憧れの世界でもう一度

五味

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22章 祭りを終えて

見舞いを受けて

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カレンにあれやこれやと言いつけて部屋から送り出した後、トモエは変わらずオユキの傍らに。一度だけ目を覚ました時には、喉が渇いたという事であったためまた水を飲ませて。
そうしていれば、屋敷に暮らす者達もオユキの様子はどうなのだとやはり顔を出す。一度はマルコと話すために部屋を辞したはずのカナリアが、また部屋に戻って来もする。医師として、患者の様子が気になるのだろうかと考えながらも招き入れてみれば。

「ああ。」
「その、申し訳ないのですが。」

カナリアが持ち込んできたのは、樽に入った魔石。

「需要はありそうですからね。」
「そうなんですよね。病人を相手に、それはどうなのかと私も言っては見たのですが。」
「いえ、吸い出してしまえば、オユキさんも少しは楽になるようですから。」

少々、トモエが不機嫌になったと見えたのか。カナリアからそのように言われるのだが、トモエにしても今この町で冬を象徴する色の魔石が求められるという理屈は理解している。特に昨日の事があって、はっきりと今後新しく生まれる命が増えるという話がメイから方々のギルドへと向けられた事だろう。冷蔵用の魔道具も隣国からある程度持ち帰ってきたこともあり、狩猟者ギルド、採取者ギルド、メイにもそれぞれ渡している。正直大型の物は流石に馬車に入れる事が難しかったため、基幹部分を頼みこちらで最終的に完成させるためにとして持ち帰って来た物だ。
それの起動に、確かにオユキが今まき散らしているマナが必要ではあるだろう。

「一応、私達の方でも氷や雪といった温度を下げるための属性は不可出来るんですけど、冬と眠りはやはり珍しくて。」
「そう、なのですか。」
「はい。」

そこにどのような違いがあるのか、どうにも今一つわからないトモエではあるのだが。まぁ、詳しいものがそう言うだけの理屈は確かにあるのだろうと。オユキの周りにせっせと魔石を並べる姿を、ぼんやりと見守っている。やはり、看病というのは相応にトモエを蝕む物でもある。大丈夫だと分かっている、問題が無い、安心が出来ると分かっていても、過去にそうではなかった事があり、不安がどうしてもトモエを苛む。戦闘とはまた違う、不安が忍び寄る。

「オユキさんの容態も、今は安定していますね。」
「だと、いいのですが。カナリアさんの見立てでは、いえマルコさんと話しておられた様子ではありますが。」
「ああ、その話をしていませんでしたか。完治までには、少なくとも一週です。それは、あくまで歩いて動けるようになるまで、その程度の意味合いですけど。」
「歩けるようになるまで、そこまでかかりますか。」

カナリアの言葉に、トモエとしては思わずといった声が。

「それだけ、重いのです。」
「いえ、それはお二人の様子で分かってはいるのです。」
「では、いえ、そう言う事ですか。」

トモエが何を考えているのか、視線の方向で分かったのだろう。トモエはそれでも構わないと考えているし、何となれば、予備日と言えばいいのか体力を戻す為と言えばいいのか。そういった日数を含めて、カナリアとさして変わらない見立てではある。ただ、それに対してオユキがどうするか。本人が問題ないと言って動き回る気もするのがまた頭が痛い所ではある。基本的に子供のような性格をしているため、待つという行為が、じっとしているという事が苦手なのだ。本の一つ二つでも与えておけば、確かに寝台に横になる事は受け入れるのだろうが。

「オユキさん、動きたがりますよね。」
「そればかりは仕方がありません。私が言い聞かせるしか無いでしょう。」

そうしてみれば、また実に不満だとそうした様子を隠すこともしなくなりそうだ。こうして、しおらしいのはいよいよ体調不良を抱えている時だけ。その在り方が、何とも子供らしいというのか、落ち着きが無いと言えばいいのか。トモエがオユキを好きな部分でもある。間違いなく、好んでいる部分ではあるのだが、やはり時にはどうにか落ち着きをとも考えてしまうものだ。子供のように、それを好いてはいるのだがやはりこうして重篤な病を患ったときには、少しくらいは安静にと。

「そこは、本当にお願いしますね。前も結局オユキさんは動き回っていましたし。」
「ああ。」

それこそトモエがオユキの喉を半ばから断ち切って見せた時にも、結局オユキはなんだかんだと動き回っていたのだ。加えてこちらに戻ってきて、マナというものが枯渇して傷口が再び開いた時にも動くのを止めたりはしなかった。カナリアからあれこれと言われたにもかかわらず。

「入るわよ。」

そうして話していれば、外に気配がすると感じた直後にはシェリアの制止も何のその。アイリスが部屋へと侵入を果たして見せた。シェリアであれば、彼女を止めるのも問題ないのだろうが通したという事は、何か理由が、いや単に客人だから無体な真似はと判断しただけかもしれない。その辺りはどうなのだとアイリスに視線を向けた上で、シェリアに視線を投げれば、当の本人から。

「一応、私の力も多少は役に立つかもしれないもの。」
「それは、どうなのでしょうか。」
「いえ、確かに豊饒の力を持つ方からの加護も流用できるのなら。」
「それに、オユキがため込んだのは、祖霊様の力でしょう。」

