憧れの世界でもう一度

五味

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23章 ようやく少し観光を

領都の案内を

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仕事の話を、釘をさすといった意味合いも強くはあったのだが、それが終われば公爵夫妻の案内を受けて領都の観光などを楽しむ時間。こうしてのんびりと見て回ることを望んで、叶えるまでに掛った時間などをオユキとしても考えないではない。随分と、そう随分と迂遠な道を通って来た物だと。

「必要性は、疑いようも無いのですが。」
「オユキ。何かありましたか。」
「いえ、こうして観光の時間が取れる、そうなるまでの事を少し思い返しておりまして。」

オユキは公爵夫人の手によって、彼女の侍女が実際の仕事は行っているのだが、徹底的に手を入れられている。領都で用意されたらしい新しい衣装に装飾品、下賜された事に関してはオユキとしても礼を告げた物だが。

「確かに、其の方らは随分と色々としておるからな。」
「オユキさんも、色々と考えての事だったのでしょう。私はこうして時間が取れたのだと、それを嬉しく思っていますよ。」

一応は外行きとして、それぞれに。
オユキの装いは、流石に公爵夫人と同じようなものという訳ではなくあくまで巫女としての物。戦と武技から与えられた装束と同じ造り。細々とした装飾が加えられているし、トモエの家の持っていた家紋に加えて、戦と武技を表す意匠、種々の武器を円形に配置し中央に剣と盾を置いた紋章が前身ごろの両側に。裾や襟元、そこにも細かな武具を、戦と武技と分かりやすい装飾がいれられている。今は首からもペンダントと呼ぶには仰々しい飾り、ビブネックレスともまた違う太めの鎖に付けられている紋章は公爵家の庇護を表すように公爵家の紋章を。耳にもクリップ型の飾りなどを付けられ、動くたびに軽く金属がこすれる音が生るあたりオユキとしては煩わしくも感じるのだが、まぁ、それをこちらの文化が良しとするなら仕方が無いとばかりに受け入れてはいる。護身用として、護り刀くらいはと抵抗した結果として、本来であればまた違うのだが一応は帯に差し込んで。帯に関しては、どういった話が伝わったのか、染め物ではなく確かにかつての世界にもあった織物と言えばいいのだろうか、刺繍が徹底的にされているため、苦しさを覚える造りの物。刺繍にしても、それぞれの図案にどういった意味があるのかオユキに分かる物では無いのだが、基本は月と安息の聖印とされている、7つの満月といよいよ見覚えのない植物が組み合わされた複雑な文様を中心にその左右に宝石を表しているのではないかと、オユキからはそのように見えている模様。そこから、更に左右にそれぞれ付け加えられているものはいよいよ見覚えが無い。

「だと良いのですが。それにしても、これはまた涼やかなものですね。」

トモエの方も詰襟姿、髪に合わせた深い赤色の上着に金糸でこちらもオユキ同様色々と刺繍が施されている。揃いの紋章となっているのは、やはり戦と武技に月と安息。それが行われているのは帯が無い服であるため、トモエの方は胸元に戦と武技、襟元に小さく月と安息が。袖口に付けられた釦に公爵家の紋章が刻まれており、所属を実にわかりやすく示している。ズボンの方ではどういったものがあるのかと思えば、流石にこちらにはあれこれと飾りを施すようなものでは無いらしく見るからに仕立てが上質とわかる以上に特別なものなど何もない。
オユキから見れば、少なくとも、びっしりと裾にまで刺繍が施されているオユキから見れば、何とも身に着けやすそうに見えるものだ。

「そうですね。こういった機会があるのならば、ヴィルヘルミナさんにお願いしたいこともあったのですが。」
「ほう。」

今は領都に張り巡らされている水路、そこを魔道具らしいと言えばいいのか生前にあるものと比べれば燃料槽を必要としない分小型化された内燃機関。それこそ、実際には全く異なった仕組みで動いているのだろうが、要は小型というには難しい船を使ってのんびりと町を巡っている。
領都には、城砦を起点とした水路が張り巡らされている。そこをこうしてゆっくりと、かつての世界でもオユキが好んでいたように。街並みを見て回うというよりは、基本的にこの水路はやはり運送としての能力を求められている事もあり一部倉庫街らしき場所を通ったりもする。そこからに降ろしをする者達の姿が見えないのは、先に出発したであろう者達から色々と言い含めての事ではあるのだろう。こうした所でつくづく権力者の庇護下というのは有難いものだと。

「私たちの世界では、勿論住む地域は異なった場所ですが、船頭、船の操縦を行う方が舟歌を歌うというのが。」
「成程。それはまた随分と風情のありそうな。」
「ええ。観光として、本当に好まれている物でしたよ。元来は男性の専門職とされていましたが。」

女性の漕ぎ手が登場した時には、それはそれでニュースにもなっていたものだ。

「専門職、ですか。」
「便利な道具も確かにあったのですが、やはり伝来の物として過去から今に伝わる物として。」
「伝統の守りて達は、そちらの世界でも随分と苦労をしていたのですね。」
「ええ。新しいものをと望む人々はあまりに多く、やはり伝統というのは守るための費用がかさみます。」

