝息を立て始めている。

「いえ、お話しさせていただいてもかまいませんが、要は私たちの暮らしていた場所、そこに伝わる四季の神ですね」
「それが、どうして織物に」
「その、お名前に由来するのですが」

気軽に名を呼んでもよいのかと、そうした話をすれば、そろって首を横に振られる。

「お名前そのものというよりも、私たちの暮らしていた地では読み替えというのが一般的だったこともありまして」

冬を、増ゆと読んで。季節柄ということも、十分考慮に値する。

「ただ、そうであるなら色々と」
「おや」

オユキとして知っていることは、その程度なのだが。トモエのほうでは、それに連なる形で色々と思いつくところがあるようで何やら思案顔。ここで口に出さぬのは、要は本人の中でも話がまとまっていないのだろうとオユキは一度おいて起き。

「ナザレア、織物、まぁ、布ですね。そちらの用意と、刺繡をするつもりですので」

オユキが、トモエを一度おいて起き、貴人のいる場では少々問題はあるのだろうが己がどのように手を加えるつもりなのか、ただ用意するだけで済ませる気はないのだとそれを宣言するために口にすれば、シェリアが驚き、ナザレアは喜びをあらわにする。方や、少々場にそぐわぬ振る舞いをしたオユキに対して特に咎めもなく、この場にいる者たちからは、また随分と好意的な視線と、それに混ざって少々の疑念が。口に出されない間は、まぁ答えなくてもよいだろうと考えてはいたのだが。

「オユキ、急ぐのではなくて」
「はい。遅くとも、一週程としたいですね」

恐らくは、その前置きをしたうえでとなるのだが、月と安息の神殿で子供たちがトモエとオユキを待っているとそんな気がするのだ。戻るのはそれこそ簡単なものだ。彼らにとってみれば、道中で手に入った魔石を使って早々に帰ることもできるのだろうが、それはしないだろうと。
こうして、オユキに話が回ってきたように。備える必要があるのだとそうした話がされたように。今頃は、神殿で場を整えてくれていることだろうと、そんな気がしている。

「あの、オユキさんそれはあまりにも」
「ええと、どうかされましたか」

オユキとしては、すでに決めたこととしてそのような話をしているつもりではあるのだが、どうにも周囲がそろって思案顔。刺繍など、それこそやったこともないが要は針仕事であり、大昔に学び舎で手習いとして行った縫物、その延長戦でしかないだろうと考えての発言ではあったのだが。

「その、オユキ。これまで手習いは」
「かなり昔に、前掛け、エプロン、ですか。それくらいのものを縫ったことくらいです」
「オユキさん、そちらで刺し子は行いましたか」
「刺し子とは、なんでしょう」

トモエに聞かれた言葉に、オユキはただ首をかしげる。おそらく被服にかかわることだと、話の流れからそれが自然だとはわかるのだがどうにも言葉自体に聞き覚えがない。そんなオユキの様子に、トモエが盛大に頭を抱える。そして、そんな様子を見た周囲の者たちが、何やら気の毒そうな視線をナザレアに。

「その、一応手先の器用さには、多少の自負もあるのですが」
「いえ、お任せくださいオユキ様。一週ですね、ええ、必ずや」
「あの、そこまで悲壮な覚悟を固めていただかずとも、さすがに、こう、全面になどと考えているわけではありませんし」

オユキとしては、こう、簡単に。

「オユキさんは、図案はやはり雪の結晶と」
「はい。冬と眠りの神に捧げるものですし」

雪の結晶として有名なものは樹状六花と呼ばれるものには違いない。だが、それ以外にも実に多くの結晶構造が存在しており組み合わせとしても成立する、そんなものでもある。それらの中からいくらか、それこそ最たるものを中央に据えて、その周囲に種々の結晶を配して縫い取ればそれなりに見れたものにはなるだろうとオユキはそう考えて言い出したこともある。

「オユキ、一度こちらにその思い描いている図案というのを」
「かしこまりました」

しかし、王妃の不安は解消されぬようで、侍女が王妃の手振りに合わせてオユキの前に紙と筆を持ってくる。いまだにはっきりとは決めていないため、オユキとしては思いつく限りの雪の結晶をそこに描いていき、ひとまずはそれで良しとして。

「このうち、角板を持つもの、もしくは最たるものであるこちらですね」

そして、オユキは自分で書いたもののうちいくつかを示したうえで、己が考えていることを説明する。

「図案としては、確かに何度は低そうですが」
「いえ、どうでしょうか、縫い方にしても考えなければ」

オユキとしては、簡単なものでしかないとそう考えて渡したものなのだが、生憎と詳しいものからしてみればそれが実に難しいのだとそのような様子。

「あの、どういった難点があると」
「嗜んでいればわかるのですが、オユキはこれを縫取るとして」
「生地の色、糸の色、それらは考えているのですか」

聞かれた内容に、オユキとしてはただ首をかしげて。

「トモエさんと、ナザレアに任せようかと」

その返答に、何か息をのむような、そうした反応が数人の侍女から返ってくるものだが。

「では、それらが用意されたとして、縫い方は、どうして行くつもりかしら」

その質問に対して、オユキとしては何を言っているのかいよいよわからない。

「縫い方など、一つだけでは」

そう、オユキとしても知っている縫い方など一つだけ。一応、並み縫いに返し縫、その程度は確か習ったはずと、そうした記憶もぼんやりとあるにはあるのだが、結局のところやっていることは同じであったはずだ。衣服の端、そこの強度を上げるために、糸を二重にする。もしくは早々ほつれないようにだとか、確かそのような理屈があっただろうとどうにか己の記憶を浚ってみる。

「あの、オユキさん、通常の縫い方にしてもまつり縫い、千鳥かけなど手縫いの技法は多くあるのですが」
「おや」

それは、まぁ意外なことだと。
そもそもオユキが見ることができるような縫い目、気が付くことができるような縫い目など、基本は並縫いにしか見えぬようなものばかりであったのだ。

「ですが、まぁ、どうにかなるのでは」
「ええ、その、どうにかはなるでしょうが」

楽観的なオユキの言葉に、その場にいる者たちの視線が、ただナザレアに向かう。

「オユキ、こちらの図案なのですが」
「図案といいますか、この後改めて組み合わせも考えるつもりですが」
「ええ、それもよいでしょう。先に、ナザレアに預けておいたほうが、よいでしょうね」
「では、そのように」

オユキはそもそも気が付いていないのだが、刺繍を行うからには図案をただなぞるばかりというわけにもいかない。いかにその図案の意図を組んで、美しく見せるのか、それこそが刺繍というものでもある。ならば、そのあたりを全く理解していないオユキではなく、オユキが任せると頼んでいる相手にそれを預けて先にいかに縫取っていくのかを考える時間を与えるのがいいだろうと、当然手習いとして親しんだことがある者たちはそう考える。
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