憧れの世界でもう一度

五味

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23章 ようやく少し観光を

その頃のトモエと

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オユキが公爵と色々と話に興じている頃。では、トモエは何をしているのかと言えば公爵夫人の案内を受けて、城砦の中を色々と見て回っている。外観、昨日としては確かに城砦なのだろうが、実際のところはここが領都の城であるには違いない。防衛拠点としての能力はきちんと持っているのは確かであるし、公爵も基本は此処に詰めている。住居というのは流石に別に用意しているのだろうが、仕事を行う場所としてはやはり此処なのだろう。

「こちらが、歴代のマリーア公爵の肖像です。」

砦、重要な軍事拠点としての機能も併せ持っているため流石に広く開いたりなどはしていない様子ではあるのだが、観光用と言えばいいのか、こうしてトモエが好奇心を満たすための備えは確かに存在している。

「成程。オユキさんが勘違いしていそうだと思っていましたが、成程と言った所ですね。」

オユキの勘違いの一つというのは、実にわかりやすい。初代マリーア公爵は女性であったとそう言われているというのに、オユキは狩猟者ギルドの長、男性であるブルーノを初代公爵だったと考えている。しかし、掲げられている肖像画はこれまた随分と見覚えのある顔。

「ミリアムさんは、よくも受付などを行えていますね。」
「仕方が無い事です。初代公爵様がそれを望んだ以上は、私達が叶えるしかないというのが実情ですから。」

普段とは表情も違う。いよいよ肖像として残すために、すまし顔と言えばいいのか余所行きと言えばいいのか、そういった表情で見覚えのある物ともまた違う盛装、随分と豪奢な服装に身を包んだうえでその姿が残されている。
誰であったか、初代公爵に関して言及した人物まではトモエも記憶に残っていないのだが、言われた事だけは覚えている。オユキが忘れているのは、その場での会話でより興味を引くことがあったからか、ただそうしたこともあるだろうと流していたのか。どちらにせよ、現在どちらが実験を持っているのかと言われれば、ブルーノであるには違いない。

「齢を重ねた、そのようには見えませんが。」
「当家の家紋が示すように、初代公爵様は木精の血を引いています。いえ、それにしても本人の証言によればというところなのですが。」
「成程。血を引く存在でなければ、人とは時間感覚が違うという話は聞いていますし、その物という訳では無いのでしょうが。」

そもそも、寿命としての死があるかどうかすら怪しい種族。それが人と同じ価値観を共有できるかといわれれば、トモエとしても甚だ疑問なのだ。一応、ミリアムに関しては何やらそうした、人に興味があって、ああして生きて行く場を得ているのだろうと。何が正しいのか、それに関してトモエから何を言うでも無いのだが少なくとも本人が望み、周囲が納得したうえでそれを良しとしているのであれば、つまりは良い事なのだろうと。

「それにしても、ブルーノ様は結局のところ。」
「初代公爵の配偶者、ですね。」
「また、色々と難儀な立場の方のようですね。」

つまりは、ミリアムによって齎された実に多くの事。過去には無かった、ゲームであったころには存在しなかった新たな公爵領、それが生まれるに足る事件、それにミリアムから好意を寄せられた人物として巻き込まれたのだろう。通りで、オユキが初代公爵として遇しても本人から訂正が無いはずだ。彼にしても、いや、考えようによってはミリアムを巻き込んだのがブルーノであったのか。その辺りの順序は、流石に聞かねば分からない物であるのだが想像するだけでも実に楽しいものだ。

「それにしても、オユキは全く興味を示さないというのに。」
「私たちは、また異なる趣味嗜好を持っていますから。」
「配偶者として、長く有ったのでは。」
「だからこそ、なのでしょうか。」

公爵夫人からは、長くともに在れば互いにまじりあうものではないのかと。しかし、トモエとオユキの関係というのは、そういった形が着地となる物では無かった。

「私もオユキさんも、どう言えばいいのでしょうか。互いに己に無い物を求めた結果、こうした関係に落ち着いている、それ以上でもそれ以下でもありませんから。」
「生前は、役割としては今のままであったのでしょうが。」
「そうですね。確かに性別としては入れ替わっていますが、やはりオユキさんは己の身の回りというのを私に委ねてくれた、それも一つの大きなところですね。」

元々女性であるトモエから見ても、公爵夫人の立ち居振る舞いというのは本当に習うべき部分が多い人物だ。嫋やかと呼べるようなものではなく、ただそこに事実として彼女の守るべき家格というものを感じさせるのだ。歩く姿は、常に芯が通ったように、踏み出す足にしても迷いなく。鍛錬としてそれらを得ようと思えば、それこそかなりの期間を費やさねばならぬだろうというのに、こうして話しながら、トモエを案内しながらでもそれが当然とでもいうように。淑女然と言えばいいのか、まさに高貴な身の上の体現としてと言えばいいのか。

