憧れの世界でもう一度

五味

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22章 祭りを終えて

先々の予定

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オユキの容態も、一先ずは安定したのだろうか。
屋敷の中が、慌ただしい気配が漂っているのを感じながらも、せっせとオユキの世話を焼いていれば、やはりそれなりに時間もたつ。昨夜確かにトモエもきちんと寝ているのだが、ここから先を考えればやはり少しづつでも休んだ方がいいだろうからと少し意識を閉ざす時間も持っている。恐らくという程低い可能性ではなく、夜中に間違いなくオユキは数度目を覚ますだろう。その時に、以前と同じようにトモエの名を呼ぶだろうからと。

「どうかしましたか。」
「トモエ様。カレン様の手が空きました。」
「分かりました。どうぞ。」

どうやら、少し時間は立ったからだろう。若しくはシェリアが配慮をしたのか。その辺りをトモエが聞く事は無い。ただ、その事実を有難く思うだけ。

「失礼します。」
「カレンさんと顔を合わせるのも、随分と久しぶりな気もしますが。」
「そう、ですね。私は幾度か今回の事でオユキ様に時間を頂いていましたが。」
「衣装周りは、オユキさんもカレンさんへお任せしていましたからね。」

部屋に入ってきたカレンが、室内の惨状に少々頬をひきつらせたりもしている。いきなり本題に入るのも、流石に用意が出来ぬだろうと他の話題から。カレンに続いて入室してきたシェリアが、すっかりと冷めきったお茶を淹れなおしている。カレンとも、多少は話をする構えにはなっているのだが、まぁよくよく考えてみればそれなりに長い話になりそうだと。ならば、シェリアに任せて、本題は飲み物が用意されてからでも構うまい。

「そのオユキさんなのですが、まぁ、御覧の通りと言いましょうか。」
「ええ、随分とその。」
「一応、既にお医者様に見ていただきまして。」

とにもかくにも、トモエの理解できた範囲で、オユキの病状というのを伝える。それこそ理解度で言えば、非常に低い。マルコがいくつか用意した薬、一つは既にオユキが飲んでいるのだが、当然この後にも間隔をあけて明日迄に飲ませなければと言われているものがまだ二つほど残っている。そうした物を指し示し、カレンに説明をしていればシェリアが容易が終わったのか、室内に誂えられている簡単な給湯スペースから用意が整ったのだろう、茶器を用意してこちらに向かって来る。それこそ、家宰を相手に侍女のすることかと言われればそれは確かに、疑問に思うのだが。借り物である以上は、客と同じという認識なのか、仕事場ではなく私的な場に誘った相手にはそうする者なのか。カレンも平然と受けているあたり、後者がこちらの風習なのかとも思うのだが。

「かなり、酷いようですね。」
「それは、確かに医師の二人からも言われました。」
「成程。今後の予定に関してですか。」
「ええ。」

カレンもやはり相応に話が早い。とはいう物の、こうしてのんびりと話している傍らで、この屋敷の主が眠ったままという状態を見れば当然ほとんどの物が気が付くのだろうが、それを今後と結び付けられるのはまぁ経験のなせる技でもあるだろう。それこそ、オユキがゲラルド辺りを経由して、今後こうした予定を考えていると、そう話したのだろうか。

「一先ず、そうですね全ての予定、恐らくはオユキさんが決めている事。その一切を一度白紙に戻します。」
「全て、ですか。」
「ええ。全てです。」

カレンの頬がひきつる。

「明日以降、それこそ、オユキさんの体調が回復すれば領都と王都には向かいます。ですが、それはオユキさんの体調が戻ればです。」

隣国からの帰還報告にしても、手紙一つで済ませている有様だ。流石に一度顔を出しておかねばくらいには、トモエも考えている。こうして、カレンの表情がひきつっているのを見るにオユキが着々と予定を積み上げていたのだろう。ただし、それはこうなる前。トモエに任せる前。

「とにもかくにも、オユキさんの体調が優先です。それとも。」

それとも、この国の公爵や王族は、個人に対してそこまでの配慮を見せないのかと。
僅かないら立ちをにじませて、トモエがカレンを見れば彼女の方も、いや、元は価格のある家で暮らしていたからだろう。家として、そこに属する人間を使い潰す所を何度も見てきたからの逡巡か。

「トモエ様。横合いからですが。」
「構いません。」

カレンが応えあぐねているからだろう。

「オユキ様が体調を崩されているのであれば、勿論ご配慮いただけるはずです。」
「そうですね。隣国から戻って、こうして挨拶をすることなく日を過ごしたわけですから。」

最も、隣国から戻って一週間ほどはトモエもオユキと仲良く昏睡状態だったのだ。そんな人間を運び出したりしない事を考えれば、意思決定が出来る者がいないのだとしても、問題が無いという事ではある。トモエもその辺りを理解した上での発言ではあるため、シェリアの話にただ頷く。一方カレンの方は、こちらに戻ってから荷物の整理に追われていたのだろう。どうした所で、その辺りは事実としてぼんやりと認識していた程度であるらしく。

