憧れの世界でもう一度

五味

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19章 久しぶりの日々

陰太刀

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周囲を囲む者達が、ただ息を飲んで床に膝を突き、武器を手から取り落としたアイリスの姿を見守っている。
当然それを行ったのはトモエではあるが、何故現在を得たのかと言われればトモエとしても少々思い返すのに難儀する。要は、それほどどうでもいいと言えば語弊はあるが、常々狙っていた切欠を得たのだと喜び勇んで遊びに誘った獣をあしらったというのが今の流れ。

「一応、見せはしましたが、あまり勧められた技術でもありません。皆さんには、早すぎますからね。」

オユキがいれば、速やかに仲裁が行われるかオユキが前に立つのだが、事武に関してトモエを挑発すればその効果はあまりに覿面なのだ。流派という、先人たちから連綿と継がれ、至上と掲げたその名を背負っているからこそ、たかが挑発と早々受け流すこともできない。
その辺りは未だに貴族性が残るこの世界では、周囲の理解というのは過去と違って簡単に得られている。公衆の面前で、部族の祭祀を司る相手をこうして徹底的に格下と扱ったところで、保護者のアベルがただ瞑目して天を仰ぐ程度には。

「えっと。」
「何が何だか。」

日々の狩りを、生活の糧を得る為でもあり、己の進む道を確かなものとするための鍛錬でもある事柄を終えれば、今日は傭兵ギルドにも顔を出してこうして鍛錬に勤しんでいたのだ。やはり少年たちにとっては、トモエとオユキの屋敷とはいえ、慣れぬ環境であり動きが縮こまる。まだまだ教えるべきことの多い相手には、無駄な委縮などしている暇などあるはずもない。

「ええ。そうでしょうとも。時折見せている一つの目標とも違う、どう言えばいいのでしょうか。」

アイリスを相手に散々使ったのは、本筋から外れている。これは流派として掲げるべきではないと、そうして表からは消された技術。位置づけとしては、そうした来歴であるからこそ、秘伝とされているが、トモエとしても正直挑発への意趣返し以上の意味合いで使うものでもない。

「こうした手管もあります、と。その程度です。」

そして、散々にそれを味わったアイリスは、ただただトモエと己の間にある隔絶に打ちのめされ、今も立ち上がれずにいるという訳だ。

「ま、アイリスも流石に文句はないだろ。これで終わりだな。」

そして、仲裁役のアベルがようやく気を取り直して場の終わりを告げたため、トモエは早々に何があったのかと説明を求める壮年たちの下に。

「あー、うん。なんか、あれは、俺はいいや。」
「シグルド君と、パウ君、それからセシリアさんも合わないでしょうね。」

少年達の中で、今トモエが見せた物を学ぼうと考えるのは、アドリアーナくらいではあるだろう。そうトモエが考える相手にしても、乗り気ではない指導者の様子を見て言い出すことは無いだろうが。
何をしたのかと言えば、常にアイリスに遅れて太刀を振り、そして追いつき不足を全て丁寧に修正していったというだけだ。技の名としては、陰太刀。流派の名の半分を持っているのは、まさに皮肉というしかないし、実際理念を体現できれば当然としてできる様な余技でもある。相手が何処に、そのように動きたいのか。ただ冷徹なまでに観察し、無駄のある相手よりもより無駄なく早く。結果として、数舜遅れた動き出しは、直ぐに相手に追いつき支配を許す。ただただ、己に向かい合った相手に対し、お前の不足はこれだと突き続けるだけの、大上段に構えたおごりと言っても良い術理。相手に付き従う影のように、しかし如何に剣を振るおうとも、離れる事がないように。

「繰り返しますが、指導用として使う事はあっても、早々実戦では使いません。」
「えっと、今使ったのは。」
「どうにもオユキさんだけでは、やはり不足がありますから。」

アイリスが増長しているのかと言われれば、やはりそれも違う。
アイリスにとって打倒すべきは、彼女の敬愛する開祖を取るに足らぬと、所詮傍流と語って憚らないトモエ。しかし、そこにたどり着く前にハヤトなる剣士を知っている、最終的に打倒すべき相手の徒弟でもあるオユキがいる。つまりは、トモエに届くために先に踏むべき段階であり、それに届きうると思わしめたオユキの不足だ。事この一点に関しては、オユキに由縁があるというばかりでもなく、愚直にこれまで時間を使ったアイリスが培った物が確かであることも理由の一つ。そして、もう一つ大きな理由としては、基本的な身体能力の差というものがある。加護が無い状況では、猶の事種族の差というのがよくよく出るものだ。
これまでの立ち合いの中で、オユキは差が生まれる形を徹底的に避けている。時折、剛剣を始めとした技を使って、アイリスが誤認するように立ち回り続けている。感情が人には無い部位に顕れやすく、檄しやすい性格が災いしてか、今のところオユキが上手く手玉に取っている。
そして、アイリスの技術というのが徐々に伸びてきたこともあり、こうしてトモエが改めて毒を撒いておいたというのが実態でもある。オユキが負けるところをトモエが見たいのかと言われれば、当然そんなはずもない。
オユキ自身公言している事なのだが、こちらの人は実態を知らない。大目録しか手にしていないオユキと、皆伝のトモエ、そこにどれだけの差があるのか。どちらも身に着けているものが、こちらではあまりに長く無視され忘れ去られた物であり、あまりに新鮮で、鮮烈だ。
次なる大会に備えて、トモエがこうした仕込みをしていけば、まぁこれも見事に効果を発揮するだろう。
長期的な策は苦手とはいえ、事こうした兵法であれば、トモエの方がオユキよりもよほどうまくやるというものだ。

