憧れの世界でもう一度

五味

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20章 かつてのように

ようやく

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「戻りました。」
「無事で何より。フスカ様もお手間を頂有難う御座いました。」

いそいそとオユキが屋敷の門まで迎えに出る頃には、フスカのおまけのように引っ付いて空を運ばれたトモエも目的地へとたどり着く。出入りの手配を行っていない事に、トモエとしては思うところもあるし、何やら鋭い気配を感じた事もあって、後で改めて申し開きと言えばいいのか手続きと言えばいいのか、顔を出さねばならないのだろうとそれくらいの事は思うものだ。

「何ほどの事でもないですから。」
「それは、そうなのでしょう。ですが私は嬉しかった。だからそれに対してと。」

トモエがここまで早く戻ってくるという事は、実際の作業は想定よりも随分と早く終わってしまったらしい。当初の予定と違い、移動の経路をきちんと作ったわけでは無い為不安を抱えている相手もいる事だろう。であるならば、早々に解消のための手を打つ必要も出て来る。

「それにしても、トモエさんが怪我を負う様なものがありましたか。」
「これは、フスカ様によるものですね。どうにも巻き込まれたようで。」
「その、こうしたことにお力添えは頂けないと、そう考えていましたが。」
「気が向けば、ええ、そう言う事もあります。」

その結果トモエに怪我を負わせたのだと考えれば、オユキとしては少々落ち着かない物もあるがどうやらおかげでこうしてトモエがすぐに戻ってきたという事でもあるらしい。であるならば、功罪の位置はと、そのような事も考えはするのだが、そちらは都合のいい機会もあり一度は保留とオユキはそう決める。

「では、そうですね。」

故に、今行うべきはフスカが労を担った事に対してどう報いるのかという話になる。幸い、誘える席もあるのだが、そのためには簡単に断りを入れねばならないのもまた事実。

「タルヤ。」
「畏まりました。」

何をと言わずとも、名を呼んだだけで行動を実行に移せる相手が、幸いこうして抜け出してきたオユキについて来てくれていたこともある。オユキよりもよほどこうした事態には詳しいに違いない為、任せてしまえば瑕疵なく取り計らってくれることであろう。であれば、オユキとしては不満を抱かせぬように立ち話を続けなければならない。後は、メイも同席となった時に概要を話せる程度に。

「それにしても、フスカ様の助力を頂かねば、それほどの場でしたか。」

戦力としては大したことが無いだろうと、オユキはそう考えていた。
翼人種の長であるフスカ。この人物にしても、はっきり言って底知れない以上の知識はオユキも持ち合わせているわけでは無いのだが、見た範囲でも中型の魔物を片手に持って空を飛び回って見せたり、空を飛ぶ魔物が彼女に襲い掛かろうとした次の瞬間には燃え尽き虚空に消えたりと。そしてそれを呼吸と同じような有様で行っていたのだ。彼女の同族にしても、正直やめて欲しいとメイが何度かカナリアに話してくれと言っていたが、暇をつぶす時、主に彼女たちの好む爬虫類や水棲動物の肉が調理されている間などは、手遊びとして炎を出していることもある。
延焼の危険などは無いし、何となれば調理場の火を消そうとする者達がいれば水をかけるでもなくただそのまま、燃えてなどいなかったとでも言うかのように消化したりも出来るのだ。

「さて、私がわざわざ手を出さずとも、違った事と言えば時間くらいでしょうか。」
「そうですね。私たちの行える広域に影響を与える振る舞いとなると、避けるべき手段の方が多いでしょうから。」
「ああ、やはりそういった状況でしたか。」

トモエは直感として強く感じたからこそ、オユキの参加を拒んだ。オユキは、既にこれまでの生活で集め得た情報や、サキからの報告で当然のことと構えていた。ただ、それに対して心波立つか否か、そこに大きな差がある。

「度し難いのは、さて、一体誰なのか。」

責任を感じる必要が無い、そもそも責任を取れるだけの位置に己がいない。オユキとてそんな事は理屈としては理解している。こんな事が起こると、そんな思考を抱けるはずもなく、願望としても持っていなかった。だが、死後にはこうして続きがあり、己が楽しんだ場が生む歪がどうしても眼前を過ぎていく。そして、そもそもの始まりが、違うのではないかと諦めていたはずだというのに、こちらで改めて正しかったのだと示された。
どうした所で、責任は感じる。
己の私欲のために望んだ世界が、こうして悲劇を生んでるというのならば。
己の憧れた世界にこうして、実に分かりやすく心を掻き毟る存在がいる。

「いえ、今は、やめておきましょう。」

どうにも思考が良くない方に傾きかけたところで、トモエが改めてオユキの隣に並んだためにそこで打ち切る。

「さて、それにしても広域でですか。来歴を考えれば成程とも思いますが。ああ、それで。」
「ええ。どうにも私欲の一切に区別が無いようで。」

改めて目の前に立つ相手に意識を戻せば、トモエが怪我をしている理由というのも実にわかりやすい。怪我と言ってもそれこそ掌が常より赤くなっており、オユキに対して普段立つのと逆側にとしているだけだが、要はそれをするだけの痛みがあるという事。