先ごろ魔国で行った事、その際オユキが何やら周囲の氷を消して見せている様子だったが、どうやら己の内に取り込んでいたものであるらしい。今更ながらに言われた言葉に、トモエとしては成程それでここ暫くは安定したのかと納得を。

「それで、オユキさんはここ暫く調子がよさそうだったのですね。」
「こっちに戻ってきてから、一週程寝込んでいたでしょう。その間に馴染ませていたのでしょうね。」

そうして話しながら、アイリスが無造作に眠るオユキの側に近づく。

「ちょっと。」
「ああ、いえ、何をされるのかと。」

但し、間にトモエがいる為、ある程度近寄ってくれば当然警戒の対象に。

「何もとは言わないけれど、私が祖霊様から預かった力の一部をオユキに渡すだけよ。」
「待ってください。」

アイリスが何かを、オユキの助けになりそうな事を行おうとはしているらしいのだが、それをカナリアが止める。

「オユキさんは、今体内のマナがバランスを完全に崩しています。そこにさらに他を加えるというのは。」
「あら、そうなの。」
「そうなんです。」

崩れてしまったバランス。体調不良も重なって、かなりひどい事になっているのだろう。少なくとも、カナリアが即座にアイリスを止める程度には。実際にどうなるのかは、トモエに分かるような事でも無い為専門家に任せようと、カナリアに譲る。どちらにせよ、カナリアの判断次第だと。

「アイリスさんの祖霊から借りた力までとなると、いよいよどうなるかもわかりませんから。」
「一応、祖霊様からは魔国でオユキが取り込んだのと同じものを預かっているけれど。」
「いえ、隣国で確かにオユキさんはアイリスさんの祖霊から力を取り込んでいましたが、それを放出しきったばかり。今そこにまた無理を重ねれば、やはり目を覚ますまでにまた時間がかかりますから。」
「何か問題があるのかしら。」

カナリアの言葉にアイリスが首をひねる。

「問題しかありません。」

それに対して、カナリアが大きくため息を。少し時間がかかりそうな気配でもあるし、アイリスを誘ってカナリアと一緒に座っていた席にアイリスも腰を下ろすようにトモエが誘う。どうにも、病人がいる部屋で、こうしてのんびりと人数が揃ってお茶を飲むという行為をどうかと思ったりもする。トモエとしては、何やら随分と非常識な、そんな考えが脳裏にある。多少なりとも、オユキに対する配慮を見せてくれている相手だからこそ、アイリスを相手にもこうして招き入れる事は行っているのだが。これが、例えばアベルであれば、そもそも見舞い自体を断っている可能性とてある。その程度には、トモエの中でアベルの評価というのは負の方向へ傾き始めている。オユキの方では、色々と高評価らしいのだが。それこそ、トモエとオユキの差が如実に表れている事柄でもある。そして、それはミズキリという人物に対しても同様。
カナリアとアイリスがあれこれと話しているのを聞きながら、昨夜のミズキリの動きをトモエは考える。水と癒しを祀る場に、感謝を伝える催しに彼も参加するのかと思えば、あくまで僅かな時間だけ。一体何をしていたのか。彼が場に現れた時には、確かに意識を割いていた。それこそトモエがタルヤに頼んで檻を作って貰ったころ、アベルとローレンツの二人と時間を持った後は、ついでとばかりに名乗りを上げてきた少年たちを、今度はローレンツであったりアベルであったりが応えていたものだ。そこからも、他に名乗りを上げた者達同士で場を使って。そんな中、ミズキリは確かにあれこれと行っている節はあった。オユキの考えでは、彼にも目的がありそのために色々と場を整えなければいけないのだろうとそうした話も聞いてはいる。オユキ自身、予想はあるようではあるし、それが何かはトモエもある程度は、最終的な目標というのは確かに理解はしているのだが。

「トモエはどう思うのかしら。」
「あの、流石に医者としてカナリアさんが止めるというのなら、私がそれを勧める事はありませんよ。」
「仕方ないわね。」
「仕方ないではありません。まったく、病人をなんだと思っているのですか。」

カナリアの言葉が、然も不服だと言わんばかりにアイリスが不機嫌をあらわにして見せる。ただ、トモエにしてもカナリアが必死にアイリスを止める様子を見ていれば、実行に移す気にはなれない。

「オユキさんの体調が回復するのを待つことに、何か問題が。」
「問題という程じゃないけれど、祖霊様から預かった力だもの。早めに移さないと、私にある程度馴染んでしまうのよね。」
「ああ、そういった部分ですか。」
「ですから、何度も申し上げていますが、オユキさんの属性と近しい力とはいっても、やはり違いがある以上は。」

アイリスとしては、オユキに渡せと祖霊から預かったものであり、それをある程度己の物にというのは道理に合わぬと考えているらしい。しかし、カナリアからしてみれば劇薬のような物であり、今はオユキに渡すべきでは無いと。

「良いのではありませんか。祖霊様にしても、そうなる事を見越しての事かと。セラフィーナさんでしたか、彼女ではなくアイリスさんに預けたわけですから。」
「それは、そうなのかしら。」
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