憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
622 / 1,214
18章 魔国の下見

予定を話す前に

しおりを挟む
イタリアではよくある料理、それをふと思い出してオユキが口にすればアルノーが実に素早く反応を示す。

「成程、成程。ヴィルヘルミナさんもお好きそうですし。この子たちの練習にも良いですからね。」
「確か、マセドワーヌとなると呼び方以外にも違いが出るのでしたか。」
「ああ、あれか。確かにオユキは好みそうだが。」

武国でどうやら馴染みがあるものでもあるようで、アベルが少々眉を顰めたりなどしている。アイリスはそれがなにを指すか分かってはいないようだが、言われた料理名にアベルが視線を向けた先。今冷かしている果物が集められた一角ではなく、野菜や穀物が並ぶ一角に目を向けているところから、どのような物か予想がついたのだろう。こちらも同様、何やら美味しいものの話をしているのだと期待に揺れていた尾がぴたりと止まっている。

「皆様に出すときは、ハムで巻くなどをした方がよさそうですね。しかし、トモエさんが言われたように、マセドワーヌはほとんど別物ですよ。」

そして、簡単に周囲を見回して必要な材料を検討しているのだろう。

「上白糖もこちらではそれなりに取り扱いも見られますが、どちらも用意する方が良いでしょう。蜂蜜とシトロンを加え、果物を混ぜた物です。それこそヨーグルトやジェラートと合わせる事も多いのですが。」

一品で出すのか、それとも合わせてがいいのかと、迂闊にも口に出したオユキに目が向くが。

「オユキ。」
「オユキさん。」

さて、好まれるのはどちらだろうかと、そう考えているオユキに過去にあったことをしっかりと覚えている二人から声がかかる。そうされてみれば、オユキとしても思い出すものだ。王都まで急いで移動する大きな要因、今回迄の流れの切欠となった出来事。

「いえ、あちらは蜂蜜酒に漬け込んでの事ですし。」
「そういや、色々急がなきゃならん原因があったとか聞いていたな。」

そして、再度オユキの小さな頭を容赦なくアベルの手が掴む。

「いえ、こちらでは流石によくあるものでは。」
「オユキさん、確か嗜好品としての高級品をわざわざ加工する土壌が生まれるのはと、そのような事を以前。」
「アレンジとしてドルチェにはワインを使った物もあります。成程、望まれるのでしたら実にらしいと言える物でしょう。」

何やらアルノーが感じ入っていたりもするが、それよりもオユキとしては目をつぶり真っ直ぐ耳を立てるアイリスの様子に気が気ではない。
語源としてはマケドニア。大遠征の果てに、色々な文化が形を変え、融合し、調和を見せた。そういった物に準えたのだろうなどと言われている品だ。二国の文化がこれから混ざろうと、混ぜようとする者達がここにいる訳でもある。そして、神々というのは基本的に言葉遊びを好むとされている。

「オユキ。後でとの事よ。」
「無実の主張だけは行いましょう。」
「どう考えても有罪だがな。他に矛先を向けるのも難しい。」

そして、何やら大きく予定が決まったとそういった空気が流れれば、側仕えとして周囲を整える役を担っている者達も黙ってはいない。

「オユキ様。」
「恐らく橋を架ける、それに合わせて納めさせて頂くことになるでしょう。」

他の切欠として、そこに向かう前にどうした所で立ち寄らねばならない神殿というものもある。

「細かい予定は、今夜伺う事として。」
「すっかり手慣れたもんだな。」
「生憎と。」

アベルからの皮肉にも、オユキからは肩をすくめて応えるしかない。

「以前伺ったのは5柱でしたが、お酒を使った事が前提なわけですし。」
「何、全てに対応できるように腕を振るわせて頂きましょうとも。」
「実に心強いお言葉です。河沿いの町まで、相応に近いとはいえ、運ぶことを考えると。」
「調理としては簡単な物ですが、確かに、揺れで痛む物もありますか。」

そして、アルノーも市場に並ぶ果物を改めて眺めながら考え込むそぶりを見せている。
中にはいくつか輸送に耐えうるものもある、有名な物として当然こちらにもあるオユキやトモエの見慣れた物に比べれば随分と赤が濃いオレンジ。こういった物については、いくつかは駄目になるだろうが、運ぶことに問題は無い。しかし、簡単に潰れる物、変色し直ぐに痛む物も相応にあるというものだ。

「蜂蜜で作り、粘性がある状態であれば、多少は避けられますが。
 それを行うと以前も問題となったようにお酒を入れると。」
「一週あれば、相応に発酵も進みますか。」

衝撃体制を与えるために、過剰に蜂蜜を使う。それでも問題が無い調整をアルノーはして見せるだろうが、そこに事前に酒を加えてとなれば、また話も変わる。それで好みが変わる相手がいるというのは、既にオユキが聞かされている話でもある。

「オユキさん。解決策はあると、そのような話し方ですが。」
「いえ、それこそ現地で後からお酒と合わせる等、簡単な方法はそれは勿論。ですが。」

アルノーの思考を他に誘導するように声をかけたでしょうと、トモエから声をかけられるがそれに対してはオユキにも言い分というものがある。

「確かに、向かった先の状況が分かりませんか。」

そして、濁した言葉は間違いなくトモエに伝わることになる。向かった先で、そうしたことを悠長に行えるだけの用意があるのかどうか。

「これまでのように、持ち込んでとしても問題はありませんが。」

そして、そう言った状態で既に散々料理を行ってきたアルノーからは、その手があるならと簡単に返ってくる。

「いえ、流石に当日に用意をして、そのような日程は難しいですし、向かう先が現状人が暮らせるだけの状況下が分からないのですよね。」

神国では、ブルーノが己の全てをもって糾合し、軌道に乗せた。だからこそ、統治者がいない場所でも安息の守りが得られる壁というものが運用できている。しかし、こちらはそうでは無い。