「そればかりは仕方ないものですから。まぁ、それをしないようにただの焔としても良かったのですが。」

ただそれを選んでしまえば、あの汚物が焼けませんからと。
そう重たい吐息と共に言われれば、オユキとしても納得せざるを得ない。

「選択の理由があるというのなら、まぁ、良い事ではあるのでしょう。」

元々、そちらを討つことが目的なのだ。どうあったところで、人相手では加護もない相手。何ら痛痒を感じるような仕事でもない。問題は汚染がどうなるか。それに対してあまりに明確な対策があるというのならば、喜びこそすれ、有難く思いこそすれ、とやかく言うような事でもない。

「ただ、そうしたことが表に出れば、いえ、表に出なくてもですか。」
「形の近い柱は居られますし、祖の宿り木でもありますから頼まれればそれに見合ったものがあればお受けするのですが。」
「さて、色々と思いつく理由もありますが。」

これまでは世界樹の側に居を構えていた。その側であれば、頼まれるようなことも少なかろう。袂を分かったと言えばいいのか、移動を続ける住居を好んだという一派に関しては、いよいよ話を聞くこともないがわざわざフスカが出張ってとなったのだ。同じことが他の者で出来るのかという疑問もある。少なくともオユキにしろトモエにしろ、こちらで生まれたカナリアが火を使うところを一度たりとも見ていない。自己申告によれば、そもそも攻撃に向いた術理というのがいよいよ苦手であるという事でもある。

「さて、準備が整ったようです。フスカ様もお時間がありましたら、此度の責任者、リース伯爵子女も改めてお礼を述べたいでしょうから。」
「久しぶりに使った力、ええ、それを満たすだけのものがあるというのなら喜んで。」
「さて、茶菓の用意はそれなりに。」

言われたところで、オユキはそう言えば机の上に何が並んでいたのかと、まるで思い出せはしない。何やらメイに窘められて飲み物に手を付ける位はしたが、それにしても一度手に入れてからすっかりと気に入っているコーヒーではなく、他の者だったようにも思う。やはりお茶が主体であるところに急に出して受け入れられるかもわからない、客人が来ているとなればそれこそこちらでも一般的とされているものが選ばれているだろう。

「改めてお客様をお迎えさせて頂きますので、はい、必要な用意は恙なく。料理人も本日は屋敷に勤めていますから。」

如何にも返答に窮したオユキに代わり、タルヤが横合いから模範解答を返してくれる。

「そうですか、では案内を受けましょう。」
「では、こちらに。」

気の回る使用人、側仕え。形は変われどかつて色々と雑事を任せた相手が、随分と大切だったようにこちらでもまざまざとそれを思い知らされるものだ。

「家具のような物と、かつてそのような言葉もありましたが。」
「まぁ、それは。」
「申し訳ありません、客人の前で言うべきではありませんか。」

何やらオユキが零した言葉に、タルヤがいたく感銘を受けている様子ではあるが、客を迎えてその前で部下を誉める様な物でもない。

「ああ、そちらでは、そのような。」
「その辺りは、文化の差でしょうが。」

どうやらフスカの方では、そうした振る舞いは良いものと受け取るものであるらしい。

「私たちのように明確に祖を持つ者達であれば、ええ他の祖を持つ者達が相手であれ、やはり誇る物です。中には客を迎えている場であろうが、祖に近づいた証を得る者達が報告に来ることもありますから。」
「祖に近づいた、ですか。」
「ええ。少し、お見せしましょうか。」

アイリスにしても、力を顕す時にはそれが見た目に出る。

「常にとなると、出来ぬわけでもありませんが、色々と面倒もありますからね。」

そう言うフスカは実にわかりやすい特徴が。髪が半ばから流れる炎に。翼は金色に輝き、瞳も同じ色に輝いている。そしてついでとばかりに周囲に火の粉が散るあたり確かに日常生活には随分と不便を感じるだろう。何処か目を焼くような、炎がそこまでの光を感じ差焦るかという程の光輝を纏っているし、周囲にいる者の衣服を乱すほどの風も巻き起こしている。

「流石に、これではなかなか。」
「後から特徴を得ると考えれば、確かに色々と障りがありそうですね。」

早々にフスカが収めたため、少々身形が崩れた位で済んでいる。オユキの方は歩きながらトモエが簡単に髪を整え、トモエについては自分で手早く。

「すっかりご機嫌ですのね。」
「何がでしょう。」

たどり着いた先で、チクリと言われはするが、いまさらその程度。

「どうにも、フスカ様が此度の事に手を貸してくださったそうで。」
「成程。この地を預かる物として、此度の助力にまずはお礼を。」

何をいまさらとばかりに振舞うオユキに、メイから少々不満げな視線が向けられているのだが、流石に正しく教育を受けた子女。オユキの言葉に直ぐに席から立ち上がってフスカへ礼を取る。
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