憧れの世界でもう一度

五味

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19章 久しぶりの日々

当身術

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当身術と流派の中では区分されている。
実際に、至上としているのは一振りの太刀。つまりは、徒手空拳、体術というのは他の手管を知るために、若しくは補助の為に。ただ、トモエとも色々話した結果として、この世界ではこういった方法も必要になるだろうと、そう結論付ける事になった。
不足しているのだ、資源が。
ならば己の肉体一つ、獣精と呼ばれていたのが少し気になるが、そうした種族の存在もあるからと。

「さて、つまるところは、徒手空拳つまり武器を持たぬときに行う、武器を振るえぬ距離、場所での技術です。」

流石に新人たちや、狩猟者を目指すわけでもなく、追い込まれた兎を立ち向かう人々の邪魔をするものではないと門から少し離れた場所でまずはとばかりにトモエが丸兎や灰兎、グレイハウンドを相手取って着々と蹴散らしていく。

「利点は、つまり明確です。とにかく場所も、状況も選びません。己が動ける場さえあれば十全に発揮が出来ます。」

そして、過去とはまた明確に違う事として、ようやく制御を再び掌中に収め始めた技量と、過去とは比べるべくもない間合い、重さ、そして加護。

「こうして仕留める事も出来ますが、しかし以前見せたようにまずは隙を作る、そう使う事も出来る訳です。」

丸兎を拳打で消し去り、灰兎には時に手刀を使い、恐らく首周りと思える部分へ突き込んで。グレイハウンドが複数飛び掛かってくれば、体捌きで己を安全な位置に逃がしながらも弾くために掌打や蹴りを交えて。そして、致命的な隙には全身をもこもこと毛皮に覆われていないため、分かりやすい急所に打撃をたたき込みながらも、要所で短剣を振るって。

「あー、これが出来るなら、確かにそこらで石でも拾うほうがいいよなぁ。」
「ああ。」

そして、師から言われたからと飲み込んだ言葉が少年たちの中で改めて消化できたらしい。

「そうだよね。」
「えっと、でも、シェリア様。」
「騎士である以上、騎士としての戦いから逸れることは出来ませんから。少なくとも、象徴たる盾と誓いを表す剣を手放せと言われて良しと出来る物はいませんから。」

その辺りは、職業意識といえばいいのか、服務規定と言えばいいのか。

「お疲れ様ですトモエさん。」

そして、近寄ってきた魔物を纏めて蹴散らしたトモエが戻ってくれば、オユキが汚れを落とすためにと手に持っていた布を差し出す。太刀を振るっても返り血を避けきれない事は多い。より距離の近い素手であれば、猶の事。

「有難う御座います、オユキさん。それにしても、また考えなければならない事を増やしましたか。」
「試練とは枷である。であるなら、まぁ、分かりやすい結果ともいえるでしょう。」

そして、周囲にはれによって例の如く。散乱しているものがある。拾い集める役を常々になってくれていた相手は、少し離れた町に。王都で頼んだ相手も、一部はこれまで培った経験や知識、技術を買われて幾人かは暇を願った事もある。今いる人数でも十分ではあるが、町まで持ち帰るにはとそのような量の成果が地面に。

「では、オユキさんも。」
「ただ、私ですと少々軽くなりすぎますから、短刀術も併用してとしましょうか。」

トモエはあくまで要所で、少女たちに向けて補助として見せた。しかし、オユキの方ではこれまでこちらではいよいよ来たばかりの頃に一度切りとなった物を。勿論、鍛錬は行っていた。だが、対人を考えた時にはオユキとしても使うかと言われれば悩んでしまうのだ。それこそ背の低さが生きる間合いに飛び込んで、それで致命とするといった手段は暗器術に含まれている事もある。

「オユキさんであれば、その方が良いでしょう。当身にも加護が乗る以上威力は十分ですが。」
「ええ。空いても同様に持っているわけですから。」

そして、いつもの動きともまた違う、流派の動きとして。
暗器とは逆に、短刀を相手に見えるように構え、体を完全に横に。空いた手は握るわけでも手刀を作るわけでもなくそのまま自然に。相も変わらずということは出来ない。始まりの町の周囲にも魔物がやはり増えている。それもそのはず。膨大なマナを利用する種族が、暮らす地事まとめて引っ越してきたこともある。影響が出ない等と言えるわけもない。オユキとアベル、マリーア公爵がメイの賛同を得ぬ前から打った策として、魔物の狩猟に向かう者達が増える、その流れもある。日々の生活でも発揮される加護、魔物を狩る事で分かりやすく増加するそれにもマナが使われる。そして、使われたマナは影響を受けて淀みとなり、魔物となりそこからさらに資源を得る事が。

「釣り合いが取れるようになっている、それを踏まえても。」

かつての世界を支配する法則では、人ではとてもかなわぬ年月の果てにしか存在しない循環を、この世界は短期的に叶える。良いか悪いかといわれれば、オユキとしても首をかしげるしかない。一長一短、そうとしか言えない。

「やはり、体重の軽さ、その影響は大きいものですね。」

トモエは実に気軽に飛び掛かってくるグレイハウンドを蹴り飛ばした。しかし、オユキではそうもいかない。位置取りと、体勢。どちらもそろえた上でためをきちんと作らなければ、どうにか逸らすことができるだけ。