「流石にどうにか拠点だけを維持しているとなれば、調理はいよいよ壁の外となります。その負担を願うだけの用意は。」

そして、こちらに暮らす者達、その戦力としての主体は魔術師だ。周囲一帯を薙ぎ払う魔術でもって、問題なく安全は確保される事だろう。しかし、その結果として魔物を生む元というのがこれから色々と手を入れなければならない土地に更に溜まる事になる。

「詳細は後程話しますが、今度は少数で、そう考えていたのですが。」

水と癒しの教会、それを置くのではないかとそう言った予想もある。対岸にだけというのは、如何にも不足とそう見えるものだ。

「そればかりは、まさに神のみぞ知る、そう言うこったろ。というか、それだと神殿にもう一度、その予定があると聞こえるが、観光は後日にするんじゃなかったのか。」
「いえ、橋を架けるという奇跡を願う訳です。」
「ああ。確かに、切欠になる神授の品はいるか。」

少人数でそれを運び、更には傷みやすい品までとなると色々と難しい事もある。

「完成すればそれぞれにお互いを招いて式典なども執り行うでしょうから、今回は一先ず神殿でとするのが無難だとそう考えたいのですが。」

流石に耳目が多い事もあり、そこで起こるだろう事にオユキとしても言及はしにくい。どうした所で未だ誰も神事に臨む装いから着替えてもいないのだ。すわ何事かと市場にて日々を営む者達は身を固くしているし、こうして店先で品評などをしていれば実に戦々恐々と言った在り様で、平伏する者達もいる。神の姿を降ろし、大通りを進んだのはまだ半日も立たぬほどの事なのだ。噂話が王都を駆け抜けるほどではないが、王城にほど近い市場ではさもありなんとそういった様相ではある。しかし、そうであるからこそ、一体何を口にしているのかと、誰も彼もがただまんじりともせずに耳を傾けてもいる。

「無難、か。」
「ええ。」

そして、言葉を選び、避けている事があるのだとオユキが振舞った事が、ようやくアベルに伝わったようで捕獲のために置かれていた手が離れる。
前提として、オユキは少人数での移動を考えている。そして、王都の入り口で蹴散らした相手、それが何もしない等とは考えていない。この場で、少々輸送が難しいものを運ぶのだと口にしたこともある。この後、実に目立つものを預けられるのも想像に難しくない。では、そう言った千載一遇の機会で愚か者がなにを成すかなど、考えるまでもない。

「まぁ、その辺りはいよいよ後でだな。流石に俺らも疲労がたまってる。」
「三ヶ月私たちの護衛をしながら移動をして、疲れがたまっている、それだけで済んでいるというのが。」

かつての世界でも、三ヶ月移動を続けろなどと言われれば疲労どころで済まない物なのだが。彼らは一部の馬車は担いで走っているのだ。それで、町にはいる時には国の威信を背負って、神国の盾と剣の輝きを曇らせることなくとその姿を揺らすこともない。

「数日は、休めると良いのですが。護衛の都合も考えれば、四日ほど、そう考えてはいますが。」
「交替で、まぁ、確かにそうなるか。」
「その辺りの日程も、今夜少し話しましょうか。流石にカナリアさんとメリルさんもどうなっているか気になりますし。」

そっと差し出した二人ではあるが、連れ去られるときに向けられた目は覚えている。カナリアはなれたように苦笑いを返すだけではあったが、メリルは魔術師ギルドに所属しているだけであり、知識と魔の国で魔術師の号を得たわけでは無い。普段のカナリアの様子をよく知るからだろう。随分ともの言いたげな視線が寄せられていたものだ。

「契約もある。間違いなく門だけにはなるだろうが。」
「と、言いますか、以前はお力添えを頂いての事でしかなかったので詳しくは分かりませんが。」
「ああ、それか。」

人とは比べ物にならない種族が、一先ずどうなるのかと、そう言った試しにばかりと数人で行っていたのだ。ミズキリの予想ではその十倍は人手がいるとういう話であったことを。

「共同で一つの魔術を使う、それ自体は確かに既にいくつかある。大規模な魔道具の作成にしても必要だからな。」
「熟練がいると、やはりそれはありますか。」
「まぁ、な。なんにせよ、さっさと買い物をすまして、そろそろ戻るか。日が落ちる前には、戻っておくほうが色々といいだろうからな。」
「お世話になるフォンタナ公と席を同じくするのは、明日でしたか。」

流石にフォンタナ公爵自身の疲労も濃い。今日は互いに一先ず休んで、そのように話が纏まっている。

「後は、アルゼオ公爵側の伝手の用意もあるからな。ファルコ達も、そっちの用意をするには体力が足りん。」

そして、こうして王都についてあれこれしている者達に、他国を見て来いと言われて送り出された少年たちは同行していない。今は王都に付き、神殿に届けたのを見届けた事で意図が切れたのだろう。すっかりと寝入ってしまっている。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

最推しの義兄を愛でるため、長生きします!

BL / 連載中 24h.ポイント:30,863pt お気に入り:13,176

男は歪んだ計画のままに可愛がられる

BL / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:11

雪の王と雪の男

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:20

文化祭

青春 / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:1

二番煎じな俺を殴りたいんだが、手を貸してくれ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:184pt お気に入り:0

処理中です...