憧れの世界でもう一度

五味

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21章 祭りの日

変われども

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フスカという人物が、己の伴侶を傷つけた事。それを知った時にオユキの心の内は、大いに荒れた。やはりと納得するところもあれば、よもやと思うところもあった。結論としては、結果としては、やはり納得するところが大きかったのだ。だが、納得というのはやはりそれに至るだけの物がいる。今、オユキが考えている事、己の納得の為に行うと決めた事。

「フスカ様と、ええ、戦いたいと言いますか。」

どう言えばいいのだろうか。
オユキにしても、己が適うなどととても思えはしない。それでもやらねばならぬ、あの者に思い知らせねばならぬのだと。それが、かつての師と交わした約束だ。そのために、本来では許されぬ事を、親心だろうか、いくつも教えられたことがある。かつての世界であれば、心構えとして。しかし、こちらでは、あまりにも分かりやすい手段として。

「思い知らせたいのです。」

方法は確かに存在している。傷を与える事程度、それにしてもかなり難しいと思うのだが、果たして見せる。その気概程度はオユキも持ち合わせているのだ。結果がどうなるのか、それをトモエが喜ぶのか。そんな物は分からない。ただ、失った者を大事に思うオユキだからこそ、過去にそうした約束があるからこそ、それを行うのだ。

「師に、トモエさんではなく、かつての師に言われました。私も、約束しました。」

そう。既に約束したことがある。
トモエが傷つくのを、頼むから見過ごしてくれるなと。
言われた時は、己より強い相手をどう守るのかと頭を悩ませたものだが、後になってああ、親心であったのかと己も得心がいったのだ。ならば、やはりオユキは今回手遅れであったとしたうえで、雪辱の機会を得られるというのならば。

「故に、フスカ様と、そうですね。」

そして、こうしてあれやこれやと、当日起こりうるだろうこと、当日の流れであったり、互いに何を行うのか。そして、そこでそれぞれがどう動くのか。そうしたことをただただ頭の中で。言ってしまえばイメージトレーニング。しかし、もう少し確度の高いものとして、オユキは頭の中で思い描く。まず間違いなく、炎は抑え込める。よもやフスカも屋内で他の者まで巻き込むような真似はしないだろう。祭りの場、そこに招かれた上で場を乱すような真似はしないだろうと、そうした甘さはほとんどない。
オユキが行える術理、魔術と呼べるもの、若しくは種族の特性か。それらを使えば、水と癒しへの感謝を側で捧げる以上は、力も十分借りる事が出来るだろうと。

「その、オユキ様。」
「はい。」

シェリアに名前を呼ばれて、さて何事だろうかと。独演会の様相を呈している事に対して、何やら物言いがつくのかとも思えば。

「少々、抑えられた方が良いかと。」

さて、抑えるとは何のことだろうかとオユキが首をかしげてみれば。

「えっと、部屋の温度がかなり下がったから。」
「おや。」

心は確かに狂おしい程に燃えている。だというのに。

「ええと、確かに、そうですね。」

言われてみれば、何やら吐く息に季節が常春だというのに、随分と暮らしやすい季節だというのに、白いものが混じっている。何なら夏もほど近く、日中は動けば少し汗が浮き始める様な、そんな時期。夜とは言えどもさして気温が下がるわけもなく。だというのに。

「さて、どうした物でしょうか。」

気が付けば収まる物かと思っていたのだが、そうでは無いらしい。では、何をしなければいけないのかと考えれば、恐らくは苛立ちを、フスカに対して向けている感情を抑え込めばいいのだろうが。ただ、それにしても難しいように今のオユキは思うのだ。こうして話してしまい、甘えても構わないだろう相手がいる。流れた涙が、今も恐らくは、潤んだ視界ではどうにも難しいと感じられる。簡単な事では、やはり無い。

「まぁ、皆さんも一応布団にくるまって頂いてですね。」

オユキ自身、分からぬものはどうにもならぬとして、次に話を進めようかと。

「えっと、こう、マナを少し絞ってみるとか。」
「その、試そうとしているのですが、どうにも。」

扱いを、こうなるのであればもっとまじめに習っておけばよかったと。

「カナリアさんに、習っておけばよかったですね。」
「えっと、移動の間かなり時間があったんじゃ。」
「いえ、こう、どう言いましょうか。話し合いに終始していまして。」

話し合いというのも、この世界がどうなっているのか。今回の祭りがどうなるのか。そして、色々な仕組みに関してのは試合を持った物だ。その折に、どうした所でマナの在り方、その形というのに触れる事になったのだが。

「あの、オユキ様。」
「いえ、勿論仰りたいことというのは、重々。」

シェリアが何やら言い難い様子ではあるが、そればかりは今回の事として納めて欲しいとオユキからは言うしかない。今後、そう今後に多様な事があれば、やはりオユキは今のような有様になるに違いない。他の手立てを、やはりオユキは知らないのだ。

