憧れの世界でもう一度

五味

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18章 魔国の下見

夜話

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どのみち使うだろうと、市場ではそれなりの量の果物を纏めて買い上げてから戻ることとなった。貨幣という部分では魔物が落とすものとして共通しているため、不安は無かったのだが為替、紙幣ではどうだろうかと不安はあった。ただ、流石にその辺りは魔国との取引をこれまでになっていたアルゼオ公爵領を通ってきたこともある。ナザレアがしっかりと手を打っていてくれたようで、彼女が支払いを担当したものだ。
オユキもトモエも、そこで改めてファンタズマ子爵家として所持している財力というものに気が付かされたものだ。
始まりの町、そこでの物価を考えればこちらの果物は立地もあり高級品。ともすれば数週間は宿に泊まることができる様な額が果物に付けられている。それを一山まとめて買い上げていくというのに、ナザレアが手にしている為替が減る事はほとんどなかったのだ。間違いなく、今回の移動に合わせた一部でしかないというのに。

「オユキさん、ちゃんと話を聞いてください。」
「聞いてはいますよ。ただ、どうにもならない事ではありますから。」

そして、そのような事をオユキはのんびりと考えながらメリルからの話を聞き流していたところだ。
既に、夕食もとり、ようやく旅の誇りを落としたところで改めて身内だけを集めて、そのような席での事。今後の予定、そういった物の確認もあるため、室内はカナリアの手によって何やら対策が打たれている。そして、ナザレアにしても何かを行ってはくれているらしい。ニーナは生憎と扉の外に誰か立つ必要があるからと室内にはいないが。

「まぁ、そうなるわよ。貴女にしても、代わりがいないと分かっていて話しているんだもの。」
「それは、そうなんですけど。」
「不平を音に、悪くは無いわよ。でも、響かせるのであれば、貴女がそれを強く持たなければ。」

そして、今夜の席はアルノーが不参加となっているのだが、珍しくヴィルヘルミナが代わりに顔を出している。

「ええ、ええ、分かりました。カナリアは楽しんでいましたし。」

そして、もう一人差し出した相手は、何やら旧交を温めてきたらしい。戻ってきたときには、実にわかりやすい戦利品を手に持っていたものだ。最も、それにしてもナザレアに全て取り上げられて、明日日干しをしてから出なければ屋敷に持ち込ませないと断言されていたものだが。

「その、ごめんなさいね。」
「いいですよ、もう。私も想像はあったわけですから。」

カナリアが何やら随分と嬉しそうにしながらも、謝ったりなどしているものだが。

「さて、早速で申し訳ありませんが。」
「はい。勿論です。」

そして、こうして一先ず慣れた顔ばかりが集まっているのも、勿論理由がある。

「まずは、馬車ですね。こちらは事前に預かっていた手紙と合わせて、簡単な使用感だけを。現状は魔国の陛下に献上する者だけを引き渡していますので。」
「流石に、無体はしないと思いますが。」
「少々怪しい相手がいないでもありませんが。」
「長老様も手を加えています。迂闊に触れれば火傷しますよ。」

実際に、外装を少し外そうとしたものが、そのまま手を焼かれるといった騒動もあったらしい。
そこで、危険を指摘するものもいないでもなかったのだがカナリアやメリルが触れたところで何もないのだ。悪意を持つ何某か、それに対する防衛機構だと一先ずはそう言う形にしたらしい。

「機能の追加は、当分無理だという話じゃなかったか。」
「長老様ですよ。流石に私でもどうにもならないほど差がありますし。」
「フスカ様ですよね。確かに、長く生きたと分かる余裕に満ちておられましたが。」

さて、どうにも話があちらこちらでと、一先ずそうせざるを得ない事もありオユキはオユキで、すっかりとくたびれた様子で背もたれに体重を預けている相手に声をかける。

「カレンさんも、お疲れ様でした。こちらの事は、大半は先代アルゼオ公爵、フォンタナ公爵を経由してとなるでしょうから、今日の事で大まかには終わりです。」
「本当に、疲れました。アマリーア様から色々と言われてはいましたけど。」
「ええ。そういうものでしょう。」

カレンの仕事にしても、実際に彼女が物品の差配をするわけでは無い。大枠はそもそもマリーア公爵と相談したうえでオユキが決定したとして伝えているものだ。しかし、実際の作業の監督というのが簡単だという話ではない。それこそ、間違えてなどという事が許されないため、常に気を張って、計画書と照らし合わせて何度も確認を行いながらなのだ。時間のかかる作業であり、その時間がただただ神経をすり減らしていく。そして、そう言った品を送る先も勿論相応の相手が並んでいる。立ち居振る舞い、そこに間違いがあれば、疲れた程度でそぐわぬ振る舞いを行えば、神々の使命を果たしている者達、それに泥を塗る。重圧というのも、それはさぞ愉快な物であろう。