「あー、そんなもんか。」
「ええ。オユキさんは陰周りは好きでありませんでしたから。」

今回見せた者以外にも、陰を冠する技というのは相応にある。ただ、往々にしてオユキの趣向に合わなかった。今は割と熱心に暗器を学んでいるため、今後時間があれば、また少しづつ見せていくこともあるだろうが。

「オユキちゃん、雑だしね。」
「ええ。そればかりは生来の物ですから。」

才能はある。しかし、性格が基本的に雑なオユキは、やはりひたすらに制御を突き詰めたり、細かな技を好まない。トモエと別というのが、さてここまでくると建前なのか、己の好み迄を含めた物なのか。実態としては、始まりにある互いの面倒を、それでも大事にしているからと、少々優しい見方もできるのだが。

「動きは、丁寧に見えるが。」
「そうかな。やっぱりトモエさんに比べると。」
「それは比べる対象が悪いんじゃない。」
「でも、カリンつったっけ、あっちのねーちゃんと比べてもなぁ。」

いよいよ名前が出たその相手は、見世物として己の技を磨き続けた人物であり、それと比べてしまえばトモエとしても己が劣る部分も見えてくる相手だ。オユキを測る物差しとしては、あまりに酷な相手というしかない。

「歌の上手いねーちゃんよりは、オユキの方がとは思うけど。」
「えっと、ヴィルヘルミナさんね。でも、どうなんだろう。」

さて、シグルドの評価に、セシリアからトモエに答えを求める視線が寄せられるものだが。

「正直、所作という意味では、圧倒的にヴィルヘルミナさんの方が優美な物かと。メイさんの受けも良いでしょう。そういった点では、私もオユキさんもやはり振る舞いを習えと、そう会うたびに目で示されますから。」

ぽっと出の子爵家であり、色々と制限もある家だからこそ見逃されている振る舞いの数々。メイとしても気になりはするだろう。しかし、本来であれば教師役を用意するのは、親であるマリーア公爵。メイがそこに口を出すわけにもいかない。だからこそ、今目が口ほどにものを語っているわけだ。

「貴方達も、参加するんでしょ。」
「お、元気になったか。」
「ええ。何時までも落ち込んでなんていられない物。」

さて、どうにかアイリスも己の足で立、トモエに対して分かりやすい気迫をぶつけるだけの気力が戻ったようで、一先ずは何より。

「そういや、お前等ねーちゃんから誘われてたっけ。」
「うん。一応祭祀だからって、司教様と助祭様とかも。」
「へー。行きゃいいんじゃね。」

女性ばかりで集まる会。せっかくの機会だからと、メイの方でも年ごろの近い相手までを集めて、少々気安い席にするとともに、弾除けを増やそうと考えているらしい。後は、今後いよいよお抱えとするのだと、そうした流れを作るためんお準備も兼ねているのか。

「でも、司教様も助祭様も、当日は他にやらないといけない事があるからって。」
「なんだ、それ。」
「聞いてみたけど、よくわかんなくって。」
「えっと、町を支える力が大きくなるから、それを全体に慣らして調整しなきゃいけなくって。そのためにお祈りとか、色々。」
「俺ら、聞いてねーけど。」
「修道士様が、ジークとパウは、メイ様の方は参加できないし、たくさんお供え物運ばなきゃいけないから、その時に言うって。」

さて、どうにも、浮足立つ出来事が近い事もあり子供たちはどうした所で少し意識がそれれば、こうして賑やかに話始める様子。そして、それを止めないあたり、こうして少年たちの中でも情報に差をつけているあたり、こうして折を見て、何処か他の耳がある場所で話すことで、町の中に噂として広げて来なさいと、そうした思惑がトモエにも透けて見える為、するがままに任せてはいるが、そうすると今度は手が空いているように見えるトモエに物を言いたい相手というのも当然出て来る。

「そういや、久しぶりだな。」
「ルイスさん相手は、私としては良い経験になりますが。」

そして、今はすっかり椅子に根を張っているはずの相手が、他の誰かがトモエに声をかけるよりも早く、練習用の武器を片手に話しかけて来る。

「なに、俺もここ暫く逃げ出した責任者のしりぬぐいで体がなまっててな。」
「逃げたわけでは無い。逃げられるなら、本気で逃げたんだがな。」
「ま、それも分かっちゃいますがね。」

さて、かつては軽いじゃれ合い、対人の技を少し披露した相手が、何やら運動がしたいとそういった様子。

「以前は全くどうにもなりませんでしたが、痣くらいはと、そう考えてしまいますね。」
「ま、まだ無理だろ。きちんと得物を持ってもな。」
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