「そうした配慮を頂けるのですね。」
「はい。王妃様は特にではありますが、弱っているものを長旅に呼びつける事を嫌っています。」
「王妃様は、ですか。」

ならば、国王陛下、そろそろ時代に席を譲る日も近づいてきている、勿論まだ半年以上はあるのだが準備もいよいよ佳境だろう。少し間をおいて訪れてしまえば、かなり忙しい中で時間を頼むことにもなる。相手の予定の方が、色々と動かせないという事もある。その辺りをオユキであれば考えるのだろうが、トモエはやはり自分たちの都合を優先する。都合が合うようであれば、勿論そこで他に対する配慮を見せる程度の事はするのだが。

「陛下は、国王としての職責を重く考えて居られますから。」
「そうなのでしょうね。ただ。」

そう、オユキとトモエの分かりやすい違いがそこにある。

「オユキさんは理解を示しますが、私はそれに対する配慮は行いません。」

それはもう、バッサリと。

「あの、トモエ様。」
「いえ、家格でしょうか、家としてのという事であれば、多少の理解は勿論ありますし、勿論読み物として学んだ範囲では合わせますが。」

確かに、トモエも相手に応じて立ち居振る舞いを変えたりはするのだが。

「それにしても、会っている時だけ。若しくは手紙のやり取りをする時だけです。」

それが叶わない状況であれば、そこに配慮など示しはしない。そもそもこうして家を構える事に関しても、オユキが状況を作ったことではある。別に無くなってしまっても、トモエとしては構わない。これで後にいるものが、この家を今後運用するものがいるというのならば、かつてと同じようにそこに大事を感じるものだろう。だが、今はその予定も特にない。それこそ、サキが望めばオユキが家督を譲るだろう。少年達、領都で縁を繋いだ子供たちでも構わない。カレンに関しては、流石に自身の家名の回復を求めるのだろうから、対象外ではある。

「一先ず、その辺りの私の方針を理解して頂いた上で、繰り返しになりますが、オユキさんが決めていた物に関しては、全てを白紙にしましょう。謝罪の手紙や、申し開きの文面が必要であれば、私が用意します。」
「それは、そうして頂けるのであれば。」
「流石に、カレン様では色々と難しいでしょうから、そこに関しての理解は私にもあります。」

まぁ、家宰とは言え一子爵家に所属している、現在となっては貴族としての後押しも持たない人物なのだ。彼女にあれこれと頼むのは、流石に無理がある。一応は、彼女が方々に手紙を届けなければならないのだろうが、それにしてもメイに渡すだけで一先ずは済む。そこから何を言われたとして、まぁ、迷惑をかけるのはこれまでも何度となく行ってきたことだ。結果として、彼女が、リース伯爵家が得た物は当然多く、そのどれもが得難いと考えている。ならばそれで相殺すればいいだろうとトモエの思考はそこで固まっている。

「一先ずは、そうですね。」

さて、何を優先すべきか。トモエはそんな事をぼんやりと考える。流石に一度全て止めて、今後の方針も全くなしというのは互いに困るだろうからと。

「オユキさんが回復したと、そう判断がなされた時には、まず領都に。」
「陛下よりも先に、公爵様ですか。」
「ええ。公爵様が寄り親でしょう。色々と先の旅では伝手を頼ったこともあります。先代アルゼオ公からも色々と聞かされているでしょうし、どうやら随分と気が早く河沿いの町に来られてもいるようですから。」
「それは、確かにそうなのでしょうが。」

どうにも、カレンの思考では階級社会としてあるべきように。それこそ、国事として、王命を受けて隣国へ向かったのだからと、そうした考えがあるのだろうが。

「そうですね。一度マリーア公に報告し、陛下に奏上する手配を頼むのが良いでしょう。」

しかし、シェリアの発言はやはりトモエを後押しするもの。そうして話すシェリアの目が、やや温度を下げてカレンを見ているあたり、身分制度、こちらに置ける貴族社会の在り方に対してカレンの理解がどうやら低いものであるらしい。トモエは、それに違和感を覚えるが、そもそも汚染がある程度以上進んでいた領都で暮らしていたのだ。ある意味、仕方が無い物ではある。

「では、そのように。一先ずは、二週程でしょうか。その間オユキさんの様子を見ます。」

医師二人からは、完治までにどの程度かかるのか、その予想は未だに出ていない。こうして話しているのは、かつての世界で肺炎と呼ばれる病が一応は落ち着きを見せるのにどの程度かかったのか、そうしたことから予想を立てているだけ。

「その期間で完治すれば良し、もしも治らないようであれば、順延とします。」
「畏まりました。しかし、くれぐれも。」
「ええ。勿論。」

そう、トモエが用意する手紙には、常に予定は未定なのだとその言葉が躍るだろう。

「担当の医師に頼んで、所見をつけていただく方が良いでしょうか。」

だから、考えて口にするのはまた別の事。
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