「ただ、どうした所で準備の不足です。」

まぁ、いまさら言っても仕方が無いと、オユキからはそう言うしかない。
兎にも角にも、事程左様に。
何と言った所で、既に選択はなされて時間が差し迫っているのだから。時間が無いと、そういった言い訳を果たして己はこれまでの人生、何度繰り返してきたのだろうか。オユキは今更ながらにそのような事を考える。複雑怪奇な、今まさに起きたこの出来事と言えばいいのか、新たな人生と言えばいいのか。

「難しい問題です。ええ、どうすればいいのか、皆目見当もつきません。」

ロザリア司教に言われた事、いよいよ、それについて思いを馳せる。

「司教様にも、言われた物です。」

曰く、本当に何を考えてという事でも無いのだと。
曰く、ミズキリが願った事、その一つとして。もしくは、彼の願いを叶えるために。
そういった事も確かにあるのだが、基本はやはりオユキの両親がこちらの世界を作ったこと、その流れに乗った物。そして、かつての世界でオユキが散々に動き回った結果、かなりの量の功績を既にため込んでいたからなのだと。
トモエがこちらに来た、ゲームのプレイヤーでもないのに、それが何故なのかとオユキが思いついたことをそのまま口に出してみれば、そちらはルゼリアの考えではないのだと。かつての世界、そちらの神とマルコシアス、戦と武技の神が望んだ事なのだと、そう言われた。

「私がこちらで、思う儘に生きる事を望んでいるのだと。」

そうした裏側は、やはり今暫くは話して聞かせることなく。

「ただ、そう言われたところで、やはり難しいのですよね。」

今にしても、そう言われて思う儘に振舞おうとして見れば、こうして障りが出るのだと。

「えっと、オユキちゃん、こうならないようにとかは。」

すっかりと室内の気温が下がってしまったようであり、それぞれが布団にくるまって団子のように一つのベッドに集まっている。その中心にオユキが置かれており、シェリアが離れた場所にいるあたり、そこは慣れと言えばいいのか。もしくは、たまに寒さを感じる夜などには、こうして集まっていた習慣だというのか。

「それは、先ほども言いましたが今後の話ですね。」

言われたところで、今後というしかない。どのみち、時間というのはどうにも足りないのだ。

「ええと、ともかく、協力を頂きたいのです。私とフスカ様が、正しく向かい合えるように。」
「それは、はい、構いませんが。」
「えっと、協力と言われても、何をすれば。」

さて、シェリアの方は二つ返事。しかし、子供たちからは、一体何が何やらと。

「そうですね。頼みたいことというのは、実はそこまで多くないのですよね。」

多くは無いと言えばいいのか、難しくないと言えばいいのか。

「要は、フスカ様を捉えて逃がさない、それに尽きます。」

では、代わりに何かをしてくれというのか、それを言っても良いのかと問われれば、やはりオユキとしてはそれも違うのだ。己がどうにか己の比翼を痛めつけた存在に、それを許さぬだけの矜持があると示さねばならない。以前はいよいよ呼ばれることもなく、アベルと共に残されていたのだが、呼ばれた先で何かをするでもなくただその場に残されていた。
オユキの在り方を、とかく翼人種とその神、こちらでは異空と流離は好まぬものであるらしい。
神がそのような在り方をしているからこそ、長であるならば間違いなくその流れを汲んでいる事だろう。同じものを間違いなく大事にしているだろう。だからこそ、今度の事が起こったのだともいえる。

「えっと、逃がさないって言われても。」
「どうにか、ええ、どうにかなりませんか。」

相手は空を飛ぶことができる。よもや調度やメイの屋敷を破壊してなどとは思いもしないが、しかし出来ないわけもない。とにかく、不安の種は潰しておきたいというのがオユキの本音でもある。

「えっと、どうにかって言われても。」
「そうですね。例えば思いつく事と言えば、それこそ皆さんでこう、何か水と癒しの神を祀ってとかですが。」
「その、難しいかも。だって、そこは他の神様、えっと木々と狩猟、秋と豊饒に連なる方の場ですよね。」
「それも、こちらでは既に分かっていますか。はい。」

叶うなら、水と癒しで異空と流離に連なる力を封じられないかとオユキは考えてみたのだが、それもどうやらままならない様子。

「オユキ様は、本当にそれを望まれていますか。」
「ええと、そうですね。それが適えばよいなと。」
「畏まりました。」

さて、シェリアが何やら決意を固めたように、随分と意気込んだ様子なのだが。

「その、シェリア様。」
「それがオユキ様の願いだというのならば、ええ、是非もありません。」

おや、これは、なんだか思った以上の事が起こりそうだぞと、そうオユキは今更ながらに。

「こうして泣くほどです。ええ、主が流した涙を払うのだと、その伴侶を傷つけるのもまさに同罪。」

さて。一体何処に引き金があったのか。それとも既に引かれていたのか。

「ならば、勿論叶えましょうとも。」
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