小舟という訳でもなく、水路を行船はやはり自らは少し遠い。だが内部には水の涼しさを楽しむためにと、こうして話し合うための場に独特な工夫が施されている。過去であれば、揚力を得るためにこんなところに穴を開ければ間違いなく船が沈むだろうというのに。のんびりとお茶を楽しみながら、ゆっくりと流れる景色に目を向けて。時に船底に空いた穴を流れる、船自体が流れているからこそ生まれる水流に手や足を降ろして。

「費用、ですか。」
「金銭ばかりではなく、当然人も、時間もですね。」
「全く、本当にそればかりは何処までもついてくる問題ですね。」

費やすべきものはあまりにも多く、失われる物もまた多い。

「だから、其の方らは理解があるのか。我らの在り方に。」
「さて、そればかりは。」
「オユキさんは、生前から私と私の父が継いでいたものを大事にしてくれましたから。」
「孫娘に任せてからは、いよいよどうなったものかは分かりませんが。」

オユキとしては、最低限と言えばいいのだろうか。その当時のオユキが思う仕組み、これであれば無理が無いと考えていたものをどうにか残してはきたのだが。さて、いよいよもって、トモエ以上に武の道に傾いていたあの娘はそれを良しとしたのだろうか。

「ほう、孫か。」
「そう言えば、生前は80を超えていたとか。」
「そうですね。トモエさんには先立たれてしまいましたが、孫の先にも合う程度には長生きをさせていただいたものです。」

こうして観光などをしながら、かつてと変わらぬ人が生活するための場を、如何に魔術というマナというかつての世界に存在しない資源があるのだとしても人の考える合理性に変わりはなかなか生まれないのだと、そうした納得を己の中に作りながらどこか郷愁にもにた寂しさを感じるものだ。

「そうですね。あの時は本当に。私が先立つというのは、年齢を考えれば当然でしたでしょうに。」
「平均寿命を考えれば、そうでも無いかと。」
「平均値は平均値ですから。」
「ふむ。今のオユキの様子を見れば、その時にもまた随分と難儀な事があったようにも思えるのだが。」
「そうですね。お恥ずかしながら。」

トモエのいない世界で、一人で生きて行くのかと考えた時に。それはまた、随分と難しい事だと感じた物だ。如何に子や孫がいたとはいえ、そちらに向けていた感情など、やはりトモエに向けていたものと比べるべくもない。ともすれば、こちらに来ていた己の両親と似たような、それよりも酷い選択を当然とばかりに行った可能性とてあったのだ。

「ですが、まぁ。最期に交わした約束を守ってくださったわけですから。」
「ええ。本当にどうにかと言った所でしたが。」

そうしてのんびりと、これまでの来歴をぼんやりと感じさせる言葉を交わしていれば、船が、水路が少し趣の変わった場所に出る。要は貴族区画を抜けたという事なのだろう。町中に張り巡らされた水路、水と癒しの教会から始まり、城砦の中へとまずは引き込まれ、そこから方々に。網目のように、流石に目抜き通りなどは表に見えるところではなく店の裏手をこれまで見てきたように通っていたのだろう。しかし、ここから先はまた色々と違って来る。

「マルシェ、ですか。」
「流石に、まだ先ではあるな。」
「とすると、さて。」

では、物見高いものたちなのであろうか。何やら水路沿いからは賑やかな声が聞こえている。

「布告は出していないはずなのだが、さて何事だろうか。」
「どうした所で、移動は目立った物になったでしょうし、気になった者達がこうして出てきたのでしょうか。」

公爵夫妻にしても、いよいよ心当たりが無いといった様子。簡単に手振りで示せば、少し離れていたところで控えていた使用人たちがてきぱきと動き始める。船もすっかりと止まっている様子。恐らく船の操縦をしているものが、どちらかには分からないが何やら気を利かせてという事らしい。

「さて、では私たちも表に出ましょうか。」
「その心づもりがあるのならば、それも良いか。」
「あなた、流石に指示を出した以上は。」

オユキの言葉に、公爵が乗り気になるが直ぐに夫人が止める。

「ふむ。それもそうか。」
「では、今暫く待つとしましょう。」

さて、外で何が起きているのか。意味のないとまではいわないが、確かに届く声から予想がつくものはある。
歓声というのもまた違うのだが、要は公爵と巫女を一目見たいとそんな声が。夫人にしても、そういった予想はあったのだろう。だからこそオユキをこうして飾り立てたとも言える。

「待っている間に、オユキ、貴女も履物を。」
「それもそうですか。」

船の中のこうした造り、それを見たオユキは真っ先に靴を脱いだりしている。それを咎められるのだが、そのための時間を夫人が用意したのだと、その言葉で分かる物でもある。どうやら公爵その人よりも、こうした街中でのあれこれに細かく気が回る人物であるらしい。それが職務と言えばいいのか、役割としての事なのか。
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