「いえ、加護の種類、その差もありますか。」

そして、トモエの振る舞いとの差を考えれば、それに思い至る。どうにも魔術をオユキの方が先に得た事もあるのだろうが、肉体の強化、そちらに対してあまり加護が働いていない。トモエの当身は、明らかにそこに生まれる威力が不釣り合いと傍目にも分かるほどの物であった。しかし、オユキが得られる結果は、実に相応と言っても良い。
丸兎ならば問題なく。灰兎は二の打ちがいる事も。現状の己の確認も終われば、オユキもいよいよ手早く一度寄ってきた魔物を片付けて、他の者達が待つ結界の内へと戻る。威力は乗らない。そうした加護は無い。しかし早く動こうと思ったときに、明らかな補助が感じられる。要は、何度かこれまでに話したように求める方向に対して、加護が与えられるのだ。

「オユキさんにも、もう少し他の型も伝えねばなりませんね。」
「当身術は、目録を頂きましたが。」
「刀術を主体としたときの目録ですから。」

そして、布を渡すだけのオユキとは違い、未だに疲労に苛まれているオユキは、そのまま簡単にトモエに体を拭かれ、髪を直されたりなどしている。

「えっと、オユキちゃん、さっきのって。」
「どれでしょうか。」

アナから何やらもの言いたげな視線と共に声をかけられるが、オユキに思い当たるところは無い。改めて髪を拭いてシェリアから渡された櫛で髪を梳かしているトモエにしても、気になる動きでも、暗器術に含まれる歩法であったりが気になるのかと思案気な様子。

「あの、髪を使って。」
「ああ。相手に生物としての特徴が残っていますので、効果があってよかったですね。」
「ええ。こちらを目視で確認する挙動が見られましたから。」

近頃では、ある程度長さを活かした髪型にされることが多かったため、束ねるために使っている装飾も錘として。

「え。」
「その、トモエさんは。」
「髪というのはかなり強度がありますからね。皆さんも、戦闘を行う相手が、伸ばしている時には十分気を付けてください。」
「あ、その、はい。」

勿論、己の髪を使って相手が有利を作ったり、そう言った事もあるのだが武器の一つであることに違いは無い。そこから簡単にトモエがいくつか使い道を話せば、少女たちの表情が、随分と久しぶりに見る物に変わる。何処か呆れた様な、諦めた様な。

「今のオユキさんのように、整髪に油を使っている場合は、やみくもに掴めば引き抜く際に摩擦で相応の手傷を負いますので。」
「えっと、だからトモエさんがオユキちゃんの髪を手入れするんですか。」
「それだけでなく、私がこうしている時間が好きだというのも勿論ありますが。」

結い上げてまとめていたのは、やはり慣れずうっかりすれば踏みつける事があったから。今はそれもだいぶ減ってきており、こうして近接戦闘であったり武器をあまり身に付けられぬ局面でも使えるようにとトモエの指導が行われているという訳だ。元より生前のトモエに目を潰されたりなどはオユキもしばしばあったことではある。

「あの、えっと、分かりました。」
「皆さんも、そうですね今は短いですから、もう少し伸びれば教えましょう。」
「えっと、私は良いかなって。」

少年達の中で、最も髪の長いセシリアにトモエが視線を向ければ、ただその視線から逃げるように後ろに下がる。そして次にとアナ、アドリアーナと視線が向くが、そちらも揃ってトモエの視線から逃げるように。

「あの、シェリア様は。」
「検討に値する方法かと。」

そして、近衛という仕事を行う人間であり、暗器に元々興味を示した人間でもあるシェリアは、当然乗り気な様子を見せる。

「ま、その辺は良いんじゃね。使える武器なんて多いほうがいいだろ。」
「それは、そうかもしれないけど。」
「今は、それよりも。」
「ああ。こうしてみる機会があり、教えられるという事は。」
「ええ。次は皆さんの番ですよ。ただ、この後教えるからと見せましたが、今はこれまで通り。」

早速とばかりに試してみようとシグルドとパウが勇んでいるがそれをトモエが戒める。

「そうなのか。」

そして、もとより習いたいと考えていたパウが肩透かしを食らったように呟くが。

「皆さん、素振りや方としての動きは簡単に直しましたが。」
「あー、まぁ、そうだよな。」
「寧ろ、こちらが本番ですね。」

これまでは、常に護衛が側にいた。いざという時に、分かりやすく問題を解決できる相手が側にいる状況で少年たちも経験を積んできた。しかし、護衛と監視をされなければならないのは、オユキとトモエだ。その二人が側から離れれば、少年たち自身で用意をしなければならない。それこそ長距離の移動であれば頼んだだろうが、少し町の外で狩りをする、その程度では今更としたことだろう。頼まれる傭兵にしても、そんな必要は無いと返すのは間違いない事でもある。

「日々の練習、そこで生まれたずれの原因は皆さんの成長もありますが、やはりこれまでとは違う環境での戦闘にもあります。」
「ま、理由があるって分かったし、直してもらえるなら嬉しいしな。」
「ええ。暫くはこちらにいますから、その間に徹底的に直しましょう。」
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