「トモエとオユキの関係というのも、気になりはするのですが。」
「ええ、お時間を頂ければ話しをするには吝かでは無い物ですから。」

この後の誘いだろうか、そう考えてトモエが返すものだが公爵夫人の反応は芳しくない。どうやら返答を間違えたのだろうかと僅かにトモエは考えるのだが、続く公爵夫人の言葉というのが実にわかりやすく。

「時間を取って、それも構いはしません。しかし、オユキの方では難しいでしょう。」
「成程、そうした話ですか。」

要は公爵夫人として、己の麾下にあるものに対して色々と立ち居振る舞いを求める身として、そういった言葉を伝えたいものであるらしい。つまりは、オユキに対しても身の丈に合った振る舞い、それを求めたいという事らしいのだが。

「ですが、オユキさんも、私も。」
「その辺り、なかなか難しい所ではある、そうした理解は勿論。」
「オユキさんは型として、こうした振る舞いがあるのだと言えば。」
「そう、でしょうとも。」

公爵夫人が常としてそうある様に、それが出来るトモエとオユキではない。勿論求められた場面でそうした振る舞いを行えと言われればこちらの世界に、これまで培ってきた物に良くするものとして配慮は行う。しかし、常の振る舞い日々の体の運びというのは、鍛錬の為の物なのだ。それを変えろと言われてもなかなか受け入れられる物でもない。その辺りは、流石に理解しているのだろうとトモエが暗に示してみれば、公爵夫人からはやはりそれもなかなか難しいのだと。

「子爵家、その家格に対して疑念を訴える者達がいます。」
「ここまでの功績をもって黙らせる、オユキさんは、公爵もそう考えているかと。」
「ええ。殿方の内では、それで問題は無い物でしょう。」

では、問題が無いのではないかと。
それこそ、家格を、家督を持っているのはオユキでありトモエでは無い。オユキが男性社会で、現行間違いなく多いだろう家督を持つ者達の中でも問題のない振る舞いが出来ているのであれば、トモエとしても特に問題を感じはしない。では、公爵夫人のこうした懸念が的外れ化と言われれば、それもまた異なる。

「前提条件の違い、なのでしょうね。」

公爵夫人の後を、ただ誘われるがままにトモエはついて行く。
既に並んだ歴代公爵の肖像は後にして、今は何処に向かっているのだろうか。位置関係を考えてみれば、この城、砦の内部用意された庭園だろうか。そんな予想をしながらも、ただ相手が望むままに。
公爵夫人の表情は、流石に背を追うトモエに見ることは叶わないがそれでもこうして相手の反応を伺うことくらいは出来る。トモエの言葉に対して、何処かそれが当然なのだと納得するように公爵夫人は肩を落として見せる。表情はさて、見えていないことを前提として全く違うものを作っているのかもしれないが。

「私たちは、特にオユキさんは現状こちらに長く有る気がありません。」
「あなた方の考え、此処までの来歴というのは確かに私も報告を受けています。」
「特に現状それを翻すに足る事もありません。こうして、公爵夫人、貴女にしてもオユキさんに負荷を、それを望んでいるのでしょう。」
「そういった諸々を長期的に見て避けるためだと、その理解はトモエ、貴方もあるのではありませんか。」

明確な差異と言えばいいのだろうか。

「オユキさんがいない所で、私がこういった事に対して明確な返答を避けている。それは公爵夫人もご理解頂けるものかと。」
「それでも、望まずにはいられません。」
「では、私からは同じ言葉を繰り返しましょう。オユキさんの負担が減らないのであれば、と。」

トモエが明確に譲らないと決めている線は、そこにある。例え公爵夫人、庇護者がそれを望んだとしてオユキが結果として負担と思うのであれば、トモエがそれは認める事などないのだと。
先に進む公爵夫人が足を止めて、トモエに対して振り向いて見せるのだがまぁ、それにしても威圧としては可愛いものだ。この程度でトモエが一体どうした痛痒を感じるというのかと。オユキですらも、この程度の圧にひるむ者ではない。家督を盾に、これまでの経験を糧に。成程、それに価値を感じる者達で有れば確かにそこにある圧力に膝を折るかもしれない。しかし、トモエもオユキもそれ以外によって立脚する者達だ。

「全く。小動もしないとは。」
「区分が違います。私に対して圧を与えたいというのであれば、御身が動かせるものたちの中で最も武力に優れた物を頼むのが良いでしょう。」
「それが叶わぬと分かっての言葉なのでしょうね。まったく、本当に難しい者達をあの人も選んだものです。」

着地点は、やはりトモエに分かる物ではない。ここで行った会話を、公爵夫人が公爵その人にしてまたオユキと色々と話し合うのだろう。さて、いよいよ明確になり始めた終わりまでの日、オユキははっきりと宣言したこともあり意識しているものであるし、他の物たちにしても同じ認識の共有が見られる。

「オユキさんにしても、私にしても。既に一度は生を終えたというのに。」
「韜晦趣味は、感心しませんね。」
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