「背負って頂いている事、それについては申し訳なく。」
「いえ、オユキ様やトモエ様が行えることではありませんから。」

そして、そもそもオユキやトモエはどうしても他で忙しい為、人を頼んでいる。
市場を冷かしたりなどしてもいたが、そちらはそもそもこちらで暮らす、マリーア公爵の庇護下に収まる条件として提示しているものがあり、それを譲ることは出来ない。

「肩に力を入れ過ぎよ。緊張はわかるけれど、それで身を固くしては不格好になるわよ。」
「分かってはいるのですが。私はこれまで領都、その中でしか生きてこなかったのだと、両親の持つ家の下でしか動いていなかったのだと思い知らされました。」
「その辺りは、今後学んでいくのが良いでしょう。なんにせよ明日以降は、私もカレンさんと同行する場面もあります。少しは楽になると思いますよ。」
「向かう先が、向かう先ですから。」

そして、カレンと連れ立ってオユキが動くとなれば、勿論行先は王城、公爵家の本邸。アルゼオ公爵に縁のある者達が暮らす場、そう言った実に愉快な顔ぶれが並ぶことになる。

「私も、同行して構わないかしら。」
「おや、こちらの国はヴィルヘルミナさんの琴線に触れましたか。」
「貴方達がそうであるように、私も言われていることくらいはあるのよ。この国は、学問、知識を誇るのに。」
「成程。」

芸術論とて学問だ。それが、確かにこの国だけでなく、至る所で乏しいだろう。

「連れている子は、たまに鼻歌などは。」
「少しづつ、ね。アルノーのように一度に纏めてとなってしまうと。」

それでは、多様性が無くなる。己の知る物をただ分け与え、それだけを元とするからできないのだと。

「相応に、困難は抱える物ですね。」
「お互い様よ。それに、余裕が無ければ、ね。パンだけでは生きられないけれど、パンが無ければ生きていられないのよ。」

オユキがカレンを労いつつヴィルヘルミナと話す一方で、トモエはトモエでアイリスと話すべきこともある。

「今度の物は、王都でと同じなのでしょうか。」
「そればかりは、祖霊様の決める事だもの。ただ。」
「軽視しているのだとすれば、父と仰いでは居られるわけです。ですが、そうなると。」
「アベルとニーナがいるわよ。」
「人の魔術が通るのなら、それで安心も出来ますが。」

王都では、相応にそろえた物を社を立てて、アイリスが部族の習わしに従って納めるだけで済んだ。騎士という武を誇る者達に対する憧れ、それがより強く根付いていたという土壌もあるにはあるのだが。

「それに、始まりの町での事は、流石にお終いよ。」
「となると、前回よりもさらに、ですか。」
「今度はオユキも参加するんじゃないのかしら。」
「本人はそう言うでしょうが、橋を架ける前か後か、それ次第でしょう。」

そして、揃ってため息を。

「それこそ、今夜にでも確認するしか無いわね。」
「はい。参加が難しい場合は。」
「次はいよいよ私と貴方だけかしら。流石に、移動の間は私も馴染ませるために休んでいる時間が長かったもの。」

そして、アイリスにしても道中ほとんど顔を合わせる事が無かった理由は簡単だ。数度にわたって指摘されたこともあり、いよいよ奥の手であったものを常の事とするために腐心していた。結果として、それを使って為したいことに使うべき時間が取れなくなったというのは、皮肉な話でもあるのだが。

「以前見たときは、髪全体であったはずですが。」
「それこそ祖霊様も仰っていたでしょう。数十年単位よ。」

そこから先もまだ長く、いよいよ敢然となるには百を超える歳月を要するものであるらしい。
それこそ連なる先が、それだけの年月日精と月華をため込んだとされる相手。その程度はやって見せよと、そう言う話なのだが。

「アイリスさんの供回りの方ですが。」
「ああ、あの子達ね。一応近縁種ではあるし、力関係は私たちが上だもの。」
「となると、そちらはそちらで今後ありそうですね。」

ここに来て、また頭の痛い話でもあるのだが。

「さて、このままでは埒があきません。それに始まりの町に戻ってしまえば事があると、そう既に示唆もされています。」

そして、方々で思い思いに話していたところをオユキが軽く声を張って一度視線を集める。

「急がなければならない事、予定として確定と考えても良いもの。まずはそれを基軸として日程を共有しましょう。」

各々に話を任せたのには、オユキとしてそう言う思惑もある。譲れない事、それをさきに話しやすい相手に零すようにと。

「何分、魔国の陛下を招いての事もあります。それに参加を求められるとなれば、私たちもいよいよ問題がある状態でとは言えませんから。」

そして、オユキがそれを告げればアベルがすっかり忘れていたとばかりに頭を抱えていたりもする。

「ええ、今度もこれまでと同じく予定は立て込んでいますとも。では、恙なく行う為には、当然今から用意が要りますから。」

譲れない物、それについては神々というこの世界で逆らう事が難しい強権を振るう事でオユキはそれを叶える事を躊躇う気もない。寧ろ、そうでもしなければ、色々と難しい事があるというものだ。先立っては、水と癒しの女神から直接的な圧力があって、ようやく神殿の観光が叶ったように。
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